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ウーチクタン肥後橋【完結】

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ほっと一息つく

これが沙世子にとって初めての奉仕だった その初日の今日、まずは厨房の手伝いをすることになったのでまずはそこからである 調理台の上には肉がたくさん並んでいた のだ
「今日の夕食分の材料よ。
全部ミンチにしてもらいますから」と言われて そこで初めて沙世子はこの作業をするのに刃物を使うということを察した
「この肉をどうするんですか?」と聞くと、
「もちろんあなたの手でミンチにしてもらうんですよ。
手際よくね」とにっこりと微笑まれた
「私、刃物は使ったことがないのですけれど」と言うと
「大丈夫よ。
誰でも最初は初心者なんだから。
安心して」と返された 沙世子は不安を感じながら、とりあえず言われた通りに包丁を手に取ってみることにした すると、意外に重いことに驚いてしまった こんなものを振り回すなんてできるのだろうか しかし、そんなことを思っていても仕方がないので、とにかく振り上げてみることにした
「えい!」
気合いを入れて振ったのだが、それでも肉は切れない もう一度やってみるがやはり切れない 「あれ?おかしいわね」
沙世子は何度も繰り返してみたのだが結局切れることはなかった その様子を見た先輩が「あなた、筋がいいわよ。
これならすぐに慣れるわ」と言ってくれた 沙世子はほっと一息つくと「ありがとうございます」と礼を言った そしてそれからも沙世子はしばらく肉切りを続けた 途中、何度か休憩を挟みつつ、何とか全てを切り終えた
「お疲れ様。
はい、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
沙世子はお盆を持って来た女性からコップを受け取ると、それを口に含んだ
「どう?おいしい?」
「はい、すごくおいしく感じます」
それを聞いて、女性は嬉しそうな顔をした
「そう、それはよかったわ」と言って、自分も沙世子の隣に立って肉を切ったり盛りつけたりするのを眺めていた
「それにしても、あなたがここに来るとは思わなかったわ」と女性が言うと、沙世子も「私もです」と言った
「玲子もきっと喜ぶでしょうね」と女性は言って、沙世子の肩に手を置いた
「はい」と沙世子は返事をした そして、その後二人は黙々と作業を続けていった 昼食の時間になった
「今日も沙世子ちゃんのおかげでいつもより豪華な食事になりました。
はい、デザートのヨーグルトもありますからね」
沙世子はスプーンとヨーグルトが入った容器を渡されると、それを受け取ってテーブルに向かった そして、一人で食べ始めた すると、沙世子は隣に座っている女性の視線を感じた その視線の主は、先程まで沙世子と一緒に肉を切っていた人だった その人は沙世子を見てニコニコと笑っている 沙世子はそれが少し気になったが、あえて気にしないようにして食事を続けることにしたが、その人が何かを話しかけてきた
「沙世子さんって、かわいいですね」と言われて、沙世子は思わず口に運びかけていた手を止めた それを見ていたその人も、自分の言葉が沙世子の耳に届いたことを悟ったらしく、話し続けた
「いえ、別に深い意味は無いですよ。
ただ、かわいらしいなって思っただけですから」
沙世子は、そんな言葉を言われても何とも答えようがなく、黙って食事を続けることしかできなかった その後、二人の間に会話はなく、静かな時間が過ぎていくのだった
「沙世子さん、そろそろ時間だから準備をしてね」「はい」
沙世子はそう返事をすると、トレイを持って立ち上がった 沙世子は食堂を出て廊下を歩き、階段を上って二階にある自室に入った そこは四畳半の部屋で、机とベッドがあるだけの簡素な部屋だった 沙世子は部屋の電気をつけると、窓を開けて外を眺めた 沙世子は窓を開けたまま、壁に背中をつけて床に座ると、窓の外を見つめた そこには一面の青空が広がっていた 沙世子はその光景をじっと見続けた どれくらいの時が経ったのか分からないが、沙世子は不意に窓を閉めて立ち上がり、クローゼットを開けて中にあった白いブラウスを取り出した 沙世子はそれを着て、黒いスカートを穿くと、黒タイツをはいて靴下をはいた 次に鏡の前に立つと、髪を整えた 最後に、カバンを持って、扉を開けて外に出て鍵をかけた そのまま沙世子はゆっくりと歩いていき、玄関の鍵を開けると、外へ出た 沙世子は、一歩踏み出した瞬間に感じる空気の違いに気づいた それは、刑務所に入る前に感じていたものと同じものだった 沙世子はそのことを実感しながら、刑務所に向かって歩みを進めた 刑務所に到着した沙世子は、入口で入所の際にもらったカードキーを使って中に入り、エレベーターで5階へと上がっていった そして、5階にたどり着くと、看守に挨拶して、奉仕活動をする場所へと向かった その場所は図書室だった 沙世子は本棚の整理や貸し出し業務などを行い、あっという間に時間は過ぎた 
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