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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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GX編
  第131話:想いと共に羽搏く翼

 
前書き
どうも、黒井です。

今回は翼の方の決着となります。 

 
 要石の防衛失敗、そして翼の敗北は即座に弦十郎へと伝えられた。

『要石の防衛に失敗しました。……申し訳ありません』
「2点を同時に攻められるとはな」
『2点?……まさかッ!?』

 そのまさかであった。奏達が風鳴邸の要石防衛の為に行動している間に、キャロルがレイアと共に深淵の竜宮へと侵入していたのである。その姿は監視カメラにしっかりと映っていた。
 電力供給の件からこちらにも攻めてくるだろうと思ってはいたが、思っていたよりも向こうの行動が早かった。既に本部は深淵の竜宮に向けて進路を取っていたが、彼らの到着よりも向こうの侵入が先になってしまった。

 こうなっては一刻の猶予もない。キャロルの目的が何なのかは分からないが、今は彼女のこれ以上の行動を許さないのが先決だ。
 事前の取り決め通り、深淵の竜宮にはクリスと透、そして切歌に調の計4人が向かう事になり、颯人とガルドは本部待機。

 そして奏達3人の装者は、翼の回復を待つ事も込みで風鳴邸で待機という事になった。

「……ぅ」
「翼ッ!」

 その翼が、たった今目を覚ました。傍には彼女を心配して奏が付き、目を開けた翼に安堵の笑みを浮かべる。

「かな、で?……そうか。私は、ファラに……」
「今は気にするな。大丈夫か?」
「えぇ」

 奏に背を支えられながら起き上がる翼。体に異常は無いが、しかしその表情は暗い。当然か、完膚なきまでに敗北を喫したのだから。

「身に余る夢を捨てて尚……」

 失意の底に沈みそうになっている、いや既に片足は沈んでいる翼に、奏は水差しからコップに注いだ水を差しだした。

「そう言うのは言いっこなしだ。ほら、まずはこれでも飲んで落ち着け。な?」
「うん……」

 奏からコップを受け取り、一息に水を飲み干す。寝起きに冷えた水を入れたからか、冷たさが体の芯から脳天まで突き抜けるような気がする。

「奏、翼は起きた?」
「マリア?」
「あぁ。たった今ね」

 ふと障子の向こうに気配を感じれば、そこにはマリアの影が映っていた。今の今まで席を外していたが、ちょうど翼が起きた頃に戻って来たらしい。

 翼が目覚めたと聞き、マリアも障子越しに気遣う声を掛けた。

「大丈夫、翼?」
「すまない。不覚を取った」
「動けるなら来て欲しい。翼のパパさんが呼んでいるわ」
「……分かった」

 翼の父、八紘が呼んでいると聞き、翼は複雑そうに顔を俯かせる。が、行かない訳にもいかないので、布団から出ると手早く着替えて八紘の元へと向かった。

 慎二と共に3人が八紘の部屋へと向かうと、出迎えたのは彼の前の机に置かれた無数のファイルだった。
 マリアがその一つを手に取り中を開きながら首を傾げる。

「これは?」
「アルカノイズの攻撃によって生じる赤い粒子を、アーネンエルベに調査依頼をしていました。これはその報告書になります」

 3人それぞれ別々のファイルを眺めつつ、慎二からの説明を聞く。S.O.N.G.には一応専属の研究員としての了子に加え、協力者としてウィズやアルドが居る。聖遺物、もしくは魔法などの特異的な技術に関しては彼女らが知恵を出してくれるのだが、だからと言って全てに手が回る訳ではない。了子はシンフォギアの整備や改良、装者達のケアなどで忙しいし、アルドに至っては颯人達魔法使いの手助けで精一杯だ。今はエルフナインも協力してくれているとは言え、それでも手が足りているとは言い難い現状だった。

 なので、長期に渡って調査・研究が必要な内容に関してはこうして国の研究機関に一任していた。その調査結果が今、こうして彼女達の目の前に広がっていた。

「ふ~ん、了子さん達ほどじゃないけど、みんな頑張ってるんだねぇ」

 ファイルをペラペラと捲りながら奏が零す。内容は専門的な内容が多く、正直に言って頭に入っているとは言い難かったが。

「奏? アーネンエルベは独国政府の研究機関だって事を忘れてない?」
「あ、そだっけ?」
「……報告によると、赤い物質はプリママテリア。万能の溶媒、アルカへストによって分解還元された物質の根源要素らしい」
「物質の根源? 分解による?」
「ま~た難しい言葉が出てきたよ。何それ?」

 そう言えばエルフナインやアルドが、アルカノイズや錬金術の事を話す時に分解やら何やら言っていた気がするのを奏は思い出した。その時も奏は、小難しい理論は聞き流して敵は倒せるかどうかとかそういう事にしか興味なかったので今の今まで忘れていた。

 とは言え専門用語に関しての理解度は翼やマリアも五十歩百歩。奏同様に頭にハテナマークを浮かべているので、横から慎二が説明を補足した。

「錬金術とは、分解と解析、そこからの構築によって成り立つ、異端技術の理論体系とありますが……」
「キャロルは世界を分解した後、何を構築しようとしてるのかしら?」
「自分に都合の良い世界じゃないの? 要は今ある世界をぶっ壊して新しい世界に作り直そうって感じに」

 マリアと奏が議論する横で、翼は静かに資料に目を通している。その彼女に、八紘が声を掛けた。

「翼」
「ぁ、はい?」
「……傷の具合は?」

 この屋敷に翼が訪れたから、恐らく初めてだろう奏とマリアが耳にする我が子を心配するような八紘の言葉。その言葉に2人は議論を止め、親子の様子に注意を向けていた。

「! はい、痛みは殺せます」

 気遣う言葉を掛けられてか、翼は気合の入った顔を八紘に向ける。すると…………

「ならばここを発ち、然るべき施設にてこれらの情報の解析を進めると良い。お前が護るべき要石は、もう無いのだ」
「……分かりました」

 まるで飽く迄気遣ったのはこれからの戦いに支障が無いかを確認する為とでも言いたげな八紘の物言いに、翼は一瞬顔に落胆を浮かべつつも彼の言葉を静かに受け止めた。

 その様子に奏は天井を仰ぎ見ながら額に手を当てる。

――あ~あ~、もう……――

 コンビを組んでいるという事で、奏も一応障り程度には翼の家庭事情を知っている。だがまさかここまでだとは思っていなかった。

 その冷え切った関係に、黙っていられないのがマリアであった。

「それを合理的と言うのかもしれないけど、傷付いた自分の娘にしては冷たすぎるんじゃないかしら?」

 ここまでマリアが首を突っ込もうとするのは、恐らく彼女にはもう家族が妹のセレナしか残っていないからであろう。幼い頃に両親を失い孤児だった彼女は殊更に親の愛情に飢えている。その彼女の目の前で、家族でありながら事務的すぎる冷たい娘への態度を見せればこうなるのはある意味で当然とも言えた。

「いいんだマリア」
「翼?」

 そんなマリアを翼は宥めた。マリアは、何故翼が実の父からの扱いに何も言おうとしないのか分からず眉間に皺を寄せた。

「……いいんだ」

 翼はマリアに何も話さず、ただ只管にこれで良いという姿勢を崩さなかった。顔には隠しようもない程の寂しさを見せているにも拘らず、それをないものとして扱おうとしている翼にマリアはそれ以上何も言えなくなる。

 気まずい雰囲気が室内に漂い出したのを見てか、奏は努めて明るい声を絞り出して場の雰囲気を変えようとした。

「ま、まぁまぁまぁ! 2人とも落ち着けって! あ、そうだ。翼、折角だからマリアに家の中案内してやったら?」
「え?」
「奏?」
「マリア、外国人だから日本の屋敷とか見た事ないだろ? いい機会だし、どんなもんか案内してやれって。な?」

 無理矢理な言葉だったが、この場を抜け出す理由としては十分か。奏の提案に翼は小さく頷いて答えた。

「それは、いいけど……」
「良し、決まりな!」
「ちょっと待って? 貴方はどうするのよ奏?」
「アタシ? アタシはちょっと、うん……」

 途端に何やら言い辛そうに口籠る奏に、マリアが訝し気な顔をするが翼は敢えて何も聞かなかった。コンビを組んでいるから分かる。きっと奏には奏なりに何か考えがあるのだろう。ならば自分はそれを信じると、マリアを促して外へ出た。

「さ、行こうマリア」
「えぇ……」

 翼に促されて渋々マリアが部屋を出る。これでこの場に残されたのは奏と八紘、そして慎二の3人となった。

 八紘は奏が敢えて翼とマリアを退室させた事に気付くと、その真意は何なのかと問い質した。

「それで? 君は私に何の用なのかね?」
「ん~とねぇ……」

 奏はチラリと慎二に目配せする。それだけで慎二は奏の頼みに気付いた。人払い、それに加えて恐らくは自分にもあまり聞いてほしくは無い内容の話なのだろうと察し、小さく笑みを浮かべて無言で部屋の外に出た。

 室内に2人きりになった頃合いを見て、奏は八紘の前で机に手をつき真剣な表情で口を開いた。

「なぁ、頼む。家庭の問題に口を突っ込むのは無粋だと分かっちゃいるが、それでも言わせてくれ!」
「何をかね?」
「翼と……翼とちゃんと家族として接してやってくれ!」

 奏の要望に対し、八紘は眉一つ動かさなかった。だが僅かながらに目が泳いだことを奏の目は見逃さない。

「翼の奴は、ああ見えて寂しがり屋で、本当はアンタに甘えたがってるんだよ。ほんの少しでもいい、あいつに父親としての優しさを向けてやってくれ」
「……翼は風鳴の剣だ。剣に対してその様な――」

「剣がどうとかそんなの関係ないッ!!」

 頑なな八紘の様子に、奏は思わず声を荒げて机を思いっ切り叩いてしまった。衝撃で詰まれたファイルの幾つかがずり落ち床に広がる。言った後で奏は、翼達に聞こえてしまってはいないかと焦りを顔に浮かべるが、幸いな事に今の騒ぎは2人の耳には届かなかったようで戻ってくる気配はない。

 ホッと一息つくと、奏は心を落ち着けて改めて八紘に懇願した。

「頼むよ。家族が目の前に居るのに、親子として接する事が出来ないのを見るのはもう辛いんだ。アンタはまだ、翼に自分が父親だって言って接する事が出来るだろ?」
「私は……」
「頼むよ。これ以上、アタシの大事な人から……家族を奪わないでやってくれ」

 奏はそう言って深く頭を下げた。必死さすら感じさせるその姿に、八紘は何も言えず見ているしか出来ない。

 どれ程の時間が経っただろうか。奏は、少しでも八紘に思い直してほしい一心で頭を下げ続けていたが、生憎と彼からの反応は無い。

――ダメか……――

 自分の言葉も、結局は彼には届かなかった。これが颯人であれば、もっと上手くやれたのだろうにと肩を落として頭を上げようとしたその時……

 屋敷内に突如として大きな破壊音が響き渡った。

「「ッ!?」」

 その音に驚き奏は頭を上げ、部屋を飛び出すと敷地内の別の家屋から煙が上がっているのが見えた。

「ヤバいッ!?」

 八紘の説得に必死になるあまり、奏はすっかり失念していた。ファラはまだ攻撃の意志を持っている。しかも奴の狙いは翼だ。

 奏が慌てて煙の上がっている家屋へ向けて駆け出すと、その後ろを八紘もついてきていた。

「えっ!? ちょ、何で!?」
「屋敷での事だぞ。私が向かわなくてどうする」
「危険に首突っ込まないでほしいんですけど!?」
「なら君が守ってくれ。その力はあるのだろう?」

 まさかついて来るとは思っていなかったので驚く奏だったが、ここで引き留めようとして時間を食うのも嫌だったのでもうこのまま向かう事にした。
 半ば自棄になっている事は否めない。

「あぁ、もう! 分かった! だけど前には絶対に出ないでくれよ!!」
「善処しよう」

 等と話しながら駆けて行けば、そこまで遠くない距離なので直ぐに現場に到着した。

 そこには案の定ファラが1体で来ており、翼とマリアが既にシンフォギアを纏って戦闘に突入していた。
 装者2人に追い立てられているファラ。その反撃の余波が奏の方に飛んでくる。

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

 奏は素早くシンフォギアを纏うと、アームドギアを展開しそれを盾代わりに自分と背後の八紘を守った。

「ッ!? つぅ、ンの野郎!」
「奏、来てくれたの……って、パパさん!?」
「何ッ!?」

 声に反応して奏の方を見たマリアは、その後ろに居る八紘の姿に目を見開く。そしてその声に反応して翼までもが一瞬ファラから目を離してしまった。

 その隙をファラは見逃さない。ファラはマリアに狙いを定めて風を竜巻にして叩き付けた。マリアもそれに反応して短剣を蛇腹剣にして迎え撃つが、出力は向こうの方が上なのかそれとも件のソードブレイカーの能力か、剣が砕かれそのままマリアが吹き飛ばされてしまった。

「うあぁぁぁぁぁぁっ?!」
「マリア!?」
「んのっ!!」

 吹き飛ばされたマリアを受け止めるべく、奏が八紘の防壁代わりにアームドギアをその場に突き立ててその場を移動する。両手を広げてマリアを受け止めるが、勢いが強すぎて踏ん張りが利かず2人纏めて近くの家屋に叩き付けられた。

「ぐぇっ!?」
「あぐっ!?」

「奏、マリア!? くっ! この身は剣、切り開くまで!!」

 1人でファラの相手をしなくてはならなくなった翼は、気合を入れ直し刀を構えて突撃する。

 しかしここで彼女は重大な事を失念していた。

「その身が剣であるのなら、哲学が凌辱しましょう」

 そう、今翼が相手にしているファラが手に持つソードブレイカーは物理的に剣を破壊している訳ではなく、概念と言う曖昧なものを破壊しているのだ。

 それは即ち、翼が心に抱えている信念に対しても作用するものであり、翼がその身を剣と定義しているのなら、ソードブレイカーの効果は彼女自身にも及ぶ。

 ファラの剣圧が翼に襲い掛かる。すると見た目が剣のアームドギアのみならず、翼が纏うシンフォギア、更には翼の心すらも砕かれていった。

「く、砕かれていく――!? 剣と鍛えたこの身も……誇りも!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 耐えきれず吹き飛ばされ倒れる翼。風が納まった時、そこに居たのは全身をズタボロにされ見るも無残な姿となった翼の姿であった。

 敗北一歩手前の状態に追いやられながらも、翼は尚立ち上がろうとした。それは偏に、それしか今の彼女にはないからに他ならない。夢を捨て、ただ戦うだけの剣としての生き方を選んだ。その生き方に、奏を巻き込んでしまった。ならば、例えその身が砕けようとも、それ以外の生き方など彼女には出来ない。

 だがそれも、もう限界だった。

「夢に破れ、それでも縋った誇りで戦ってみたものの……くっ1? 何処まで無力なのだ、私は――!?」

 心折れそうになり、涙を流す翼。

 その翼の前に、立ち塞がる者が居た。最初は奏かと思った翼だが、顔を上げるとそれが別の人物であることに気付いた。

「え? お父さ、ま……?」
「翼は、やらせん!!」

 翼とファラの間に立ち塞がったのは、何と八紘であった。彼は奏が遮蔽物にと突き立てたアームドギアの影から出て、あろう事か翼の前で彼女を守る様に両手を広げて立ち塞がっていたのだ。

「何のつもりかしら? その程度で剣ちゃんが守れるとでも?」
「守れる守れないの話ではない、守るのだ! それが私の、翼の父としての務めだ!!」

 嘲る様に言うファラだったが、八紘は毅然とした態度で言い放つ。しかしファラの言う通り、あまりにも無謀な行動。羽虫を払う様に、ファラがちょいと力を振るえば八紘の体は命と共に吹き飛ばされてしまう。

 それが分かっているからこそ、奏は自分の上に圧し掛かっているマリアを押し退けまだ残っている魔力を使って彼を守るべく動いた。

「おぉぉぉぉぉっ!!」
〈コネクト、プリーズ〉

 ウィザード型ギアを纏った奏は、コネクトの魔法で突き立てたアームドギアを引っ張り寄せると間髪入れずそれをファラに向けて投擲する。飛んできた槍をファラは剣で弾き、奏は弾かれた槍を空中でキャッチしながらファラとの戦闘に突入する。

「貴方の! 唄には、興味が無いと!」
「そんな釣れない事言うなって! 腹一杯聞いていけ!!」

 魔法も駆使してファラと戦う奏を見て、八紘は翼に向き合い地面に膝をついた彼女の肩に手を置いた。

「翼……すまなかった」
「お父様、何故?」
「私は、お前を風鳴の道具にしたくないが為、敢えてお前を突き放した。お前に、夢を見続けて大きく羽搏いてほしいからこそ……」
「私の、夢……」
「そうだ! 翼の部屋、10年間そのままなんかじゃない! 散らかっていても、塵一つなかった!」

 奏に促されて八紘の部屋から出た翼とマリアは、あの後翼の部屋へと向かっていた。そこは翼の片付けが出来ない性格を表す様に散らかりっぱなしだったが、マリアの言う通りその散らかり具合に反して埃や塵が全くない綺麗な状態で維持されていた。
 まるで10年間、時が止まったままの様に。

「お前との思い出を失くさないよう、そのままに保たれていたのがあの部屋だ!! 娘を疎んだ父親のする事ではない!! いい加減に気付け馬鹿娘!!」

「……だがそれが結果的に、お前を風鳴の家に縛り付けた挙句、夢まで奪ってしまうとは……私は、父親失格だな」

 八紘が今まで翼に対して冷たい態度を取っていたのは、偏に翼を風鳴と言う鳥籠から解き放つ為であった。つまりは愛情の裏返し。愛するが故に、至ったのが今までの八紘の態度であった。
 だがそれが却って翼に父への固執を促し、翼と血の繫がりの意味で父親である訃堂の求める剣としての道を歩ませてしまったのは何たる皮肉か。
 己の人として、父としての至らなさに、八紘は自分を酷く罵倒したくて仕方なかった。

「お父様……では、私は、今まで――!?」

 父の言葉に、翼は今まで自分が勘違いをしていた事に漸く気付いた。そして父からの本当の気遣いに気付く事が出来なかった、己の未熟さと親不孝を嘆いた。
 同時に、父に愛されていたのだという事実を認識し、翼は涙を流して八紘に抱き着いた。

「ごめんなさい、お父様!? 私は、私は……」
「良いんだ、翼。私も、彼女に教えられなければ、こうして一歩を踏み出す事すら出来なかった」

 そう言って八紘が見る視線の先では、奏がファラと激闘を繰り広げている。だがその動きは何処か精細さを欠いていた。奏の中にプールされている魔力が既に底を尽きかけており、ギアの形状を維持するだけで精一杯となっていたのだ。

 奏の窮地を察し、翼は涙を拭って立ち上がった。

「お父様。私は、行かなければ!」
「うむ」
「パパさん、こっち!」

 マリアが八紘を安全な場所へと退避させる。

 その最中、彼は翼に後押しとなる言葉を投げかけた。

「翼、歌え! 風鳴の剣として等ではなく、お前自身の夢の為に!!」
「はい!!」

 八紘からの激励に、翼は力強い言葉で返した。

 それと時を同じくして、ファラと戦っていた奏に限界が来た。対に魔力が途切れてしまい、ウィザードギアが解除されてしまった。

「ッ! ヤベッ!?」
「フンッ!」
「ぐあぁぁぁぁぁっ?!」

 通常ギアに戻り、出力が落ちた瞬間を狙って放たれた一撃は奏を戦闘不能にまで追い込むのに十分であった。地面に叩き付けられ、そこで奏のギアが解除される。

「ぐぅぅ、くそ……」

 口の端を切り、血を流しながら呻く奏の傍にファラが降り立つ。その手には既にいつでも奏の命を刈り取れるようにと、剣が握られ首に狙いを定めていた。

「貴方は危険です。ここで始末させてもらいますね」
「くっ!?」

 避けようにも体が満足に動かない。今の奏に出来る事は、せめて無様を晒さないようにとファラの事を睨むだけであった。

 そんな奏に、ファラの持つ剣がギロチンの様に振り下ろされ、あと一歩で奏の首が飛ぶかと言うところで翼の剣がファラの一撃を弾いた。

「ッ!?」
「これ以上、奏はやらせない!! イグナイトモジュール、抜剣!!」

 ファラの剣を弾いた体勢から、翼はイグナイトモジュールを起動した。今度は以前の様に呪いにその身を苛まれる様な事も無く、ギアの色を黒く染め上げると挨拶代わりに蹴り飛ばして奏から引き離した。

「奏、大丈夫!?」
「あぁ、お蔭さんで」
「奏……ありがとう」

 八紘の様子と先程のやり取りから、翼は奏が八紘に口添えをしてくれたのだという事を察し感謝した。お陰で、彼女は父の本心と愛情を知る事が出来た。

「気にすんな。それより、まだ終わってないんだ」
「えぇ、後は任せて」
「あぁ。頑張れよ」

 父に続き、奏にも背中を押され、翼は体が軽くなったような気分になりながらファラへと斬りかかる。

 今度はイグナイトモジュールを起動した翼との戦闘に、ファラは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。

「味見させていただきます」

 イグナイトモジュールを起動させ、更には心に刺さっていた棘も取れた翼の猛攻は凄まじい。ファラには翼の主な攻撃を全て無効化するというアドバンテージがある筈なのに、その猛攻を押し切る事が出来ず後退しながらの戦闘を余儀なくされていた。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
[千ノ落涙]
「幾ら出力を増したところで!」

 だがファラの持つアドバンテージは未だ大きい。事実翼の攻撃にファラは後退を余儀なくされてはいるが、それは飽く迄殺しきれない威力を和らげる為。翼の放つ攻撃自体は、ソードブレイカーの効果により全て砕かれていた。

「くっ!」
「その存在が剣である以上、私には毛ほどの傷すら負わせることは敵わない」

 しかもここに来て、ファラは隠し持っていたもう一本のソードブレイカーを取り出した。二倍に増えた哲学兵装の嵐が、翼に向け襲い掛かる。

 だが翼の顔に動揺は無い。ファラの攻撃に対し、彼女はあろう事か正面から挑みかかった。

「――――剣に非ず!!」

 両足のブレードを展開し、逆立ちして独楽の様に回転し迎え撃つ。その一撃は、何とファラの持つソードブレイカーの片方を逆に砕いてしまった。

「ありえないッ!? 哲学の牙が何故ッ!?」

 翼の攻撃は己の身すらも剣と定義した上で放たれるもの。そう思っているファラには、今の翼の一連の攻撃が不可解で仕方なかった。

 それは、剣による一撃に非ず。今の翼の心にあるのは、剣としての自分ではなく、放つ攻撃は剣による一撃ではなかったのだ。

「貴様はこれを剣と呼ぶのか!」

 翼の足のブレードが炎を噴き上げている。その姿は、剣と言うより――――

「否! これは、夢に向かって羽搏く翼!! 貴様の哲学に、翼は折れぬと心得よ!!」

 夢に向けて羽搏く翼。それは最愛の父と、最高のパートナーにより支えられた折れる事の無い信念。

 その信念を前に、剣しか砕けぬファラの剣は無力であった。

 両手のアームドギアと、合わせた両足のブレード。その3点から炎を噴き出し回転しながら迫る翼をファラは剣で受け止めようとするが、翼の信念を乗せた一撃は刹那の時間すら受け止める事敵わずファラの体諸共両断された。

[羅刹 零ノ型]

「――あはははははははは! あははははははははは!!」

 哲学の牙諸共その身を両断され、敗北を喫したファラ。

 その顔には今までの淑やかさは無く、狂ったような笑い声をあげているだけであった。 
 

 
後書き
という訳で第131話でした。

原作だとこの辺りの話は深淵の竜宮サイドが所々で挿し込まれるのですが、小説でそれをやると場面転換が酷くて読み辛いのでまずは風鳴邸サイドを片付けました。

今作だと翼の理解者である奏が居るので、彼女に一肌脱いでもらい八紘さんの説得を行ってもらいました。原作とは違った味が出せてると良いな。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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