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ライチの香り

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第一章

                ライチの香り
 盛唐のまさに爛熟期のことである。
 時の皇帝玄宗は楊貴妃と共にいる日々を楽しんでいた、最早老齢に達していた皇帝は所謂老いらくの日々を愛欲の中に溺れさせていた。
 それを周りは繁栄の中の象徴として見ていて殆どの者がいいと思っていた、それは都長安の繁栄の傍に闇も見ている杜甫もだった。
 彼は友人にこう話した。
「万歳老が楽しまれていることはいいことだ」
「楊貴妃様とだな」
「そのことはな」
「しかし何でもだ」
 友人は自分を邸宅に招いてくれて詩を見せてくれた杜甫に話した。
「節度使の安禄山殿とだ」
「宰相の楊国忠殿がだな」
「仲がお悪いそうだが」
「何、安禄山殿も根っからの悪人ではない」
 杜甫はそう言われても嗤っていた。
「万歳老には忠誠を誓っておられるしな」
「陽気で気さくな方だと聞いているな」
「十五万の兵を預かっておられるが」
「問題なしか」
「それにこの都の守りも固い」
「堅固な関があってか」
「何があっても大丈夫だ、唐の闇はあるが」
 それでもとだ、杜甫は友人に話した。
「大きな乱れはだ」
「ないか」
「そうだ、では詩の評をして欲しい」
 杜甫も大乱が起こりそれが唐の屋台骨を揺るがすとは考えてもいなかった、その繁栄は続くと思われていた。
 その中でだ、玄宗は楊貴妃の誕生日にだった。
 楊貴妃と共に驪山の華清宮に行幸した、そうしてだった。
 そこで宴を開き連れてきて宮廷の楽人達に音楽を奏でさせた、宮廷に梨林を置いてそこで演奏させていたのでその梨の林は梨園と呼ばれた。
 楽人達はそこで新しい曲を奏でた、すると楊貴妃は至って喜んだ。
「素晴らしい曲ですね」
「全くだな」
 玄宗も聴いて実際にそう思った。
「これは」
「一度聴いただけで惚れ込んでしまいました」
「何もかもが見事だ」
 玄宗は自ら楽器を奏でることもある、そこまで音楽に造詣があるのでよくわかった。それで言うのだった。
「楽人達には褒美を取らせよう」
「そうすべきですね」
「うむ、それでだ」
 玄宗はここでこうも言った。
「問題はこの曲の名だが」
「何というかですね」
「そうだ、何というのか」
 玄宗は周りの者達に問うた、だが。
 誰も答えられない、楽人達に聞いてもだった。
「あの、それがです」
「曲は作ったのですが」
「名までは考えておらず」
「まだ名はありません」
「申し訳ありません」
「そうなのか、では朕が名付けるか」
 玄宗は楽人達の話を受けて述べた。
「そうするか」
「お願いします」
「万歳老が名付けて頂けるならこれ以上のものはありません」
「天子様にそうして頂けるなら」
「ではな、さてどういった名にするか」
 玄宗は曲の感じから考えた、だがここでだった。
 人が前に来てだ、畏まって言ってきた。
「ここの近くに住む者が万歳老に献上したいものがあるとのことです」
「ほう、そうなのか」
「どうされますか」
「民から捧げるものは喜んで受け取る」
 玄宗は鷹揚に笑って答えた。
「それもまた天子の務めだ」
「それでは」
「その者をここに連れて参れ」
 玄宗はこう命じた、そしてだった。 
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