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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
ルザミ
  空の下の観測者

「こんな辺境の島に見知らぬ泥棒が入り込むとは、十何年ぶりかな」
 そう言って微笑んだその人は、目を瞠るほどの美しい銀髪の、妙齢の女性だった。彼女は腰まで届く長い髪を揺らしながら、階段をゆっくりと降りてくる。こちらを射抜くような切れ長の青い瞳は、なぜだか初めて会ったはずなのに懐かしさを感じた。
「ごっ、ごめんなさい、勝手にお邪魔してしまって……」
「勝手じゃないだろ。俺は何度も声をかけたんだ。それなのになかなか出てこないから、仕方なく中に入ったまでだ」
「ああ、それはすまない。二階にいたから気づかなかったんだ」
 突然部屋の中に入ってきた侵入者とも呼べるべき私たちの問いかけを、彼女は別段驚いた風もなく普通に答える。
「初めまして、私の名はフィオナ。道楽で色々な研究をしているただの暇人だ」
 見ると、普通の村人が着るような服ではなく、清潔感漂う白地の服を身にまとっている。見慣れないデザインの服は、辺鄙な島で着るには随分と不相応に見えたが、何かを研究している人と言われれば、妙に得心がいった。
「道楽で研究している割には、随分と書物が多いな」
 初対面にもかかわらず、ユウリの不躾な物言いに、フィオナさんは苦笑する。そして、なぜかユウリの後ろにいるナギの方を一瞥したあと、そのまま私たちを部屋の中へ案内した。
「私の曾祖父母が生まれる前の時代からある書物だ。私の先祖は学者でね、国家レベルの罪を背負わされ、本とともにここに流されたんだ」
 どうやらフィオナさん自身も犯罪者と言うわけではなく、ここで生まれ育ったようだ。
「ところで、君たちは一体何者だい?」
「俺はユウリ。アリアハンから来た勇者だ。魔王を倒すため、旅をしている」
「へえ、魔王かい。それはまた随分と大それたことだ」
 彼女の言い方はけして私達をけなしているようには思えない。けれど、何となく空返事をしているようにも感じるのは私だけだろうか。
「あんたが学者の子孫と聞いてここに来たんだが、俺たちは今、ジパングと言う国を探している。どこにあるか知っているか?」
「ジパングか。確かどこかの島国だと思ったが……」
 突然の訪問にも嫌な顔をせずそう呟くと、フィオナさんは心当たりのある本棚の前まで向かい、一冊の本を取り出した。
 パラパラとページを開くと、そこには変わった形の島国の絵が描かれていた。
「この島国がジパングだ。昔から、他国との交流がほとんどないようだね。詳細はあまり書かれてないな……。しかも、関連する文献はこれだけだ」
「どこにあるかまでは書いてないようだな」
 そこにはジパングの国の形だけが載っており、それがこの世界のどのあたりにあるのかまではわからなかった。
 それ以外にも何冊か心当たりのある本を調べてみたが、最初の本以外に有力な手がかりになるようなものは見つからなかった。
「すまない、あまり力になれなくて」
 フィオナさんは申し訳無さそうに本を閉じた。
「いや、国の形がわかっただけでもありがたい」
 そう、私たちには世界地図がある。早速ユウリは鞄から世界地図を取りだし、ジパングの形の島がどこにあるか探し始めた。
「……恐らくここだ」
 ユウリが指差したのは、地図のちょうど真ん中あたり。確かに本と同じ形の島だが、載っているのはあまりにも小さく、目を離すとどこにあったかすぐ忘れてしまうほどだった。
「なるほど。地図ではほぼ中央付近に位置しているけど、ここからだと大分距離があるね。……もしそこに向かうなら、アリアハンとサマンオサの大陸の間を通るのが無難だろう。ただ、サマンオサ周辺の海は昔から海賊が横行してるから、なるべくアリアハン側に進んだ方がいい」
「海賊か。厄介だな」
 フィオナさんのアドバイスに、真摯に耳を傾けるユウリ。
 その後ユウリが船で旅をしていると伝えると、さらにフィオナさんはもっとも安全なルートを教えてくれた。潮の流れや風向きの関係もあり、多少遠回りではあるが、確実にそこにたどり着けるのだと言う。博識なフィオナさんの懇切丁寧な説明に納得した私たちは、ジパングに向けて彼女の提案したルートで行くことを決めた。
「あの、教えてくださってありがとうございました!」
「そう、役に立ったかい? 滅多に人が来ないこの島で、本にかじりついた甲斐があったよ」
「そもそもあんたはなぜこんなところで研究なんかしてるんだ?」
 ずっと気になっていたのか、ユウリが口を挟む。それに気分を害することなく、フィオナさんはむしろ先程よりも生き生きとした表情で答えた。
「先祖の血、かな? どうも私の一族は、知的好奇心が人より勝っているらしくてね。なにか疑問が生まれれば、すぐに探求したくなる性分なんだ。ここにある本も、私の何代も前からずっと保管してあるしね。まあ、暇潰しといったらそれまでだけど」
「あー、あたしもわかるかも。本があったら読みたくなるよね~」
 そんなことをシーラが言うなんて、意外だった。視線を変えるとユウリも小さく頷いている。共感できないのって私だけ?
「せっかくだから私の研究の成果を見ていってくれないか? この島の住人はどうも未知への好奇心が薄くてね。誘ってもあまり乗ってこないんだ。君たちはこの世界の成り立ちに興味はないかい?」
「成り立ち……ですか?」
 急にそんなスケールの大きいことを言われても、なんだかピンと来ない。
「はいはい! あたしはすっごく興味ある!」
 何と答えればいいかわからない私の間に割って入ったのは、目を輝かせたシーラだった。
「あたし賢者だからね! 知識欲なら誰にも負けないよ♪」
「賢者かい!? それは凄いじゃないか。なら君たちにうってつけのものが二階にある。こっちにおいで」
 そう言うとフィオナさんは、私たちを二階へと案内してくれた。ユウリも少なからず興味があるのか、シーラと共に二階に上がる。私も仕方なくあとに続いていくと、ふとナギの姿がないことに気づいた。
「……君も、上がっておいで」
「……」
 ただ一人一階に取り残されたナギに、フィオナさんは手招きをして声をかける。返事のないナギに、二人の間に微妙な沈黙が流れたが、折れたのはナギの方だった。
「どうしたの、ナギ? 具合でも悪い?」
「いや……なんでもねえよ」
 そう言いながらも俯いている彼の様子に、私はどうすればいいかわからず、見守ることしか出来なかった。
 二階に上がると、まず目を奪われたのは外でも見た細長い棒……、いや、巨大な望遠鏡のようなものであった。
 部屋の大半を占めるそれは部屋に収まりきらず、窓を突き抜けて空を射抜いている。巨大な筒の先端には覗き穴があり、その穴の周辺には大小様々な突起やネジのようなものがついている。だが、見たことのない形状であり、どう使うのか全くわからない。
「これは……?」
「これは天体望遠鏡さ」
「天体……? つまり空を見る望遠鏡なのか?」
 信じられないといった顔でユウリが聞き返す。
「なぜわざわざ遠くの空を見る必要があるのかって顔をしてるね。そう思うのが普通。少なくとも、この世界の人間はね」
「ん? どーゆーこと?」
 シーラも訳がわからないといった様子でフィオナさんを見返す。フィオナさんはにっこりと微笑むと、
「私はね、この世界の常識を第三者の目線で観察したいんだよ」
 そうきっぱりと答えた。うーん、ますますわからない。
「ためしにこの望遠鏡で、この世界を見てごらん。そう、このレンズを覗き込むんだ」
 フィオナさんは覗き穴周辺の突起やネジを色々動かし、望遠鏡の角度や高さを調整したあと、シーラをそれの前に立たせた。彼女がそれを覗き込んだ途端、すぐに歓声が上がる。
「うわあ、すごーい!!」
「何々? 何が見えてるの?」
 シーラの反応が気になる私は、彼女に場所を譲ってもらい、レンズとやらを覗き込む。そこに映し出されていたのは水平線だった。だが、船の上で見るようなまっすぐな水平線ではなく、僅かに丸みを帯びている。その奇妙な感覚に、私は違和感を覚えた。
「なんか、普段見ている海と違って丸く見えるんだけど……?」
「そう。これが本来の私たちが住む世界のかたちだよ」
「??」
 どうしよう。フィオナさんの言ってる意味が全然わからない。
「つまり、この世界は丸いってこと?」
「さすが賢者だね。ご名答」
 シーラの言葉に、フィオナさんは機嫌良く頷く。
「それと、このダイヤルを回してごらん」
 私はフィオナさんに教えてもらったダイヤルというものを試しに回してみた。するとさらに水平線は丸さを増し、遠くの景色まで見えたではないか。
「あっ、陸地が見える!」
「えっ、見せて見せて!!」
 我慢できずにシーラが顔を寄せてきたので、私は彼女に場所を譲った。シーラは器用にダイヤルやレンズの高さを調節すると、あっ、と一声発した。
「ユウリちゃん!! あれ、アリアハンのお城じゃない!?」
「何?」
 自分の故郷が映っていると知り、ユウリまでもが望遠鏡に興味を示す。まるで幼い子供のようなや、皆で交互に望遠鏡を覗く。
「……間違いない。あれはアリアハンの城だ」
 ユウリは確認するとすぐに望遠鏡から目を離し、フィオナさんに視線を移す。
「ここルザミからアリアハンまでは、そんなに遠くはないんだよ」
 確かに世界地図を思い浮かべてみると、アリアハンの大陸はルザミから西に位置している。けど実際はいくら望遠鏡とはいえ鷹の目も使わずに見えるような距離ではないはずだ。何故こんなに遠くの景色を見ることが出来るのだろう。
「一体どういう原理だ? そもそもあんたはどうやってこの望遠鏡を生み出したんだ?」
「それも先祖の残した本のおかげだよ。ちゃんと理論を正しく把握して、順番通りに考えれば、呪文や特技を使わなくても奇跡を起こすことが出来るんだ」
 フィオナさんの言葉は、今までにない考え方でとても新鮮だった。それは呪文を使えない私にとっても、不可能を可能にする希望とも言えるべき考えであった。
 すると、今まで押し黙っていたナギがゆっくりと口を開く。
「なあ、なんでそこまでして他人と違う知識を得ようとするんだ? こんな誰も来ないような場所でいくら頭使っても、何の役にもたたないだろ?」
「ナギ、それは……」
 フィオナさんに失礼なんじゃ……、と言おうとしたが、当の本人に止められる。
「私はね、『根拠』が欲しいんだよ」
「は?」
「定められた運命があるとして、そこに辿り着くまでに何があるのか、どうすればその流れに向かうのか、はっきりと証明をしたいんだよ。ただ漠然と理解するのは、どうも私の性に合わなくてね」
「……」
 その答えに、ナギは神妙な顔をして黙りこくってしまった。
「ねえナギ、やっぱり変だよ。いつものナギらしくないよ?」
 私が尋ねると、シーラやユウリも同じことを思っていたのか、一斉にナギの方を見る。皆に注目されるも、ナギはそれどころではないといった様子でフィオナさんを見据えている。
「……オレは、この家に見覚えがある。あんたのことはわからないが、オレと同じ髪の色といい、懐かしい感じといい、あんたとはどうも他人の気がしない。あんたは何か知ってるんじゃないのか? もしかして、あんたはオレの……」
「……参ったな。君にそんな目で見られるとは思ってもみなかったよ」
 そう言うとフィオナさんは、ナギの目の前まで歩み寄った。
「君の言うとおり、ここは君がかつて住んでいた場所だ」
『!!??』
 フィオナさんを除いた全員が、絶句する。
「まさかここって……」
「そう。ここはナギ、君が生まれ育った場所。そして私は、君の実の母親だ」
『ええええっっっ!!??』
 その衝撃の発言に、島中に届くくらいの大きな声が響き渡ったのだった。

 
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