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称名寺の楓

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第一章

                称名寺の楓
 相模の国に称名寺という寺がある、そこに立派な楓の木がある。
 この寺に来た歌人として知られている冷和泉為相はその楓の木を見てだった、深く感銘を受けその白く気品のある顔で供の者に話した。
「これはな」
「よい楓ですね」
 供の者もその楓を見て応えた。
「実に」
「そうであるな」
「では」
「詠いたくなった」
 まさにとだ、為相は供の者に述べた。
「だからな」
「筆と短冊をですね」
「用意してくれるか」
「わかりました」
 供の者も頷いてだった。
 そのうえで詠った、その歌は。

いかにして この一本に 時雨けん 山に先立つ 庭の椛葉

 こうしたものだった、彼はその歌を詠ってから楓を見て言った。
「如何であろうか」
「では」
 何とだ、ここでだった。
 楓が喋ってきた、そのうえで詠ってきた。奇麗な女の声だった。

功なり 名を遂げて 身しりぞくは これ天の道なり

 こうしたものだった、これには為相も供の者も驚いた。
「何と、楓がしゃべり」
「そして詠いもするとは」
「これは凄い」
「左様ですね」
「しかもだ」
 為相は楓の木を見て供の者に言った。
「これまで赤かった葉がだ」
「青に戻りました」
「何という楓か」
「立派に色づくだけでなく青にも戻るとか」
「しかもその青の見事なこと」
「これまた見事ですね」
「全くだ、この様な楓を目にすることが出来るとは」 
 為相は感慨を込めて述べた。
「この寺に来てよかった」
「全くです」
 供の者も頷いた、そしてだった。
 為相はこの楓を青葉楓と呼びこの話を人々に伝えた、するとその話を聞いた都の僧侶仮に玄上とする高徳の初老の僧侶はこう言った。
「実は拙僧は今度その称名寺にです」
「行かれるのですか」
「はい」
 その話をした馴染みの公家に答えた。
「ですから」
「その楓をですか」
「見ることになります」
「それは僥倖ですね」
「一体どういった楓か」
「ご覧になられますね」
「そうします、拙僧は読経で行きますが」
 それでもというのだ。
「是非です」
「楓の木もですね」
「拝見させて頂きます」
「それでは」 
 こうした話をしてそしてだった。
 玄上は実際にその寺に赴いた、そのうえで。
 読経をした、それは無事に終わってだった。
 彼は寺の僧侶達と寺の縁側で仏門の話をしていた、するとだった。
 彼の前に赤を基調とした巫女の服を着た女が現れた、玄上は若く奇麗で艶やかなその女を見て僧侶に言った。
「この方は近くの社の」
「いえ、違うかと」 
 僧侶はこう答えた。
「こうした方はです」
「おられませんか」
「この辺りには」
 こう答えるのだった。 
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