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ロンドン郊外の英国魔導学院【完結】

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炎と暴走した魔法

俺は驚いて身じろぎしたが、エドガーはそのままキスを続ける。やがて彼は身体をずらし、俺のパジャマのボタンを外していく。俺は慌ててその腕を掴んだ。
彼は不満そうな声を上げた。
彼は何を考えている?こんなときに? 俺は混乱しながらもエドガーを止めた。
彼はしばらく考え込んでいたが、やがて諦めて身体を起こした。
俺はパジャマの前を合わせて乱れを直すと、彼を睨んだ。「どういうつもりだ」
「……すまない」彼は俯いて小さく呟いた。「我慢できない」
「馬鹿なことを」
俺はため息をついて彼の方を見た。彼は辛そうな顔をして下を向いていたが、やがて意を決したようにこちらを向くと、そのまま押し倒すようにしてきたので、俺もまた彼を抱きしめながら倒れ込んだ。「痛っ!」思わずそう叫んだのは肩口に鋭い痛みを感じたからだった。見ると彼はその歯形に沿って滲んだ血を舌でぺろりと舐め取った。そしてそこにちゅっと口づけると、再び俺の胸に頭を押し付けるようにして覆いかぶさってきた。
「……ごめん」消え入りそうな声でそう囁かれる。俺は何も言わずに彼の背中に腕を伸ばして軽く叩いた。彼は震えていた。それが俺に対する申し訳なさのせいなのか別の何かなのか俺にはよくわからない。
その後のことは思い出すだけで吐き気を覚えるのでなるべく思い出さないようにする。
とにかく俺にとっては最悪の出来事だったことだけは確かなのだが……。
結局その後も彼と会うことはできなかった。学院には近づかなかったし、家でもずっと一人でいた。俺を心配してくれた家族には「気分が悪くなった」と答えていたが本当の理由は話さなかった。
数日後、事態が落ち着いたと判断した学院長が俺たち生徒に学院の再開を告げる放送が入った。それを聞いた俺の心に浮かんだ感情は安堵などではなく、不安や焦燥だけだった。そして同時に確信もしていた。やはり俺はまだ学院には戻れない。エドガーと会うことも難しいだろうということも……。
俺はダイニングテーブルに座って、ぼんやりとした表情で新聞を読んでいる父さんに向かって話しかけた。
今しかない。「あの、お父さん……。聞いてもらいたいことがあるんだ」
「うん?なんだい?改まって」
父は俺の方を向いて訊ねてきた。
「実は、しばらくここを出ようと思うんだ」
「ほう」
「もちろん、学院のことだよ。妖精騒ぎが落ち着くまでここにいると危険だし」「ふむ。それでお前は何をしに学院へ行こうとしているんだ?」
「だから、学院に行って調べてこようと……」
「なぜ?どうして急に?理由を説明してもらおうか」
「それは」
「答えられないのか?まあいい」彼は呆れたような様子で溜息をついた。「それなら好きにしなさい。ただし二度とここには戻ってくるな。わかったな」
父の目は完全に冷めきっていてとても説得できそうな雰囲気ではなかった。俺はうなずくしかなかった。「はい、わかりました」と返事をする以外に選択肢は残されていなかったのだ。
荷物をまとめ終えた後、俺は母に手紙を書くことにした。といっても書く内容はごく短いものになった。ただ今までお世話になったこと、迷惑をかけてすまないと思っていることを書き記しただけだ。そして最後にこう書いた。『親不孝者ですみません』それから家を後にした。俺は馬車を雇って駅まで行き、そこから列車に乗りこんだ。窓の外に映る景色はどこまでも続いていくように見える田園風景だ。畑仕事の男たち、子供たちの遊び場となっている空き地、牛舎、教会や民家が見える。それらを見ているとなんだか懐かしい気分になる。ああそうだ。エドガーが見せてくれたアルバムの中に確か同じような光景があったな。あれもこんなふうに見えるのか。そんなことを考えるうちに汽車が動き出したのが見えた。窓からは少しずつ遠ざかっていく駅が見えたがやがてそれもすぐに見えなくなった。これでいいんだ。もうここに俺が帰ることはないのかもしれないんだから。そしてこれからどこに向かうかもまだわからないまま列車は走っていく。行き先は……、俺にとって未知の領域だ。何が起こるのかは誰にも予測がつかないし誰も知らない。
だけど行かなければならないんだ。どうしても知りたいことが山ほどある。確かめなきゃならないことがたくさんある。そして俺には時間がない。このままじゃダメなことぐらい俺にもわかる。俺は立ち止まってるわけにはいかない。たとえそれが地獄であっても俺は行くだろう。だって俺が歩んでいるこの道は俺だけのものではないからだ。俺の後ろに続くたくさんの人たちのためにも俺は止まるわけにはいかないんだ。
*
***
リディと会えない日々が続いている。 
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