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展覧会の絵

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第十二話 ジェーン=グレンの処刑その十四

「傷ついた心を癒すよ。けれどね」
「けれどって?」
「心を癒すことは他にもあるよ」
「他にもって?」
「田中君には今は無理だろうけれど」
「恋かな」
「いや、恋だけとは限らないけれど」
 十字はより広い範囲で話した。人と人のつながりである。
「人。大切な人と一緒にいてね」
「それで癒されるのかな」
「そう。それもまた癒しだよ」
 こう和典に話すのだった。
「好きな相手とは限らず。大切に思っている人がいるとね」
「それが癒しになるんだ」
「心には心だから」
 だからだというのだ。
「それ故にね」
「そうなんだ。そういえば絵も」
「そう。絵は心だよ」
 これもまた然りだというのだ。十字が今描いているものもまた。
「心を映し出す鏡だから」
「鏡でも癒されるんだ」
「普通の鏡は観るだけだけれど」
 しかしそこからも多くのものを観ることができる。鏡は姿だけでなく心のあらゆる部分もそこに映し出すものだからだ。それが鏡というものなのだ。
 そして絵はだ。どういった鏡なのかをだ。十字は今話した。
「あらゆるものをこれ以上までに見せてくれて」
「そうしてなんだ」
「そう。美もまたそこにあるから」
「美、だね」
「美は最高の癒しだよ」
「心の美は?」
「そう」
 まさにそうだというのだ。心にある美は最高の癒しだというのだ。
「美醜があってね」
「醜いものはあれだよね」
「心を汚すよ」
 そしてその逆にだというのだ。美しいものは。
「対極にあり。そして」
「そして?」
「神一重のものだけれど」
「ちょっとしたことで美しいものは醜くなるんだね」
「そういうものだよ。人の心がそうだから」
「そうなんだ。人がそうだから」
「そう。ではね」
 十字はまた筆を動かしはじめた。絵が塗られていく。そうしながらだ。
 傍らに立ち続けている和典にだ。こう言った。
「君も絵を描くのかな」
「いや、今回はね」
「今回は?」
「彫刻を作ってみようって思ってるんだ」
 少し考える顔になってだ。和典は答えた。両手は腰に置いている。
「実はね」
「彫刻なんだ」
「こう言ったら僭越だと思うけれどギリシア彫刻みたいなね」
「ああした彫刻をなんだ」
「うん、作ってみようと思ってるんだ」
 そうだというのだ。ああした写実的な彫刻をだというのだ。
「もっともああした逞しいモデルがいるかどうかはわからないけれど」
「それなら仁王像もいいかもね」
「ああ、古いお寺にある」
「あれも確か実際の人間の身体をモデルにしているみたいだね」
「鎌倉武士がモデルらしいね」
 鎌倉武士は質実剛健であり常に身体を鍛えていた。その為実際にああした仁王像そのままの身体を持っていたのだ。あの像は何もないところから生まれたのではないのだ。
「じゃあ日本風も」
「いいんじゃないかな」
「とにかく写実的だね」
 和典は言った。
「そうした像を考えているよ」
「人の身体を彫りたいんだね」
「そうなるね。やってみるよ」
「いいね。じゃあお互いにね」
「うん、頑張ろうね」
「芸術は。美は癒しだよ」
 またこう言う十字だった。顔には感情はないがそれでも言ったのだった。
「この世で最も素晴らしいね」
「じゃあ僕もこれから彫刻を彫って」
「うん、癒されるべきだよ」
 和典はそうあるべきというのだ。そしてだった。
 十字は描きながらだ。こうも言ったのだった。
「そして彼等もね」
「彼等もって?」
「いや、何でもないよ」
 十字は彼等が誰なのかは言わなかった。さっと隠したのだった。
 そうして隠し見えない様にしてからだ。和典にあらためて述べた。
「ではね」
「うん。お互いに頑張ろう」
 和典は芸術、そして美だけを見ていた。だが十字は違っていた。彼は今描いている処刑を前にした少女の嘆きを観ながらそれ以外のものを見ていた。人の心にある美とはまた別のものを。醜さとはまた違うそれを見ていたのである。その先にあるべきものも。


第十二話   完


                          2012・4・18 
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