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ロンドン郊外の英国魔導学院【完結】

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混乱と消えた地面

おかしい。そういえばハルシオンがいない。それにアスターの師匠の姿もなかったような……。だけどそれどころではない。エドガーの腕の中に抱き留められている状況からどうにか脱出したいとじたばたする。しかしそれを察したのかますますぎゅっと力を入れられてしまい動けなくなる。
「エドガー、痛いよ……!苦しいし……放せ」
そう訴えるのがやっとだ。
するとようやくエドガーは俺を解放したが代わりに両腕で囲むようにしてきつく抱擁してきた。顔の横で彼の柔らかい癖毛が頬に触れている。エドガーの体温に包まれるように抱きしめられるのは何度目だろうか。最初はキスされて。その次は酔っぱらった彼に抱きしめられていたっけ。そして今回は蒸し器のうちに金星の効果にとらわれたらしい。のたうちまわる鬼火は火星のまがまがしさのせいだ。ハルシオンなら惨状を一目見るなり、そう分析しただろう。だけど俺はただ苦しくて仕方がなかっただけだ。
そうやって抱きしめられることで心の中のもやもやしたものがなくなっていくのがわかると不思議な気分になる。
ああもう、このまま時間が止まればいいのに。
「リディ……」
切ない声色で名を呼ばれてもまだ少し恥ずかしさがある。うん、俺って男性の第一人称を押し通してるけど身体は女なんだよな。学校の規則だからしかたなくスカートも穿いてる。下着は見えてもいいビキニをつけてるけど。これぐらいの違反はゆるされるよね。でも……さすがにこれ以上は……! エドガーが何をしようとしているのかを察知した俺はほとんど反射的に彼を突き飛ばしていた。しかしそれはそれでよろけて後ろにひっくり返りかけるのをとっさに腕をついて耐えたものの……まずい!この体勢だと後頭部から地面に落ちる。そう思う
「危ないっ!!」
エドガーの叫びと共に目の前が暗くな……らず目の前が明るくなった。眩しくはない、優しい灯りのような光だ。しかし次の瞬間ふわふわと身体が浮く感覚があって思わず「うわあっ」と声を上げてしまったがすぐに自分がどこかに浮かんでいることがわかった。目を閉じるとまるで瞼の裏に星が瞬いているかのように感じた。やがて静かに目を開けると、そこはいつもの天井だった。俺の部屋だ。
一瞬どこにいるのかわからないが、身体の重さと鈍さを感じながら、ああ、これは逆行の後遺症だと思い出した。時計を見ると朝七時前を指している。俺がベッドに入ったのが確か三時過ぎなので、五時間は眠っていたことになるようだ。
とりあえず制服を脱ごうとブラウスのボタンを外していると、ドアの向こう側で足音が近づいてくる。ノックの後に「おはよう」と言いながら入ってきたのはレイヴンだった。
「起きたの?体調は?」
「あー、だるいし重いし気持ち悪い……」
「それだけ?熱は測った?」
「え、なんの?」
「いや、別に……」
彼は何か言いたいことがあるのかもしれないが言おうか言うまいかを迷っているようにも見えた。俺はブラウスの前を開けてブラジャーを外すと、そのままパジャマの上着にも手をかける。すると彼の視線を感じたのでちょっとだけ胸を張って見せた。
「どうしたんだ?」
「えっと……その……」
「ん?」「いやその……あのね!」
「うん」
「…………なんでもないよ」
彼はなぜか顔を赤くして目をそらすと部屋を出ていった。なんだろ?まあいいか。着替え終わったらリビングに降りていくとしよう。今日は何曜日だっけ? 「リディア!無事だったのかい!?」
俺がダイニングルームに入ると、テーブルについて朝食を食べていたエドガーがこちらを見て叫んだ。
「ああ、なんともないよ。昨夜はありがとうな。助けてくれて」
「あ、いや。僕はなにもしていないよ。リディアを助けてくれたのは彼だよ」
エドガーが振り返って示した先にいたのはアスターだ。
「アスターが?」
「ああ、僕がリディアの部屋に行こうとしたらアスターが『姉さんが大変なんだ!』って血相変えて飛び込んできたんだ。それでリディアが学院で倒れたって聞いて驚いたよ。アスターが一緒に行ってくれたんだけど途中でアスターとも逸れてしまって……。学院中探し回ったんだが、まさかこんなところにいたなんてな。しかも妖精に捕まっていたとは思わなかった。僕がもう少し早く気づいていたらよかったんだけど。本当にごめん!」
アスターが申し訳なさそうに頭を下げるので、俺は首を振った。
「いいんだ。むしろお前が来なかったらどうなっていたか。助かったよ」
「そうか。そう言ってもらえるとありがたい」
アスターは照れたように笑った。
「そうだ、姉さん。学院は今どうなってるんだろう?あの日以来学院に行っていないからわからないんだけど」 
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