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八剱銀杏

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第一章

                八剱銀杏
 戦争はいよいよ日本にとって危険な状況に至っていた、サイパンは陥落し本土に爆撃が行われる様になっていた。
 それでだった、八釼神社の中で学生服を着た背の高い痩せた長方形の顔で太い眉ときりっとした顔立ちの青年が小柄で黒髪を三つ編みにした黒く大きな目のもんぺ姿の少女に語っていた。
「僕も学徒動員で」
「それでなのね」
「行くことになったよ」
 青年、坂本頼治は恋人の菊間フジに答えた。
「そうなったよ」
「そうなのね」
「日本は勝つ、そしてね」
「あなたもなのね」
「絶対に勝つ、この銀杏に誓って」
 神社にある銀杏の木を見て話した。
「必ず」
「戻って来てくれるのね」
「その時まで待ってくれるかな」
「待っているわ」
 これがフジの返事だった。
「だからこそ」
「そう言ってくれるね、ではね」
「帰って来て」
「その時は」 
 まさにとだ、坂本はフジに話した。
「結婚しよう」
「この戦争が終わったら」
「その時に、ではね」
「行ってらっしゃい」
 フジは坂本に泣きながら告げた、そうしてだった。
 自分に背を向けて去った彼を見送っていた、彼が見えなくなって去ったが。
 それを見た老人は一緒に見ていた孫に話した。
「あの学生さんは生きて帰らないぞ」
「どうしてなの?」
「ここは倭建命様の神社だ」 
 この神のというのだ。
「あの方はここにいた熊襲を討伐されてその時にだ」
「この神社が出来たんだ」
「ああ、砧姫様ともお会いしてな」
 そうしてというのだ。
「そして姫様と恋仲になられたが」
「お亡くなりになったんだ」
「戦いから戻ったらな」
 その時にというのだ。
「あの学生さんが言った様にな」
「それで戻って来なかったんだ」
「砧姫様はお子を産まれてな」
 そうもしてというのだ。
「日本武尊様のことを想いながらだ」
「そうしてなんだ」
「この木の傍でな」
 大きな古い銀杏の木、恋人達が傍にいたその木を見て話した。
「ずっとだ」
「おられて」
「悲しまれながらな」
 そのうえでというのだ。
「過ごされたんだ」
「そうだったんだね」
「だからな」
「あの人達はなんだ」
「学生さんは帰って来ない」 
 老人は悲しい顔で述べた。
「残念だがな」
「あのお姉さん可哀想だね」
「ああ、しかしな」
「それでもなんだ」
「仕方ない、戦争だからな」
 老人は悲しい顔で話した。 
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