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見ていたので

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第一章

                見ていたので
 幕府がアメリカに贈った咸臨丸の太平洋を横断する航海は大変なものだった、嵐にも大波にも襲われた。
 その中でだ、アメリカ人の船員達はよく通訳として同行していた福沢諭吉に対して怪訝な顔で聞いてきた。
「ミスター勝は何処だい?」
「彼は今何処にいるんだい?」
「何をしているんだい?」
「幕府の責任者と聞いているが」
「今はどうしているんだ?」
「それがです」
 福沢は困った顔で答えるのが常だった。
「船酔いで」
「えっ、またかい」
「また船酔いなのかい」
「それで動けないのか」
「そうなのか」
「はい、最初からそうですが」
 勝海舟、今回の使節団で幕府の責任者である彼はというのだ。
「船酔いで」
「今は大変な時なのに」
「それでもか」
「大雨で船も大いに揺れているのに」
「それでも責任者がかい」
「そうです、ですから」
 福沢は困った顔で話した、英語でそうした。
「他の人にお願いします」
「わかったよ」
「しかしいつもこうだな」
「船が海に出てから」
「船酔いで動けないな」
「全く何も出来ていないな」
「はあ、それは」
 福沢も返答に窮した、そしてだった。
 密かにだ、同僚にこう漏らした。
「勝さんはな」
「そうだよな」
「港までは威勢よおてな」
 大坂にいたのでその言葉で言うのだった。
「元気やったけどな」
「あの時までだったよな」
「この人やったらいけるってな」
「そう思っていたのがな」
「それがどないや」
 福沢は困った顔で袖の中で腕を組んで言った。
「もうな」
「船が港を出たら」
「もう早速船酔いで」
 それになってというのだ。
「吐くか寝込んでいて」
「全く何の役にも立てないな」
「これやったらな」
 それこそというのだ。
「ほんま他の人の方がな」
「実際そうなってるしな」
「ええな」
「そうだよな」
「いや、知識はあって言葉の調子はよくて」
「頼りになると思ったら」
「船の中では動けへんって」
 それはというのだ。
「もうな」
「それで駄目だな」
「動けへんってな」
 船の中でというのだ。
「もうそれでや」
「駄目だな」
「あかんわ」
 やはり関西弁で言った。
「ほんまな」
「そう言うしかないな」
「わても身分は低いが」
「あの人もな」
「そこから身を起こしてな」
「学問とあの口で」
「それで武芸もや」
 これもというのだ。 
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