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自由に嗤われる

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本文

私が鬱々しげに公共のベンチに腰掛けていると、ビジネスマンだろうか?
身なりをキチンと整えた男が私の隣に座った。

「あなたはどのような仕事をしているのでしょうか?」

見ず知らずの男に職業を聞くという、普段ならしない行動を私はおこなっていた。

「どのような仕事? おかしなことを聞く人がいたものだ」

男は、クスクスとおかしげに笑う。

「そうだな……。いま、私がしている仕事はお前さんを鬱々とさせることかね?」

男はそのように私をからかうように言った。

「冗談はよしてくださいよ」

冗談だと思った私は男に対して、そのようなことを言ったが、
男の笑顔は益々深まる一方で、不安な気持ちになってゆく。

「冗談ですよね?」

私がそのように言うと、男はこらえられなくなったのか、
腹を抱えて大声で笑い始めた。

「冗談? 私の言っていることが冗談に聞こえるか?」

希望のはずの目の前の男が、よりによって私を甚振るのに耐えられなくなり、
大声で叫んだ。

「なぜ、あなたは『自由』なのに、こんなにも、私をこんなにも苦しめるのですか!」

「自由」と呼ばれた男は先ほどまでの嘲笑から一転して、絶対零度の目で私を射抜く。

「君は『自由』というものが、どのようなものなのか、理解していないようだ」

「自由」は私から視線を外して、ベンチの目の前の大通りを歩く人々を見つめる。

「あの中にどのくらい君のようなものが混じっていて、どのくらい私の本質を理解しているものが混じっているのだろうね?」

「自由」が何を言いたいのか、わからなかった私は疑問を口にする。

「私はあなたの本質を理解していないと?」

男は、再び視線を私に向け、
コクリと頷く。

「ああ、そうだ」

「自由」にそのように言われた私は、しばらく「自分は何を勘違いしているのだろう」と考えた。
しかし、考えても答えは出てこない。

そんな私の様子を見ていた「自由」は、嘲笑いながら、口を開いた。

「本当は君も、私の本質に気づいている。でも、気づかないフリをする。そうしなきゃ、救われないとわかってしまうから」

私は自分を守るように、「自由」の言葉を反復した。

「『救われない』ですか?」

すると、『自由』はすっかり呆れていた。

「そこまで、自分を誤魔化すか……。それでは、なぜ、君は、私を『自由』だと認識したのだ?」

男を「自由」であることに気づいたわけ……。
私は改めて、男の姿を見た。
髪型や顔はスッキリとしていて、よく手入れがされている地味目のスーツに身を包んでいる。
全体的な印象はしっかりとしていて、自由という言葉よりも、
誠実、堅苦しいといった印象を受ける。
そんな男をなぜ私は「自由」だと認識したのだろう……。

「お前が私を『自由』だと認識した理由は簡単だ。表面上は、現状を打破するための救いだと思ったとしても、本質的には呪いの類であることを理解しているからだ」

呪い。
そのように言われて、「自由」に言われてきたことが初めてわかった気がする。
私は今まで、「自由であれたら、苦しまずに楽なのに」と思ってきた。
だが、本当は気づいていたのだろう。
何よりもそれが尚、私を苦しめていたことに。

そうわかっていながら、私は気づかないフリをした。
なぜなら、怖かったから。
自分が救いを求めたものさえ、その実態は救いではなく、
呪いだと知ることが……。

「やっと、受け入れたようだな。そうだ。私は一種の呪いだ。ある人間は「私」を求める。だが、私はその人間を救うことはない。いや、救うどころか、その人間の呪いとなる。呪いを解くためには、それが呪いであることを認識する必要がある。そうでなければ、ずっと、私に縛られることになる。そんな性質である私だからこそ、このような見た目なのだ」

「自由」はそのように自分のことを語った。私は「なるほど」と腑に落ちた。
だが、まだ一つ疑問が残っている。

「なぜ、私の前に現れたのです?」

すると、「自由」は再び大通りの方を見た。

「あの人混みの中には、様々な人間がいる。そもそも、私のことを気にしていない人間。私の存在は意識しているが、それが呪いだとわかっている人間。君のように目を逸らす人間。そして、全く私のことを理解せずに、私に救いを求める人間……」

彼は視線を大通りに向けたまま、目を細める。
それらの人々に対して、どのように思っているのだろうか?

「気にも留めていない人物は私に気づかない。私のことを理解していない人々も、私に気づかない。私に気づいている人間は、私に近づこうとしない。君のような人間だけなのさ、私に近づくのは……」

そのように言ったきり、「自由」は口を開かない。
どうしたのだろう?

「もう、会うことはあるまい。いや、会ったとしても、君は、私に近づかない。私はそういうものだからね……」

そのように言われて少しの時間が経つと、私は「自由」が去ったことに気づいた。
そのくらい私にとって、彼のことがどうでもよくなっていた。

おわり
 
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