ビンドポピアス世界線破却同盟①真実を知る覚悟があるなら、今ここで私と共に。失うものはあるかもしれないが、それでも進むべき道はある。闇を超えて、未来をつかめ―。
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願いを込めたメロディー
彼女の名前は九重遥香と言い、この国のトップクラスの名家の一つにして国内最大シェアを持つ兵器メーカーの令嬢であると語った。
真也は彼女が語るその情報の真偽を確かめるべく頭を回転させるが、思いつく事柄はどれもこれも真也には馴染みの無いものであったため、信じることにした。
「じゃあやっぱりここは異世界なんだ」
真也の確認に、九重遥香を名乗る女は大きく肯く。
「そうだよ。……真也くんにとっては、初めての『異世界召喚だね?」
真也は首を横に振った。
それは彼にとって未知の世界へ呼び出された喜びではなく、既知の世界へ帰されそうになる焦りから出た否定だった。
「……違う?」
彼女は小動物のようなくりっとした目を瞬かせる。
「いや、だって、あの」
異世界から強制送還されるかもしれない、なんて言えない。そもそも信じてもらえないだろう。
真也は言葉を濁し、誤魔化すために辺りをきょろきょろと見渡して話題を変えようとした。
「あれ!? なんで、どうしてこんな暗いところに!?」
しかし、そこは真也にとって見知らぬ部屋であり、真也の記憶に無い調度品の数々であった。
真也は混乱した。なぜ、いつの間にか室内の暗がりにいたのだろう、という単純な疑問からだった。が。
そんな彼に女は、ふっ、と小さく笑みを漏らすと、人差し指をくるりと回す。
すると暗闇の中にぽつん、と光が灯った。
「あ……れ、目が……!」
突然明るくなった部屋に、真也は反射的に手で影を作るように覆う。
そして、自分の両目に指先を伸ばす。その指先はいつもと変わらない視力のままだったからだ。
彼の反応を見て、遥香は再度人差し指でくるりと回した。
それと同時に今度は壁の電灯からぱぁ、と明かりが漏れ出る。
「これは魔法……」
真也はその光景を眺めるとともに、自身が今いる場所にも既視感を覚えた。
部屋の隅に設置されたテレビとゲームハードに本棚。それらは全て真也の世界の物であり、また彼が毎日眠るベッドも置かれていた。真也が普段生活する自室と寸分違わない。
彼は、自分の記憶がおかしくなっているのではないかと疑い始める。なぜなら、『初めて来た世界』なのに、『この部屋は知っている』と思ったのだ。
そして、自分が異世界召喚されていると知った時に湧いた、異世界への好奇心と高揚はなりを潜め、代わりに『不安』と『焦燥』が顔を覗かせてきた。
真也は、自分の手を握ってきた女に顔を向ける。
「ここはどこなの?俺はどうなるの?」
「まあまあ落ち着いて。私を信じてほしいんだけどさ」
そう言った彼女はどこか寂しげに見えた。その言葉に何か意味があるのかと、真也は考える。
そして数秒考えた後、「うん、分かった」と真也は肯き、彼女は微笑む。その笑顔を見た時、真也は自分の心の奥底に小さな波紋が生まれるのを感じた。
しかしその感情を意識する前に、彼女から告げられた衝撃の言葉が真也に襲いかかる。
「実はまー君、元の生活に戻ることはできないんだ」
真也は目の前が真っ暗になる感覚を味わいながらもなんとか声を発する。
「……え?」
絞り出したような一言に、遥香は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、もう一度事実を告げるために真也へと言葉を紡ぐ。
「まー君の体は『こっち』に適応しちゃってるんだよねぇ……。つまり、元の『体』にはもう戻れないの。ごめんなさい」
真也は目を見開き固まるしかなかった。そんな彼を前に、彼女はなおも話を続ける。
「あ、もちろんちゃんとした理由があるからね?」
真也は何も言わず俯いていた。しかし、そんな彼の様子を見て遥香は彼の肩に手を乗せると、言い聞かせるように言葉を並べる。
「だから、大丈夫だよ!……えっと、その、ほら! 真也君はもうこの世界で生きていくしかないっていうか、なんならこれからはお姉さんと2人で仲良く幸せになっていこうぜい☆みたいな?」
「……ふざけないでください」
今まで聞いたことの無いような冷たい声音。それに驚いたのは真也本人よりも遥香の方だった。彼女の手がびくり、と震える。
「俺、帰るつもりだったんですけど」
真也の言葉を聞いて、遥香の顔に動揺が浮かぶ。
「そ、それは無理だよう!」
「でもあなたが言う通り、もう元の『体』じゃないんですよね?」
「……」
真也の目を見て何も言えない彼女は口を尖らせるようにして黙り込む。
「帰れるなら帰ってますよ」
その言葉で彼女は、ああ……と悲し気に目を伏せた。しかしすぐに気持ちを持ち直したかのようにするりと真也から離れる。
「そうだよね、ごめん……」
真也から距離を離してソファへ座った彼女の目は潤んでおり、その姿はとても演技のようには見えない。だが真也はそれすら嘘なのではないかと思った。
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