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少しこけただけでも

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第二章

「やはり大事になることがあります」
「そうですよね」
「こけただけとはです」
「言えない時もありますね」
「特にご高齢になると」
「六十、還暦を超えると」
「そうですね、お年寄りと言われる位になると」
 医師は夫に応えて話した。
「お気をつけく下さい」
「では今回病院に行ったことは」
「大袈裟ではないです」
 決してというのだ。
「まことに」
「そうですか、また何かあれば」
「すぐにですね」
「診てもらいます」
「そうして下さい、ご主人もです」 
 医師は夫にも話した。
「ご高齢なのは同じですから」
「だからですね」
「若い時も用心しないといけないですし」
 こけただけと思わないでというのだ。
「特にです」
「歳を取ったら」
「くれぐれもです」
 注意して欲しいとだ、こう話してだった。
 夫婦は病院を後にした、妻はそのまま歩きながら夫に言った。
「平日のお昼でね」
「それでか」
「お互い定年してね、何もなくて」
「後はあの世に行くだけか」
「そう思っていたら」
 そうした時にとだ、夫に微笑んで話した。
「こんな気遣い受けるなんてね」
「気遣い?」
「病院に行くぞなんて」
「何か気遣いだ」
 これが夫の返事だった。
「こんなことは当然だ」
「そうなの」
「夫婦だぞ」
 だからだというのだ。
「それならな」
「当然なの」
「そうだ、またこけたり何かあったらな」
「病院に行くのね」
「一緒にな」
「そう言ってくれるのが嬉しいの」
 また微笑んで話した。
「私はね」
「何が嬉しいんだ」
「私が女だからかしらね」
「それでか」
「そうよ、じゃあこれからね」
 微笑みをそのままにして言った。
「お家に帰りましょう」
「ああ、帰ったらお茶を飲むか」
「煎れるわね」
「自分で煎られるぞ」
「私が煎れるから、今回は」
「どうしてもか」
「ええ、いいかしら」 
 夫に顔を向けて尋ねた。
「そうして」
「そうか、お礼か」
「ええ、気遣ってくれたね」
「いつもだろ」
「いつもでもよ」
 それでもというのだ。
「嬉しかったから」
「それでか」
「そうさせてもらうわ」
「わかった、じゃあな」
「帰ったらね」
 夫に微笑んで言った、そして夫も微笑んでそれを受けてだった。
 二人で家に帰った、そうして妻が煎れた茶を二人で飲んだのだった。


少しこけただけでも   完


                2023・1・19 
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