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邪教、引き継ぎます

作者:どっぐす
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第一章
  4.デーモン族の山

 腹部に、アークデーモンの大きな拳がめり込む。

「が……は……」

 飛ばされたフォルは、踏み固められた雪の上を転がりながらうめいた。

「何しに来た!」

 大きな声が、雪山に響く。
 形見の杖――悪魔神官ハゼリオの杖――が手から離れてしまい、慌ててそれをつかもうとしたが、その前に蹴り飛ばされ、さらに転がされた。

「ぐあっ!」
「ふざけるな! 騙しやがって!」
「ちょ、ちょっと待ってください! いったい、どういう――」
「うるせえ!」
「がはっ!」

 フォルを山道で取り囲み、怒鳴りながら暴行を加えているのは、アークデーモンの若者たちである。
 大神殿の近くには、アークデーモンたちが住んでいる山があった。アークデーモンの族長やその部下たちが“おつとめ”として大神殿に常駐していたこともあり、お茶くみ係であったフォルとしても身近な種族だった。

 まだこの山のアークデーモンたちは滅びていなかった。
 山道に入って生き残り彼らに遭遇し、うれしい気持ちになった途端に飛んできたのは、暴力。
 フォルとしてはまったく予想していなかった。

「お前たちさえこの地に来なければ!」

 フォルよりもはるかに大きく、筋肉隆々のアークデーモンたち。次々とやってきては、叩打の輪に加わっていく。
 頭部も容赦なく殴られ、仮面も外れてしまった。
 苦悶に歪んだ顔が露となり、サラサラだった黒髪も乱れて雪まみれとなっていた。

 なおも暴行は続く。
 そしてついには、

「殺してしまえ」

 という声が飛んだ。
 しかしそのとき、フォルの体が光を発した。

「なんだ?」
「光った」
「熱いぞ」
「離れろ」

 明るい山道でもはっきりとわかる謎の光。そして同時に謎の熱。
 ギラの呪文しか使えないフォルが起こしたものではない。

 考察する余裕などない本人。
 一方、もともと警戒心の強い種族であり、厳寒の環境で暮らしていたアークデーモンたちは、その光と熱により手がとまった。

「お前たち、何をしている」

 そこに、声の落ち着いたアークデーモンがあらわれた。
 顔も声も、フォルの記憶にはあった。神殿に来たことがあるアークデーモンだった。
 普通の人間であれば見分けが難しいであろうアークデーモンの顔や声の個体差も、神殿で見慣れていたフォルには容易だった。

「おぬしの顔は見覚えがある。神殿にいたお茶くみの子だな」

 まだ呼吸もままならないフォルは、地に這ったまま見上げるだけだった。
 が、そのアークデーモンは視線を受け取り、小さくうなずいた。



 フォルは薄暗い洞穴に案内され、族長の部屋に通された。
 椅子に座る慣習はないのか、敷物に座って二人のアークデーモンと向かい合うかたちとなった。

「私は族長代行だ。手荒なことをしてしまい申し訳なかった」
「俺は代行の代行だ。代行のおかげで命拾いしたな。感謝しろよ」

 態度が対照的な二人。
 この代行の代行は、先ほどフォルと一番先に対面し、腹部に拳を見舞ってきた者である。いまだその眼光が険しい。
 代行はフォルの持つ杖を見た。

「それは……。悪魔神官ハゼリオ殿が持っていた杖か」
「はい。ご遺体のそばに落ちていまして」

 自分もハゼリオとともに戦うつもりだったが、それを許されなかったこと。戻ってきたときには神殿が全壊し、死屍累々だったこと。よって自分はおそらく神殿唯一の生き残りであること。
 フォルは把握していることを簡単に説明した。
 代行はうなずきながらそれを聞いていた。すでに受けていた報告と頭の中で照合していたのかもしれない。

「なるほどな。そなたも大変だったな」

 そう穏やかに言うと、代行は続けた。

「だが、人間の若いの。たしかに我々はハーゴン殿に言われて教団に協力していたが、大神殿で討ち死にした族長をはじめ、これまでに多くの仲間が殺された。ハーゴン殿が討たれ、破壊神すらも討たれ……教団が崩壊した今、結果だけ見れば、我々は人間同士の争いに巻き込まれ莫大な被害を出した事実しかない。憤懣(ふんまん)やるかたないという者が我々の中にもいるということを理解してもらえると助かる」
「そうだ! ふざけるな! 何が理想の世界を創るだ!」
「やめろ。この者に言ったところで意味はない」

 怒鳴る代行の代行を、代行はため息をつきながら制した。
 そしてフォルもようやく理解した。

「あ、いえいえ。実はそういうのは全然考えていなくて。いま教えてもらえて初めてわかりました。たしかにアークデーモンの皆さんにとってはそのとおりですよね。申し訳ありませんでした」

 フォルは素直に思ったことを返し、頭をぺこりと下げた。
 代行の代行がふんと鼻を鳴らし、代行に目で咎められている。

「さて、では用件を聞こうかの。ここまで来たということは、何か用があってのことだろう?」
「はい」

 フォルは二人を見て、言った。

「一つ、お聞きしたくて」
「ほう、何かな」
「私たちは、いきなり下界の人間に大神殿に乗り込まれて全員虐殺されるような、そんな仕打ちを受けてしまうに値するような教団だったのでしょうか」

 その問いに、アークデーモン二人は固まったように見えた。
 数秒の静寂を破ったのは、代行の代行だった。

「何を言い出すかと思えば。ふざけたこと言ってんじゃねえよ!」
「やめろ。本人は真面目に質問しているようだ」

 近くにあった灯りの炎が激しく揺れる。
 立ち上がってフォルに詰め寄ろうとした代行の代行を制すと、代行はフォルに対し、逆に質問をしてきた。

「私は大神殿で何回もおぬしを見ているが、名を聞いたことはなかったな。なんというのだ?」
「フォルと言います」
「ではフォルよ。それを聞くためにここまで来たのか?」
「はい。気になっていまして」

 代行はやや首を傾げた。

「ハーゴン殿やハゼリオ殿のすぐ近くにいたおぬしがそのようなことを聞くのも妙な気がするが……。まあ、お茶くみなら知らぬことも不思議ではないのか……?」

 顎を触りながら少し考える素振りを見せると、やがて代行はフォルに宣告した。

「おそらく、人間側とすれば虐殺に値する教団だったのかもしれぬな」 
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