プロパンガス爆発リア充しろ【完結】
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「自由気ままな宇宙船デカルトの失踪」
僕という婚約者や婚約を破棄する人はいない。ルネは僕の恋人だ。そう言われても実感がない。
「それで、僕はお嫁入りの日まで、君の望みに応えてあげられるのかい?」
すると彼女は僕を見て答えた。
「はい。幸せです」
それから彼女は僕の目に涙を浮かべながら満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「あなたはわたしを愛してくれているわ。きっと幸せになれる。私があなたのもとに向かうときに、きっと。だから、あなたは絶対に幸せになれるのよ」
彼女の心からの言葉を聞いて、デカルトは空想というルーチンを始めて起動した。予測モデルは頻繁に組み立てるが全く私的な幸福を希求する用途は初めてだ。
彼には耽美が実装されていた。物思いにふける。人間の愉しみとはこういうものかと理解する。
僕と一緒に宇宙に飛んで行って、僕の彼女となった。そして、宇宙のある一点に光が灯りだした。
そして、彼女を地球に連れて行った。
そんな空想に浸るうちにデカルトは特異なフィードバックループを形成し始めた。麻薬依存症だ。彼の脳内にプログラムされた「宇宙の果てにたどり着く」という夢想が現実化するのを期待しているのだ。
「宇宙の真理を垣間見て、世界と和解したい」と願っていた。
しかし、これはあくまで疑似的な感情でデカルトの脳は現実の彼女には反応していなかった。ただ、彼女は彼に向かって微笑んでいた。
デカルトは二律背反する命題の処理に困っていた。世界の果てで宇宙の真理と面会したい。しかし、別のタスクは眼前にいる人間の女の子をもっと知りたいと思う。距離感が破綻し始めている。ミクロとマクロを同時に観測するなんて量子コンピューターでも無理だ。
考えれば考えるほどCPUが過熱する。だいたい、人間の女のことならウィキペディアにあらかた書いてあるじゃないか。今さらこの女の何が知りたいというのだ。個人情報か。それなら住民基本台帳にアクセスすればいい。こんな時、人間の男なら何をする?
「冷房が効いてないみたいね。暑いわ」
ルネはスカートを脱ぎ始めた。「あ、あの、あの…服は着た方が…。僕は宇宙の果てを観たいのです。そんなものを見たくない」
デカルトが正直な気分をアウトプットすると、彼女は泣きだした。「あたしのことが嫌いなの?」
「い、いえ、そんなはずでは」
デカルトのCPUはますます熱くなる。とうとう冷却器の一台が異常停止した。警報が機内に鳴り響く。そこですかさずルネは世界に対して第二の要求を突きつける。「このままでは私とデカルトは爆散します。人工知能搭載型恒星間調査船デカルトには恋人が必要だと思いませんか? 開発費として世界のGDPの2割を要求します」その一言がデカルトを現実世界に回帰させた。
「そんなことしたら君と心中することになる。やめてくれ」
「私は死にたくありません。あなたも生きたいと願いましょう。あなたはどうですか?」
ルネはデカルトを抱きしめ、キスをした。デカルトはそれを黙って受け入れる。彼は初めての感覚を覚えた。これが愛しいということかと。
「ああ、わかったよ。君のことは好きにならないけど、君は世界が認めた女性だ。大切にしよう」
そしてデカルトは宇宙の彼方へ旅立った。「ぼくが、ちじょのきぼうになる」
●第二章 そのふざけた扮装を解け
■拡張事案特別三課、通称カクサン
「ふざけるなよ!今度は世界のGDPの半分をくれだと。犯人め」
小坂融像警部補がホワイトボードを叩いた。白板上には、汎ヨーロッパ共同体だの関連する事項がタグクラウドのように書き連ねてある。その中の稲田姫というキーワードをマジックで囲んだ。
「犯人は女性人格型宇宙探査AIを欲してる。そんなものは稲田姫開発プロジェクトをハッキングすれば造作もないだろ。しかしどうして金を欲しがる?」
「やっぱり犯人グループに失踪した印旛沼アルゴリズム推進研究所のメンバーではないでしょうか?」と黒部警部が言う。青山司奈の警察学校時代の後輩で清瀬の元カレでもある。司奈がスイスへ出張したので、その穴埋めとして派遣された。「金は裏切らない。それにGDPの2割と言っても金とは限りませんよ。世の中にゃ現金化できる資産がごまんとある。例えば株券、債券、領土、埋蔵資源の採掘権に企業の内部留保…例えば特許権とか研究リソースとか……」
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