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展覧会の絵

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第十八話 我が子を喰らうサトゥルヌスその八

「ゴヤの絵だよ」
 ここでまたあの声がしてきた。
「知ってるかな、この絵は」
「ゴヤってまさか」
「そう。十八世紀末から十九世紀前半のスペインの画家だよ」
 そのゴヤだとだ。声は雪子に語っていく。
「無気味な絵を描くことで有名だったけれど」
「この絵もだっていうのね」
「そう。我が子を喰らうサトゥルヌス」
 声は絵の題名も言ってきた。
「ゴヤの中でも最も恐ろしいと言われている絵だよ」
「その絵を私に見せて何だっていうのよ」
「罪を犯す人の姿だよ」
 絵についてだというのはわかった。今の言葉は。
「そう。君だね」
「私がこの化け物と同じだっていうの。何処がよ」
「君は人間の身体を食べてはいない」
「当たり前よ。誰がそんなことするのよ」
「けれど君は人の心を食べてきた」
 声が指摘するのは雪子のそのことだった。
「壊してきた。そうだね」
「まさか」
「そう。見ていたよ」
 声は雪子が隠してきた真実を指摘した。
「ずっとね」
「あんた、全部見ていたっていうの?」
「神は御覧になられていたよ」
 声は悪事を告げられ内心狼狽を感じる雪子に告げた。
「君のことも君のお兄さんのこともね」
「お兄ちゃんを殺したのも」
「裁きの代行を下したよ」
 殺したのではなくだ。そうしたというのだ。
「遠慮なくて」
「お兄ちゃんだけじゃないわね」
「君の叔父さんもあの四人も」
 彼等への裁きの代行のこともだった。声は告白した。
「全てしたよ。藤会もね」
「殺人鬼、警察に言うわよ」
「殺人鬼。違うね」 
 声はそのことも否定した。
「僕は裁きの代行を下しただけだよ」
「何処がよ、それは」
「裁きの代行は過酷であるべきなんだ」
 客観的、いやそこには感情が見られなかった。
「だからこそああしたわだけだよ」
「そして私もっていうのね」
「そうだよ」
 まさにだ。それ故にだというのだ。
「ああしたんだよ」
「お兄ちゃん達を殺したの」
「何度も言うけれど裁きの代行だよ」
「何がよ。あんたがしたのは殺人よ」
 雪子はむっとした声で返した。
「人殺し。あんた誰なのよ」
「僕が誰なのか」
「そうよ。誰なのよ」
「言うね。それならね」 
 この言葉と共にだった。闇の中から。
 声の主は出て来た。彼は。
「あんたは」
「そう。僕だよ」
 十字だった。白い詰襟の彼だった。
「僕がこれから君に裁きの代行を下すんだよ」
「あんたが皆を」
「そう。全員ね」
「藤会もまさか」
「勿論だよ」
 何でもないといった口調でだ。十字は雪子に答える。
「それはもうわかるね」
「あのとんでもない殺し方でどれだけ殺したのよ」
「数えていないね」
 裁きの代行の数もだ。全くだった。 
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