| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

蛇足三部作
  『彼らの道は再び交差する』

 
前書き
大変長らくお待たせしました、蛇足時代三部作の投稿を始めます。
視点が今までと違ってころころ入れ替わりますので、ご注意ください。 

 
 ――――その時己の心の内に奔った感情へと名を与えるとすれば、それは紛れも無く“歓喜”であった。

 空の一角が、己が呼び寄せた二つの巨大な隕石によって黒く塗り潰されている。
 初撃は空を舞い重力を操る忍びである土影の手によって辛くも押し留められたものの、流石の老忍者もその影に隠れるようにして迫って来ていたもう一つの隕石には反応出来ない。
 一撃目の隕石に対しては何とか気力を保てていた者達も、その背後に隠れていた二つ目の隕石の姿を目の当たりにすれば、一転してその表情を絶望で染め上げる。

 ――その光景を冷めた視線で見つめながら、己は胸中で小さく嘆息した。

 揮う力こそ使い慣れた万華鏡とは別種の物であっても、眼下にて逃げ惑う者達の浮かべる表情はあまりにも見慣れたもの。ただでさえ敵である者達の力など微々たるものでしかなく、特に今の様に圧倒的な力になす術もなくやられていく者達の姿程、己が見飽きた物は無かった。

――――逃げる事も出来ず、自分の身を守る事も叶わず、歯向かう事すら敵わない。

 そんな弱い輩になぞ、興味はない。
 己が没してからの年月の間にそれなりの実力を持った忍びも生まれてきてはいるだろうが、この程度でやられるというのであれば、わざわざ自分が気にかけてやる価値もなかろう。
 己を外法な手段でこの世に呼び戻した術者の思い通りにしてやるのは少々癪だが、忍び連合の者達が己の敵である事に変わりない。ならば今は形だけでも従っておいてやるのが吉といったところか。

 そのような事を考えているうちにも、刻一刻と己の呼び寄せた巨石は地上との間の距離を狭めていく。
己が無表情で見守る中、巨石は大地へと激突して数多の忍び達の命を奪いにかかり――そうして大地には哀れな忍び共の骸が転がる事と成る筈……だった。

 ――――その未曾有の惨劇が、突如として出現した巨木によって遮られるまでは。

 轟音と共に大きく揺れた大地より爆発的な生命力の迸りと共に芽吹いて、その太く雄々しい幹で二つの巨石を絡めとり、青々とした若葉を茂らせた――天をも覆わんばかりの見事な大樹。

 中天に差し掛かった陽光に照らされ、青々とした若葉が木漏れ日混じりに宝石の様に煌めく。
 それまでは荒野としか評しようのなかった戦場が、一瞬にして新緑の大樹が根付く緑の繁茂する大地へと変貌していた。

 目を見開く――それまで漫然と出来ていた、息を吸うと言う行為すら脳裏から綺麗に消え去った。
 まさか、いや、そんな筈は無い。
 あり得ないと思いつつも、己の直感は唯一人の存在を示して止まなかった。

「な、なんだ……!」
「助かったのか、にしても、これは一体……!?」
「木……? 馬鹿な、いつの間に!」

 誰もが驚愕で目を剥く中、己が脳裏に浮かんだのはただ一人だけ。
 こんな真似を出来る者がこの世に二人といる訳が無い。

 その存在を探し出すべく、今は紫の波紋を描く瞳を戦場へと巡らせて――そして、見つけ出した。

 誰もが警戒し殺気を向けて来る中、ただ一人だけ泰然とした態度で視線を寄越す、目深に外套を被った細い人影。
 怪我を負った若い忍びの傍で片膝をついて治癒行為を行っている、強烈な既視感を与えてくるその身形。

 ――己が、見間違える筈が無かった。
 焦がれ、追い求め続けて、憎み厭いながらも――ずっと、ずっと憧れていたのだ。

 己が見守る中、人影は怪我をしていた忍への治癒を終えると、ゆっくりとした動きで立ち上がる。
 ――目深に被った外套の隙間より僅かに覗く口元が、緩やかな弧の形を描いた。

「随分と会っていなかった気がするが、こうして顔を合わせるのは何時以来だろうな?」
「……いずれにせよ、戦場で見えるのはこれで最後になる事だけは確かだな」
「――確かに、違いない」

 交わした言葉の内容に互いに互いの喉を鳴らして、低い笑声を上げる。
 旅先で旧友に出くわした時の様に悠然と、それでいてある種の親しみを込めて会話を交わす自分達へ、周囲の忍び達が訝しそうな視線を向けてくる。
 隣で旧知の皮を被った術者の男が眉を顰めているが、そんな些事などどうでもいい。

 己の必殺の技を止められたと言うのに、怒りは無い。
寧ろ相手の腕が衰えてなどいなかった事実に――心底安堵していた。

「……にしてもなんだよ、その目は」

 呆れた様に片手を腰に当て、奴は半ばふんぞり返る様にしている奴のフード越しの視線がこちらへと向けられる。

「万華鏡どころか、あの六道仙人の目まで開眼していたなんて聞いていないぞ」
「うちはの写輪眼が行き着く先は輪廻眼だ。流石の貴様もその事実には思い当たらなかったらしいな」
「全くだ。今のお前に勝つのは非常に骨が折れそうだな」
「……よく言う。寧ろ首を刈られるのは貴様の方かもしれんぞ」

 己の挑発を含んだ軽口に琴線を刺激された様に、人影が小さく笑う。
 ――皆が見守る中、被っていたフードが外され、解放された長い黒髪が空に舞う。

 男とも女とも取れる中性的で涼やかな面差しに、神秘的な緑色の輝きを帯びた黒い瞳。
 見慣れた不敵な微笑みは、嘗て幾度も戦場で相見えたあの時と全く変わっていなかった。

「――……穢土転生で甦ったのか?」
「最初は、な。けど、元々あれはオレと弟が考え出した禁術――その反忍術の一つや二つ、オレが持っていたとしても可笑しくはないだろう?」
「……術者との契約を解除したのではなく……術の上書きを行い、穢土転生の支配下から逃れたとでもいうのか?」
「まあな。万が一に備えて、生前から穢土転生用に反忍術を用意していたって訳だ」

 外套の下から覗いた容貌を目にした忍び達――特に木ノ葉に属する者達が騒ぎ出す。
 当然だろう。あの里に属している限り、常日頃からあの顔を目にして過ごしていたのだから。

「初代火影様……?」
「馬鹿な……! とっくに亡くなられて……まさか!!」
「カブトの穢土転生か……!?」

 警戒して臨戦態勢に入る忍び達に対して、奴は柔らかく微笑む。
 敵意も戦意も示さない慈愛に満ちた微笑みに、忍び達が武器を握る手に込めた力を弱めたのが分かる。

「安心しろ。確かにオレは一度穢土転生によって現世に引き摺り戻されはしたが、今はその縛りから逃れている。――寧ろ、今のオレの存在は生者に近いと言っていい」

 その言葉を証明するような、目と肌の色。
 ひび割れの無い肌色と生気に満ちた双眸を見せつけられて、連合の忍び達が歓声を上げる。
 戦場のあちこちで喜色を帯びた叫びが上がる中、軽く肩を竦めた奴はやや恨みがましい目でこちらを睨んだ。

「……こう見えて、現世に戻って来てからはかなり大変だったんだぞ。上手く術の縛りから逃れて弟を黄泉路に送り返したのはいいけど、オレは術の副作用で何故だか生き返ってしまったし、気づけばヒルゼン君は蛇顔の忍者に殺されかけているし……世界を放浪している間に命を狙われちゃうし、なんか知らないうちに色々な所で細胞は利用されているわで――……ほんっっとうに大変だった」

 何故だか最後の一言にやけに力が籠っている様な気がしたが、それは己に対する皮肉だろうか?
 
 軽く首を傾げていれば視線が外されて、土影と風影と共に様子を見守っていた金髪の忍びへと向けられる。
 オレンジ色の派手な忍服を纏って木ノ葉の額宛をしているその忍びは、奴の顔を見て動揺した様子を隠さなかった。

「――ナル君、ありがとうね。諦めないでいてくれて、本当に嬉しいよ」
「へ? それより……本当に初の姉ちゃんなのか!?」

 不躾に指を指す相手に不快を示す事なく、朗らかに奴は頷いただけだった。
 どこか面白そうな奴とは裏腹に、金髪の忍びは混乱を隠す事無くあたふたと両手を振り回す。

「――え、え? アスマ先生をあのゾンビヤローから助け出した後、どっかに雲隠れしたと思っていたら、まさか本当に初代火影だったのか……? でも、初代火影って、男だったんじゃ……?」
「まあ、生前は基本的に男性として振る舞っていたからね。そのせいで私が、つまり初代火影が、女であると知っていたのはほんの一握りだった。――だからこそ、蘇ってから女として振る舞う事は、私の正体を隠すための最高のカモフラージュになったんだけどね」

 ちらり、と緑の輝きを帯びた黒瞳が己の方を見やって悪戯っぽく瞬く。
 お前は知っていたか、と訊ねかける眼差しに軽く溜め息を吐く事で応じれば、意外そうに目が見開かれた。

「じゃ、じゃあ! サスケの奴が大蛇丸の弟子の振りをしていて、実は初のねーちゃんの弟子で協力者だったっていうのも――本当なのか!?」
「ああうん。互いに互いの利益が一致していたし、私としてもうちはの末裔をあのまま堕とすつもりもなかったし。あの不器用なお兄さん相手にやり合える様になるまで、それこそ徹底的に鍛えたよ」

 あっさりと宣言してみせ、地面へと突き刺さっていた適当な刀を抜いて一閃する。
 鈍い銀光が奔ったかと思うと、背後から忍び寄っていた口寄せ動物の蛇が真二つになっていた。
 そうしてから、ややじとりとした視線を己の方へ――正確には己の隣に佇む術者へと向ける。

「やれやれ……、可愛い教え子の一人とゆっくり話す機会もくれないとは。余裕の無い男は見苦しいぞ?」
「すみませんね。死者の括りから解放された初代火影が目の前にいるかと思うと、どうしても……」

 地に片手を付けて口寄せ印を組んでいた術者の男が、興奮を隠せない口調で応じる。
 その反応を予想していたのか、奴は苦笑しただけに留まった。

「その姿は二代目土影……無殿のものだな。全く、未完成の術に過ぎなかった穢土転生を此処まで完成させた術にするなんて……つくづく敵であることが惜しいな」
「お誉め頂き光栄ですよ、初代火影様」

 大袈裟な仕草で礼をしてみせた旧知の皮を被った術者に対して、物惜しげな光を奴が浮かべている。
大方、弟子にでも取りたいと考えたのだろう。貪欲に人材を求める癖は未だに健在だった。

「しかし、驚きました。てっきり貴方はもう一人の“うちはマダラ”――あの仮面の男の方へ向かうと読んでいましたが」
「まあ、つーちゃん……五代目火影や雷影殿はそうして欲しかったみたいだけどね」

 軽く肩を竦めると、手にした刀の感触を確かめる様に手の中で弄んでいる。
 ちらり、と緑色の輝きを帯びた黒の双眸が静かに様子を伺っている土影へと目配せを送った。

「あの仮面の男がわざわざ『うちはマダラ』の名を名乗るんだ。それなりの意味があっての事だと思っていたし、何らかの協力関係にあるのだろうとは思っていた。――そうしたら、その通りじゃないか」

 目配せを受けた土影が、周囲の忍者達にその場から下がる様に無言で指示を出す。
 それに気付いているのかいないのか、術者の男は尚も不審そうに言葉を重ねた。

「――つまり、最初からあの仮面の男が偽物だと気付いていたのですか?」
「そりゃそうさ。オレがそいつを間違えるわけがないじゃないか……――お前だってそうだろ?」
「当然だ」

 不思議そうな表情で決まりきった事を尋ねられ、意図せずして呆れた響きの声が漏れてしまう。
 他の誰を見間違えたとしても、この仇敵だけは間違えたりなどしないと断言出来る――故に愚問であった。

 その一方で、強い断定の口調に術者の男が気圧された様に押し黙る。
 暫くの間沈黙がその場を支配するが、その空気を払拭するように術者の男が再度口を開いた。

「では……長らく姿を隠していた貴方が何故此処に?」
「なに、大した事じゃないさ。生者に死者を戦わせるのは少々忍びないと思ったのと――」

 それまで流水の如く滑らかに綴られていた言葉が、ぷつりと途切れる。
 その態度を訝しく思って飄然と佇んでいるその姿を睨めば、凛とした面差しに好戦的な笑みが浮かぶ。
 凪いだ湖面を連想させる様な黒瞳に漣が立ち、鋭い刃を思わせる輝きが一瞬奔った。

「何ら難しいことじゃない。私が、マダラ――お前と戦いたいと思っただけさ」
「……っ!」

 真っ直ぐに、緑の輝きを帯びた瞳が己を射抜く。
 己の胸の内が、歓喜とも、喜悦とも言い難い“何か”で満たされていく。
 憧れ、追いかけ、求め続けていた相手が、看過出来ない敵として己の存在を認めてくれていたのだ。

 ――――その事実は間違いなく、己の心と欲求とを満たしてくれた。

「このオレの、一世一代のお誘いだ――無論、断わるなどというつれない返事は言わんよな?」
「……まさか。こちらとしても有象無象との相手には飽いていた頃だ」
「それでこそ我が好敵手! ――そうこなくちゃ!!」

 鮮やかに奴が笑ってその眼差しを鋭い物とすれば、それまでの気安い空気が一変して、触れるだけで切れそうな気配が奴を包み込む。
 忍び達が気圧された様に息を飲むのを、どこか苛立ちを交えた気分で耳にした。

「――オオノキ君、我愛羅君。今すぐ全員をこの場から離れさせろ」
「しかし……!」
「貴様から誘って来たと言うのに、余所見をするとはな!!」

 地を蹴って、須佐能乎の刀で一刀両断を狙う。 
 その細い体を両断しようとした霊器の一撃は地面から伸びて来た大木の幹によって塞がれ、須佐能乎の刀と巨木の幹とがかち合って粉々に砕け散った。

「そう急くな! オレとしてもお前との久方ぶりの殺し合いだ。とことん気兼ねなくやり合いたいから、なっ!!」

 足下を狙った一撃を大きく後方へと跳ぶ事で躱せば、結われていない長い黒髪が羽の様に広がる。
 追撃の刃は木錠壁の壁によって防がれ、叱咤の響きを宿した声音が再度戦場に響き渡った。

「そら急げ! オレの技は大掛かりなんだ! 手加減したままで勝たしてくれる柔な相手でもないし!」
「っ、分かったってばよ! 皆、急げ!!」

 逡巡も束の間、自分達の間の力量の差を直ぐに理解したのだろう。
 一人、また一人と忍び達が戦場を離脱していく。
 その様を横目で見やって、奴は軽やかな笑声を上げた。

「ははっ! 嬉しいな、死んでいる間に腕が鈍っていないか心配していたが、杞憂のようじゃないか!!」
「貴様こそ、平和ボケして腕が落ちた訳では無さそうだな!」

 ――己の刀が奴の頬を切り裂く。
 赤い血が吹き出たかと思うと、直ちにその傷が修復されていく。

 ――奴の持つクナイが己の腕を斬りつける。
 そうすれば血の代わりに傷口から紙片の様な物が飛び散っていく。

 己が見つめる中、愉悦を帯びた双眸が細められて、愉しそうに喉が鳴らされる。
 火影として、千手の長として振る舞っていた頃には決してしなかった――獰猛な獣を連想させる表情を浮かべ、かつて己の前から姿を消した仇敵は哄笑を上げる。

「ああ、やっぱりお前と戦っている時が一番面白い! こう言うのもなんだが、またお前と戦えて楽しいよ!」

 認めてくれている。その事実がどうしようもなく心を歓喜させる。
 生き生きとした黒い瞳に映っている己もまた好戦的な笑みを浮かべているのに気付いて、内心で苦笑するしか無かった。

「来いよ、我が好敵手! 昔みたいに仲良く踊ろうぜ! なんだったらリードしてやろうじゃないか!!」

 銀光が煌めいて、鮮やかに奴の姿を彩る。
 踊る様にその両足が地を踏めば、その地点から命を与えられた樹木が息吹いて、絡み合ってはその太さを増していく。

「相変わらず、癪に触る――先に踊り疲れるのは貴様の方だろうよ!」
「それはどうだか! 久方ぶりにお前と手合わせ出来て、私はとても気分がいいくらいだからな!!」

 燃え盛る業火が芽吹いていく木々を一息に焼き尽くす。
 それを背景に高らかに笑うのは、長年求め憎み続けた仇敵の鮮やかすぎる姿だった。
 
 

 
後書き
この話は主人公と頭領を思う存分戦わせてやりたいな、と思って書き始めた作品ですのでのっけから二人共戦意バリバリです。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧