| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

AXZ編
  第172話:愚者は悪名に非ず

 
前書き
先週は暁がロクに機能していなかったので、本日更新します。 

 
 レギオンファントムにアンダーワールドに入りこまれ、危うく精神世界を壊され昏睡状態になるかと思われていたサンジェルマン。しかし彼女は颯人と奏により一命を取り留め、カリオストロ達に回収されて拠点としているホテルへと帰還していた。

 そこで彼女を待っていたのは、普段は人を食ったような笑みを浮かべて飄々としているアダムから向けられる、珍しい程にハッキリとした蔑みの視線だった。

「失態だね、今回は。確かに言った筈だよ……僕は、シンフォギアの破壊と魔法使いの排除をね」

 アダムの言いたい事は分かる。彼らの計画の妨げとなる敵勢力の戦力を削ぐ為の作戦であった筈なのに、無意味に終わるどころか逆に敵に助けられたのだから。言い訳の使用も無い程の失態である。

「申し訳ありません。レンの介入を許してしまったもので……」
「フンッ! 前は良い所で邪魔したくせに」
「自分だって魔法使いを始末できなかった事を棚に上げて、いけ好かないワケダ」

 アダムからの苦言に素直に謝罪したのはサンジェルマンだけで、残りの2人はそれに反発した。普段何もかもを自分達に押し付けている彼が、失敗に対してはここぞとばかりに突いてくるのが面白くないのだろう。しかもそれを、湯船に浸かった状態で酒を呷りながら言われては苛立つのも致し方ない。

 そんな2人のボヤキに対して、アダム一筋のティキが反応した。

「聞こえてるわよ、三級錬金術師共ッ! アダムの悪口なんて許さないんだからッ!」

 言うまでも無いがこの場に居るのは全員が一級品の実力を持った錬金術師達。そうでなければ組織の幹部など務まらない。が、アダム以外眼中にないティキからすれば、サンジェルマン達も吐いて捨てる三級錬金術師でしかなかったのだ。

 しかし同じく2人のボヤキが聞こえていた筈のアダムは特に気分を悪くした様子はなかった。

「アスペクトはついに示された。ティキが描いたホロスコープにね」
「ならば、祭壇設置の儀式を」

 先程から芳しくない結果ばかりが目についたが、そんな中で満足いく結果を得られたティキをアダムは労う様に抱き上げ持ち上げた。淡々と言葉を口にするサンジェルマンを無視して、高々と掲げられたティキは子供のようにはしゃぐ。

「えへへへへッ!」
「この手で掴もうかッ! 神の力をッ!」
「いや~ん、ティキ、飛んでっちゃうッ!」

 戯れるアダムとティキを他所に、サンジェルマンは思い詰めたような目で1人意気込みを新たにした。

「完全世界実現の為に」

 組織の目標にしてサンジェルマンが求める理想。それを実現する為には最早止まれないとサンジェルマンは自身に言い聞かせる。

 だがその度に、彼女の脳裏には颯人との対話と、それ以前に交わした《《ある男》》との対話が脳裏を過った。

『救済の形は1つじゃない筈だ。俺は千に一つ、万に一つの可能性だとしても犠牲が一番少ない方法を選ぶ』

『何故犠牲にする以外の方法を選ばない? 世界を変える手段は1つではない。真に世界の行く末を憂いているのなら、例え茨の道であっても犠牲を払わない方法を見つけるべきじゃないのか? 俺なら少なくともそうする』

 前者は先日交わした颯人との、そして後者はそれよりもずっと前にある人物との会話である。別の時間、別の場所で交わされた会話であるにも関わらず、2人共揃って同じ事を口にしている。その事にサンジェルマンは、場違いだと思いながらも笑みを抑える事が出来なかった。

――やはり……似ている――

 束の間懐かしい気持ちになりながら過去に思いを馳せていると、そんな彼女を何時の間にかアダムが睨む様に見ていた。先程とは違う、射殺すような視線。
 普段は絶対に向けられる事のないその視線に、気付いたサンジェルマンは思わずヒュッと息を呑んだ。

「…………」

 何時もロクデナシとカリオストロ達が蔑むアダムが見せる信じられない眼光。こちらを射殺すのではという程の視線に、サンジェルマンは自分でも気づかない内に冷や汗を流し生唾を飲み込んでいた。

 暫し無言でサンジェルマンの事を睨んでいたアダムだったが、彼はそれ以上何を言うでもなくティキを肩に乗せてその場を後にした。残されたのはサンジェルマンを始めとした幹部3人のみ。
 去っていくアダムの後ろ姿に、カリオストロは早速影口を叩いた。

「嫌な奴。あんなのが結社を統べる局長ってんだから、やりきれないね」
「そうだね。だけど、私達がついていくのは、あいつでも結社でもないワケダ」
「……2人共……」

 言外にカリオストロとプレラーティは組織の為ではなくサンジェルマン1人の為に力を尽くすと言った。その2人からの信頼に、サンジェルマンは頼もしさと同時に申し訳なさを感じずにはいられなかった。

「ごめんなさい。今回は2人にも迷惑を掛けたわ」
「気にする事無いワケダ。あの小僧に先を越された事は業腹だが、最大の原因はレンの愚か者にあるワケダ」
「そう言う事。そんな事よりも、これ以上アダムにデカい顔させない為にも、本気出さなくちゃね?」

 つまりは、本気でシンフォギアと魔法使いの排除に動くと言う事。だがそれは決して容易ではない事はこれまでの戦いで証明されている。サンジェルマンが把握する限りにおいて、少なくとも颯人と奏のペアは驚異的だ。

「出来れば私も行きたいけれど、私は祭壇設置の儀式に取り掛からなければならないわ」
「元よりサンジェルマンはまだ不調なワケダ。無理をする必要は無い。シンフォギアの破壊、それと魔法使いの始末はこちらに任せて欲しいワケダ」

 それは頼もしいと思える反面、不安もあった。先にも述べた通りS.O.N.G.の中には明らかに組み合わせによってその脅威度が跳ね上がる存在が居る。颯人と奏もそうだし、先の戦いでは切歌と調も良い動きを見せていた。恐らく他にも組み合わせ次第でその能力を倍以上に発揮する者が居るに違いない。

 同時にサンジェルマンは、2人に颯人に対しては手心を加える事を頼むべきかと悩んだ。最早彼女にとって颯人は決して無視できない存在となりつつある。その彼の処遇を彼に対して何の価値も感情も見出していない2人に託すのは、最悪の結果を考えると不安を覚えずにはいられなかった。
 だがかと言って、長年連れ添ってきた2人を蔑ろにするような事を言える訳もなく、サンジェルマンはどうすべきかと言葉を詰まらせずにはいられない。

 そんな彼女のジレンマに感付いたのか、カリオストロが小さく肩を竦めながら呟いた。

「安心しなさい。サンジェルマンのお気にの坊やは、適当に加減しておいてあげるから」
「! カリオストロ?」
「だ・か・ら、サンジェルマンは安心して体を休めて、祭壇の設置に集中して」
「……ありがとう」

 サンジェルマンからの心からの感謝。それはカリオストロにとって何よりの勲章であり、そしてそれを独占した彼女はプレラーティからの嫉妬の対象になった。

「良い気になるなカリオストロ。逆上せた頭で戦って、足元を掬われない様に気を付けるワケダ」
「背中に気を付けろ、の間違いじゃなくて?」
「うるさい! さっさと行くぞ!」

 騒がしくしながらもその場を去っていく2人に、サンジェルマンは束の間肩にかかる重責も忘れて心からの笑みを浮かべていた。




***




 所変わってS.O.N.G.本部の了子の研究室には、装者と魔法使いを始め弦十郎に慎次、オペレーターの2人までもが集まり了子の操作する端末を見つめていた。

「これを見て頂戴」
「何これ? 何かの原石?」

 了子が操作する端末の画面には、マリアが言う様に何かの原石の様な岩石状の物質の中から結晶の様な物がはみ出ている物が表示されていた。誰もが首を傾げる中、了子の隣の端末を操作しているエルフナインがキーボードを叩きその物質に関する情報を読み上げていく。

「以前、ガングニールと融合し、いわば生体核融合炉と化していた響さんより錬成されたガーベッジです」
「あーッ! あの時の瘡蓋(かさぶた)ぁ?」

 以前のフロンティア事変の折、融合症例だった響はその身を侵食するガングニールの破片により危うく命を落とすところだった。その症状が進む過程で、響の胸元にある傷口から発生したのがこの小さな欠片である。
 当初は了子の手で響の身に起きる侵蝕を押さえる手掛かりにならないかと徹底的に調査されたが、その時にはこの物質には何の価値も見いだせなかった事を翼が思い出した。

「とは言え、あの物質にさしたる力は無かったと聞いてますが……?」
「そう、単純に聖遺物関連の技術に当てはめるとこの物質に価値は無いわ。ただ……」
「大勢の人々の命と想いを凝縮して生み出された賢者の石に対して、このガーベッジは響さんという1人の小さな命より生み出されています。つまりその成り立ちは正反対と言えます」

 サンジェルマン達が今使っている賢者の石は、ジェネシスがどこかで行ったサバトにより精製された物。それの精製に際して、多くの人々の命が犠牲になったと言うのはアルドらから語られた内容だった。

 無数の人々の命の結晶と言える賢者の石。それに対してこの物質は、響という世界から見ればちっぽけな個人から生み出された奇跡の物質と言えなくもない。
 了子とエルフナインは今回そこに着目したのだ。

「今回のシンフォギア強化計画は、このガーベッジが備える真逆の特性をぶつける事で賢者の石の力を相殺する狙いがあるわ」
「つまりは対消滅バリアコーティングッ!」

 了子の説明が意味するところに気付いた朔也が合点が入ったと言う様に声を上げた。真逆の特性を持つ者同士をぶつけ合わせ、賢者の石が持つ浄化の力を相殺しようと言うのが今回の狙いだった。

「そうです。錬金思想の基本であるマクロコスモスとミクロコスモスの照応によって導き出された解答ですッ!」

「れんきん……しそう……」

 漸くサンジェルマン達のファウストローブに対抗できる光明が見えた事に、エルフナインが興奮を抑えきれない様子で説明する。その様子を少し離れた所から見ていたキャロルが、エルフナインの口から出た錬金術用語に僅かな反応を見せたがその事に気付く者は居なかった。

「誰か、解説してほしいけれど……」
「その解説すら分からない気がするデス」

 流石に専門用語やら何やらが飛び交うからか、切歌と調は話についていけていない様子だった。が、これはこの2人が特段頭が悪いと言う訳ではなく素直というだけの話だろう。実際、そう言った技術に触れてきた朔也やあおいはともかくとして、装者・魔法使いの中にその原理を正確に理解している者は居なかった。重要なのは賢者の石が持つ浄化の力を無力化し、イグナイトモジュールが使えるようになると言う事なのだから。

「難しく考える必要は無いよ。アタシだってどういう原理なのかはよく分かんないんだし」
「奏さん?」
「ま、あれだ。あれを使えば気兼ねなくイグナイトが使えると思えばそれで十分って話だ」

 頭を悩ませる切歌達に奏が細かく噛み砕いて説明してやる。噛み砕くと言うより、それは最早磨り潰すレベルの説明だったがそれでも了子達の言いたい事は2人にも伝わったらしい。

「その物質、どこぞのバカの中から出たってんだから、さしずめ愚者の石ってところだな?」

 徐にクリスがそんな事を口走った。確かにこの物質には正式な名前が無いので何かしらの名称を付けないと不便だし、目的が賢者の石の力の相殺なのだから賢者に対する名称として愚者を用いるのは不思議ではない。
 ただ流石の響も愚者扱いに対しては思うところがあるのか、クリスに対して静かに抗議した。

「愚者とは酷いよクリスちゃん」
「そうだぞ~、クリス。響はなぁ……」
「愚者ってのは語りたがるもんだ。だから響ちゃんには合わないよ」

 愚者扱いは少し可哀想だったのか、奏と颯人がフォローする。が、そのフォローすら無駄にするのが響と言う少女の少し残念な所であった。

「そうだよ、クリスちゃん! 私に語れる事なんて無いんだから!」
「おいおい……」
「折角珍しく颯人がフォローしたのに」
「ほぇ?」
「立花? それだと自分は何も語れない馬鹿だと宣言しているようなものだぞ?」

 颯人としては、『賢者は学びたがり愚者は語りたがる』という諺に(なぞら)えて響の事をフォローしたつもりだった。ところがよりにもよって響は自分に知識が無い事を吐露してしまい、結局は翼の言う通り己が馬鹿である事を大々的に宣言してしまったのである。颯人が思わず頭を抱える横で、翼の言葉の意味を理解した響は堪らず奏に泣きついた。

「奏さ~ん! 皆が私をイジメる~ッ!」
「あ~、まぁ、今回はちと響も無防備すぎたな~」

 泣きついてくる響を奏が慰めるのを視界に収めながら、方針が固まった事に弦十郎が声を上げる。

「まぁ、何はともあれ名前は必要だ。響君には悪いが、賢者の石に対抗すると言う意味で愚者の石と名付けよう」
「うわ、まさかの師匠までッ!?」

 まさかの裏切りに等しい宣言に更に響がショックを受ける。これ以上は流石に可哀想だと奏が颯人に何かアドバイスを貰おうと助けを求めた。

「えっと~、え~っと……は、颯人ッ! 何かないか?」
「え~? ちょ、待って……」

 何か響をフォローできる材料は無いかと脳内の引き出しを片っ端から開ける颯人。ところが響に対するフォローは意外な所から飛んできた。

「でも……愚者は悪い意味だけじゃない気がする」
「キャロル?」

 その言葉を発したのはキャロル。彼女はこめかみを突きながら最近仕入れた知識をこの場で披露した。

「確か、タロットカードだと正位置で自由とか天真爛漫、可能性、それに天才の意味も持ってた筈。だから愚者ってだけでそんなに悪い意味は……」
「キャロルちゃんや? どこでそんな知識仕入れたん?」
「え? あ、アルドさんから……思い出すだけじゃなく、新しい知識を仕入れる事で開ける記憶もあるからって渡された本に……」

 アルドとしては、キャロルに刺激を与える意味で特に意味はなくとも様々な知識を得られる書物を渡したつもりだった。だがそれがまさかこんな形で披露される事になるとは、アルド自身思ってもみなかっただろう。

 一方響は、思わぬところからの援護射撃に感激しタックルする勢いでキャロルに抱き着いた。

「ありがとうキャロルちゃんッ!! そうだよね、愚者も悪い事ばかりじゃないよねッ!」
「わぷぷッ!?」

 押し倒しながら頭に抱き着いた事で、キャロルは呼吸を塞がれ暴れるが響はそれに気付かない。

 その様子に颯人達は軽く肩を竦めると、キャロルを人身御供にして話を続けた。可哀想だがキャロルには暫く響の相手をしてもらおう。

「それで、その石は何処に?」

 マリアはそこが気になっていた。もし石がここにあるのなら、態々画像など見せずそれ自体をこの場に持ってくればいい。それが出来ないと言う事は、愚者の石はこことは別の場所にあると言う事。

 その時颯人は何か猛烈に嫌な予感を感じた。その予感を証明する様に、何処か困ったような顔であおいが現在の愚者の石の所在を口にした。

「一通りの調査を終えた後、無用不要なサンプルとして、深淵の竜宮に保管されていたのですが……」

 深淵の竜宮は、先の魔法少女事変で水没してしまった。そこから小さな石一つを見つけなければならないと言う事がどれ程大変か。想像して颯人は思わず天を仰いだ。

「Oh my god……」

 その颯人の小さな呟きは、この場の全員の総意でもあった。 
 

 
後書き
と言う訳で第172話でした。

本当はこの後の戦闘シーンまで入りたかったのですが、これ以上書くと1万字を超えてしまいそうだったので切りの良いここまでと言う事で。

原作ではクリスと弦十郎から愚者の石と名付けられてしまい連鎖的に響も愚者扱いされてしまいましたが、流石に可哀想だったので色々とフォローしておきました。キャロルからのフォローは響的にも嬉しかったんじゃないでしょうか。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧