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プロパンガス爆発リア充しろ【完結】

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思いの丈を告白されたら無理ゲーになる

一人のモブが呟いた。開いたスピリッツとテキストの山を隠れ蓑にして、旧式のノートパソコンを叩く少女。
液晶ディスプレイにログインネームを打ち込む。

ルネ・ファラウェイ。
17歳。ラッセルフォード工科大学聴講生。
あらかじめ用意したパスワードリストで攻撃を開始する。

最初の一撃でヒットし、汎ヨーロッパ共同体住民基礎台帳システムにログインする。
ルネ本人の個人情報にたどり着いた。
チャカチャカと目にもとまらぬ速さでデータが書き換わる。
「職業っと…」
少女の手がハタと止まった。
「もちろん、ハッカー」
●カクサン~警視庁第三課
板に墨痕淋漓と新しい部署名が記された。拡張事案特別三課(カクサン)
「だっさい名前」
警視庁から出向してきたばかりの青山司奈刑事は古めかしい看板をさっそくこき下ろした。
「まぁそう吼えるな」
小坂融像警部補がたしなめる。
矢作絵里奈行方不明事件の重要参考人が10年ぶりに現れたというのに、青山はちっとも嬉しそうでない。
「もっと素直に喜べって言いたいんでしょ? 喜べません」
司奈が仏頂面するのも無理はない。拡張事案は犯罪捜査の中でも手間がかかる割にリターンが少ない。人類に有史以来おそらく最初の行動変容を強いた新型コロナウイルスのパンデミックから十余年。世界は大幅に変化した。闇の部分はもっとだ。古き良き時代と事あるごとに懐古されるように感染症対策についてこれない文化や技術は容赦なく滅びた。もちろん、いくつか有効な治療薬は開発されたが、完成する頃に時代は不可逆方向へ舵を切った。
社会的距離(ソーシャルディスタンス)の概念が家族間にさえ冷酷なくさびを打ち込んだ。その溝を埋める技術も発明されたが、社会の分断が生み出す犯罪はますます傷を深めていく。
「喜ぶんだ。カクハンはそういった社会の混沌をかき混ぜて闇に潜む悪を掬い取るんだ。飲むか?」
縦長のスープ鍋にオタマジャクシを差し込む。玉子とコーンの韓国風スープがかぐわしい。新型感染症の流行で飲食店が廃れ、このように各職場にランチバーが普及している。
「でも、宇宙規模の犯罪捜査に地上勤務っておかしくありません?」
マグカップを受け取りつつ、まだ不平を漏らす青山。
「飛行機の出来損ないみたいな乗り物にミニスカートでまたがって、パンツをちらつかせながら悪党を蹴る仕事が刑事の本分だとでもおもったか?」
「古っる!」
司奈はコーンを吹き出した。
「おう、フルサカよ。生き字引のフルサカ大魔王よ。そんな俺でも量子テレポーテーションを扱う部署に配属されたんだ。一に現場、二に現場、齢百まで数えて骨を埋めるのが現場だよ。わかったらとっとと聞き込みに行ってこい」
融像は論点をすり替えて巧みに司奈を追い出した。
●シーソーゲーム
世にも奇妙な取り調べが行われていた。
女の浦島太郎がアクリルボードに囲われて刑事と向き合う。二人を錆びたスチール机が隔て、卓上ライトがさんさんと輝いている。

「稲田姫は軍事利用目的だったという証拠は、5年前に国会審議されているんだ」
清瀬清美に動かぬ証拠を突き付けてもキョトンとしている。
「あの…今は何年ですか?」
小坂融像は呆れを通り越して感心した。今どきB級配信でも扱わない台詞を口にする。この娘は何者なんだろうか。
「文久三年だよ。もう一つ驚かせてやろうか。清瀬真美の遺骨とお前のDNAが一致した。本人をどこへ埋めた?」
どん、と発見現場の写真と検死ファイルを積み上げる。
「何の事だか、あたしはさっぱり…」
浦島太郎女は頑なに否定する。

「もういい」

融像は隠しボタンを押して透明な独房を床に沈めた。入れ替わりに青山司奈刑事が帰ってきた。

「やっぱりアルジェラボから開発資料が根こそぎ盗まれています。矢作絵里奈の遺留品を除いて一切合切」

印旛沼アルゴリズム推進研究所は民間超光速ロケットの最大手として航空宇宙省の助成を受けていた。
NASAの月火星間プラットフォームが失敗に終わり、人類がラグランジュ3軌道より内側にしか生きられないことがわかると、世界は落胆と失望を乗り越えて次のステップへ進んだ。
その次世代を担う量子テレポーテーション航法でしのぎを削っていた有力候補がアルジェラボ——被害者の勤務先だった。
当時、欧州宇宙共同体のデカルト、神聖日本の稲田姫、そして新疆ウイグルの于闐(ホータン)が人々の期待と羨望を担っていた。
そして于闐が一足先に火星へ飛び立った、赤茶けた大地を踏みしめる機械の獣たちを乗せて。
遅れを取るまいとデカルトのチームが開発のピッチをあげたが、そこで事件が起きた。
”僕は痴女に乗っ取られました”
機体が忽然と消えてしまったのだ。設計図から実験データに至る機密ファイルはクラウドに保管され多層防御されていた。
にもかかわらず易々と侵入を許したのだ。
「入れ替わりにアルジェラボが稲田姫ごと消えて、唐突に廃墟だけがあらわれた。こんな難事件、カクサンの手に余りますよ。デカチョウ」
司奈は机に突っ伏した。
●無限のかなたに向けて祈る
逢えない人の無事を無限のかなたに向けて祈ることと、希望のない奇跡を待つことと何が違うのだろう。
真美の汚れたドレスを洗濯機に放り込んでから、小一時間も経ってないように感じる。
訳の分からないまま防護服姿の警官に催涙弾で撃たれ、気づいたら透明な檻の中にいた。つくりつけのAI弁護士が面会してくれるけど事件に関する情報は殆ど教えてもらえない。
清美はあまりのショックで泣く気力もない。絵里奈に呼び出されてアルジェラボに着くまで十年もかかるってあり得ない。ドローンに乗っていた主観時間は十分もない。
しかも、自分が絵里奈と姉を殺した容疑者だなんてあんまりだ。
だいたい警察の描いているストーリーが酷すぎる。慰謝料の取り立てに絶望し、なおかつ元夫の浮気相手と死ぬまで同棲させられる苦痛から姉を解放しようとした。 
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