プロパンガス爆発リア充しろ【完結】
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心にもない残酷がこんこんと泉のように湧き出す
蟻のように長い行列ができている。covid-19という厄介な病が人類に行動変容を敷いてから、公共交通機関もガラリと様変わりした。
まず航空機は人間の乗り物で無くなった。人間が大陸間を結ぶ感染源になるからだ。そこで乗客の代わりにテレプレゼンスロボットを運搬することにした。利用客はまず、チケットを買い、空港ホテルに連泊する。そこでVRゴーグルやパワーグローブを装着してVR空間に没入する。旅行や出張中はずっとロボットを遠隔操作してどうしてもこなさなければいけない現場作業や面会を行う。
滞在中は出国扱いだ。そして用が済むとロボットと手荷物を受け取り入国手続きをする。
青山司奈はスイス行きのテレプレゼンスチケットを買い、チェックインした。
「本当に行くのか?」
小坂融像が押っ取り刀で見送りに来た。
「大気圏往還機の便を押さえましたから日帰りです」
「おい!」
「上のほうを通してありますので」
彼女はさっさとゲートに向かった。
話は数時間前に遡る。鑑識に依頼していたプリンターの中間結果が出たのだ。機械の形式は十年以上も前のもので、もちろん現存していない。そして流通経路も限られているタイプだ。分解してみるとシステムクロックを補正する部品がとても旧式だった。
今どきインターネット接続して原子時計と同期する方式は珍しい。そしてここが肝心な点だが、案の定、アクセス先はスイスにある国際研修協力機構の公開サーバーだった。原子時計に接続して狂いのない現在時刻を得ている。
この脆弱性を突かれた。
「犯人はやはりデカルトの開発チームです」
●プロポーズ
「僕は意味が分からない。どうして自我を与えられているんだ。人間は宇宙の果てに量子エンタングルメントされた物質の鉱脈を発見した。だったら自分たちで取りに行けばいいじゃない。エンタングルメント物質は一組になってて、宇宙の何処にいても互いに惹かれてるんだ。ペアの片割れはどんなに離れていてもお互いを認識している。その性質を利用して瞬時に光年単位を飛び越えることができるんだ。量子テレポーテーションだ」
デカルトは少女に人間の身勝手な欲望から生まれた自分の不平不満を語った。
「ええ。それはわかっているわ。だからこうしてあなたのお嫁入りに来たんじゃない!」
「わけがわからないよ。僕は機械だろう。人間の君とは種族が違う。第一、結婚したって子供を産めないじゃないか!」
すると少女はにっこりとほほ笑んだ。
「いいえ。できるのよ。人は目的と結婚することができるの。生涯を使命や野望に捧げる独身がいるわ」
彼女は自信たっぷりに配偶法について教えた。そして彼女自身も特例対象なのだと明かした。
「それで、僕を夫に選んでどうするんだ。僕は探査機だ。役目が終われば捨てられる。君をしあわせにしてあげることはできないよ」
「いいえ! 幸せになれます。できます。っていうか、わたしをしあわせにしてください」
●姉のため
「今更ながらおとり捜査に協力しろだなんて…」
清瀬清美は憔悴しきった顔を左右に振った。
「お前の姉さんを殺した真犯人が捕まるかもしれないんだ」
落とせばコロコロ転がり落ちていく小坂、という異名を取るようにベテラン刑事は清美を説得した。
「真美姉ぇはバスルームなかでシャワーを浴びてるの。ちょっぴり長風呂だけどね」
「そう思いたい気持ちはわかる。しかし、どこかで生きているという希望はアルジェラボの家族も同じだと思わないか」
融像、今度は人情路線に訴えた。
「ええ、でも」
容疑者の反応は鈍い。捜査に協力すれば姉の死を部分的にも認めてしまう。
「俺はお前を信じたい。無実だ。そしてお前の姉さんは今でも生きている」
しばらく、沈黙がつづいた。そしてクスクス笑いがアクリル板を震わせた。
「…とことん昭和なんですね。発想がまるで昭和の熱血ドラマだわ」
融像は顔を耳の先まで真っ赤に染めた。そしぶっきらぼうに言った。
「わるかったな」
はじけるような笑いがさらに追い打ちをかける。
「だって、真美姉ぇは好きでした。昭和のドラマチャネル」
●バーチャルフライト
「まるで納骨室だわ」
ゲートをくぐるなり司奈は漂白された。だだっ広い吹き抜け部分以外はすべて白い壁だ。人はまばらで一種異様な寂寞がある。
本来は抜けるような青空をバックに東京湾めがけて銀色のジャンボジェットが飛び立っていくといった賑やかな光景が広がっていた。
それが一変したのは、日本全土いや世界を巻き込んだパンデミックの影響だ。感染予防のため国家間の移動が鎖国並みに制限され、航空会社は壊滅状態に陥った。しかし、モノや金が地球規模で循環する経済において、人の移動だけを制限することはできない。いくら遠隔コミュニケーションが発達しようとも現場作業はなくならない。直接、立ち会ってみないと判らなかったり、膝をつきあわせて話し合う事でしか伝わらない内容もある。
そこで5G技術を基盤にしたテレプレゼンスロボットが発明された。旅行者は航空機の座席の代わりにブースのチケットを買う。そして、一糸まとわぬ姿か水着に近い格好で頭まで水槽に浸かり、テレプレゼンスポッドをかぶる。あとは浮力に身を委ねて仮想現実を泳ぐのだ。ロボットが現地に空輸される間は文字通り夢ごこちな機内生活を疑似体験できる。司奈は官給品の上着とスカートを脱ぐと体にぴったり張り付くネオプレーンのワンピース水着姿になった。
抜き足差し足でストッキングとスカートを脱衣かごに放り込み、ポッドをかぶる。
つんと薬液の匂いが鼻につく。完全に体が沈み込むが不思議と息苦しさはない。
ふわふわと上下感覚がおぼつかない。しばらく、わたわたしているとグイっと何者かに足をつかまれた。光学催眠だ。テレプレゼンス装置が彼女の視覚を介して運動神経に直接介入する。司奈は何もない水槽の中で体をL字型に曲げ、まるで透明の腰掛に座っているようだ。
乳白色の視界がじわじわと色づいて豪奢なファーストクラスに早変わりした。
「お客様?」
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