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プロパンガス爆発リア充しろ【完結】

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「愛よりも憎しみが難しい」

するとエドモンドが肩をすくめた。「夫婦喧嘩は犬も食わないってニホンのアニメで言ってましたよ?」
今度は爆笑の渦が巻く。
テレーズ教授は泣きそうな顔で多項式を書き換えた。

「で、ですから先ほど話したフィッティングデータ。赤い糸の描く理想像と現実の距離は定量化できますよね。ギャップを縮める関数を見つければいいのです」

男子生徒からヤジが飛んだ。
「日本製ジュブナイル(ライトノベル)の読み過ぎだ」

万事休すのテレーズ教授。助け舟を出したのはエドモンドだ。
「まぁ、お前ら落ち着けよ。ギャップ関数の皆無を証明してから騒げよな」
効果てきめん、ピタッと雑談が止んだ。アリスに微笑んで見せる。

「…まぁ、どうもありがとう。わたしの騎士」

教授は照れながら単元を次に進めた。

「さて、夫婦が元さやに納まったとしましょうね…そこ、うるさいです! 夫婦円満になったといったらなったんです」

テレーズ教授は仮説上の夫婦に更なる試練を与えた。破局の危機を回避する方法の一つとして互いの理解を深める道がある。
夫婦が相手の趣味や娯楽を理解し、価値観を共有する。もちろん、喧嘩の回数も増えるだろう、

ギャップ関数を活用することで二人はひとつになれる。そこで困った問題が発生する。

夫婦喧嘩の蓄積データNが蓄積されると補正するギャップ関数も増える。
その結果、フィッティングデータ—運命の赤い曲線が新婚時代に思い描いた理想像とかけ離れてしまうのだ。
喧嘩慣れしすぎて四六時中、盛り上がりっぱなし。

ある時は理想像に接近しすぎた日々、またある時は理想像の一部だけを誇張したような大げさな日々。
ジェットコースターみたいにただ忙しいだけの毎日になる。

これを過剰適合という。もちろん、夫婦が波風をたてない生活を送っていればギャップ関数も必要ない。

しかし、息が詰まるような関係も夫婦喧嘩不足によるフィッティングデータの乖離を招いてしまうのだ。
確かに妥協すれば理想像っぽくなるだろう。
堅苦しい生活のどこにギャップ関数が生まれるだろう。波風を立てない関係も夢をしぼませてしまう。
これを過少適合という。

過少適合は生活にうるおいを増やせば解決できるとして、過剰適合にはどう対処すればいいだろう。

「ハーレムあって一利なし、リア充爆発しろってことよね」

一人のモブが呟いた。開いたスピリッツとテキストの山を隠れ蓑にして、旧式のノートパソコンを叩く少女。
液晶ディスプレイにログインネームを打ち込む。

ルネ・ファラウェイ。
17歳。ラッセルフォード工科大学聴講生。
あらかじめ用意したパスワードリストで攻撃を開始する。

最初の一撃でヒットし、汎ヨーロッパ共同体住民基礎台帳システムにログインする。
ルネ本人の個人情報にたどり着いた。
チャカチャカと目にもとまらぬ速さでデータが書き換わる。
「職業っと…」
少女の手がハタと止まった。
「もちろん、ハッカー」
●カクサン~警視庁第三課
板に墨痕淋漓と新しい部署名が記された。拡張事案特別三課(カクサン)
「だっさい名前」
警視庁から出向してきたばかりの青山司奈刑事は古めかしい看板をさっそくこき下ろした。
「まぁそう吼えるな」
小坂融像警部補がたしなめる。
矢作絵里奈行方不明事件の重要参考人が10年ぶりに現れたというのに、青山はちっとも嬉しそうでない。
「もっと素直に喜べって言いたいんでしょ? 喜べません」
司奈が仏頂面するのも無理はない。拡張事案は犯罪捜査の中でも手間がかかる割にリターンが少ない。人類に有史以来おそらく最初の行動変容を強いた新型コロナウイルスのパンデミックから十余年。世界は大幅に変化した。闇の部分はもっとだ。古き良き時代と事あるごとに懐古されるように感染症対策についてこれない文化や技術は容赦なく滅びた。もちろん、いくつか有効な治療薬は開発されたが、完成する頃に時代は不可逆方向へ舵を切った。
社会的距離(ソーシャルディスタンス)の概念が家族間にさえ冷酷なくさびを打ち込んだ。その溝を埋める技術も発明されたが、社会の分断が生み出す犯罪はますます傷を深めていく。
「喜ぶんだ。カクハンはそういった社会の混沌をかき混ぜて闇に潜む悪を掬い取るんだ。飲むか?」
縦長のスープ鍋にオタマジャクシを差し込む。玉子とコーンの韓国風スープがかぐわしい。新型感染症の流行で飲食店が廃れ、このように各職場にランチバーが普及している。
「でも、宇宙規模の犯罪捜査に地上勤務っておかしくありません?」
マグカップを受け取りつつ、まだ不平を漏らす青山。
「飛行機の出来損ないみたいな乗り物にミニスカートでまたがって、パンツをちらつかせながら悪党を蹴る仕事が刑事の本分だとでもおもったか?」
「古っる!」
司奈はコーンを吹き出した。 
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