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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第174話:理不尽の権化

 
前書き
どうも、黒井です。

今回はちょっぴりギャグテイストな話になります。 

 
 カリオストロ、そしてプレラーティの襲撃を辛くも撃退した颯人達は、改めて海底の堆積物を吸い上げて目的の愚者の石の探索を行っていた。深淵の竜宮跡地に残された堆積物の量は膨大なので、ある程度のところで区切りをつけ泥の回収を中断し颯人達も交えて泥の中に交じる愚者の石を探した。
 先の襲撃でスタッフに数名の犠牲を出してしまったが、彼らも作業の再開に検知器を片手に泥の中を探してくれる。

 その中で、手にした検知器のタブレットを持っていた切歌はタブレットを穴が空くほど見つめていた。が、彼女の持つタブレットが何かを見つけた事を報せるアラームを鳴らす。反応があった場所に目を付け、そこに何かがある事を確信した切歌は調の制止も聞かずその部分の泥に飛び込んだ。

「およっ!」
「よし、切ちゃん。まずは落ち着こう……」
「およ~ッ!」

 この後何が起こるかを察して切歌を止めようとした調だったが、その声は届かず切歌はタブレットを置きその場所に飛び込んだ。結果、彼女を止めようと迂闊に近付いていた調は切歌が飛び込んだ際に飛び散った泥を顔面に浴びる事となってしまった。

 だが調の尊い犠牲の甲斐はあった、天高く掲げた切歌の手の中には、金色に輝く鉱石を含んだ石の様な物質……愚者の石が握られていた。

「デースッ!」
「じ~……」

 顔に泥を喰らったが、手柄を上げた切歌に文句を言う訳にもいかず調は何とも言えぬ顔で黙るしか出来ない。それを哀れに思ったのか、奏がハンカチを取り出し調の顔の泥を落としてやった。

「あ~あ~、見事に被ったね」
「うぅ……ありがとうございます」

 調が奏に顔を噴かれている間に、切歌が愚者の石を見つけた事を知ったエルフナインは足場が悪い中急いでそちらへ向かおうとした。が、前述した通り辺りは泥を敷き詰められて足場が悪い。ぬかるんだ山道を歩いているようなものなので、エルフナインは泥に足を取られて転んでしまった。

「見せてくださ~いッ! ッ、わぁぁぁっ!?」
「あっ!? エルフナイ、わぁっ!?」

 転んで泥に突っ込んだエルフナインを助け起こそうとキャロルが近付いていくが、そんな彼女も泥に足を取られ盛大に転んでしまう。揃って泥の中に突っ込む形となってしまった2人の姿に、響も思わず頭を抱えた。

「こっちは見てらんない……」

 転んだ拍子に泥を被ってしまった2人は共に泥だらけで酷い有様だったが、特にエルフナインの方は酷かった。彼女を助け起こそうとしたキャロルが上から圧し掛かる形になってしまった為、キャロルよりも深く泥に沈んでしまい、結果顔中泥だらけ。頭の先から爪先まで泥を被った形となり、綺麗な部分を見つける方が難しい状態になってしまっていた。

 だがそれだけの甲斐はあったと言うか、泥だらけになりながらも手にした愚者の石に笑みを浮かべた。

「そうですッ! これが賢者の石に抗う僕達の切り札、愚者の石ですッ!」

「「「おぉ~……」」」
「すっかり、愚者の石で定着しちゃったね……」
「まぁまぁ。親しみやすいし、キャロルが言ってたみたいに悪い意味ばかりじゃないしさ」

 集まった装者達がエルフナインの手の中で輝く愚者の石に感心する中、己から生み出された物質が愚者扱いされる事に響は肩を落とす。奏はそんな彼女を慰めていた。




 その後、施設の撤収はスタッフに任せ装者と魔法使い達は全員本部へと戻り、泥や汗、海水を洗い流した。
 その中でも石発見の功労者である切歌は、熱いシャワーで泥と汗が洗い流される感触に身を震わせていた。

「か~ッ! 五臓六腑に染み渡るデースッ!」
「流石、石の発見者は言う事が違う」

 探索中に切歌に泥を被らされた時の事を根に持っているのか、調は切歌の言葉にちょっぴりドライな反応を返した。
 そんな中、響はエルフナインの姿だけが無い事に首を傾げた。

「そう言えば、エルフナインちゃんは?」
「エルフナインならさっさと上がったぞ」
「えっ! 早っ!」

 同じく泥の中に突っ込んだキャロルはまだ丹念に泥を洗い流していると言うのに、彼女以上に泥だらけとなった筈のエルフナインがあっという間に出て行ってしまっていた事に響が思わず目を見開く。

 そんなあっと言う間なエルフナインの動きを、一時気絶して戦闘不能になっていたクリスが汚れを落としながら茶化した。

「マッパでハマッハな烏の行水だ」
「泥に塗れた奇跡を、輝かせる為に……」

 クリスの言葉に続きマリアが何気なく言葉を紡ぐ。その言葉は言い得て妙なのだが、言葉の中に交じるあるワードを耳にした奏はチラリとキャロルの事を見た。
 すると案の定、キャロルはマリアが口にしたある単語を小さく反芻していた。

「奇跡……」
――ふむ……一応アルドに教えとくか――

 徐々にだが、キャロルの中でも記憶が戻りつつあるのを感じさせる。まだ完全ではないし、何か引っ掛かりを覚えると言う程度の様だが、明らかな変化がキャロルの中で起きているのは間違いない。
 それが危機を感じるべき事か、それとも喜ぶべき事かはまだ判断し難い。なので奏はこの場ではそれに深く触れる事はせず、自分の汚れを落とす事に専念した。

「対抗手段……対消滅バリア。愚者の石の特性で、賢者の石を無効化すれば……」
「この手に勝機は握られる」

 翼とマリアは一足先にシャワーを切り上げ、髪の水気を拭き乾かしながら未来への希望を噛みしめる。しかしそれは、サンジェルマン達を力で打ち破る為の手段。飽く迄平和的解決を目指したい響は、ただ相手を打倒するだけの手段を手にする事に気が進まない思いを感じずにはいられなかった。

 沈んだ顔をする響に、奏が頭からタオルを掛け髪を拭いて乾かしてやった。

「わぷぷっ! か、奏さん?」
「そうしょげた顔をするなって。大丈夫さ、颯人だってあの人をただ一方的にぶちのめす事だけを考えてる訳じゃないからさ」
「ぁ、はい……!」

 汚れを落とした奏達がシャワー室から出ると、そこでは一足先に汚れを落とし終えていた男性陣が待っていた。颯人達は奏達が出てくると、軽く手を上げて彼女達に並んだ。

「おぅ、すっかり綺麗になったな?」
「惚れ直したか?」
「何時だって」
「そう言う事は家でやれッ!」

 自然に惚気る颯人と奏に、クリスが思わず声を上げる。が、他の者達も大なり小なり何かを言いたげな様子で顔を赤くしたり視線を逸らしていた。
 彼女らの反応を一頻り楽しみ、颯人達はシャワー室から移動を開始する。

 その道中、響はクリスと透を交互に見る。相変わらず、2人の間には目には見えない壁が存在していた。現に今も、2人は距離を離して歩いている。
 流石に見ていられなくなり、響はクリスに声を掛けようとした。

「あの、クリスちゃ――」
「響、し~ッ」

 クリスの肩に手を掛け話し掛けようとした響だったが、奏がそれを制した。奏は響の手を優しく下ろさせ、そして口元に人差し指を当て口を噤ませる。
 響と同じくクリスの事を心配していた翼は、何故奏が響を制するのか分からず小声で問い掛けた。

「何で立花を止めるの? 流石にそろそろ、こちらから動いた方が……」
「気持ちは分かる。でも、今はそっとしておいてやってくれ。クリスも漸く、自分から透に向き合えそうなんだ」

 今まで、透の事が分からなくなり距離を置いていたクリス。だが彼女は、透の父である航を橋渡しにして本当の透と向き合う覚悟を決めつつあった。その覚悟を、今外野が突いて鈍らせる訳にはいかない。

 一方透の方も、目を背けていた自分と向き合う覚悟が出来そうな所であった。自分とクリスに関わりのある、ある一組の姉弟を繋ぎにして。

 そんな事を話しながら歩いていると、談話スペースの前を通りかかる。そこには普段ここにはあまり足を運ばない弦十郎がソファーに腰掛け、颯人達の姿を見ると待っていたと声を上げた。

「うむ、揃っているようだな」
「師匠? 何ですか、藪から棒に?」

 まるで颯人達を待ち受けていた様な弦十郎の佇まい。これまでに数々の悪戯などを経験してきた颯人と奏は、そのある意味で百戦錬磨の経験値から何かを感じ取った。2人は素早く目配せすると、一目散にその場から逃げ出そうとした。

「じゃ、俺らは先に――」

 適当な理由を付けてその場から離れようとした2人だったが、颯人と奏が逃げるのを雰囲気で察した弦十郎はそれに先んじて先回りし2人の逃げ道を塞いだ。

「まぁそう言うな。折角だ、全員参加と行こうじゃないか」
「げっ!?」
「回り込まれたッ!?」
「え? あの、奏も颯人さんも何して……?」

 何やら勝手に盛り上がった様子を見せる颯人と奏、そして弦十郎の3人に翼も困惑する。そんな彼女達に対し、弦十郎は会心の笑みを浮かべながらこう告げた。

「全員、トレーニングルームに集合だ」

 弦十郎のその言葉に、颯人と奏は逃れられない事を察して顔を見合わせ大きく項垂れた。
 勿論他の面々は颯人達の反応の意味が分からず、困惑の声を上げずにはいられない。が、唯一彼の言葉に反抗的な態度を取った者が居た。言わずもがな、クリスである。彼女はこの期に及んでトレーニングの必要性が理解できず、弦十郎に食って掛かった。

「トレーニングって、おっさん! 愚者の石が見つかった今、今更が過ぎんぞッ!」

 クリスから言わせれば、サンジェルマン達のファウストローブに対抗する手段である愚者の石さえ見つかれば自分達の勝利は揺るがないと考えていた。現状シンフォギアとパヴァリアのファウストローブに於いて、相手に存在するアドバンテージはイグナイトモジュールの封殺以外に考え付かなかったからだ。決戦機能が自由に使えるようになれば、万に一つも自分達に敗北はないとすら考えていた。

 だが弦十郎から言わせればそれは非常に甘い考えであり、そんなクリスの考えを彼は一喝した。

「これが映画だったら、たかだか石ころでハッピーエンドになる筈なかろうッ! 大体にして、愚者の石の有無に関係なく颯人君は一度敗北しているのを忘れたかッ!」
「ぐはっ!? か、勘弁してください……」

 痛いところを突かれて颯人が思わず胸を押さえる。他の者達も、颯人が正面からの戦いでサンジェルマン相手に敗北を喫した事を知っている為、それを例に挙げられるとクリスでさえ何も言えなくなってしまう。

 そんな彼女達の尻をけ飛ばす様に弦十郎が檄を入れた。

「御託は、ひと暴れしてからだッ!」

 こうして、装者と魔法使い達は全員トレーニングルームへと連れてこられた。最先端技術を駆使して造られたトレーニングルームは、データを入力すれば大抵の事は出来る。例えば敵の設定をノイズや魔法使いにしたり、戦うフィールドを街中や砂漠にしたりと自由自在だ。

 外部から端末をあおいが操作して颯人達が入ったトレーニングルーム内の景色が変わる。今回は街中を想定したフィールドでの訓練になるようだ。

「トレーニングプログラム、開始しますッ!」

 まず最初に彼らの目の前に出現したのは、これまでの戦闘データから再現されたアルカノイズ達。数は相変わらず多いが、特別統率されている訳でもなくまた別に厄介な能力を持つ特異個体が居る訳でもないので最早消化試合も同然に苦も無く殲滅できてしまった。

 が、今回のトレーニングは弦十郎発案であり、彼が主導で行うもの。それがただアルカノイズを倒すだけで終わる様なものである筈がなく、アルカノイズの次に待っていた《《その相手》》にマリアが思わず抗議の声を上げた。

「だからって、大人げないッ!」
「なッ……」
「あぁッ!」

 マリアの視線の先に居たのは、ジャージ姿の弦十郎だった。普段であればトレーニングルームの外から窓越しにこちらを見ている筈の彼が、軽くストレッチしながら室内に居る事にマリアだけでなく颯人と奏も頭を抱えた。

「今回は特別に、俺が訓練を付けてやるッ!」
「だから、な~んでアンタはそんなにアクティブなんだよッ!?」
「勘弁してくれよも~ッ!?」

 この2人は以前弦十郎を相手に訓練した事があった。だから言える。こんな理不尽の権化相手にトレーニングなど真っ平御免だと。

 だが他の者達は、正直そこまで実感が湧かない。響は弦十郎に師事している立場だが、彼女の場合はアクション映画を共に見てその動きをトレース出来るようにしているだけ。加えて弦十郎が直接戦闘している姿も見た事が無かったので、彼が如何に理不尽な存在であるかを知らなかったのだ。

「遠慮はいらんぞッ!」
「はぁ~?」

 やる気満々な弦十郎に対し、クリスは呆れたような顔をした。幾らなんでも生身でシンフォギアや魔法使いに挑むのはどうなのだと思ったのだ。

 そんな中で真っ先に動き出したのは颯人と奏であった。この2人は前述の通り弦十郎の理不尽さを知っている。逃れられないと分かった今、腹を括り一矢でも報いれるようにと先んじて動き出したのだ。

「こうなったら、やられる前にやれだ奏ッ!」
「応ッ!」
〈フレイム、ドラゴン。ボー、ボー、ボーボーボー!〉
〈プリーズ〉

 出し惜しみしている余裕は無いと、颯人はフレイムドラゴンとなり奏はウィザードギアを纏って突撃した。いきなり容赦なく全力を出す2人に、流石にマリアは2人を止めようとした。

「ちょ、待って!? 一応相手は生身よッ!」
「んなこと気にしてる場合かッ!」
「旦那、覚悟ッ!」
〈〈バインド、プリーズ〉〉

 颯人と奏、2人の魔法の鎖がまだ構えを取っていない弦十郎を雁字搦めにする。身動きを封じた彼に、今が好機と揃って飛び蹴りを放った。

「「いけぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」

「待って2人共ストップッ!?」
「先輩達やり過ぎだってッ!?」
「師匠逃げてッ!?」

 流石に身動きを封じてからの飛び蹴りなんて、生身相手にやり過ぎだとマリア達が2人を引き留めようとした。だが次の瞬間、彼女らはその認識自体が誤りだと気付かされる。

 普通であればどちらか片方の魔法の鎖でも振りほどく事が出来ない拘束を、何と弦十郎は力技で引き千切ってしまったのだ。

「むぅんッ!!」
「「げっ!?」」

「「「「はぁっ!?」」」」

 普段魔法を使うのでバインドの拘束力を知っているガルドを始め、力技で超常的な力を跳ね除けた弦十郎の行動に全員目を見開く。そんな中、弦十郎は自分に向け飛び蹴りを放っている2人に対し、握り締めた拳を突き出し迎え撃った。

「オォォォォッ!!」

 傍から見れば無謀極まりない光景。しかし現実は小説よりも奇と言う言葉を大きく超えていた。彼の拳が2人の蹴りとぶつかり合うと、2人は拮抗する事も出来ず逆に大きく吹き飛ばされてしまったのだ。

「どわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「やっぱりぃぃぃぃぃっ!?」

「ハヤトッ!? カナデッ!?」

 あまりの光景にガルドは吹き飛ばされていった2人を目で追ってしまう。その間に弦十郎は改めて構えを取ると、一気に彼に接近し拳を何度も振るった。

「余所見をするなッ!」
「ちょちょっ!?」
〈ディフェンド、プリーズ〉

 咄嗟に防御魔法で障壁を張るガルドだったが、弦十郎の拳が一発振るわれる度に障壁は大きく震え次第に罅が入っていく。あり得ない光景を前に、ガルドは思わず慄いた。

「嘘だろッ!?」
「フンッ!」
「うぉぉぉぉっ!?」

 トドメの一撃とばかりに弦十郎が力を込めて障壁を殴りつけると、対戦車ロケットすら余裕で受け止める障壁は音を立てて砕け散りその衝撃でガルドは颯人達の後を追う様に吹き飛ばされた。

 早くも3人が弦十郎により吹き飛ばされた光景に、マリアも困惑した声を上げた。

「ど、どうすればいいのッ!?」

 それは二重の意味を持った言葉だった。一応相手は生身であるので、普通に反撃をする事は憚られる。だが現に彼は力技で魔法使い2人と魔法の力を借りた装者を叩きのめしてしまった。こんな化け物を相手にどう対処すればいいのかと、困惑するのも仕方がない。

 だが弦十郎は彼女に考える暇を与えなかった。考えている暇があれば戦えと言う様に、土煙を突き破って飛び出しマリアに向け飛び蹴りを放ったのだ。

「はぁぁぁ、タァッ!」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
「マリアッ!?」

 これで4人目。訓練開始からまだ数分と経たない内に4人が、それもたった1人の生身の人間相手に脱落させられた事に、切歌と調の2人は早々に覚悟を決めた。

「人間相手の攻撃に躊躇しちゃうけれど……」
「相手が人間かどうかは疑わしいのデスッ!」

 ここまで現実離れした光景を見て、切歌と調は思わず足踏みしてしまう。その一方で、日々弦十郎から修行を付けてもらっている響は順応性が高かった。弦十郎から直接手ほどきしてもらえると言う事で、彼女は躊躇なく殴り掛かっていった。

「師匠ッ! 対打をお願いしますッ! はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「張り切るな、特訓バカッ!」

 1人他の者とは違う意気込みを感じさせながら、響は弦十郎に何度も拳を叩き付ける。シンフォギアを纏った事で全体的な身体能力が向上された拳は、生身の相手からは目で追う事も困難な筈のそれを、弦十郎はあろうことか全て片手で受け止めていた。それだけでなく、1人考えなしに突撃する響を窘める余裕すら持っていた。

「はッ! たッ! てぇいッ!」
「猪突に任せるなッ!」

 一心に拳を振るう響を前に、微動だにしない弦十郎。その姿から翼は彼の意図を推し量ろうとしていた。

「司令は手を合わせ、心を合わせる事で私達に何かを伝えようとしている……?」

 翼が見ている前で、響の拳が対に弦十郎により掴まれた。彼はそのまま片手で響を振り回し、一足先に吹き飛ばされた4人と同じ場所に向け放り投げた。

「ほいよっとッ!」
「うわッ。うわぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 5人目の犠牲者を前に、翼は冷静な分析を止め刀を握り締め次は自分の番と飛び掛かった。

「だが、その前に……私の中の跳ね馬が躍り昂るッ!」

 嬉々として弦十郎に斬りかかる翼。そこに躊躇は無く、口元には笑みすら浮かべていた。ここら辺、流石は親戚とは言え血縁者と言ったところだろうか。風鳴の血筋は血の気が多いのではと思わせるが、弦十郎の兄である八紘は血の気が多いようには見えなかったので絶対と言う訳では無いのだろう。
 或いは、もしかしたら彼も何だかんだで血の気が多かったりする可能性もあるが……

 そうこうしていると、翼の振るう刀が弦十郎により受け止められた。それもあろうことか、人差し指と中指のたった二本で、である。白羽鳥ですらない受け止め方を前に、翼の口から出たのは弦十郎に対する賛美だけであった。

「お見事……」
「はぁッ!」
「くッ!?」

 受け止められた刀を引かれ、バランスを崩したところに弦十郎の至近距離からのタックルを喰らい吹き飛ばされる。

 その瞬間、彼の意識は翼にのみむいていた。それを狙って、クリスが小型ミサイルの一斉発射をお見舞いした。幾ら彼が人間離れしていても、無数のミサイルを相手にはどうする事も出来ないだろう。

「ほたえな、おっさん!」
【MEGA DETH PARTY】

 だがそれは甘い考えだった。何と彼は飛んできたミサイルを次々と受け止め、抱えるとそれをクリスに向け投げつけたのだ。当然まだロケットを噴いているミサイルは進む方向を変え、発射した本人であるクリスに向け飛んでいく。

「ほッ! はッ! とッ! はッ! とッ!……おぉぉぉぉりゃぁッ!」
「嘘だろッ!?」

 自分に向け飛んでくる自分のミサイルに、というか小型とは言えミサイルを掴んで投げ返してくると言うあり得ない光景に戦き動きを止めるクリス。その彼女の前でミサイルが爆発し、クリスも吹き飛ばされていく。

「数をバラ撒いても、重ねなければ積み上がらないッ! 心と意を合わせろッ!」

 これで残されたのは透と切歌、調の3人。仲間が次々と倒されていく光景に動きを止めてしまった切歌達に対し、透はまるでクリスの仇と言わんばかりにカリヴァイオリンで弦十郎に斬りかかる。素早い身のこなしで接近し、兎に角相手に動きを捕捉されないようにしながら引っ切り無しに動き回って飛び回り攻撃を仕掛ける。
 弦十郎はそれらを全て素手で捌き切ると、一瞬捉えた透の姿に目掛け拳を振るう。

「そこだッ!」
「ッ!?」

 弦十郎の拳は見事に透を捉え、彼もめでたく他の仲間達と同じく吹き飛ばされ壁に叩き付けられた。

「速度は申し分ない。だが迷いのある刃では、相手に傷一つ付ける事は出来んッ!」

 多分間違った事は言っていないのかもしれないが、しかしその光景を見ていた切歌と調はこう思わずにはいられなかった。

 そんなのアンタだけだよ……と。

 その2人の心の声が届いたわけではないだろうが、残った2人に弦十郎の鋭い眼光が向けられる。まるで地獄の悪鬼を前にしたかのように、弦十郎と目が合った2人は肩をびくりと震わせる。

 慄く2人を前に、弦十郎は地面を強く踏み付ける。するとまるで地割れが意志を持ったように2人に向かって良き、砕けた地面が2人を吹き飛ばした。

 こうして、装者と魔法使い計10人は、弦十郎と言うたった1人の生身の人間相手に敗北した。

 訓練が終わり、トレーニングルームの景色が元に戻るとそこでは切歌と調が呻き声を上げながらひっくり返っている。いや、2人だけではない。

「「うきゅぅ……」」
「だ~から嫌だったんだよ、あのおっちゃんの相手は……」
「ひびき~、つばさ~、だいじょうぶか~?」

 ただの訓練の筈なのに、誰もがボロボロの状態でトレーニングルームの床に座ったりひっくり返ったりしている。立っている者は誰も居ない。

 そんな彼らに向けて、1人ピンピンしている弦十郎が檄を飛ばした。

「忘れるなッ! 愚者の石は飽く迄も、賢者の石を無効化する手段に過ぎんッ!」
「そりゃそうかもしれんけどさ……」
「ここまでする必要、ある?」

 クリスの認識は確かに甘いところはあったかもしれないが、しかしそれにしたってここまでボコボコにされる謂れはあったのだろうかと抗議せずにはいられない。しかし颯人と奏の抗議は弦十郎には届かず、それどころか彼は更にとんでもない事を口にし始めた。

「さぁ、準備運動は終わりだ」

 思いがけない言葉に、響が顔を上げて問い掛ける。どう考えても今のは明らかに準備運動の範疇を超えていた。何しろ全員既にグロッキーになっているのだ。これ以上何をすると言うのだろうか。

「え……じゃあ、今のはッ!?」
「本番は……ここからだッ!」

 そう言って弦十郎が取り出したのは、今となってはレトロなカセットレコーダー。既にカセットがセットされており、それには手書きでこう書かれていた。

 ”英雄故事”…………と。

 弦十郎が再生ボタンを押すと、レコーダーから音楽が流れ始める。それを聞いて颯人と奏は顔を見合わせ、そして力尽きたようにその場に身を投げ出すのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第174話でした。

相変わらず人間離れした弦十郎の旦那。原作で既にモリモリに人間やめてる描写があるので、ある意味彼は描きやすいです。何やっても「OTONAだから」で許されてしまうのが本当にズルい。

さて、次回辺りから漸くクリスと透の仲直りに向けて動き出せそうです。長らくお待たせしました。上手い事丸く収まるよう頑張ります。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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