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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第2部
ランシール
  お祭りの夜の胸騒ぎ

 
前書き
2024.7.25追記 ミスがあったので修正しました。 

 
お祭りの夜の胸騒ぎ

「待って!! 私のお財布返して!!」

 財布を盗んだ犯人の背中に向かって叫ぶ私の声に、周囲の目がこちらに集まった。それにユウリが反応したかどうかはわからないが、空気が一瞬止まった気がした。

 でも、それらを気にしている場合ではない。私の全財産が盗られたのだ。私は再び集中し、星降る腕輪の力を発揮させて走り続けた。

「……いたっ!!」

 曲がり角に入ろうとしている男の後ろ姿が視界に入ると、私はさらに速度を速める。

 だが、気づくのが少し遅かったようだ。曲がり角を過ぎたところで、スリの男はどこか路地裏にでも逃げ込んだのか、いつの間にか消えていた。

――そんな……。星降る腕輪を使っても見つけられなかったなんて……。

 途方に暮れながらとぼとぼと広場に戻ろうとしていると、突然ポン、と後ろから肩を叩かれた。

「っ!?」

 私は驚いて後ろを振り向く。するとそこには、二十代くらいの優しそうな風貌の男性が立っていた。

「君、さっきスリに遭った子だよね? ひょっとしてこれ、君の?」

 そう言うと男性は、見覚えのある財布を私の目の前に見せた。

「そっ、そうです!! それ、私のお財布です!!」

 興奮気味にそう言うと、男性はその財布を私に手渡した。

「さっきそこの道ですれ違ったときに、怪しい男が通りかかったからさ。呼び止めて問い詰めたらあっさり白状したよ」
「そうなんですか……。ありがとうございます」

 心底ほっとしたように肩を落とすと、私は男性にお礼を述べた。

「こういう人の多い賑やかなときは、悪い人もいるから気を付けなよ」
「本当にありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか……」

 すると、男性は笑顔を絶やさないまま、当たり前のように私の肩に手を回した。

「え!?」
「ここを真っ直ぐ行ったところに、僕のお店があるんだ。よかったら、ちょっとだけでも見ていかないかい?」

 さらにいきなり至近距離で話しかけられ、思わず私は躊躇する。今まで経験したことのない男性との接し方に戸惑いつつも、バハラタで拐われた時のことを思いだし、若干の警戒心を働かせる。

「あの、そこってどういうお店なんですか?」
「ああ、実はこの町でも珍しい自家製ケーキ専門のお店なんだ。君みたいに可愛い子ならきっと気に入ると思うよ」
「ケーキのお店ですか!? なら行きます!!」

 さっきパンケーキを食べたばかりだというのに、長いこと甘いものに飢えていた私のお腹はパンケーキだけでは満たされなかったようで、男性の言う『ケーキ専門店』という言葉につい食欲が抑えきれず、即答してしまった。

「よかった。ならさっそく行こう」

 私の反応を素直に喜んだ男性は、そのまま店へと案内してくれた。

 だが、お店へと続く道は、とても狭く、暗かった。こんなところに本当にケーキのお店なんかあるのだろうか? と少し不審に思ったが、親切なこの男性のことを無闇に疑うなんて、このときの私にはそんなことなど考えられなかった。

 やがて行き止まりまでたどり着くと、目の前にはとても店とは言えない、どうみても普通の民家が建っていた。

「あの、本当にここってお店なんですか?」
「ああ。こういう小さな町には、一見普通の家みたいな外見の店って多いんだよね」

 そうなんだ、と一人納得する私。確かに専門店ならわざわざ店を大きくする必要性はないだろう。

 すると、店の壁際に、なにやら布のようなものが無造作に捨てられていた。

 あの色、どこかで見たことがあるような……。

「さあ、中に入って」
 ギイッ。

 私の思考を遮るように、男性はゆっくりと店のドアを開ける。中は明かりが点いていないのか、真っ暗だった。

「随分暗いですね。ほんとうにやってるんで……」

 ドンッ!!

 するとそのまま、店の中に押し込むように、私の背中を強く押したではないか。

「えっ!?」

 バタン!!

 男性が中に入り扉を閉めると、耳を疑うような音が聞こえた。

 ガチャリ。

 これは……、鍵がかかった音!

「なっ、何!?」

 扉が閉まり、真っ暗闇となった店内には、私と男性の二人だけ。どういうことなのか状況が整理できず後ろを振り返ると、

「!?」

 闇の中、突然男性の腕が伸びてきて、両肩を思いきり掴まれた。そして、体ごと壁に強く押し付けられた。驚いたのも束の間、男性は素早く片手で私の両手首を掴むと、身動きがとれないように私の頭の上で拘束した。

「なっ、何ですかいきなり!?」

 抗議の声を上げるが、目の前の男性は薄気味悪い笑みを浮かべながら、私を品定めするように眺めている。その様子は先程までの爽やかな好青年とはうって変わって、私のことを見下しているように見えた。

「大人しく財布を盗まれるだけで諦めていればこんなことにはならなかったのにな」

 男性は皮肉めいた口調で話し始めた。

「ど、どういうこと!? もしかして、財布を盗んだのって……」
「そう、オレだよ。さっきの話は嘘さ。他人のふりをするために、わざと服を着替えて別人に成りすました。きっとオレの後姿しか見てないと思ったからね」

 そうか、店の隅に捨ててあった布は、彼が私の財布を盗んだ時に来ていた服だ。私が服の色を覚えていると思い、服を脱ぎ捨てて別の服に着替えたんだ。

 私が真実に気づいた様子を見て、男性はフッと得意気に笑った。それが肯定を意味していることは、いくら世間知らずな私でもわかる。けれど、その仕草が私の神経を逆撫でしていることに、彼は気づいていない。

「君が追いかけてきたから、一気に興味が湧いたよ。オレは君みたいに好奇心旺盛な子が好きなんだ」

 そう言うと男性は、片手で私の両手を拘束しながら、もう片方の手で私の頬を撫でた。

 その瞬間、総毛立つほどのおぞましい感覚が全身を伝う。魔物と対峙した時とは全く違う種類の恐怖が襲いかかると同時に、戦闘の経験もなさそうなこの男性の手を振り払えないほど私の身体は硬直していた。

「こんな人気のない場所で知らない男にホイホイついてくるなんて、今時珍しいよ。もしかしてとんでもない田舎から来たのかな?」

 その言葉に、反論できなかった。あながち間違ってないから余計に腹が立つ。

 すると男性は、私が抵抗できないのをいいことに、服のポケットを弄ると、再び私の財布を抜き取ったではないか。

「やめて!! 返して!!」
「返して欲しかったら、オレの言うことを聞いてもらおうか」

 ねちりと怖気の走る笑みを浮かべた男性は、私の顎を引き寄せると、自分の口元近くまで引き寄せた。さっきまで肩に触れられても何も感じなかったのに、今はこの男性に対して嫌悪感しか抱かない。何か文句でも言おうとしたが、喉が張り付いて思うように声を出すことができなかった。

「そうだな。この際だから、一人前の女にしてやろうか?」
「!?」

 意味はわからなかったが、その言葉に背筋が凍る恐怖を覚えた。以前シャンパーニの塔でカンダタと対峙したあのときと同じ、言い様のない不快感。カンダタより遥かに力は及ばないが、不愉快さで言ったらこの人の方が段違いに酷い。

 震える唇をかみしめながら意を決した私は、目の前の男性の股間に思い切り蹴りを入れた。

「あぐぅっ!!??」

 男性はたまらず悶絶し、その場に崩れ落ちる。拘束が解かれた隙をつき、私は星降る腕輪の力を発揮して男性からするりと逃げた。

 そのままここから脱出しようと扉の前に駆け寄り、ドアノブを回す。だが、鍵は男性が持っているようで、開けることが出来ない。

 あぁもう、こうなったら仕方ない。幸い木製の扉で助かった。

「せいっ!!」

 私は神経を集中させ、扉に向かって正拳突きを放った。エジンベアの大岩に比べたら大したことはない。一発で木製の扉が粉々になった。

「何ぃっ!?」

 仰天した声を上げる男性。世間知らずな女は非力だと思い込んでいるのだろうか?

 私は急いで店を出て、路地裏を走った。けれど土地勘がないので、どこを走っているのかまるでわからない。とにかくあの人から逃げなければ!!

 ユウリ! 早くユウリに会いたい!!

 私は広場の方を目指して走り続けた。

 だが、広場を目指して走り続けるも、初めて通るこの路地裏からはなかなか抜け出すことが出来ないでいた。

 同じところを何度も行ったり来たりしている気がする。男性が追いかけてくるという恐怖に駆られ、今どこを走っているのかもわからなかった。

 誰でもいいから早く知っている人に会いたい。ユウリ、エドガンさん、へそにゃん!! お願い、誰か助けて!!

「見つけたぞ!!」

——!!

 その声に、戦慄が走る。さっきの男性の声だ。

 私は脇目も振らず一目散に走った。

 けれど、どんどん足音が近づいてくる。

 怖い!! 早く逃げなきゃ!!

「!!」

 そのときだった。突然背後から思いきり腕を掴まれた。

「きゃああああっっ!!」

 悲鳴を上げパニックになった私は、そのまま背後にいる人物に向かって思いきり腕を振り回した。

 ドカッ!!

「ぐあっ!!」

 私の腕振り回し攻撃は、見事にクリーンヒットした。そしてそのまま振り返らずに逃げ去ろうとしたのだが。

「ミオ!!」

 私を呼び止めるその声に、足をぴたりと止める。

 呻き声を発したその人は、振り返った私を見てこう言った。

「……助けに来たのに、随分な仕打ちだな」

 腕が当たったと思われる下腹部を押さえながら、私の腕をつかんだ張本人であるユウリは、恨みがましい目で私を睨んでいる。

「……ユウリ!」

 その瞬間、今一番会いたかった人物の顔が目の前に現れた嬉しさで、つい反射的に涙をボロボロと溢していた。

 いきなり目の前で泣かれたユウリはぎょっとした。恐らく私に文句の一つでも言おうとしたのだろうが、どう対応していいかわからないのか、困惑している。

「だ、大丈夫か?」
「……ごめん、ユウリの顔見たら安心して……」

 ユウリをこれ以上困らせるわけには行かないと、私は必死で涙を拭いた。深呼吸を数回行い、自分を落ち着かせる。

「俺が広場で話してるとき、お前が走っている姿を見かけたんだ。財布かどうとか言ってたが、まさか盗まれたのか?」
「あっ……!」

 そうだ。あのときは無我夢中で逃げ出してしまったが、財布はあの人に奪われたままだ。

「近くで男が何かを探しているようにこの辺りをうろうろしていたが、そいつに盗られたのか?」

 ユウリの言葉に、私はこくこくと頷く。

「ここで待ってろ。今からそいつを捕まえる」

 そう言ってユウリは、男性を見かけたと思われる場所に向かおうとした。

「っ!! 待って!!」

 彼のマントが翻った瞬間、私は思わずそれを掴んで引き留めた。

「ひ……一人にしないで」

 今は財布のことより、一人でいる方が怖い。もしユウリのいないときにあの人に見つかったら、何をされるかわからない。

「……」

 そんな私のただならぬ様子を見て、ユウリは口元を引き結んだ。そして、私の目をまっすぐに見据え、

「じゃあ、一緒に来い。お前にそんな顔をさせた奴を野放しにするわけには行かないからな」

 そう強い口調で言うと、震える私の手を取り走り出した。

 するとほどなく、さっきの悲鳴に気がついたのか、こちらに急いで走ってくる足音が聞こえた。ユウリも彼に気がついているのか、何やら呪文を唱え始める。

 目の前の曲がり角に人影が見えた時だ。

「ギラ!!」

 呪文を唱えた途端、ユウリの手のひらから炎とは言い難い威力の火の帯が放たれ、私を追いかけてきた男性に襲いかかった。ベギラマよりも威力の弱いこの呪文は、戦闘中は敵を攻撃するよりも、目眩ましなどによく使われる。

「ぎゃああっ!!」

 まともに顔面に火花が当たったらしく、男性はたまらず目を覆い、揉んどりうって倒れた。

 そしてユウリは私から離れると、すたすたと倒れている男性の近くまで歩み寄り、何のためらいもなく無言で思いきり顔を蹴り飛ばした。

「ぎゃああっっ!!」
「ユウリ!?」

 それからユウリは何度も、悲鳴を上げ続ける男性の胸ぐらをつかむと容赦なく殴り続けた。その目は普段魔物を倒しているときとは違い、いつにもまして冷徹に見えた。

「も、もういいよ!! ユウリ!!」

 彼の様子にただならぬものを感じた私は、慌ててそう口走る。私の叫びが耳に届いたのか、ユウリはぴたりと手を止めた。そしてすでに気絶して倒れた男性のそばにしゃがみこみ、彼の服の中を探し始めると、私の財布を取り出した。

「これで間違いないか?」
「う……うん」

 私が頷くと、ユウリはその場で財布を私に向かって放り投げた。受け取った瞬間、さっきの出来事がフラッシュバックされ、再び泣きそうになる。

 あのとき財布を盗られなければ、あんな怖い目に遭わないで済んだのに。もっと周囲に気を配ればよかったんだ。

 後悔ばかりが頭をもたげて、やるせない気持ちになってくる。

 すると、いつの間にか私の目の前に立っていたユウリが、今放り投げた財布をひょいと取り上げた。

「いつまでも持ってないで、早く鞄にしまえ。でなければ俺が預かる」
「しまう!! しまいます!!」

 私は慌てて財布を取り戻し、鞄にしまった。ユウリに預けてしまったら、お金に厳しい彼のことだ、そう簡単に私に渡すことはしないだろう。

「こいつが目覚める前に、ここを離れた方がいいな」

 そう呟くと、彼は再び私の手を取り、この場を離れた。

 そして広場に戻る間、私はずっと自分のしてきた行動を後悔していたのであった。

 
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