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フェアリーテイルに最強のハンターがきたようです

作者:ブラバ
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第10章 アルバレス帝国編
  第54話 のべつ幕なし

首都クロッカスからマグノリアへと向けて空を翔るアクノロギア…。そんなアクノロギアの後を追うようにして同じように空を翔るアレンは、先ほど感じた『昼虎』よりも圧倒的な力の波動を感じ取り、大きく目を見開く。
それは、古文書にのみ記された、知識のみのモノであったが、それが何の波動であるのか、一瞬で理解知るに至る。
「くっ…これは、まさか…最後の死門を…っ!」
アレンは今までにない苦悶の表情を浮かべ、唇を噛みしめる。…エルフマンという男は、普段は『漢!』と叫び散らかしている者であったが、そのエルフマンがどれだけ家族思いで仲間を大切にしているのか、アレンは痛いほどに知っていた。8年前の幼少期の時も、1年半ほど前の修行期間中も、その思いは変わらないどころか更なる強さを有していた。
だからこそ、アレンはそんなエルフマンの願いを…立派な魔導士になりたいという願いを、家族や仲間を守りたいという願いを叶えるために協力を惜しまなかった。
…そんな中でエルフマンに伝えたのが、禁じられた膂力魔法である『八門遁甲』。アレンの推察からして、この魔法を扱うのにもっとも長けた人間は、エルフマンであると感じていた。…しかし、それがこの誤算を生じさせる。
「…会得したというのか…っ!俺でも6門までしか開けなかったあの八門遁甲を…っ!」
アレンは、自身が会得し得なかった魔法を、エルフマンが会得できるとは考えていなかったのだ。自身が会得しようとしたからこそわかる、この魔法の圧倒的な会得難易度…。
アレンは大抵のことは努力と根性で解決してきた。それこそ、数多の強敵との戦いのために、血反吐を吐く思いでだ。そんなアレンをもってしても、『努力で会得できる魔法だが、努力だけでは不可能』と言わしめた魔法なのだ。
「努力の…天才か…。いや、端然たる天才…」
アレンはエルフマンに称賛の言葉を浴びせるも、その表情は暗いものであった。…知っているからである…。この魔法の、圧倒的力に反する…そのリスクを…。
アレンはそれを頭の中で反復しながら、酷く小さくなってしまっているアクノロギアの背を追いかけるようにして、マグノリアの街へと向かっていた。

先ほどまで、圧倒的な赤き竜を象った魔力の猛攻撃の喧騒を見せていたマグノリアの街は、酷いほどの静けさを生んでいた。
そんな街に響き渡るのは、複数人が足早に駆ける音と、息を荒げるような音のみであり、一切の声が聞こえない。
そんな集団は、一つの場所を目指して走り出し、目的の人物の近くへと到着を果たす。何人かが足を止め、その場に立ち尽くすようにして見せる。その顔には驚愕の表情が浮かび、視線は地面へと向いていた。
そんな中、2人の女性が地面へと転がる真っ黒な物体へと膝を着き、見つめる。そして、大粒の涙を流しながら感情的な声を張り上げる。
「エルフマンッ!!!」
「エルフ兄ちゃん!!!!!」
エルフマンと呼ばれた人物は、地面に背を預け、ぐったりとしている。全身が真っ黒に焼けこげ、身体の節々には赤きマグマが血走ったような模様が浮かび上がっている。2人の叫びを聞き、周りにいる集団も同じようにエルフマンを眺め、目尻に涙を浮かべながら感情を取り戻す。
「「「「「「「「「「エルフマンッ!!!!」」」」」」」」」」
怒号にも似た問いかけに対しても、一切の反応を示さない。
エルフマンの目は半開きで、焼けこげた身体の至る所から煙のようなものが発生している。そんな状態のエルフマンを見て、2人の少女が足早に駆け寄り、治癒魔法を展開する。刹那、2人の顔から表情が消え、青白い様相を見せる。ウェンディはまるで堤防が壊れたダムのように目から涙を溢れさせ、シェリアは頬を膨らませたかと思うと、吐き気を催したように口元を覆う。
「こ、こんな…こんなことって…」「う…うぅ…」
2人は呻き声に似た声を上げながら、徐々に展開していた治癒魔法を中断し、周りにいる仲間に声を掛ける。
「右足に…骨盤…背骨…それらがすべて…粉々に…」
「な、内臓も筋肉も…ほぼすべてが…破壊されています…っ」
2人の声を聴き、周りの皆の表情に更なる絶望が浮かび上がる。と同時にミラが気を失って倒れこむ。
「ミ…ミラ姉…っ!」
リサーナは倒れこんだミラを何とか支えるが、先ほどのように完全には支えきれない。リサーナ自身も、エルフマンの状態を見て、冷静さを欠いていたのだ。
「う、嘘…でしょ…」
「っ!エルフマンっ!」
「く、くそ…」
エバ、ラクサス、ジェラールが苦悶の表情を浮かべながら、口を開く。そんな折、ナツが何かを思い出したようにエルザに向けて口を開く。
「そ、そうだ!!いにしえの秘薬だ!!!あれを使えば、エルフマンを助けられるんじゃねえか!!」
ナツの言葉に、皆に些少の希望が浮かび上がる。エルザも、自身の胸元にしまってあるいにしえの秘薬を焦ったように取り出す。…だが、それはある人物によって制止させられる。
「…無駄です…。まだ辛うじて生きているとはいえ…これだけの損傷では…例えいにしえの秘薬と言えど…」
「そ、そんな…そんなことって…」
ヒノエが苦しそうに言葉を漏らして見せる。ルーシィが滝のように涙を流す。
それによって、一瞬滲み出た希望も完全に掻き消え、再度皆に絶望が襲い掛かる。そして、同時に、もう一つの絶望が生まれることになる。…エルフマンと共に地面へと落下して見せたバルファルクが、苦しそうに、息絶え絶えと言った様子でゆっくりと身体を起こして見せたのだ。
「ぐ…ぐう…っ!ゴアアアアアアアアッ!!」
そんなバルファルクを見た魔導士たちは、大きく目を見開き、この世の終わりのような表情を滲ませる。その叫びによって、意識を失っていたミラもゆっくりと目を覚まし、次第にその目に涙を浮かべる。
「な、なんで…」
「まだ…倒れねえってのか…っ!」
「バ、化け物…っ!」
レヴィ、グレイ、ウルティアが酷く狼狽したように声を発する。スプリガン12との戦闘に加え、バルファルクとの前哨戦で、皆はすでにほぼすべての魔力を使い果たしていた。残っている魔力と言えば、それぞれがあと精々1,2発の魔法を放つのがやっとであった。
「…止めを…させると思うか?」
「どう…かしら…」
ギルダーツの言葉に、ウルが小さく返答して見せる。バルファルクは身体を大きくあげたかと思うと、ゆっくりとエルフマンへと視線を移す。それに気づいたミラとリサーナが、身を震わせながら地面へと伏しているエルフマンを守るようにして抱きしめる。
「ま、まさか…」
バルファルクは消え入るような声で、口を開いた。その声を聴き、皆は目を見開いて警戒して見せる。
「まさか、この俺が…人間…ごと…き……に………」
バルファルクは語尾に向けて更に声小さくして呟いたかと思うと、持ち上げていた身体から一気に力を抜き、倒れこむ。
そうして倒れこんだバルファルクを暫く見ていた皆であったが、ミラがわなわなと震えだし、皆のいる方へと顔を向けながら言葉を発した。
「ねえ…勝ったん…だよね…。エルフマンが…勝ったんだよね…っ」
ミラは大粒の涙を流しながら、唇を噛みしめる。そんなミラの様子を見て、皆は苦悶の表情を浮かべ、同様に目尻に涙を浮かばせる。
「ああ、勝ったんだ…。エルフマンは…バルファルクに…勝った!」
ラクサスの頬に、一筋の涙が伝う。…それと同時に、エルフマンの右足、その足先がゆっくりと黒い灰になって消え始める。
「エ、エルフ兄ちゃん!!」
「う、うそっ!行っちゃいやっ!!エルフマン!!!」
2人はその様相を見て、酷く狼狽し、エルフマンに向けて声を発する。だが、無情にも黒き灰はゆっくりと足先から膝下へ向けて進行して見せる。
…中には、そんな様相を見ていられないと言った様子で目を反らしたり、地面へと視線を移しているものもいた。
マグノリアの街に、悲痛の叫びが響き渡る。何十人もの泣き声とも悲鳴ともとれるその声は天高く響き渡る。
…そんなときであった。エルフマンの左首に刻まれた紋章が…ゆっくりと光を生み出したのは…。

首都クロッカスにおいて、アクノロギアとの戦闘を繰り広げていたアレンを、玉座の間から見守っていたヒスイ達は、アクノロギアがクロッカスから遠ざかり、それをアレンが追いかけるという姿を見て、目を見開いていた。
だが、ヒスイ達がなぜアクノロギアがここを去ったのかを理解できるはずもなく、ただただ呆然と小さくなっていくアクノロギアとアレンの姿を見送るようにして見つめていた。
そんな折であった、一人の衛兵が玉座の間に焦ったようにして入ってきたのは。
「な、何だ!どうした!!」
アルカディオスは、痛みが走る身体に鞭をうつようにして、走りこんできた衛兵に向け声を荒げる。衛兵は、大きく息を荒げたかと思うと、意を決したように口を開いた。
「マ、マグノリアにて…天彗龍バルファルクが…死亡致しました!!!」
バルファルクの死亡、つまるところ討伐の報に、ヒスイ達は大きく目を見開く。
「な、なんだと!!」
「あの天彗龍を…」
「た、倒したのですか!!」
アルカディオス、ダートン、ヒスイが酷く狼狽したように口を開く。そして、その方に、些少の疑念を抱き、トーマが質問を浴びせる。
「い、一体だれが…あの天彗龍を…アレン殿でも苦戦を強いられるバルファルクを…っ!」
トーマの言葉に、ヒスイ達も同様の疑問を持つ。アレンは今しがた首都クロッカスを、アクノロギアを追う形で去ったばかりであった。故に、バルファルクを討伐せしめたのがアレンではないことは確かであった。だからこそ、その疑問を持つに至った。
「フェアリーテイルの…エルフマンという魔導士です…アレン殿にも及びかねない力で…倒したとのこと…っ!!」
エルフマンという名前に、ヒスイは記憶を張り巡らせるようにして口を開く。
「確か…ミラさんの…」
「ま、間違いないのだなっ!!」
ヒスイの小さい呟きを消すかのように、トーマが激高して見せる。
「ま、間違いございません…しかし…」
衛兵の含みある言葉に、ヒスイ達は小さく目を開いて見せる。
「その天彗龍の死体を喰らい…アクノロギアが…アクノロギアが更なる力を得た模様…現在、マグノリアの街にてアレン殿が相対しております…っ!」
衛兵の言葉に、ヒスイ達に絶望に似た表情が生まれる。
「天彗龍を喰らっただとっ!!」
「バルファルクの力を…アクノロギアが得たというのか!!」
「そんな…っ!!」
アルカディオス、トーマが、ヒスイが震えながら言葉を漏らす。だが、絶望はそれだけでは終わらなかった。
「さ、さらに…」
衛兵は続けて言葉を発する。その衛兵の目尻には涙が浮かび、その涙が頬を伝って床へと落ちる。
「な、なんだっ!まだ何かあるのか!!」
そんな衛兵の姿を見て、アルカディオスが酷く狼狽して見せる。衛兵は更に涙を流し、苦悶の表情を浮かべながら口を開いた。
「こ、煌黒龍アルバトリオンが…マグノリアに…現れましたっ!!!!」
…衛兵の言葉を聞き、ヒスイは大きく顔を手で覆ったかと思うと、膝から崩れ落ちて小さく震えて見せた。

白い服を纏った一人の男が、ゆっくりと森の中を歩いている姿が見て取れる。その男はズボンのポケットに手を突っ込みながら、暫くそんな様相を見せていたが、一軒の小さな、それでいて精巧な作りの家の前で足を止める。
男は一瞬、その家を見つめる素振りを見せると、遠慮した素振りもなく、自分の家に入るかの如く扉を開け、中に入る。
家の中には、ソファに腰かける中年の男と、幼い少女が怪訝な様子で立っているのが見られた。中年の男は、一つため息をつくと、怪訝な表情を崩さず、小さく呟いて見せた。
「ノックくらいしたらどうだ?」
「…どうやら本物らしいな…」
中年の注意ともとれる言葉に、白い服の男は答えようとせず、別の話題を持ち掛ける。
「…何しに来たのさ…ウルキオラ」
少女が呟くようにして言葉を発する。白い男、ウルキオラはまたしてもその言葉に返すことなく、自分の話を一方的に押し付けようとする。
「…煌黒龍が現れたぞ」
「ああ、知ってるよ」
ウルキオラの言葉に、中年の男は頭を掻きながら面倒くさそうに言葉を返す。
「んで、お前は行かないのか?」
「…煌黒龍であれば、お前たちで十分だ…」
中年の男の問いに、ウルキオラは短く答えて見せる。
「そういや、あんたの目的…というか女神からの依頼は黒滅竜の討伐だったっけ?」
「…やはり貴様らも同じか…」
少女の言葉を聞き、ウルキオラは怪訝な様子で呟いて見せる。自身をこの世界に呼んだ存在である女神の名を耳にして、目の前にいる元同僚に向けて目を細める。
その視線を受けてか知らずか、中年の男が重い腰を上げるようにしてゆっくりと立ち上がる。
「俺たちは煌黒龍を倒して、この世界でのんびりと暮らす…」
「…お前らしいな…スターク」
中年の男、スタークの言葉に、ウルキオラはわからないほどの小さな笑みを浮かべながら口を開く。スタークはそんなウルキオラの様子を気にも留めず、ゆっくりと歩み始める。そして、ウルキオラの横を通り過ぎる。そしてすぐに歩みを止め、横目でウルキオラを見つめる。
「…お前は一体、何の目的をもって転生したんだ?」
「………」
スタークの言葉に、ウルキオラはじっと黙りこける。
「…お前ならてっきり依頼を断って、そのまま死を受け入れるもんだと思ったんだが…何か未練でもあんのか?」
「…語る言の葉はない…」
スタークの核心をつく様な言葉に、ウルキオラは些少の不快感を表情に滲ませる。それを察したスタークは一つため息をつくと、再び歩みを再開した。そして、玄関の取っ手に手を添えたところで、もう一度口を開く。
「黒魔導士に、天彗龍…死んだぞ…」
「…そうだな」
「いいのか?」
「…仲間だと思っていたのか?」
ウルキオラの感情のない言葉に、スタークはふっと苦笑いを浮かべる。
「変わらねえな…お前は…」
「…お前もな」
スタークの呆れたような言葉に、ウルキオラも同じようにして言葉を返す。
「…だがまあ、アルバレスとイシュガルの戦争に参加していない時点で、誰の味方でもなかったってことか…」
「…俺は誰とも手を組む気はない…」
ウルキオラがそう言い終えると同時に、スタークは扉から出てその場を後にする。
「ちょ、待ってよ、スターク…」
そんなスタークの後を追うようにして、リリネットが駆け出す。だが、そんなリリネットも、ウルキオラの横で一度足取りを止めると、怪訝な様相を見せながら口を開く。
「…黒滅竜は、あんた1人で倒せんの?」
「…さあな」
ウルキオラがまともに回答をしないことを理解したリリネットは、呆れたようにスタークの後を追いかけていった。
…先ほどまで小さな賑わいを見せていた家の中も、ウルキオラ1人になったことで、怖いほどの静けさが生まれる。ウルキオラはボケッとした様子で暫く立ち尽くしていたが、不意に小さく口角を上げる。
「…しかし、ゼレフもバルファルクも殺されるとは…予想外だったな…それも、アレン以外にやられるとは…」
ウルキオラはそう呟くと、先ほどまでスタークが座っていたソファにゆっくりと腰かける。
「まあ、その程度だったということか…」
ウルキオラは嘲笑するかのように口を開くと、ゆっくりと瞼を閉じた。

エルフマンの死、そしてそれを覆す手段がないと理解したミラやエルザ、魔導士たちは、深い絶望に包まれていた。
だが、そんな絶望を打ち消すような出来事が起こる。エルフマンが首元に刻むフェアリーテイルのギルドの紋章。その紋章から、オレンジ色の魔力が滲みだし、それは倒れこむエルフマンの身体をゆっくりと包み始める。
「こ、これは…ッ!」
「アレンさんのッ!」
その様相に気付いたエルザとヒノエが、目を見開いて驚いて見せる。そして、そのオレンジ色の魔力は、エルフマンの左胸、心臓に集まって見せると、一気に圧縮され、体内に吸収されるように消えていく。
「消えたっ…いや、取り込まれたっ!」
カグラがその様相を見て声を張り上げる。それと同時に、エルフマンの右足の膝下まで侵攻し、身体を消失せしめていた黒き灰の動きが一気に収まりを見せる。
「ッ!灰化が止まった!!」
「ま、まさか…」
ウルティアが狼狽したように声を上げると、先ほどまで大粒の涙を漏らしていたウェンディが、再び治癒魔法をエルフマンに向けて発動させる。ウェンディの身体が小さく震える。
「し、心臓が…心臓が脈動を取り戻しました!こ、これなら…」
「いにしえの秘薬で…助けられるかもっ…!」
ウェンディと同じように治癒魔法を展開したシェリアが、希望を見出したように口を開く。アレンがかつて、妖精の皇帝によって授けた魔力が、ズタズタになったエルフマンの心臓をもとに戻して見せたのだ。
皆の顔に、驚きと希望が入り混じったような表情が生まれる。そしてその表情は、一斉にエルザへと向けられることになる。エルザも暫く驚いた様子を見せていたが、先ほど取り出そうとしていたいにしえの秘薬を再び手繰り寄せ、エルフマンへと寄り添う。
「っ!頼む…効いてくれっ!」
エルザは悲鳴にも似た表情を浮かべながら、エルフマンの口元にいにしえの秘薬を流し込む。
すると、エルフマンの身体に淡い光のようなものが発生し、それは徐々に収まりを見せる。…それと同時に、エルフマンの焼けこげた身体が、左胸を起点としてゆっくりと平常時の肌の色へと戻っていく。
「エ、エルフマン!エルフマン!!」
徐々に見慣れた肌の色を取り戻すエルフマンを見て、ミラが更に大粒の涙を流して呼びかける。
「うっ…ぐっ……スゥ…スゥ…」
些少の苦しみを漏らした後、エルフマンはまるで気持ちよさそうに寝ているような吐息を漏らす。ウェンディはそんなエルフマンを見守りながら、身体の各部に治癒魔法を展開し、その状況を確認する。
「……ぐっ……だい…じょうぶ…です…」
ウェンディの震えるような、詰まったような言葉に、皆はゆっくりと目尻に涙を浮かべる。
「助け…られました…。エルフマンさんは…生きてます!!」
ウェンディの呻き声に似た言葉は、その場にいるもの全員に歓喜を生むこととなった。

アレンの魔力、そしていにしえの秘薬によって命を繋ぎ留めたエルフマンは、フェアリーテイルの魔導士や、他のギルドの魔導士に見守られながら、静かに息をしていた。
そんなエルフマンにミラ、リサーナ、エバが寄り添うようにして心配そうに見つめている。そんな雰囲気の中、ラクサスが小さく言葉を漏らす…。
「とりあえずは…戦いは終わったとみていいのか?」
「…そうじゃな…一先ずは…ッ!」
そんなラクサスの言葉に、マカロフも些少の安心を漏らしていたが、それは一体の竜の襲来によって悉く打ち壊されることとなる。
『ゴアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』
その咆哮を聴き、数人の表情に絶望が、驚愕が浮かぶ。…嫌な汗がジトっと生まれる。
「う、うそ…だろ…」
「この状況で…っ!」
グレイ、ギルダーツが悲鳴にもとれる呻き声を発する。咆哮を発したと思われる黒き竜は、マグノリアの街を旋回したかと思うと、死して地面に伏しているバルファルクの近くへと降り立ち、もう一度大きく咆哮を上げる。その圧倒的な咆哮に、耳を塞ぐものや苦悶の表情を浮かべるものが見て取れる。
「ア…アクノロギアッ!!!」
まるで睨み殺すような表情を受かべたエルザが、アクノロギアへ向けて声を張り上げる。だが、自身の名を呼称するその声に、アクノロギアは反応を示すことなく、ゆっくりと動かないバルファルクを見据える。そんなアクノロギアの様子を、警戒を含めて見守っていた皆であったが、アクノロギアがバルファルクへと噛みつき、その血肉を喰らったことで、驚愕の表情を浮かべることになる。
「なっ!!」
「バ…バルファルクを…」
「喰ってるのか…ッ!」
アクノロギアはその強大な口と顎をもって、『バキュッ!』という聞くに堪えない音をあげながら次々とバルファルクの身体に貪りつく。
そんな様相を、皆と同じように驚いて見ていたヒノエとミノトであったが、少ししてそれを苦悶の表情へと切り替える。
「これは…捕食…ッ!」
「し、しまった…」
ヒノエとミノトは、何かに気付いたように目を細める。…バルファルクを喰らったアクノロギアは、ゆっくりと身体を持ち上げたかと思うと、ニヤッと笑みを浮かべ、大きく笑って見せる。
「ふふふっ…。はっはっはっは!!!!!!」
アクノロギアの不敵で大きな笑い声に、皆は恐怖を滲ませる。
「これが…これが天彗龍の力か…なるほど、我にも匹敵しうるこの力…素晴らしい…ッ!」
アクノロギアは、自身の身体にみなぎる力を感じ取りながら、笑い飛ばす。先のヒノエとミノトの言葉、そしてアクノロギアの不敵な笑みに、皆は一つの仮説を立てるに至る。
「ま、まさか…っ!」
「バルファルクを…取り込んだのか!!」
「そ、そんな…」
「エルフマンが死に物狂いで倒したのにッ!」
ミラ、リオン、ルーシィ、エバが酷く怯えた様子で声を発する。その声に反応するようにして、アクノロギアがゆっくりと皆の方へ視線を移す。
「…この力をぶつけるには不十分だが…貴様らを殺して試すとしよう…」
アクノロギアの言葉に、皆は恐怖を滲ませ後退する。…無理だ…。バルファルク相手に手も足も出なかったのだ…。しかも、疲労困憊も良いところで、魔力も残りカス程度しか残っていない…。いや、例え魔力が万全の状態であろうと、一切の魔法が効かないアクノロギアに、対抗する手段などない…。加えて、バルファルクを喰らって更なる力を得たアクノロギアと戦うことはほぼ不可能であった。
…絶望。
その言葉が、今ほどしっくりくる場面は、恐らく今後現れることはないだろう…。それほどの衝撃と絶望であった。
…ある者は、全てを投げ出したようにゆっくりと膝を着く。
…ある者は、震えるようにして尻もちをつき、涙を浮かべる。
…ある者は、ただ茫然とアクノロギアの姿をその目に捉える。
アクノロギアは、そんな魔導士たちを見据えるようにして、低く唸って見せたが、一瞬、その目を大きく見開くことになる。その見開いた目は、自身と魔導士たちの間に割って入るようにして降ってきたものへと向けられたものだった。
アクノロギアは、空から地面へと衝撃を果たしたそれを、例え砂ぼこりで姿が見えずとも、分かりきったように声を発した。
「随分と、早い到着だな…だが、一足遅かった…」
「…いや、間に合ったさ…」
アクノロギアの言葉に、返すようにして発せられた言葉を聞き、魔導士たち、特にフェアリーテイルの魔導士たちは大きく目を目を見開いて見せる。
…次第に砂ぼこりが晴れ、その声の主の姿を確認するに至る。
…皆の目から、ポロポロと涙が零れる。呻き声のようなものが漏れる。些少の希望が、その表情に浮かび上がる。
そんな中、緋色の髪の毛を腰まで下げた女が、小さく笑い掛けながら口を開いた。
「アレン…ッ!」
…アレンと呼ばれた目の前の男は、黒いマントををはためかせながら、その大きな背中を魔導士たちに向け、アクノロギアと相対するようにして仁王立ちしていた。

フェアリーテイル含めた魔導士たちは、アレンの後ろ姿をその目に捉えながら、些少の希望と強大な緊張感をもって見守っていた。
アクノロギアは、一本の太刀を換装して見せているアレンにを見据え、ゆっくりと口を開く。
「間に合った…か。それは、我が後ろのゴミ共に手を出す前にこの場に来れた…という意味か?」
「…さあ、どうだろうな」
アレンは手に持った太刀の切先をゆっくりとアクノロギアへと向ける。
「ふんっ…。まあいい…。だが、もし貴様の『間に合った』という言葉の意味が、我が言っている意味だとすれば…大きな誤解だ」
「ほう?なら、やはり奴を呼んだのお前か?…一体どういう関係性なのか、気になるところだな…」
アレンの言葉を聞き、アクノロギアは些少の疑念をその顔に表す。
「なんだ…気付いていたのか…であれば、なぜ逃げん?…知っているはずだ。貴様は一度、我らに敗れたことを…」
「…決まってんだろ。今ここで俺が逃げたら…大切なもんをすべて失っちまうんでな…。それに…」
アクノロギアの不穏な言葉、それに対するアレンの返答に、アレンの後ろに控えるようにして座り込んでいるフェアリーテイル含めた魔導士たちは疑念と畏怖を覚える。…何とも静観しがたい話の内容であったからだ…。そう、まるで両者と同等、それ以上の存在がこの場に現れるようなその物言いに、酷く不安になっていたのだ。
…そして、その不安が現実のものとなる。天高く漂う白き雲は、一気に黒さを有し、まるで頭上で強大な台風が起こっているような様相を見せる。
その台風の中心、台風の目には稲妻とも龍気ともとれる力の波動が感じ取れる。
「おいおい、冗談だろ…」
「あれは…まさかッ!」
ギルダーツ、カナがそんな様相を見せる空を見て、酷く狼狽したように声を発する。その畏怖を思わせる台風の目から、巨大な黒が現れ、その黒は一気に落下して見せたかと思うと、マグノリアの街を旋回し始める。
「煌黒龍ッ!」
「ア…アルバトリオンっ!!」
「くっ…次から次へと…ッ!」
ウェンディ、ウルティア、エルザが酷く怯えた様子で口を開く。旋回して見せていたアルバトリオンは、暫くしてアクノロギアの隣に鎮座するようにして着地して見せる。
…それを見たアレンは、手に持つ太刀に一層力を籠めるようにして柄を握りしめる。
「久しいな…ハンター魔導士よ…」
アルバトリオンはそんな姿のアレンに向け、低く唸るようにして言葉を漏らす。小さく、それでいて、ただ鎮座しているだけで精神が屈しかねない力を姿を見て、フェアリーテイル含めた魔導士たちは酷く怯えた様子を見せる。
「ち、近くにいるだけで…ッ」
「い、命が削られる感覚…ッ」
「こ、これが、アルバトリオン…ッ」
ミラ、リサーナ、シェリアが唇を震わせ、目尻に涙を浮かべながら小さく呟く。
「…左腕は、まだ痛むか?」
アルバトリオンの言葉に、アレンはキッと睨みつけるようにして目を据わらせる。その言葉を聞いたフェアリーテイルの魔導士たちは、一つの事案を、戦いを思い出す。
「ッ!!アレン!!これはさすがにまずい!!」
「アクノロギアとアルバトリオン、同時には無理だ!!!!」
エルザ、カグラが酷く焦ったように口を開く。
…そう、約半年前に起こったアレンとアルバトリオン、アクノロギアの戦い。その戦いの経緯と、実質的なアレンの敗北を認知していた皆の表情は硬い。
「ふっ!どうやら、後ろのゴミ共の方が、この状況をよく理解しているらしい…」
「貴様では…我らには…いや、我には勝てん…」
アクノロギアとアルバトリオンは、威圧するようにしてアレンへと言葉を向ける。だが、アレンの反応は両者が思っていた物とは全くの別物であった。…なんと、小さく笑って見せたのだ。
「…なにが可笑しい?」
「いや、勘違いも甚だしいなと…」
アルバトリオンの問いに、アレンは小さく呟くと、更に笑みを浮かる。と同時に、アレンにオレンジ色の魔力が、スサノオが纏わりつく。だが、その力は強大なモノではなく、完成体スサノオを彷彿とさせながらも、アレンの実際の体格に合わせるようにして発動せしめていた。その力を様相に、些少の驚きを見せていた2体の黒竜であったが、更なる驚きが両者を襲うことになる。
「…馬鹿が…。『俺が』お前らを倒すんじゃねえ…。『俺たち』で倒すんだッ!」
「…お前らをな…三天黒龍…」
アレンが発した言葉に合わせるようにして、アレンの隣に一人の男と少女が現れる。まるで一瞬で現れた2人に、アルバトリオンは目を細めて口を開く。
「貴様は…スターク…ッ!」
「久しいな、煌黒龍…」
アルバトリオンの問いに、スタークは小さく呟く。スタークの登場に、同じように驚きを見せていたアクノロギアであったが、ふっと笑いかけ、一つ大きく咆哮をして見せる。
「面白いッ!この我に、我らに立ち向かうか!!…いいだろう…ッ!」
アクノロギアの言葉に、アルバトリオンも咆哮を上げ臨戦態勢を整える。
「これが最後の戦いだ…ッ!!」
「我らが力と、うぬらが力…どっちが上か決着をつけてくれようっ!!」
…今ここに、マグノリアの地に、史上最大級の共闘が幕を開けようとしていた。

聖十大魔道士序列特位、アレン・イーグル。
第1十刃、コヨーテ・スターク。その従属官、リリネット・ジンジャーバック。
 vs
三天黒龍、黒闇竜アクノロギア。
同じく三天黒龍、煌黒龍アルバトリオン。

…この戦いは、後に『四凶大戦』の一つ、『セカンド・ディマイス・ウォー』の中でも、『アルバレス帝国戦』と『三天黒龍戦』を切り分ける節目ともいわれる戦いであった…。 
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