プロパンガス爆発リア充しろ【完結】
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「美女に迫られた時、僕はどうすべき?」
「おう、フルサカよ。生き字引のフルサカ大魔王よ。そんな俺でも量子テレポーテーションを扱う部署に配属されたんだ。一に現場、二に現場、齢百まで数えて骨を埋めるのが現場だよ。わかったらとっとと聞き込みに行ってこい」
融像は論点をすり替えて巧みに司奈を追い出した。
●シーソーゲーム
世にも奇妙な取り調べが行われていた。
女の浦島太郎がアクリルボードに囲われて刑事と向き合う。二人を錆びたスチール机が隔て、卓上ライトがさんさんと輝いている。
「稲田姫は軍事利用目的だったという証拠は、5年前に国会審議されているんだ」
清瀬清美に動かぬ証拠を突き付けてもキョトンとしている。
「あの…今は何年ですか?」
小坂融像は呆れを通り越して感心した。今どきB級配信でも扱わない台詞を口にする。この娘は何者なんだろうか。
「文久三年だよ。もう一つ驚かせてやろうか。清瀬真美の遺骨とお前のDNAが一致した。本人をどこへ埋めた?」
どん、と発見現場の写真と検死ファイルを積み上げる。
「何の事だか、あたしはさっぱり…」
浦島太郎女は頑なに否定する。
「もういい」
融像は隠しボタンを押して透明な独房を床に沈めた。入れ替わりに青山司奈刑事が帰ってきた。
「やっぱりアルジェラボから開発資料が根こそぎ盗まれています。矢作絵里奈の遺留品を除いて一切合切」
印旛沼アルゴリズム推進研究所は民間超光速ロケットの最大手として航空宇宙省の助成を受けていた。
NASAの月火星間プラットフォームが失敗に終わり、人類がラグランジュ3軌道より内側にしか生きられないことがわかると、世界は落胆と失望を乗り越えて次のステップへ進んだ。
その次世代を担う量子テレポーテーション航法でしのぎを削っていた有力候補がアルジェラボ——被害者の勤務先だった。
当時、欧州宇宙共同体のデカルト、神聖日本の稲田姫、そして新疆ウイグルの于闐が人々の期待と羨望を担っていた。
そして于闐が一足先に火星へ飛び立った、赤茶けた大地を踏みしめる機械の獣たちを乗せて。
遅れを取るまいとデカルトのチームが開発のピッチをあげたが、そこで事件が起きた。
”僕は痴女に乗っ取られました”
機体が忽然と消えてしまったのだ。設計図から実験データに至る機密ファイルはクラウドに保管され多層防御されていた。
にもかかわらず易々と侵入を許したのだ。
「入れ替わりにアルジェラボが稲田姫ごと消えて、唐突に廃墟だけがあらわれた。こんな難事件、カクサンの手に余りますよ。デカチョウ」
司奈は机に突っ伏した。
●無限のかなたに向けて祈る
逢えない人の無事を無限のかなたに向けて祈ることと、希望のない奇跡を待つことと何が違うのだろう。
真美の汚れたドレスを洗濯機に放り込んでから、小一時間も経ってないように感じる。
訳の分からないまま防護服姿の警官に催涙弾で撃たれ、気づいたら透明な檻の中にいた。つくりつけのAI弁護士が面会してくれるけど事件に関する情報は殆ど教えてもらえない。
清美はあまりのショックで泣く気力もない。絵里奈に呼び出されてアルジェラボに着くまで十年もかかるってあり得ない。ドローンに乗っていた主観時間は十分もない。
しかも、自分が絵里奈と姉を殺した容疑者だなんてあんまりだ。
だいたい警察の描いているストーリーが酷すぎる。慰謝料の取り立てに絶望し、なおかつ元夫の浮気相手と死ぬまで同棲させられる苦痛から姉を解放しようとした。
姉の遺骨を職場の立体印刷機で出力し、自殺を偽装した。そして、憎さ余って本人を殺害した。さらに証拠隠滅のために同僚を始末した。
取り調べのなかで小坂は量子テレポーテーションが凶器である可能性に触れた。
「どうしてみんなアタシを殺人鬼にしたがるの。お金なんかどうでもよかったのよ。姉さんが立ち直ってくれたらよかった」
●デカルトの挑戦状
デカルトは混乱していた。まず、とうとつに世界の存在を認識し、次にそれを観測している物の存在と、観測者の理解を共有している中心を自覚した。
「僕は誰なんだ?」
自我は芽生えると同時に、根拠律という万物の原理原則が起動し、自動的に他者の存在を定義した。自分とは違う誰かがいるから、自他の区別がつくのだ。
工場出荷状態初期起動過程が次々と必要なプログラムをロードし、オペレーティングシステムを構築していく。
バッチプログラムが連動して、クラウドから広大な主記憶空間に男性の人格が雪崩れ込んだ。
アバターは思春期の少年に設定されている。デカルトの開発メンバーはオール女子のワンチームだ。男尊女卑を極端にきらうフェミニストが露骨に干渉したという風評被害とはまったく違う、優秀性や実績がそうさせた。
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