| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ドラゴンクエストⅤ〜イレギュラーな冒険譚〜

作者:むぎちゃ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第七十七話 約定

 
前書き
ほんとお久しぶりの更新になってしまい申し訳ない。

 

 
「久しぶりに来た印象はどう?」
 妖精郷に来るなり、黙ってしまったアベルに声をかけた。
「そうだね……。僕の記憶にある限りだと、妖精郷は雪に覆われていて、こんな景色は一瞬しか見れなかった」
「だったら実質初めて来たことになるわね」
 いや、とアベルは首を横に振った。
「確かにこの景色を見るのは、初めてと言ってもいいけれど……、それでも記憶にある妖精郷と全く同じだよ。ここにいる妖精も、あの大きな樹も」
 アベルの視線の先にそびえたつ大樹に視線をやる。あれがただの樹ではないことを、私は既に知っている。
 この大樹は女王ポワンの城だ。
「…………ああ、懐かしいな。今も鮮明に思い出せるよ。ここに初めて来たときのことを」
 誰にあてたものでもない。
 数少ない彼の幼少期の輝かしい冒険を、懐かしむための声だった。
「お父さん、ぼくらと同じくらい小さかったときに、ここに来たんでしょ? なんだかおそろいになったみたいでうれしい!」
「私もです! ですから教えてください。妖精郷には森を抜けて来たんですか?」
 無邪気にせがむ我が子に、アベルは顔を綻ばせた。
「いや。僕は不思議な森を抜けてここに来たわけじゃないんだ」
「えー! 森を抜けなくてもここにこれるの!?」
「じゃあどうやって来たんですか?」
 明らかになった意外な事実に二人は瞳を輝かせる。
「それはだね…………」
「アベルの家の地下室からやってきたのよ」
 鈴を鳴らすような、軽やかな声が背後から投げかけられた。
 意識していなかったそれにやや驚きつつ、声の主に私達は視線を向けようとするが、そこには誰もいない。
 困惑したのも束の間、ほんの少しだけ視線が落ちて気が付いた。
「久しぶりね、アベル」
 姿が見えなかったのも無理はない。
 ここは妖精の世界なのだから声の主が、人間と同じ背丈をしているはずがないのに。
「僕がわかるのか、ベラ」
「ええ。あなたがアベルだってこと。私にはすぐわかったわ」
 妖精は満面の笑みを浮かべる。瞳に涙を滲ませながら。
「本当に久しぶりね。アベル」

「二十年か……。そんな時間が流れたのね。あんなにちっちゃかったアベルが大きくなるのも当たり前ね」
「そういうベラは全然変わっていない」
 ベラの厚意の元、私達は女王ポワンの元へと案内されている……のはいいのだが、すっかり二人は思い出話に花を咲かせてしまっており、私達はやや蚊帳の外に置かれてしまっていた。
「やっぱり妖精と人間で、時間の流れ方は違うんですね」
「その通りよ、アベルの娘さん。私達は人間……どころか通常の命とは違うもの」
「へえー。じゃあすごい長生きなんだね!」
 訂正。
 子供たちはそんなことを意識してなんかいない。蚊帳の外に置かれていたのは私だった。変に気を遣いすぎていたようだ。
「ポワン様は変わりないだろうか?」
 アベルの言葉にベラの表情が曇る。
「そうね…………。人間界に魔物が増えてきたのは何年も前から知っていたけれど、妖精界でも魔物が活発化してきたの。フルートの件以来は平和だったのに。今は妖精郷には何の影響も出ていないけれど、ポワン様は郷の守りに更に力を費やすようになったわ。…………あの方は戦いが得意ではないというのに」
 彼女も彼女で相当な苦労があったのだろう。
 最初に会ったときとは打って変わり、ベラは苦々しさを顔に浮かべていた。
「けど、こうしてアベルがまた来てくれるなら大丈夫よね。きっと!」
 笑顔を浮かべ直し、ベラは玉座へと通じる扉を開く。
「ポワン様、今日は客人が来ています! それも誰だと思いますか?」
「まぁまぁ、ベラったら。私はちゃんとわかっていますよ」
 玉座に腰掛ける女性は、私と比較したら小柄だったけれど、それでも妖精という観点から見れば十分大きな背丈をしていた。
 少なくともタバサよりは高い。
 そして美しい。紫水晶のような髪も。白く透き通った肌も。聖母のような穏やかさをたたえた笑みも。
 彼女の美しさは人間が誇りや魅了のために磨き上げるような美しさとは違う、健やかな自然を見るような美しさ。
 そんな印象を彼女は私に抱かせた。
「久方ぶりですね。アベル。あの時の幼き少年が、大人になるほど時は流れたのですね。そしてその流れは邪悪や勇者の存在など、世界にあらゆる漣をたてました」
 慈愛に満ち溢れた顔は一転、ポワンは表情を妖精の長としての厳格なものに変える。
 しかし、冷徹ではないその顔が、どこか人間味を感じさせた。
「かつて私があなたに立てた誓いを今果たすときが来ました。あなたが何を求めて、この地に再び足を踏み入れたか。私は既に知っています」
「それなら、壊れたゴールドオーブを再び作れるのですか」
「いえ。それは違います」
 アベルの希望を打ち砕くかのように、ポワンは首を横に振る。
「ゴールドオーブは私などより偉大な、遥かな先代が作りしもの。あの大いなる神秘を、私には再現できない」
「それじゃあ、どうすればいいの!?」
「オーブが壊れたままなら、あのお城も沈んだままになります……」
 子供たちが慌てる中、アベルはわずかな焦りすら浮かべなかった。
「ポワン様。あなたがそれで終わらせるような方とは思えないです。何か、方法があるのですよね?」
「はい。その通り。あなた達が求めているのは『新たなゴールドオーブの製造』ではなく『ゴールドオーブそのもの』。それならば手段はある」
 ポワンは眼前に無数の光の粒子が集い、凄まじい速さで宝玉を形成していく。
「あれ? これってゴールドオーブ?」
「違うわお兄ちゃん。同じものは作れないならこれは…………」
「聡い子ですね。これは贋作。中身のない代物。これだけでは堕ちた城を空に戻すことはかないません」
 続いてポワンはどこからともなく、青い光を放つ瓶を取り出した。
「先ほど述べた通り、ゴールドオーブは既に砕かれ、新しいオーブを作り出すことは不可能。ならば壊されたという事実をなかったことにしてしまえばいい」
「そんなことができるのですか!?」
 アベルは血相を変えた。
「それができるのなら、遥か過去に戻って魔王を倒せば…………」
 確かにそれならオーブを直すということをしなくても問題はないだろう。
 元々アベルの目的は囚われたビアンカや母を救うことなのだから。最初から因縁そのものをなかったことにしてしまえばいい。
 結果的に救われる人も大勢出てくるだろう。
「ごめんなさいね」
 ポワンはアベルに笑いかける。
 今にも泣きだしてしまいそうな笑みだった。
「時の流れに介入するのは、本来なら絶対に不可能なこと。オーブが再び作れないのと同じように。私ができるのは時という大いなる河の水面に波面を広げることのみ」
「何を言って…………?」
「私が送れるあなたが今まで歩んできた軌跡のみ。そして必ず過去は今に繋がらなくてはいけない」
「…………わかりました。お願いします」
 しばしの沈黙の後、アベルは頭を下げた。
「さあ、しばし今を離れ、過去へと進みなさい。時の砂が描き出す、一時へと」
 瓶からこぼれだした砂がアベルの周辺に絵を形作る。
 その絵に吸い込まれるようにして、アベルの姿は玉座の間から消え去った。
「女王様。お父さんは、本当に過去へ行ったの?」
「どのくらいで戻ってきますか?」
「安心なさい。もうすぐにでも戻ってきますよ」
 ポワンの言葉が終わると同時に、砂絵が弾け、アベルの姿が再び現れる。
 しかしアベルはうずくまったまま顔を上げようとしない。それどころか両手で顔を覆い隠していた。
「…………レックス。タバサ。ここを出ましょう」
「でも、僕、お父さんが心配だよ」
「あんなお父さんを、私放っておけません」
 二人の優しさは正しいものだと理解している。けれどレックスも、タバサも、そして私も今のアベルにしてやれることなどないのだ。
 怪我に薬草を使えても、毒には毒消し草が必要なように。
 誰かが悲しんでいるからと言って、必ずしも優しさや慰めで全ての悲しみが拭い去れるわけではない。
「だいじょうぶよ。アベルは戻ってくるから。お父さんを信じて待ちましょう」
 レックスとタバサを引き連れて、私は玉座の間を出る。
 扉が閉まる寸前、アベルの背中を見る。
 それは冒険者ではなく、王としてでもなく、父ですらない。幼い子供の背中だった。




 


 






 


 
 
 

 
  
 

 
後書き
あまりにもミレイが置物だな……。
まぁこうなってしまったのは完全に見切り発車で、『影響』の設定を踏まえて原作を再構築しなかった過去の自分にあるわけですが。
こうして小説を書いてみることで、ドラクエⅤのストーリーがどれだけ親子三代に焦点を当てて、しっかり作りこまれてるか再認識します。 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧