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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第2部
ダーマ
  シーラの試練・後編

 翌朝、スッキリした目覚めで起きたあたしは、若干ボーッとしているナギちんの様子を見ながらも、再び悟りの書の探索を開始した。
 けれど、どこをどう探してもそれらしきものは見つからない。次第に魔物とも遭遇しなくなった。いつの間にか塔の中の魔物はあらかた片付けてしまったみたいだけど、だからと言ってここにずっといるわけにも行かない。
 怪しいといったら、塔の最上階にあるこの何本にも渡ったロープなんだけど……。
 最上階は階段を上がると床がなくなっていた。つまり、これ以上先に進むことが出来ないということだ。けれど床がない代わりに、吹き抜けとなった空間を覆うように何本ものロープがあたしたちの足元に張り巡らされている。薄暗い塔の下を見下ろせばそこは深い闇になっていて、地面はおろか自分たちが今どのくらいの高さのところにいるのかさえ分からない。
「ナギちん、このロープ、どう思う?」
「さあ? でもここにこれがあるってことは、なんか意味があるんだろうな」
 怪しいとは思っているが、それが何なのかはわからないようだ。
 あたしもはじめはそう思っていた。でも、何回もこの塔を往復しているうちに、あることに気がついていた。
 でも、もしその予想が当たっていたとして、それを実行できるかと言われたら……、あたしは躊躇うだろう。だって、それはあまりにも無謀な賭けだからだ。
 長い間ロープばかりをにらめっこして目が疲れたのか、突然天井を仰ぎ見るナギちん。すると、なにか閃いたかのように目を大きくした。
「なあ! もしかしてこのロープを渡れば、どこか別の部屋にたどり着くんじゃないか?」
「あー……、うん、そうだね」
 あたしは歯切れの悪い返事を返す。
「なんだよ、はっきりしねえなあ。もしかして何かわかったのか?」
 あたしの反応が気に入らないのか、若干拗ねた様子で尋ねるナギちん。
「そーいうわけじゃないけど……、半分正解かなあ」
「どういうことだ?」
「ロープの先、何かあるように見えるけど、多分なにもないよ。間取りを考えても、あそこに人が踏み入れるほどの空間はないと思う」
「……てことはつまり?」
「別の場所に行くなら、途中まではロープで渡るけど、何処かで飛び降りないといけないんじゃないかな。丁度この下の階に、どうしても自力でたどり着けない謎の空間があるんだよ。多分そこに降りれるんだと思う」
「へえ、そんなんよくわかるな。お前もしかして、陰険勇者より頭いいんじゃないか?」
 言われて思わず言葉につまるあたし。実はユウリちゃんたちと一緒に行動してたとき、自分は遊び人だからそう言う風に振る舞ってたけど、本当はピラミッドの謎もわかってたし、バハラタで捕まったときも逃げる作戦もいくつか考えてたけど、あえて言わなかった。遊ぶことしか頭にないあたしが急にそんなこと言い出したら、皆怪しむんじゃないかって思ったから。
 実際ユウリちゃんには変に思われてたし、僧侶だったことは隠したかった。もしバレたら、なんで僧侶から遊び人に転職したかを説明しなきゃならなくなるから。
 ……なんだか自分で思った以上に、あたしって卑怯な人間なんだなあ、と自嘲する。
「……そんなことないよ。たまたまそう思っただけ」
 そう謙遜しつつも、なおも自分の本性を隠そうとする。あたしはホントにダメな人間だ。
「よし、んじゃ、早速渡ってみようぜ」
「え!?」
 一瞬耳を疑うような言葉が聞こえたのだけれど、気のせいかな?
 けれどやっぱり気のせいではなかったようで、いつの間にかナギちんは綱渡りを始めていた。
「危ないよ、ナギちん!!」
 まるで普通に地面を歩いているかのように難なくロープを渡るナギちんは、あたしの言葉など耳に届いておらず、むしろ楽しそうだ。こっちはヒヤヒヤしながら見ているのに。……そんなだからユウリちゃんに『バカザル』とか言われるんだ、きっと。
「なあ、お前が気になってた謎の空間って、この辺りか?」
 ゆらゆらと揺れるロープの上で、器用にバランスを取りながらナギちんは、あたしに向かって言い放つ。高所恐怖症じゃなくても腰が引けるほどの高さにもかかわらず、ナギちんはそれでも平然としている。
「う~ん、もうちょっと先の方かな?」
「わかんねえから、お前もこっち来てくれよ」
「え!?」
 コノオトコハ、ナニヲイッテイルノダロウ。ふとそんな言葉が頭をよぎった。
「いやいやいやいや無理無理無理無理!! 絶対落ちるもん!!」
 あたしは必死に拒絶した。けれどナギちんは納得いかない顔で、
「けどよ、もしかしたらこの下に『悟りの書』があるかもしれねえだろ?」
「うっ!?」
 確かにこの下は怪しい。でも、ここから降りるなんて、どう考えても飛び降り自殺する人以外できっこない。ましてや遊び人のあたしがここから落ちて無事で済むわけがない。
 あたしが動かないでいると、痺れを切らしたのかナギちんは声を張り上げて言った。
「何迷ってんだよ! オレたちは何のためにここまで来たんだ?」
「!!」
 そうだ、あたしはユウリちゃんやミオちんと対等に戦うため、賢者になるためにここまで来たんだ。後戻りなんてできるはずがない。
「……わ、わかった。けど、時間かかるかもしれないから、待っててくれる?」
「この状況じゃ待つ以外の選択肢なんてないだろ」
 きっぱり言い切られ、あたしは苦笑しながらも準備を整える。
 深呼吸して、一度心を落ち着かせる。よし、絶対に下を見ない、下を見ない。もし見そうになったら、下にお父様とマーリンがいると思えばいい。
「よし!!」
 気合の一声を発したところで、あたしはロープに手を伸ばした。そしてすぐに下を見そうになるが、瞬時に目を瞑る。
「いや、目を瞑ってたら渡れないだろ」
 あああ、もう、うっさい!! 外野は黙ってて!!
 あたしは意識を集中し、四つん這いになりながらゆっくりとロープを渡る。幸いロープは太くて固く、人二人が乗っても多少揺れただけで切れるようなことはなかった。
 それでも進むごとにロープは揺れ動き、あたしの身体は左右に揺さぶられる。体が傾くたびにあたしは悲鳴を上げそうになるが、すぐに前にいるナギちんに目を向けるようにした。その平然としているナギちんの姿に何度も勇気をもらいながら、あたしはなんとか彼のすぐそばまで近づくことができた。
「あと少しだぞ、頑張れ!」
 ナギちんの声掛けに、自然と進むスピードが速まる。あともう少し、そう思った時だった。
 突然遠くの方から羽根の羽ばたく音が聞こえた。気のせいだと思いながらも、あたしは恐る恐る音のする方へと顔を向ける。
「振り向くな、伏せろ!!」
 あたしが即座に頭を伏せるのと、ナギちんがチェーンクロスを音のする方に放ったのは、ほぼ同時だった。
『ギャアアアアアッッ!!』
 バシッ! という大きな衝撃音の後に聞こえた鳴き声は、この塔で何度も聞いたことのある蝶の姿をした魔物だった。ナギちんの攻撃を食らったその魔物は、断末魔と共にあっけなく真下へと落ちていく。
 けれど、その一撃でロープは大きく撓み、余裕でロープの上に立っていたナギちんのバランスが崩れた。
「ナギちん!!」
 思わずあたしは宙に浮くナギちんに向かって手を伸ばす。だが、この時あたしは気づかなかった。自分の身も乗り出しすぎていたことに。
「きゃあっ!?」
 案の定、全体重を片手で支えきれなかったあたしの手は、耐えきれずロープから離れてしまう。それがどういう結果になってしまうのかは、誰が見ても明白だった。
「シーラ!!」
 ナギちんの長い腕があたしの身体を引き寄せると、あたしたちも魔物と同じように落下していく。けれど、咄嗟にナギちんはもう片方の手で着ているジャケットの裏ポケットに手を突っ込むと、鉤付きの細い縄を取り出した。そしてそのまま鉤を振り回し、頭上にある塔のロープに向かって勢いよく放り投げた。
「やった!!」
 あたしが歓声を上げるより早く、鉤はロープに引っ掛かった。ナギちんは片方の手であたしを抱き抱え、もう片方の手で縄を握りしめている。いくら力のあるナギちんでも、あたしを抱えながらぶら下がっていられるのは時間の問題だ。
「あーもう無理。このまま下に落ちるぞ」
「えっ!? ちょっと待っ……」
 制止する暇もなく、ナギちんはあっさりと縄から手を離したではないか。
「いやあああああああっっ!!」
 まるで奈落の底に落ちていくかのように、あたしは絶叫を上げた。
「耳元ででっけえ声出すなよ!」
 鬱陶しそうにナギちんは文句を言うが、文句を言いたいのはこっちの方だ。鈍感なナギちんにはわからないだろうけど、スライムメンタルのあたしには心の準備が必要なのだ。
「ナギちん、素早さ上げるから、無傷で着地できるようにして!!」
「? あ、ああ、わかった!!」
 ナギちんが了承する前に、あたしは気持ちを集中させる。呪文を発動させるには、魔力はもちろんのこと、平常心と集中力が必要不可欠なのである。
「ピオリム!!」
 僅かなMPを使い、ナギちんに向かって素早さを増幅させる呪文を唱える。途端、仄白い光がナギちんを包み込む。外見は変わらないが、身体能力は激変したはずだ。
「やべえ、周りの動きが止まって見えるぜ!!」
 初めてのピオリムに、なぜかはしゃぎ出すナギちん。その様子に、あたしはしびれを切らす。
「いいから無事に着地して!!」
 そうこうしている間に、どんどん地面が近づいてくる。あそこは何階なんだろうか? ,
?どちらにしろ、この高さで地面に叩きつけられたら怪我どころじゃ済まされない。お願い、早くして、ナギちん!!
「はっ!!」
 なぜかナギちんは眼前に迫る地面に向かってチェーンクロスを放った。いや、地面ではなく、あたしたちより先に落ちていくさっきの魔物を狙っていた。そして、チェーンクロスの鎖が魔物に絡まると、そのままナギちんは魔物を塔の壁に打ちつけた。魔物は壁に埋め込まれ、チェーンクロスを手にしているナギちんと私は、そのまま宙ぶらりんになる。
 ナギちんは魔物ごと壁に埋め込まれたチェーンクロスの錘を器用に自分のもとへと引き寄せると、すぐさま地面に着地した。
「くぅぅ……! このくらいの高さでも結構足がしびれるぜ」
 若干涙目になりながらも、あたしの願い通りほぼ無傷で着地したナギちんに、あたしは拍手を送った。
「すごーい、ナギちん!! やれば出来るじゃん!!」
「お前な……」
 脱力した様子で、ゆっくりとあたしを下ろすナギちん。今ので疲れちゃったのかな?
 とりあえず、なんとか下の階にたどり着くことは出来たけど、辺りを見回してもだだっ広い部屋には何も置いていなかった。それどころか、床にはあちこちに無数の穴が空いている。
「なんだよ、結局何もないじゃんか」
 がっくりと、肩を落とすナギちん。だけどあたしは、ここがハズレだとはどうしても思えなかった。
「ナギちん、今ここが何階かわかる?」
「ああ、調べてみるよ」
 そう言うとナギちんは、あたしがさっきピオリムを唱えたように精神を集中させた。
「フローミ!!」
 ナギちんが叫んだその呪文は、盗賊だけが習得できる特別な呪文だ。発動するとダンジョンや塔などにいるとき、自分が何階にいるかを知ることが出来る。……正直自分が今いる場所なんて歩いてりゃわかるじゃん、と思っていたけれど、今みたいな状況では意外と役に立つみたい。
「……今は塔の二階みたいだな」
「そっか。じゃあナギちん、そこにある穴を覗いてみよっか」
「は!?」
 あたしは目を白黒させているナギちんを連れ、床に空いている穴の傍まで行くと、彼に下を覗いてもらうように頼んだ。人一人余裕で入れるほどの穴は、少し前屈みになるだけで恐怖心が倍増する。
「なあ。別にお前が覗けばいいんじゃねえ?」
「だって怖いもん! これ以上落ちたくないし!」
 乙女心がわからないナギちんを一蹴するあたし。あたしの予想が合っていれば、きっとこの下の階に……。
「おい、あれ!!」
 これ以上ないくらい端的な状況説明に、あたしは恐る恐る穴から顔を覗かせる。見ると、すぐ真下に小さな宝箱が見えた。
「このくらいの高さなら飛び降りられそうだな」
 そういうと、すぐにナギちんは穴から飛び降りた。もう、だからなんでこういうときに限ってさっさと先に行っちゃうかなあ。
「シーラ! 受け止めるから早く降りてこいよ!」
 ……前言撤回。やっぱりナギちんは最高の仲間だよ。
 お言葉に甘えてあたしは、ひらひらするスカートの裾を押さえながら、ナギちん目掛けてジャンプした。
「うわっ、とと……」
 あたしを受け止めた途端、ナギちんは衝撃のあまり後ろに倒れそうになったが、意地なのか根性なのか、歯を食い縛りながらなんとか持ちこたえた。
「ありがとう! 重かった?」
「いや、お前自体は全然軽いけど、あんな勢いよく飛び降りる必要ないだろ」
「いやー、あはは、つい安心しきっちゃって」
「ったく、ちっとはこっちの苦労も考えろっての」
 はあ、とため息をつきながら、ナギちんは再びあたしを地面に下ろす。なんだか今日は、ナギちんに受け止めてもらってばっかりだなあ。
「見てみて、あの宝箱、他のと違うんじゃない?」
 半ば誤魔化すように、あたしは目的の宝箱の方を指差す。するとそれに目を向けた瞬間、お宝に目がないナギちんの目が光った。
「確かに、雰囲気からして違うな」
 ナギちんはいつになく険しい顔で宝箱に近づき、宝箱の周りを調べ始めた。こういうときは大体何かを警戒しているから、きっとあの宝箱に罠がないか注意して見ているのだろう。
 けれど、すぐに張り詰めていた雰囲気が霧散する。どうやら罠はないようだ。
「大丈夫みたいだな。開けるぞ」
 そう言って、宝箱に手を掛けると、ほどなく箱は難なく開いた。期待と不安が入り交じる中、中身を覗いて見てみると、その衝撃の事実に愕然とした。
「か……、空っぽ!?」
 あろうことか、宝箱は空だった。何度見ても変わらないその現実に、あたしたち二人はしばらく立ち尽くす。
「な……ナギちん、『盗賊の鼻』使ってみて?」
「ああ」
 今いるフロアの宝の数がわかる特技を使い、確認してみる。
「……もうこのフロアには宝はないようだな」
「……」
 その決定的な一言に、今度こそあたしは言葉を失った。
 なんで? 『悟りの書』はここにあるって言ってたのに!? マーリンは嘘をついたの? それとも誰かがすでに持ち去った? でもこの塔はダーマの血を継ぐ人たちしか入ることはできないし……。
 頭の中で、色んな可能性がぐるぐると駆け巡る。けど、そのどれもが確定的ではなく、考えれば考えるほど絶望感は増していった。
「……帰るぞ」 
 あたしの肩にポンと手を置き、ナギちんは低い声で言った。
「うん……」
 あたしはふらふらしながら塔の出口を探した。ぼんやりと壁の辺りを眺めまわすと、ポツンと一つ小さな扉が見える。きっとそこが出口なんだろう。
「あいつ……。マーリンだっけ? やっぱり嘘ついてやがったな」
 あたしが顔を上げると、ナギちんは殺気立った表情で一点を見据えていた。
 ナギちんの言うとおり、マーリンが嘘をついているかもしれない可能性も考えてはいた。けど、彼の姉として、それだけは疑いたくなかった。実の弟が姉を貶めるなんて、あってはならないと思っていたから。
 ふとカザーブでミオちんの家に泊まりに行ったことを思い出す。ミオちんのきょうだいは皆仲が良くて、お母さんも優しくて、あったかい家族だったなぁ。あたしも、あんな家に生まれたかったよ。
 そんなことを思っていたからか、無意識に涙が頬を伝っているのに気付かなかった。あたしは慌てて手で涙を拭い、隣にいるナギちんをちらりと見るが、彼は別の方向に顔を向けていた。もしかしたら気づかないふりをしているのかもしれないけれど、ナギちんに泣き顔を見られなくてほっとする。
「……バハラタまで帰るか?」
 そうだね、と言いかけて、あたしは閉口する。マーリンはなぜあたしに嘘をついたのか、無性にその真意が知りたくなった。
「ごめん、やっぱりダーマに戻りたい」
「は!? あんな目に遭って、また行くのかよ!?」
 ナギちんの言うとおり、ここでまたダーマに戻るなんて頭がおかしいんだと思われても仕方ない。でも、あたしは知りたい。マーリンが本当はあたしをどう思っているのかを。それに、このままじゃユウリちゃんたちに顔向けできない。なんとしてでもお父様にお願いして、僧侶に転職させてもらわなければ。
「お願い。これで最後のわがままにするから!!」
「……わがままっていうレベルじゃねーぞ、それ……」
 けれど口ではそう言いつつも、結局ナギちんはあたしの願いを聞き入れてくれた。まだ当分お酒は飲めないけれど、あたしのこの選択肢は間違っていないと信じたい。そう思い、あたしたちは再びダーマへと旅立つのだった。

 
 

 
後書き
次の話からは通常(ミオ視点)に戻ります。 
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