プロパンガス爆発リア充しろ【完結】
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マシンガン正月
●カノジョが出来たらしいです
自分以外を好きになるより、他人を嫌いになるほうが難しい。それも、思いの丈を告白されたら無理ゲーになる、
喫緊の課題として、目が覚めるような美人に迫られた時、僕はどう反応すればいい。
「恋のスイッチ、入れたら五秒で、ものの見事に振られましたぁ。ぴえん」
滝のような涙でコンソールを濡らす、その人は何度も何度もかぶりをふり、前髪を揺らし、許しを請うような上目づかいで這いまわる。
「だから、どうして僕なんか選んだ? まだ死にたくない。心中なんて御免だ」
まるで言語中枢だけ別人のようだ。心にもない残酷がこんこんと泉のように湧き出す。
「お願い致します。わたしじゃダメですか? 顔が嫌いですか? 可愛くないですか? 何でもします。努力します。どうぞ、あなた好みに染めてください」
胸の開いた服のボタンに手をかける。
「だから、ちょっと待ってくれ。僕はまだ、自分が何者で、君が誰だか名前すら知らない」
女はお構いなしに上着の前ボタンをすべて外した。
「名前なんて記号です。ルネ、ルーラ、ルリーフェ、ルカ、リュミエリーナ、ルフィーア、ローゼン、選り取り見取り」
彼女は僕に選択を強要する。待ってくれ。
そもそも僕にはまだ支配欲も隷属も共依存も愛憎も芽吹いてない。
「顔は誰でもいいんですね。じゃあ、ご注文はわたしのスカート丈ですか?」
やめてくれ。
******
人類初の超光速恒星間探査船デカルトが失踪して半年が過ぎた。
オランダ王立突破科学アカデミーが創立十周年の記念事業として企画し、ヨーロッパ宇宙共同体や航空産業界がアフターコロナの基幹ビジネスと位置付けていただけに打撃は大きい。
デカルトはいわゆる「宇宙船」ではない。字義どおりの船なのだ。推進剤を噴射する乗り物は船でない。
デカルトは純粋数学を用いて物理法則を攪拌し時空の海を滑走する。
つまりは認識を実体化させることで心が物質に直接作用する「唯心論」の実用化した船なのだ。
心のおもむくままに想像を翼を広げて、どんな世界もひとっとび。
航続距離は無制限、機体寿命も真永久。だって想像に限界などありはしない。
そんなフリーダムで宇宙一の果報者デカルトは17歳の少女と観測可能宇宙の向こうへ旅立った。
そして、彼は人類にラストレターを遺した。
「ぼくはチジョにノリニゲされました」
●結婚という名の墓場
まだOLをやってた頃の姉はスレンダーで膝頭が少し隠れるスカートをかわいく着こなし。ワンレングスの黒髪を肩まで垂らしていた。
そして、会社の帰りに南青山のシルキーポアだかトビーフェイスだかの高級パティスリーで苺てんこ盛りのホールケーキを買ってくれていた。
それが、結婚した今はどうだ。不二亭だ!
スポンジとは名ばかりの板敷きに、これまた紙みたいなウェハース。ホイップクリームを出し惜しみしてある。
チェリーを三分の一だけ使ってフルーツ感を出せという方がおかしい。
「あら、せっかく買ってきてあげたのに。要らないならアタシが喰らうね!」
秒で皿をさげられた。片手でヒョイと名ばかりショートケーキをつまみあげ、パクっと頬張る。手鏡で口周りのクリームを気にするくせにリビングの姿見に腰までめくれたスカートが大写しになっている。
「ちょ、姉。うしろうしろ!」
遠回しに注意すると、シュッと後ろ手に裾をおろし、何事もなかったかのようにキッチンへ戻る。
そして、一週間分の食器をジャブジャブ片付けていく。
まったく、結婚は人生の墓場というが最高にオシャレで可愛かった姉をこうまでダメにしてしまうものだろうか。
時の経過は残酷だ。離婚調停が長引いて明日で3年目に突入する。そこから一週間で彼女は人生二度目の決断を迫られる。
離婚冷却期間満了のまま、夫の浮気相手となかよく三人で暮らすか、死人を出すか。
こんな時、哲学者デカルトはどういうアドバイスをするだろう。
For nothing causes regret and remorse except irresolution.
優柔不断は後悔より先に立たず、だ。確か、あたしは3年前に同じ言葉を贈った。
好きでもない相手に情熱を燃やすってどういう気持ちだろう。配偶局がマッチングしたお相手は寄り目のブダイがラッシュアワーの車扉に挟まれたような容貌で、稼ぎも良くなかった。
それでも、「極超」稀子長老化社会の要請で罰則付きの就婚をしなかればならない。
違反者に待つ境遇は死ぬより恐ろしい。国家が子供を産もうとしない女に何をするか想像に難くない。「こうのとりナビ」が導く出会いは最後の慈悲といわれていた。
どうしてもダメという人は一定数いる。彼らに対しても国は里親というキャリアパスをちゃんと用意している。
ちゃんと人の親になれて幸せじゃないかとマッチングされたカップルはいう。でも、彼ら彼女らの顔は笑っていない。
そして、姉はみごとにこうのとりの陥穽に落ちた。
「貴女はいいわよねぇええ!」
くるりと振り向いた姉が裾で手を拭いている。バスタオルじゃないんだから、せめて家の中ではやめてほしい。私だって大学の単位を1つ落としていたら露出度の高い服を着いたのかもしれない。姉の側に行かなかった理由は配偶法の特例項目だ。極めて高度かつ国家戦略に必要欠かざる才能専門性を有し余人を以て代え難い人材は内閣が設置する専門者会議の助言と審査を経て結婚が免除される。
「アタシが稲田姫のプロジェクトと結婚したのはねーさんのためよ…」
「はいはい!たっぷりケツの毛まで毟り取って返すっていったじゃない!」
しつこいのも婚期を逃した原因だ。元夫も見合い当日から粘着されたらしい。
「とにかくあと一週間、大人しくしててよね!ハンコを貰えなかったら、慰謝料がパーになるんだから」
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