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第十話 思春期その一

                           第十話  思春期
 雅は猛と共にいた。猛の家の道場で二人で稽古をしている。しかしだ。
 雅のその技の切れを見てだ。猛は言った。
「何かあったの?」
「えっ?」
「何かさ。いつもよりもさ」
 いつも雅の技を見ている。それ故の言葉だった。
「技が鈍いけれど」
「そうかしら」
「うん。何かね」
 こう言うのだった。
「そんな感じだけれど」
「そ、そうかしら」
 何かを見透かされた気がしてだ。びくり、となって返す雅だった。
「気のせいじゃないかしら」
「そうかな」
「ええ、そうだと思うわ」
 何かを隠す感じの顔でだ。目をやや伏せて答える。
「私は別に」
「だといいけれど。ただね」
「ただ?」
「寝てる?」
 今度はだ。こう尋ねた猛だった。
「ちゃんとさ。最近」
「寝てるわよ」
「本当?何か雅の今の顔って」
「私の顔が一体」
「疲れた感じがするんだよね」
 雅のその顔、とりわけ目の下のくま、明らかに出ているそれを見ながらだ。猛は雅を心から心配する顔でだ。そのうえで言ってきたのである。
「だから技のきれもそうじゃないかなって」
「だからそれはね」
「気のせいかな」
「夜だってちゃんとね」
 言いながらだ。無意識のうちにだ。 
 雅は顔も目も伏せてだ。言ったのである。
「寝てるから」
「だといいけれど」
「そう。だから心配しないで」
 雅は隠す様な声でだ。猛に言った。
「私は何ともないから」
「だといいけれど。あとさ」
「あと?」
「十階に行ったんだって」
「えっ・・・・・・」
 十階、何処の十階なのかは言うまでもなかった。それでだ。
 その十階と聞いてだ。雅は蒼白になった。猛が見ても疲れた感じの顔がさらに白くなる。そしてその顔でだ。雅は猛にこう言ったのである。
「ええと。十階よね」
「理事長さんに呼ばれたんだよね」
「ええ」
 その蒼白になった顔でだ。雅は答える。稽古のやり取りは何時の間にか中断している。
 その中断の中でだ。雅は言ったのである。
「そうだけれど」
「それでどんなところなの?十階って」
 何も知らない猛は無邪気に尋ねてきた。
「誰も入られないからね」
「そ、そうよね。あそこは」
「理事長さんに呼ばれないと入られないけれど」
「あそこね。実はね」
「実は?」
「行ける場所が違うのよ」
 こうだ。雅は現実を出して言い繕った。
「塾の普通のエレベーターや階段では無理じゃない」
「そうそう。使えないんだよ」
「裏手の。理事長さんだけが使えるエレベーターでね」
「そこから行くんだ」
「そう。けれどその裏手もね」
「そこに入るのもなんだね」
「裏手の扉の鍵も理事長さんが持ってるから」
 由人は慎重だった。その辺りも怠りないのだ。
 だから十階については誰も知らない。まさに彼に直接呼ばれた者以外はだ。だから猛は興味を持ってだ。そのうえでその十階に入った雅に尋ねたのだ。 
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