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ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ

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クリスマスイブイブストーリー③


クリスマスイブイブストーリー③

 

 清隆が雲雀とスパーリングしている頃、学校内のとある場所で密会している者達がいた……。

 

 

 —— とある場所 ——

 

 

「……CHAOS、だな」

「ええ。驚きましたよ。わざわざ年末に来日した甲斐があるというものです」

「ありがとうございます。でも、今の私の力ではせいぜい1日10分間が限度です」

「いや、十分だ。感謝するぞ」

「ええ。十分過ぎます」

「その姿に戻りたい時はこう言ってください。『プレゼントプリーズ』、と」

「そこは同じなのな」

「ですが、長さはお父上の10倍ですよ」

 

 

 —— 清隆side ——

 

 

「はぁ……はぁ……」

「……へぇ、なかなか頑丈だね君」

 

 雲雀恭弥と名乗る男から話しかけられ、そのまま攻撃を仕掛けられてから早10分。

 

「すぐにダウンすると思ったけど、動きもいいし防御もしっかりとしている。なるほどね。赤ん坊が気にいるのも分かる」

 

 雲雀は息も絶え絶えの俺に対し、涼しい顔で薄ら笑いを浮かべながらそう言った。

 

(……くそ。なんだこいつは。戦法も出鱈目だし、体力も力量も今まで対峙したどの指導者とも比較にならないぞ)

 

 縦横無尽に繰り出されるトンファーの連撃。スピードも早くて避ける事は出来ず、受ける箇所を意図的にずらしてダメージを分散させるくらいしか出来ない。

 

 なぜかいきなり大きな隙が生まれるからそこに攻撃を仕掛けるのだが、雲雀は避けもせずに被弾する。

 

 まぁ俺と同じ様に意図的に受ける箇所を操作しているからダメージは少ないだろうが。

 

 ……いや、直撃しても表情一つ変えないところを見ると、ノーダメージだと思うべきか?

 

 簡単に言えば俺達の力量差は歴然という事だろう。

 

「……くそ、なんだこの湧き上がる不快感は」

「あまりの力量差が悔しいのかい?」

「……自分でも分からないが、そうかもしれないな」

「いいね、負けず嫌いはいい事だよ」

 

 相手との力量差を知らしめられた時、頭の中がなんとも言えない感情で埋め尽くされる。

 

 ホワイトルームでカリキュラムのレベルが上がった時に稀に味わうことがあった感情だ。

 

(なるほど……俺は負けず嫌いだったのか)

 

 思わぬ事で自分の内面を理解していると、急に雲雀が学ランの外ポッケに手を入れた。

 

 そして、ポッケから抜き出された雲雀の手にはアクセサリーらしきものが握られていた。

 

(……ブレスレット?)

 

 雲雀は取り出したブレスレットを左腕に装着する。

 

「ふふ、君は面白いからもう少しだけ本気で攻撃させてもらおうかな」

「……今までは手を抜いてたってわけか」

「当然。だってそうしないとすぐに君を噛み殺しちゃうからね」

「……!」

 

 その時、雲雀から放たれる威圧感が増した。今までよりも強く、そして深く心に浸透してくる様な、そんな威圧感に。

 

(やばいな、なんとなくだが……これはやばい気がする)

 

 雲雀が何をするのかは分からないが、食らってはいけない攻撃が来るのは分かる。

 

「……じゃあ、行くよ」

「……」

 

 ——ざっ。

 

 思わず後退りをする。

 

(……このままここにいたらまずい)

 

 どうにかしてこの場を脱出できないかと、頭をフル回転して雲雀から逃れる方法を思案する。……が、そんなものはない。それが俺の導き出した答えだ。

 

 つまりは雲雀の目を掻い潜って逃げ出す方法はないという事だ。

 

「……今はスパーリング中だ、逃さないよ」

「……」

 

 俺がどうしようもない絶望感を感じているのは、きっと生まれて初めてであろう。

 

(雲雀恭弥、こいつは一体……)

 

 現実逃避をするかの様に、雲雀の正体を思案していたその時。

 

「待て、雲雀」

『!』

 

 ——ダンっ!

 

 聞いたことのない男の声がしたかと思えば、俺と雲雀のちょうど中間の位置に黒いスーツ姿の男が現れた。

 

(! いつの間に?)

 

 足音はしなかったし、気配すら感じなかったのにいきなり現れたスーツ姿の男。

 

 よく見ると特徴的なもみ上げをしている。

 

 そんな男に対し、雲雀は臆することなく話しかけた。

 

「……どうしたんだい、その姿は?」

「……CHAOS、だな」

(カオス?)

「はぁ……」

 

 雲雀の質問には答えずにカオスだなと発言した男。

 男は短くため息を吐き、雲雀に声をかけた。

 

「雲雀、ボンゴレギアは使用禁止つっただろう」

「悪いね、我慢出来なくてさ」

「全く……まぁそれだけお前が気に入ったってことだな」

 

 どうやらこいつらは知り合いらしい。というか部外者が2人も現れるとは、冬休み中はセキュリティーガバガバにする決まりでもあるのか?

 

「……(くるっ)」

「!」

 

 雲雀に呆れたのか、男は俺の方に視線を向けた。

 

 

「雲雀をここまでワクワクさせるとは、やはりお前は面白い奴だな。綾小路」

(! この男まで俺の名前を?)

 

 雲雀恭弥に引き続き、なんでこの男までが俺の名前を知っているのか。疑問は尽きないが、とりあえず質問しないことには始まらない。

 

 そう考え、俺はスーツの男に質問をすることにした。

 

「……お前達、一体何者だ?」

「……」

「雲雀は並森とかいう高校らしいが、あんたもこの学校の関係者じゃないだろう?」

「……フフン」

 

 俺の質問に、スーツの男は軽い笑い声を上げた。

 

「そうとも言えるし、ある意味関係者とも言える」

「……どういう意味だ」

「少なくとも、俺達がここにいても学校側は何も対処しない。それだけは確かだな」

 

 部外者の不法侵入に対処をしない?

 

 それは冬休みだからなのか、それとも別の理由があるのか?

 

 回答の意味を考えている俺に、スーツの男は落ち着けと促してきた。

 

「そう構えるな。俺達は別にお前に危害を加えるつもりはない。雲雀は少々やりすぎたがな」

「ただのスパーリングだよ」

「ボンゴレギアを使おうとしただろうが」

「……結局は使ってないから問題ないよ」

 

 雲雀とスーツの男との会話の中に、1つだけ気になる言葉があった。

 

(……ボンゴレギア。ボンゴレというと、もしかしてあのボンゴレか?)

 

 

 スーツの男には戦闘の意思が感じられない。俺との対話を望んでいるようだ。

 

 俺は気になった言葉について問うてみることにした。

 

「おい、お前達は……ボンゴレファミリーなのか?」

『!』

 

 俺の質問を受け、スーツの男と雲雀は目を見開いた。一瞬だけ動きを止めたが、すぐにニヤリとした笑みを浮かべる。

 

「ふん。そういえばお前は知ってるんだったな。だが残念、その答えは半分だけ正解だ」

「半分?」

「ああ、雲雀はボンゴレファミリーの1人だ。だが、俺はボンゴレの関係者ではあるが、厳密にはファミリーではない」

「……」

 

 雲雀はボンゴレファミリーだが、スーツの男はボンゴレファミリーではない。だが関係者ではある。

 

 詳しいことはよく分からないが、綱吉の仲間である事に間違いはないんだろう。

 

「……綱吉のお仲間ってわけだな」

「そうだぞ」

 

 この2人もマフィアだということか。マフィアが普通に入り込める国営の学校ってどうなってんだ。

 

 ……いや、理事長が現ボンゴレボスと知人だと言っていた。ボンゴレはある程度この学校に融通を利かせられるということか。

 

 そうなると、雲雀が俺を攻撃してきた理由はなんなんだろうな。

 戦闘に入る前には俺が綱吉の相棒だからとは言っていたが。

 

「なぁ、雲雀はどうして俺を攻撃してきた? 綱吉と友好的だからか?」

「そこの黒服に頼まれたのさ。君の力量を推し測れとね」

「! なに?」

 

 視線を雲雀からスーツの男に移す。男は今だにニヤニヤと笑っている。

 

「悪いな。実は俺も別のやつに頼まれてんだ。ツナの右腕(仮)にな」

「綱吉の右腕?」

「ああ。ツナの相棒とパートナーを自称する奴らがいるなら、そいつらが本当にその呼び名に相応しいのか見極めてくれとな」

「……」

 

 何で俺と堀北の立ち位置まで伝わってるんだよ。

 

「あ、そういえばお前宛に伝言を預かっている。とりあえず聞け」

「……」

 

 スーツの男は懐からボイスレコーダーを取り出し、それを再生し始めた。

 

 再生されたのは、荒々しい男の声だった。

 

「おい綾小路! 10代目の相棒を自称してるんだってなぁ! 堀北もパートナーなんて自称しやがって! え? 10代目から言い出した? まじっすか!?……おほん! 10代目から言い出したなら仕方がねぇ! だがな、俺は10代目の右腕として本当にそれが適切な呼称なのかを確認する必要がある! だからお前達の力量を推し量ってもらうことにした! いいか!? もしも相棒と呼ぶには相応しくないと診断されたら、すぐに相棒を辞めやがれ! もしもその逆なら……今は相棒を名乗る事を許すが、俺は自分の目で判断するまでは認めねぇかんな!」

「……」

 

 ずいぶんな言われ様だが、流れて来た声には聞き覚えがある。

 

 確か姉妹校の……獄寺だったか?

 

 あいつが綱吉の右腕ってことか。そういえばあいつと綱吉は仲良かったし、無人島でも10代目って言ってたもんな。

 

「今のは、姉妹校の獄寺か?」

「そうだぞ。よく覚えてたな」

「……あいつが綱吉の右腕なのか」

「(仮)な。まだ決まってはいねぇ。確かなのは、獄寺はツナの嵐の守護者だってことだ」

(……嵐の守護者?)

 

 (仮)だの嵐の守護者だの。

 意味が分からない単語ばかり出てくるな。

 

「嵐の守護者……ってなんだ?」

「ボンゴレファミリーにおける、6人の最高幹部の1人の事だ」

 

 スーツの男はボンゴレの守護者について説明をしてくれた。

 

「ボンゴレボスは別名で〝大空〟とも呼ばれている。それに習って、大空であるボスを守護する6人の幹部、通称守護者には、大空を染め上げる天候の名称が一つずつ割り当てられている。嵐・雨・晴・雲・霧・雷の6つだな。そして獄寺がその1つの嵐の守護者というわけだ。ちなみに雲雀は雲の守護者だぞ」

「! 雲雀も綱吉の守護者なのか」

「その言われ方は嫌いなんだ。僕は僕のやりたいようにしているだけ」

 

 ……聞いてもいまいちよく分からないが、きっと呼称意外にも守護者には何かしらの意味があるんだろう。

 

 そう俺が考えていることに気づいたのか、口には出さないが『お前には教えられない』と言いたげな表情だ。

 

 これ以上聞いても意味がないだろう。そう判断し、話を本筋に戻そう。

 

「……で、見極めの結果はどうだったんだ」

「ふむ。そうだな、まぁ及第点って所だな」

「……及第点?」

 

 及第点。そんな事を言われたのは久しぶりだ。3〜4歳の時以来じゃないだろうか。

 

 しかし、あの時は少し手を抜いていたからな。今回は割と本気で応戦したのに、それで及第点とは。……釈然としない。

 

「表社会の、この学校の中ではトップになれるだろうが、ツナの生きていく世界においてはまだまだ実力不足だな」

(裏社会においては俺はまだまだってことか?)

 

「……まぁ、俺はマフィアじゃないしな」

 

 そりゃあマフィアと比べたらそうかもしれないが、そんなの仕方がない……。

 

(……)

 

 仕方がない。そう考えた時、自分に対して嫌悪感が生まれた。

 

(仕方がない、そんな言葉で片付けていいのか?)

 

 

 ホワイトルームで色んなカリキュラムを受けて来た事で、俺は一般社会においては大人にも負けない知識量と肉体を手に入れた。

 

 施設の最高難易度のカリキュラムだって全てクリアした。

 

 ホワイトルーム自体は嫌いだが、そこで培った自分の力には自信もプライドもあった。

 

 それなのに、裏社会においては及第点?

 

(……悔しい)

 

 眠ってた感情が呼び起こされる気がする。

 

 自分を否定されて苛つくような、すごく悔しいような。心の中で行き場のない感情が暴れ始めたようだ。

 

「ツナの相棒として相応しいかと聞かれれば、今はまだ相応しくないと言わざるを得ないな」

「……」

 

 すでに暴れ始めた俺の感情だが、さらに激しく暴れ始める。

 

(俺が綱吉の相棒に相応しくない? 一度手合わせしただけで決めつけるんじゃない。俺はまだやれる。もっと強くなれる。……それに、綱吉の相棒には俺がなると決めたんだよ)

 

「まぁそういうわけだ。いきなり襲って悪かったな綾小路。これからはツナとは仲の良いクラスメイトとして卒業まで仲良くしてやってくれ」

 

 スーツの男は俺に背中を向けた。そしてゆっくりと歩き始める。

 

 そのスピードはとても遅く。すこし早歩きすれば追いつけそうな速度だ。

 

 しかし、雲雀だけは動かずに俺の事を見続けている。

 

「……ねぇ、君にとって沢田綱吉って何?」

「は?」

「たった今、君は沢田綱吉の相棒を辞めさせられたわけだけど。それでいいの?」

「……」

 

 いきなりの質問だが、その意図は分からなかった。

 

「僕はボンゴレなんてどうでもいいと思ってる。群れるのも嫌いだし。沢田綱吉の事だって小動……いや、面白い小動物としか思ってない」

 

 ……守護者なのにどうでもいいとか、群れたくないとか、面白い小動物だとか。

 

 一体何考えているんだこいつ。

 

「でもね、沢田綱吉の雲の守護者。その座だけは誰にも譲れない」

「!」

「彼は僕をワクワクさせるし、彼に付いてればもっと自分の望む様に生きていける。雲が空があれば自由に浮かんでいられるようにね」

「……」

 

 ボンゴレは超巨大な組織らしいからな、その幹部ともなれば得られる利益は多いだろう。

 

 雲雀は損得勘定で綱吉の守護者をしているのか?

 

「けれど、別に仲間になったつもりはないよ。僕は沢田綱吉を噛み殺したいとも思っているし、彼の守護者ならばいつでも彼に戦いを挑めるだろう?」

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、ってわけか。

 綱吉に対して忠誠心とかは全くないんだな。

 

「……そんな自分勝手な理由で、綱吉の仲間をやっているのか」

「言ったはずだよ、僕は沢田綱吉の仲間じゃない。面白いから力を貸しているだけだ。あくまでギブアンドテイクさ」

「……ボンゴレってのは思ったよりもバラバラなチームなんだな」

「いや、そうとも言えない。いつもはバラバラだとしても、有事の際にはボンゴレは常にひとつ……らしいからね。それに、沢田綱吉が仲間と思っている相手に対して所属がどうとかそんな事を気にする人間では無いことは君も知っているはずだよ」

「……」

 

 確かに、綱吉はクラスメイトじゃ無い相手でも敵でないなら仲間にしてしまう奴だな。

 

「まぁ要するにボンゴレの大空っていうのは、どんな相手だって自分の懐に取り込んでしまう。そんな人間がなるものだ。だから沢田綱吉は、僕のような本来なら仲間になり得ないような人間をも仲間にしようとする。……君もそうだったんじゃない?」

「!」

「君は僕と似た人種の匂いがする。それなのに沢田綱吉の相棒役を受け入れているいうことは……沢田綱吉に対して何か思うことがあるんだろう。それが敵意なのか、はたまた信頼なのか。それは分からないけれど、それでも彼の懐に入っているということはそこには強い意志があるはずだ。そう……誇りのようなものが」

「……誇り」

「そうだ。今の僕の誇りは並森の風紀と、沢田綱吉が率いるボンゴレの風紀を守る事。そして、それを乱すものへの鉄槌だ」

「……その誇りは雲の守護者だから守れるもので、だからこそ綱吉の雲の守護者の座があんたの誇りというわけか」

「いや、少し違うよ」

「……何?」

「別に誇りを守る為に守護者をしているわけじゃない。僕は自分が選ばれた雲の守護者の座を誰にも譲りたくない、ただそれだけだ。でもね、それがが誇りってものなのさ」

「……どう言う意味だ」

「誇りだから譲れないんじゃない。譲れないから誇りなんだよ」

「!」

「誇りを守る為に守護者をするんじゃない。風紀も守護者の座もどちらも譲れない。だからこそ誇りなんだ」

 

 

 自分の中にある、誰にも譲れないもの。それが誇り……。

 

 じゃあ俺にとって譲れないものってなんだ?

 

 ホワイトルームで培った自分の能力か?

 

 ……いや違う。それはただのプライドだ。

 

 本当に譲れないものは、俺の事を信じて頼りにしてくれる、綱吉の相棒の座だ。

 

 つまり、俺にとっての誇りとは。

 

 〝綱吉の相棒の座〟と〝綱吉を自分がサポートすること〟なのだろう。

 

 

「……俺の、誇り」

「理解できたみたいだね。……はぁ、ならさっさと取り戻して来なよ」

「ああ」

 

 疲れた顔をする雲雀から視線を外し、いまだ遠くには行っていないスーツの男の背中を追う。

 

 ゆっくり歩いていたおかげで、全力で走れば数秒で追いつくことができた。

 

「待ってくれ」

 

 声をかけると、スーツの男は足を止めたがこちらには振り返らない。

 

「……なんだ?」

「俺が綱吉の相棒に相応しいかどうか、まだちゃんと決まっていないだろ」

「さっき言っただろう。相応しいとは言えないと」

「いや、あんたは〝今はまだ〟と言った。つまり、成長しだいでは相応しくなれるってことだろう」

「! ……」

「だったら、もう一度だけチャンスをくれないか。次は必ず認めさせてみせる」

 

 俺の言葉にスーツの男は数秒沈黙し、やがてこちらに振り返った。

 

「……よし、いいだろう。冬休み最終日にもう一度見てやる。それがラストチャンスだ」

「ああ、わかった」

「じゃあ楽しみにしてるぞ、綾小路清隆」

 

 ——シュン!

 

「……」

 

 楽しみにしてると言った途端、スーツの男が姿を消した。

 

 突然消えた方法は分からないが、今それを気にしてもしょうがないだろう。

 

 今気にすべきは、ラストチャンスをどうやって物にするかだ。

 

 今のままでは無理、と言うことはもっと強くなる必要がある。

 

 ……その為には。

 

「なぁ」

「ん?」

 

 雲雀の所に戻り、奴に話しかけた。

 

 雲雀が俺を焚きつけて未だこの場に残っているのは、きっとまだやることがあるからだ。

 

 そして俺の事を焚きつけたりするのは、俺をやる気にさせる為に違いない。

 

 おそらく元々俺を指導するつもりだったのだろう。

 

 まんまとその流れ乗ってしまったのは悔しいが、俺が強くなることは綱吉の相棒としても必要な事のはずだ。

 

 そう思うと、人生で一度も言ったことのないような言葉が口から飛び出していった。

 

「冬休みの間、俺と毎日スパーリングしてくれないか」

「……いいけど、明日も今日と同じならつまらないな。こっちはメインウェポン使えないし」

「同じにはしない。絶対に毎日レベルアップする。だから頼む」

「……じゃあ、前日と同じ様な手を使ったら速攻噛み殺すから」

 

 今あったばかりの人間にこんな事を言うことになるとは思わなかったが、自分でもびっくりするくらいスーッと言葉が出てくるのだ。

 

「ああ。それでかまわない」

「分かった。僕は大抵この近くにいるだろうから、時間があるときにでもここに来て」

「了解した」

 

 くるりと肩で羽織っている学ランを翻し、雲雀はこの場から去っていった。

 

「……」

 

 ——ドクン、ドクン。

 

 静かになった空間の中、頭の中では自分の早くなった鼓動音が響いている。

 

「……走るか」

 

 1人になった俺は、昂っている心臓を抑える為にランニングを開始したのだった。

 

 

 

 

 —— 堀北side  ——

 

 

「……はぁ、なんだったのかしら」

 

 綾小路君の部屋から自分の部屋に戻った私は、リビングのベッドに寝転がっていた。

 

 頭の中では、誘拐事件の時と綾小路君と一緒にいた時に起きたあの不思議な現象がぐるぐると回っている。

 

(今までにあんな現象は起きた事がないし、誘拐された事で自分が思ってるよりも心にダメージがきているのかもしれない)

 

 そう思ってベッドで休んでいたが、別に体調不良ではないし、むしろジッとしていると余計に色々と考え込んでしまうものだ。

 

 

 頭の中にはここ最近の出来事が思い出されていく。

 

(ペーパーシャッフルで少しは綱吉君のパートナーらしくなれたと思ったけれど、まだまだ全然だったようね)

 

 明らかに何か企んでいた龍園君を見ていたのに、何も対策しないで誘拐までされてしまった。

 

 綱吉君が対策を講じてくれたおかげで怪我人とか病人はでなかったけれど、本当なら私が事前に防いでおけたはずだった。それを自分の怠慢で防げずに直撃を喰らったのだ。

 

(このままじゃいけない。私は綱吉君のパートナーだもの。もっと綱吉君の力になれるようにしないとダメだわ)

 

 綱吉君に守ってもらうだけじゃなく、一緒に戦えるようにならないといけないのだ。

 

 今回みたいな事件が今後ないとも限らないし、事前に防げるようにならなくては。

 そして、もし起きたとしても今度は自分が守る、助ける側に回れるような人物になりたい。

 

 その為に必要なのはもっと高い思考力、そして高い身体能力だろう。

 

 今までも勉学や運動は頑張って来たけれど、これからはもっと努力をしなくては。それも正しい努力を。

 

 ただ兄さんの背中を追いかけて来たこれまでとは違う、正しい努力をね。

 

 

「……でも、どうするのが正しいのかしら」

 

 目標が決まっても、そこに至る道筋を知っているわけじゃない。正しい努力をする為には、それを見つけ出さなく

てはいけないわけだ。

 

 今の私が綱吉くんの役に立てるとすれば……勉学と空手くらいかしら。

 

「……とりあえず、日課の勉強とトレーニングは続けましょう」

 

 頭の中を整理するのに運動は良い効果を与えてくれる。なので、とりあえずいつもしているようにランニングをすることにした。

 

 

 

 ジャージに着替え、マンションを出て走り始める。

 

「よし、始めましょう」

 

 まだ外に人通りは少ない。冬休み初日だし、皆普段より長めに寝ていたいのだろうか。

 

「はっ……はっ……」

 

 しばらく走っていると、公園の近くに来た。ランニングではいつも公園内を数周するので、いつも通り公園に入る。

 

「はっ……あれ?」

 

 公園内に入ると、設置されているベンチ横に男性が立っているのが見えた。

 

 特徴的な装いをしており、長い黒髪を後で三つ編みで縛り、袖あまりの赤い拳法服を着ている。

 

(……中国人かしら? いや、それよりも頭の上のあれは……猿?)

 

 拳法服の男は頭の上に毛が白い猿を乗せていて、猿は頭の上で優雅にリンゴをかじっている。

 

 この学校の関係者には見えないけど……堂々としているし、不審者ではないのかしら?

 

 いや、普通に外部からの来客かもしれないわね。

 

「……」

 

 すごく気になるが、話しかけるつもりはなかったので普通にベンチ前を通り抜けようとした。……その時だった。

 

「……っ!?」

 

 ベンチの方から、今までに感じたことのないプレッシャーを感じたのだ。

 

 いや、感じた事がないわけではないわね。空手の試合で似た様なものを感じたことは何度もある。

 

 しかし、今感じた〝それ〟は……今までのそれとは比べ物にならないものだった。

 

 そう、〝殺気〟というものだったのだ。

 

「……」

「……」

 

 殺気を感じた途端に足を止め、ベンチの方に振り返って空手の構えを取った。

 

 しかし、なぜかベンチには先ほどまでいた拳法服の男はいなかった……。

 

「……どこに?」

「フゥ—— 殺気を感じ取ってからすぐに臨戦態勢への移行。中々の身のこなしですね」

「っ!?」

 

 ベンチ周囲を見回していたら、いきなり後ろから声が聞こえて来た。

 

 構えたまま、すぐに振り返る。

 しかし、またもそこには誰もいない。

 

「また……」

「こっちですよ」

「!?」

 

「くっ」

「ほら、こっちこっち」

 

「っ!」

「残念、こっちです」

 

 声をかけられては振り返り、振り返っても誰もいない。そんな事を数回繰り返した後。ついに目の前に拳法服の男が現れた。

 

「!」

「ふふふ。からかってしまってすみません」

「……」

 

 揶揄われていたと分かり、イラッと来た私は無言で会釈だけしてランニングに戻ろうとした。

 

 しかし、男に呼び止められてしまう。

 

「お待ちなさい、お嬢さん」

「……何か?」

「さっきの構え。空手をしておられるのですか?」

「……ええ」

 

 さっさとトレーニングに戻りたいので、最小限のコミュニケーションを心がける。

 

「やはり! あなたも武闘家なのですね。なかなかの反射神経と佇まいでした」

「……どうも」

 

 完全に遊ばれたし、皮肉にしか聞こえなかった。

 

 ここで、急に男の雰囲気が変わった。

 

「でも……今のあなたでは真の武闘家にはなれませんね」

「……は?」

「自分のポテンシャルを完全に発揮できていないのです。それでは真の武闘家とは言えません」

 

 いきなり意味の分からない事を言う人だ。

 

 今の発言でさらにイラッときたので、もう無視することにしよう。

 

「……そうですか。それでは」

 

 そう言って逃げようとしたその時、男の次の言葉が私の足を止めた。

 

「今のあなたでは、誰かの力になる事はできません」

「っ!」

 

 思わず足を止めて振り返ると、男は真剣な顔で私の事を見ていた。

 

「武道とは心技一体です。なのに、あなたは心が乱れたまま体を酷使している。それでは上達などしない。強くもなれない」

「……」

「質問です、あなたはどうして武道を始めたのですか?」

「……は?」

 

 いきなりの質問に、私は答える事が出来なかった。

 

 私が空手を始めたのは、兄さんがやっていたから。理由はただそれだけ。兄さんに追いつきたい一心でただただ背中を追いかけていたのだ。

 

「……」

「答えられませんか? まぁいいでしょう。重要なのは次の質問ですから」

「……次?」

「ええ、次の質問です。あなたはどうしてこの公園を走っていたのですか?」

 

 それが大事な質問? 拍子抜けだが、その質問の答えは簡単だ。

 

「強くなりたいから……です」

「ほぉ。強くなりたい?」

「……はい」

 

 私の答えを聞いて、男の顔が少し緩んだ気がした。

 

「では、なぜ強くなりたいのですか?」

「……力になりたい人がいるから」

「ほう?」

「一緒にいたい、そばにいて支えたい、そう思う人がいるから。その人の力になりたいんです」

 

 ……私は初対面の大人に何を話しているのだろうか。

 

 まるで勝手に私の口が動いているかのように、スラスラと言葉が紡がれていく。

 

「よく分かりました。あなたが鍛錬している理由は、大切な人の力になりたいから。そういうことですね?」

「……(こくり)」

「……よろしい」

 

 無言で頷くと、男は満足そうに笑った。

 

「武闘家たるもの、武道を歩む理由が強さを左右することもある。あなたのその理由、私は素晴らしいと思います」

「……」

「さて、これで最後です。最後に二つ質問させてください」

 

 男は最初のような笑顔を浮かべながら、最後の質問を投げかけてきた。

 

「大切な人と敵対する存在とが争いになった際、あなたが取る行動は?」

「……」

「また、あなたが大切に思う人が危機に瀕した時にあなたが取る行動は?」

(……なんだ、そんな質問か)

 

 さっきの自然と出て来た言葉が私の本心ならば。そんな状況になった時に私が取る行動は一つしかない。

 

「一つ目に対する答えは、〝先陣を切って争いに出向く〟です。二つ目の答えは、〝身一つで助けに向かい、たとえ自分の犠牲にしてでも、大切な人を守り抜く〟です」

「……完璧な答えです」

 

 私の答えを聞いた男は、満足そうに頷いた。

 

「あなたを気に入りましたよ。……よし、私があなたを育てましょう」

「え?」

「冬休みの間、私があなた鍛錬に付き合います。そして武術指導もします」

「いや、あの……急になんですか?」

 

 いきなり育てるだの指導するだの。この人は一体なんなんだろう。

 

「私の指導について来れれば、あなたは今より数倍強い武闘家になれます。大切な人の力になる術も身につくでしょう」

「!」

 

 そう言えば……この人に揶揄われた時、全く姿を捉える事が出来なかった。

 

 もしかしたら、この人は凄腕の武闘家なのだろうか?

 

 心の内を正直に表現するなら……怪しさ半分、教わりたい気持ち半分という感じだ。

 

 しかし、男は私の反応を待たずにどんどんと話を進めてしまう。

 

「あ、先に言っておきますが、私が1日に指導できるのは10分間だけです」

「は!? 10分!?」

 

 怪しさが勝ちそうだ。10分だけとかありえないでしょう。

 

「安心しなさい。それだけでもあなたが私の指導通りに鍛錬すればちゃんと成長できますから」

「……」

 

 ……全ては私次第と言うことね。

 

 何も返事してないのに、すでに私が指導を受ける事になっているのは気になるけれど。

 

「私は基本この公園付近にいます。毎日、都合の良い時間に訪ねて来なさい」

「……はい」

 

 たんたんと進める男に流されたのか、はたまたこの男に指導して欲しくなったのか分からないけど、私の口からは肯定の言葉が出ていた。

 

(……でも、これで探していた正しい努力の道筋が見えるかもしれない)

 

「よろしい。ではまた明日ここで」

「はい……あっ」

「? どうしました?」

「あの……あなたのお名前は?」

「あ。そういえば自己紹介がまだでしたね!」

 

 しまったと言いたげに笑いながら、男は軽く頭を下げる。

 

「私の名前は風フォンと言います」

「風フォンさん……いえ、先生」

 

 武道の師弟関係はきっちりとしないといけない。

 と、言う事で、一応先生と呼ぶ事にしよう。

 

「あなたのお名前は?」

「堀北……堀北鈴音です」

「鈴音……いい名前ですね。では鈴音。また明日」

「はい、風先生」

 

 頭を下げてから再び上げた時、すでに風先生の姿はなかった。

 

「……風先生、何者なのかしら」

 

 先生の正体は全く分からなかったけど、あの人の身のこなしを身につけられるかもしれない。そう思うと、事前と心が昂っていく気がした。

 

「……よし、ランニングの続きをしましょう」

 

 そう呟いて、私はランニングを再開した。

 

 心なしか最初よりも足取りが軽やかなのは、きっと気のせいではないだろう。

 

 

 —— 再びとある場所 ——

 

 学校内のとある場所に、スーツの赤ん坊と拳法服の赤ん坊が集まっていた。

 

「フゥ——間に合いました」

「ちゃおっす、終わったか?」

「ええ」

「どうだったんだ?」

「いい素材を持った子です。必ず強くなりますよ」

「そうか。それならよかった」

 

 スーツの赤ん坊は、最強の殺し屋リボーン。拳法服の赤ん坊は、最強の拳法家風フォンである。

 

「……しかしリボーン」

「ん?」

「なぜあの子達を鍛えるのですか? 彼らは一般人なのでしょう?」

「まあな」

「ではなぜ?」

「堀北と綾小路がツナと同じ学校、同じクラスになったのはきっと運命だからだ」

「運命?」

「ああ。ツナと6人の守護者達がⅠ世ファミリーの再来と言われているように、堀北と綾小路も〝家康の両翼の再来〟なんだよ」

「……両翼? 家康とは帰化した後のⅠ世の名前ですよね。両翼とは?」

「これを見てみろ」

 

 リボーンは懐から一冊の冊子を取り出して風に渡した。

 

 風が冊子の中身を見てみると、それはアルバムのようだった。

 

 そして、風はその中の一ページで手を止めた。

 

「! こ、これは」

「な? 再来だろう?」

「確かに……家康の両隣の男女、彼らに瓜二つですね」

「ああ。おそらくあいつらの先祖だろう」

「……それで? 両翼というのは? 家康の両翼ということですか?」

「そうだ。家康は帰化後に自治組織を作ったそうだが、その組織は家康を含み3人の幹部で運営されていたそうだ」

 

 リボーンは風の手にあるアルバムのページを進めた。

 

 開かれたページには、家康と2人の男女が写っている写真が貼られている。そして、写真の下には「自治組織あさり會、結成記念」と書かれている。

 

「その自治組織をこの3人だけで運営していたと?」

「いや。3人をトップとして下には構成員が数名いたらしい。その自治組織は街の運営や街周辺の警護を始め、色んな活動を行なっていたらしいからな。3人だけではできなかったんだろう」

「なるほど、そこまで大きな組織ではないのですね」

「ああ。ボンゴレの様に巨大に膨らまない様に、少数精鋭でやっていたらしい」

「……」

 

 風はリボーンが帰化後のⅠ世の動向に詳しい事に驚いていた。

 

「しかしリボーン。Ⅰ世の引退後のことは、帰化したことくらいしか分かってなかったのでは? どうしてそこまで詳しいのですか?」

「ああ、このアルバムを山本のパパンが持っててな。これを受け取ってからイタリアで色々調べたんだ」

「! 雨の守護者、山本武のお父様ですか?」

「そうだぞ、山本の前の時雨蒼燕流の継承者だな」

「……でも、ボンゴレ本部もこの情報は掴んでなかったのでは? どこからその情報を?」

「まあな、ボンゴレ本部でどれだけ調べても何も分からなかった。だから、〝当時を知る人物に〟話を聞いてきた」

「! 当時を知る人物?」

「ああ。ボンゴレ最古の彫金師、タルボにな」

 

 

 

 —— イタリア 、とある場所 ——

 

 

「ほっほっほっ。懐かしいのぉ。〝天陽てんようの右翼〟と〝朧月おぼろづきの左翼〟か。その子孫とⅠ世の子孫が共にあると? これも運命なのかもしれんなぁ」

 

「……天陽と朧月? なんだそれは」

 

「大空の両翼の呼び名じゃ。天陽の右翼は大空の指令には常に疾風の如く先陣を切り、自らのその肉体で敵を穿ち組織を守ったそうじゃ。華奢な体からは想像できない激しい一撃を繰り出したと言われておったわい。朧月は表向きには天陽の戦いの後の清算のみを担当していたそうじゃが、実際は独自に組織の為に動いていて、仕事を誰にも気づかれずに遂行することで組織の裏工作などを敵対する相手に全く悟らせなかったという。そして全く顔が割れなかった事で幻の構成員とも言われておったようじゃな」



 
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