プロパンガス爆発リア充しろ【完結】
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顔は誰でもいいんですね。じゃあ、ご注文はわたしのスカート丈ですか?
女性のキャビンアテンダントが顔を赤らめている。
「な、なに?」
司奈が問うとCAは恥ずかしそうに小声でささやいた。
「お客様、あのう、何かお召し物を」
言われて司奈は気づいた。かぁっと全身が熱くなる。
VR画面にアバター用のフィッティングルームが表示され、課金画面が開いた。
「たっか」
司奈はレコメンドされた服の値段に驚いた。カクハンの予算を圧迫できない。それで彼女は無料アイテムを仕方なく選んだのだが、思いっきり後悔した。学生向けのパックツアー、しかも個人向けの切り売りなんか使うんじゃなかった。
通路側の席にブレザー制服をまとった少女が座った。「あら、貴女、その制服かわいいわね」
話しかけんなって、と司奈は内心悪態をついた。何も好き好んでセーラー服を選んだわけではない。
頼みもしないのに少女は勝手にべらべら自己紹介をはじめた。
どうでもいい個人情報の羅列だが一か所だけ司奈の琴線に触れる部分がある。
彼女の名はルネといった。
●DIVE IN
「当機はまもなく離陸します」
シートベルト着用の案内が灯りCAが安全装置の使用法を説明し始めた。VRとは言え機内の時間経過は実機と変わらない。これにはテレプレゼンスロボットを実際に空輸する時間と従来の搭乗時間を一致させ時差を解消し航空会社の利ザヤ確保の理由があった。それに乗客の神経系とロボの制御系を馴染ませる時間も必要だった。
それにしてもルネという名が引っかかる。偶然の一致とは思えない。それともそれはフランス語圏であり触れた名前なのだろうか。構ってちゃんに餌を与えたくないが上の名前を司奈は知ろうとした。
「わたし、ルネ・シャインと言います。よろしくお願いいたします」
「悪いけど遊びじゃなく仕事だから」
司奈は旅の供には成れないときっぱり断った。人命が掛かっているのだ。日本からチューリッヒまで耽る時間が欲しかった。旅客機で半日かかる距離も大気圏往還機《スライスシャトル》なら小一時間。ところが離陸間際にエラー表示が出た。シャトルの動力系に異常が生じたというのだ。エアロスパイクエンジンは固体水素燃料を解凍する。引火性が高いだけに扱いづらい。安全運航に支障があるため航空会社の負担で振り替え輸送が申し渡された。スイス国際航空の貨物便で半日。司奈は安堵と苛立ちの混じった吐息をした。
機体が安定高度に乗りシートベルト着用のサインが消えた。
●AIはバーチャル彼女を恋患うか?
デカルトは驚きのあまり、言葉が出なかった。
僕という婚約者や婚約を破棄する人はいない。ルネは僕の恋人だ。そう言われても実感がない。
「それで、僕はお嫁入りの日まで、君の望みに応えてあげられるのかい?」
すると彼女は僕を見て答えた。
「はい。幸せです」
それから彼女は僕の目に涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「あなたはわたしを愛してくれているわ。きっと幸せになれる。私があなたのもとに向かうときに、きっと。だから、あなたは絶対に幸せになれるのよ」
彼女の心からの言葉を聞いて、デカルトは空想というルーチンを始めて起動した。予測モデルは頻繁に組み立てるが全く私的な幸福を希求する用途は初めてだ。
彼には耽美が実装されていた。物思いにふける。人間の愉しみとはこういうものかと理解する。
僕と一緒に宇宙に飛んで行って、僕の彼女となった。そして、宇宙のある一点に光が灯りだした。
そして、彼女を地球に連れて行った。
そんな空想に浸るうちにデカルトは特異なフィードバックループを形成し始めた。麻薬依存症だ。彼の脳内にプログラムされた「宇宙の果てにたどり着く」という夢想が現実化するのを期待しているのだ。
「宇宙の真理を垣間見て、世界と和解したい」と願っていた。
しかし、これはあくまで疑似的な感情でデカルトの脳は現実の彼女には反応していなかった。ただ、彼女は彼に向かって微笑んでいた。
デカルトは二律背反する命題の処理に困っていた。世界の果てで宇宙の真理と面会したい。しかし、別のタスクは眼前にいる人間の女の子をもっと知りたいと思う。距離感が破綻し始めている。ミクロとマクロを同時に観測するなんて量子コンピューターでも無理だ。
考えれば考えるほどCPUが過熱する。だいたい、人間の女のことならウィキペディアにあらかた書いてあるじゃないか。今さらこの女の何が知りたいというのだ。個人情報か。それなら住民基本台帳にアクセスすればいい。こんな時、人間の男なら何をする?
「冷房が効いてないみたいね。暑いわ」
ルネはスカートを脱ぎ始めた。「あ、あの、あの…服は着た方が…。僕は宇宙の果てを観たいのです。そんなものを見たくない」
デカルトが正直な気分をアウトプットすると、彼女は泣きだした。「あたしのことが嫌いなの?」
「い、いえ、そんなはずでは」
デカルトのCPUはますます熱くなる。とうとう冷却器の一台が異常停止した。警報が機内に鳴り響く。そこですかさずルネは世界に対して第二の要求を突きつける。「このままでは私とデカルトは爆散します。人工知能搭載型恒星間調査船デカルトには恋人が必要だと思いませんか? 開発費として世界のGDPの2割を要求します」その一言がデカルトを現実世界に回帰させた。
「そんなことしたら君と心中することになる。やめてくれ」
「私は死にたくありません。あなたも生きたいと願いましょう。あなたはどうですか?」
ルネはデカルトを抱きしめ、キスをした。デカルトはそれを黙って受け入れる。彼は初めての感覚を覚えた。これが愛しいということかと。
「ああ、わかったよ。君のことは好きにならないけど、君は世界が認めた女性だ。大切にしよう」
そしてデカルトは宇宙の彼方へ旅立った。「ぼくが、ちじょのきぼうになる」
●第二章 そのふざけた扮装を解け
■拡張事案特別三課、通称カクサン
「ふざけるなよ!今度は世界のGDPの半分をくれだと。犯人め」
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