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たどん王国の激ひみつ【完結】

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無言で睨みつける

 
前書き
山岸沙世子に「海原沙世子」と名乗る少女がいたと女性自身が報じている。少女は「うみはらさよこちゃん?」と首を傾げながら繰り返した。「ごめんごめん」と無言で睨みつけると、彼女は苦笑いしながら謝った。 

 
ファーストキスを奪われた俺は、ショックで頭が混乱しかけた。けれど次の瞬間、もっととんでもない事態が発生する。
「ああ……」
口付けを交わしたまま彼女が体を密着させてきたのだ。すると体がどんどん変化していく。背中からはコウモリの様な翼が生え、爪は鋭く尖った。
やがて口は耳元まで大きく裂かれる。瞳孔は縦長に変化していった。「んむっ……」
彼女の牙が俺の口腔内に侵入し、唾液を流し込まれる。「あ……」
俺も反射的にそれを飲み下してしまった。すると全身がカッと熱くなり、同時に凄まじい勢いで細胞分裂を始める。
俺の体はもはや人間ではなかった。口裂け女のそれへと変化してしまったようだ。
「ふふ……」
彼女は微笑んだ。「これでやっとひとつになれるね……」
そして俺を抱きしめると押し倒した。床が軋みをあげるほど強く押し付けられ、苦しさに喘いだ俺は手足を動かそうとする。だが、全く動かなかった。それどころか、徐々に力が抜けていくのを感じる。抵抗できない。そうして動けなくなったところで、ようやく拘束が解かれた。
「これで永遠に一緒だよ」
口づけとc共に、俺は意識を失った。俺は妖獣のコレクションになって魔女王の床の間に飾られた。
終わり。
* * *
その日、私はお昼過ぎに起きた。
お風呂に入って着替え、それからお化粧をする。お洒落をした後は、近くの喫茶店へ行ってランチを楽しむことにした。注文した料理が届くまでの間、テーブルの上に新聞を広げる。社会情勢についてのコラムを読むのが最近のマイブームだ。
「ん?」
すると気になる見出しを見つけた。そこにはこう書かれている。『登山中の女子大生・海原沙世子さんが行方不明に』。記事の内容を読んでいくと、どうやら彼女を含むパーティのメンバーは山頂付近で遭難してしまい、現在警察が捜索を行っているようだ。
「……」
嫌な予感を覚えた私は、店員を呼んだ。「この人の行方を知りませんか? こう言ってはなんですけどかなり可愛い女の子で……名前は海原沙世子といいます」
しかし返ってきた言葉は、私が期待したものとは違った。「いや、知らないですね」

「……そうですか。わかりました。ありがとうございます」お礼を言うとその場を離れた。そして、少し悩んだ後で決断を下す。
「仕方ないわね」
溜息をつくと荷物をまとめ、席を立った。「……直接確かめに行くしかないか」

「……というわけで、ちょっと出かけてきます」
私――山岸沙世子は両親に向かって告げた。
「何だって?」父は戸惑っているようだ。「今すぐ戻ってこい。心配するじゃないか」
当然の反応だった。普段なら素直に従うところだけど、
「無理です。絶対に帰りたくありません」
私の意思が固いことを悟ったのだろう。「そう言うと思ったよ」父は諦めのため息を吐いた。「まあいい、わかった。気をつけてな」
意外にもあっさりと了承されたので拍子抜けしてしまう。もう少し引き留めてくれるものと思っていた。とはいえ、反対されなかったことはありがたいので深く考えるのはやめておく。
ちなみに今は夏休みで、ちょうど二泊三日のキャンプへ行く予定だったので荷物をまとめて家を出たのだった。
行き先はもちろん北海道。札幌からフェリーに乗り、稚内へと向かう。道中の楽しみといえば、やっぱり温泉だろうか。大浴場があるホテルに予約を入れてあるのでとても楽しみにしている。
(……って、いけない)旅行前のワクワクした気持ちのせいで忘れかけていた。今の私はエベレスト先生なのだ。
そしてこれから起こる惨劇を回避しなければならない。
つまり、自分が生き残る必要がある。
そのためにはまず、他のメンバーと仲良くなる必要があった。
そのためには――
(まずは主人公と仲良くならないと)
主人公は大学生の青年で、名前は確か――
(……えっと、なんだっけ?)
思い出せない。というより、覚えていない。
なぜなら主人公のプロフィールは記憶から消されているからだ。
これは、私の行動次第では彼が死ぬということを表しているのだろう。
「うーん」
どうすれば主人公が死なずに済むのか、思い悩んでいると、「……あれ?」
目の前に何かが落ちてきたような気がする。
見上げると、それは鳥のように見えた。
「……」
ただし、普通の鳥ではない。なんと、人間の顔をしていたのだ。
しかも、その顔に見覚えがあった。
「……あ」
そうだ、思い出した。
この人は主人公だ。
「……」
彼は恐怖に顔を歪ませながらこちらを見つめている。
そして私は、彼にゆっくりと手を伸ばしながら、こう呟いた。「……いただきます」
「きゃあああああ!」
悲鳴をあげながら飛び起きた。「ゆ、夢……!?」
心臓がバクバクしている。「はぁ、はぁ……」
息を整えてから辺りを確認すると、そこは自宅ではなく山小屋の中のようだった。
「……そうか、ここって」
キャンプ場に来たことを改めて実感し、安堵した。しかしすぐに違和感を覚えることになる。「……どうしてここにいるんだろう?」
テントを畳んで出発してからの記憶が曖昧だった。「……ええと、たしか」
昨日の夜はみんなと一緒に焚き火を囲んで談笑していたはずだ。
それで眠くなったので、一人先に寝かせてもらったのだが……。「まさか、その後に」
想像すると背筋が寒くなる。「も、戻らないと」
慌てて立ち上がると、私は下山を始めた。
***
「おかしい」
道に迷ってしまったようだ。
地図を確認しながら歩いてきたつもりなのに、何故か見知らぬ場所に辿り着いてしまう。「ど、どうしよう」
焦りが募る。早く帰らなければと思う一方で、足取りが重くなっていくのを感じた。「……あ」
やがて体力が尽きた私はその場に倒れ込んだ。「……」
意識が薄れていく。
視界が暗くなっていき、何も見えなくなる寸前に、誰かの声が聞こえた。「……ん?」
目を覚ますと、そこには白い天井が広がっていた。
ここはどこだろうと周囲の様子を伺っていると、不意に扉が開き、誰かが部屋に入ってきた。
「あ、起きてる!」
「え?」
私は驚いてそちらを見た。するとそこにはセーラー服を着た少女の姿があることに気づく。年齢は十代半ばくらいに見えるが、高校生にしては幼く見えた。童顔だからかもしれない。それにしても可愛い子だなあ……。
って、違う! そうじゃないでしょう私!! はっとして我に帰る。「あ、あの、あなたは一体」
すると彼女は笑顔を浮かべた。「私はね、山岸沙世子っていうの」
「やまぎしさよこ?」
聞いたことがない名前だ。「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」「え、あ」
「教えてよ」「わ、わたしは」
口ごもった後、意を決して名乗ることにした。「わたしは海原沙世子っていいます」
「うみはらさよこちゃん?」
彼女は首を傾げながら繰り返した。「変な名前」
「……」

「ごめんごめん」
無言で睨みつけると、彼女は苦笑いしながら謝った。「じゃあさ、サヨコちゃんって呼んでもいい?」
「いいですよ」
別に構わなかった。
どうせもうすぐ死んでしまうのだし、呼び方などどうでも良いことだ。
「ありがとう。嬉しいな」彼女は微笑むと、私に向かって手を伸ばした。「握手しよ?」「あ、はい」 
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