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八剱銀杏

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第四章

「もうな」
「戦死したことは間違いないから」
「どうしようもないだろうな」
「けれどどうして毎日来てるのかな」
 この神社にとだ、孫は首を傾げさせて考えた。
「お兄さんは死んだのに」
「それでも生きているって思いたいんだ、だからな」
「ああしてだね」
「毎日来てお願いしてな」 
 そのうえでというのだ。
「待っているんだ」
「そうなんだね」
「ああ、人はわかっていてもな」
 例えそうであってもというのだ。
「そう思いたい、思わないでいられない時があるんだ」
「お兄さんがまだ生きてるって思いたいんだ」
「ああ、あの娘さんはな」
 まさにというのだ。
「そう思いたいんだ」
「だから毎日来ているんだ」
「砧姫様の様にな」
 日本武尊を待っていてその死を嘆き悲しんでいた彼女の様にというのだ。
「そうしているんだ」
「その銀杏の木の下で」
「あの方と同じ様にな」
「悲しいね」
「悲しくてもな」
 それでもというのだ。
「ここはこうした神社でな」
「日本は負けたし」
「だからな」
「もうだね」
「残念だけれどな」
 こう言うしかなかったのだった。
「あの学生さんはな」
「帰って来ないんだ」
「そのうち戦死の報告が来るか行方不明でな」
「お姉さん会えないんだね」
「ああ、戦争が終わってもな」
 老人は孫に話した、彼はこう言ってフジを悲しい目で見ていた。
 そうして一年が過ぎた、フジは戦争が終わっても毎日神社に参って銀杏の木の下にいた。老人も孫も彼女を見守っていたが。
 ある昼のことだ、銀杏の葉が緑から金色になった時に彼女のところに。
 人影が来た、老人と孫はこの時も神社に参っていたが。
 その人影を見てだった、孫は祖父に言った。
「お祖父ちゃん、誰か来たよ」
「あれは誰だ」
「お姉さんの方に来てるね」 
 今も銀杏の木の下にいる彼女のところにというのだ。
「そうしてるね」
「まさか」
「学生服着てるよ」
 見ればそうだった、しかも。
「若い人だよ」
「ということはな」
「あの時のお兄さんかな」
「部隊が全滅してな」
「この神社はね」
「日本武尊様が帰らなかったんだ」
「そうした神社だよね」
 孫も言った。
「姫様は待ったままお亡くなりになった」
「そうだ、だからな」
「帰って来ないんだね」
「その筈だ、けれど」
 見ればだ、その来た者は。
 彼だった、坂本はフジのところに来ると笑顔で言った。
「待たせたね」
「帰ってきてくれたのね」
「うん、所属していた部隊は全滅して僕も捕虜になったけれど」
 それでもとだ、彼は恋人に笑顔のまま話した。
「生きていてね、捕虜からも解放されて」
「戻って来てくれたの」
「約束通りね、ではね」
「ええ、これからは」
「ずっと一緒にいよう」
「何があっても」 
 二人は抱き合っていた、フジの目には涙があった。老人はその姿を見てだった。
 銀杏の木も見てからこう孫に話した。
「思い違いをしてたのかもな」
「お祖父ちゃんが?」
「この銀杏の木と神社の話だがな」
「日本武尊様が帰って来るって約束したけれど帰ってこなくて」
「それでな」 
 そうしたいわれがあったからだというのだ。 
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