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細候

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第一章

                細候
 満光陵は成都で私塾を開いている。
 だが貧しく彼はいつも金に困っていた。
「世情が悪いか」
「それもあるだろうな」
 友人の魯祥平が応えた、大柄な満と同じ位の背だが満が面長で痩せているのに対して魯はがっしりとした体格で身体つきは四角い。二人は共に今店で昼飯を食べていてそうしつつ話をしているのだ。
「明になってだ」
「やっと落ち着いたんだがな」
「それがな」
「万歳翁は随分学者がお嫌いになられた」
「文字の一つおかしかったら処刑だ」
 魯は満に話した。
「それだけでな」
「役人はどんどん処刑される」
「それなら学問で身を立ててだ」
 学者や役人になってもというのだ。
「仕方ない」
「だから私の塾も生徒が少ないな」
「それでだ」
「私は貧乏暮らしだな」
「そういうことだ」
「仕方ないな、だが食べられているだけな」
 貧しいがとだ、満は言った。
「ましか」
「そうだな、しかし君はまだ一人だな」
 魯はここで満にこのことを言った。
「奥さんはいないな」
「うむ、学問を修めて」
「そして曲りなりにも塾をやっているが」
「一人だよ」
 家族はいないというのだ。
「それ位の甲斐性はあるつもりだがね」
「なら誰か探したらどうだ」
「さて、いるだろうか」
「誰かいるだろう、私だって結婚しているんだ」
 魯は自分のことを話した。
「それで店を切り盛りしているんだ」
「それなら私もか」
「誰かいるだろう、貧しくても」 
 そうであってもというのだ。
「それはそれだ」
「家族を持つことはな」
「そうだ、だから君もな」
「縁があればいいのだが」
 満は考える顔で述べた、だが。
 そちらは縁がなく彼は一人のままだった、それで塾を続けていたが。
 買いもので街を歩いている時に二階建ての家の横を歩いていると。
 そこから枝が落ちた、その枝はというと。
「ライチの枝か」
「そうよ」
 上から若い娘の声がした、それで見上げると。
 二十歳にはまだなっていない感じであるが艶やかな顔立ちと化粧の女がいた、服は妓女のものである。
 女は満を見下ろして言ってきた。
「お兄さんよくここを通るでしょ」
「買いものの帰りにね」
「それで気になってよ」 
 それでというのだ。
「今こうしてよ」
「ライチの枝を落としてかい」
「きっかけを作ったのよ、ここに来てくれたら」
 妓女はさらに言ってきた。
「お話してあげるわ」
「だが私は貧しい」
 妓女と遊ぶ金はない、このことを言うのだった。 
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