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繁栄の限界

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第二章

「全てのトリアンは」
「食べてしまいましたね」
「そうです」
「私もそうしましたし王室の他の者もであり」
 女王はさらに言った。
「宮中でもです。貴方もですね」
「下賜して下さったものよ」 
 まさにそれをというのだ。
「頂きました」
「左様ですね」
「王宮にはありません」
「あの時はです」
 別の侍従が言ってきた。
「ドリアンを積んでいた船はあの船だけであり」
「他にはですね」
「ありません」
「今このブリテン島にはないですね」
「申し訳ありませんが」
 侍従は実際に申し訳なさそうに述べた。
「一つもです」
「ではです」 
 女王は侍従の言葉を受けて言った。
「私が今すぐにドリアンを食べたいと言えば出来ますか」
「それは」
「そう言われましても」
「しかも新鮮なものを」
 マレーで採れたばかりのというのだ。
「今すぐにこの王宮でと言えば」
「出来ません」
「それはとてもです」
「マレーに向かう船にドリアンを所望と伝えておきます」
「その船が持って来ます」
「若しくは王室御用達で行かせ」
「すぐに船を出させられますが」
 危急の場合も話した。
「ですがスエズ運河を通り」
「それでもかなりの時間がかかります」
「新鮮なものはとても」
「まことに申し訳ないですが」
「そうです、如何にこの国が繁栄を極め」
 女王はあらためて述べた。
「そして私がその国の主でもです」
「必ず欲しいものが手に入るとは限らない」
「為せないこともありますか」
「そうです、人は出来ることに限りがあります」
 怒っていなかった、極めて冷静にだった。
 女王は近侍と侍従に話した、そのうえで言うのだった。
「幾ら栄華の中にあっても」
「この大英帝国でもですか」
「人類史上最大の領土を持っていても」
「世界の富を集めていても」
「最高の贅沢が出来ても」
「そうです、出来ることはです」
 淡々とさえしていた、まるでこの世の摂理を語る様に。声だけでなく表情もそうしたものになっていた。
「限りがあります」
「左様ですか」
「そうしたものですか」
「ドリアン一つすぐに持って来ることが出来ない」
「そうしたものなのですね」
「ドリアンは大好きです」
 事実女王の大好物でありあればよく食べている。 
 だがそれでもとだ、今は言うのだった。
「ですがそれをいつも味わえるか」
「それは出来ない」
「そういうことですね」
「そうです、それが人というものです」
 こう言うのだった。そしてだった。
 女王は静かに食事の場を後にした、厳かにそうしてだった。
 後は何も残っていなかった、近侍と侍従はその女王を見送り。
 同僚達と共に後片付けをした、そこで近侍は侍従に言った。
「今のお言葉肝に銘じておきます」
「そうだな、如何に栄えていてもな」
 侍従も言った。
「そしてその頂点におられる方でもな」
「出来ることは限りがありますね」
「そうだな、どの様な国のどの様な方でもだ」
「何でも手に入れられて何でも出来るか」
「それは無理だな」
「その通りですね」
 侍従の言葉に頷いた、そしてデザートが置かれていた皿をなおした。そこには見事なフルーツ達があったがそこにはドリアンはなかったことをここで思い出したのだった。


繁栄の限界   完


                 2022・7・14 
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