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四個の柿

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第一章

                四個の柿
 まだ奈良に大仏もない頃のことである、行基上人はこの時後に大阪の松原と呼ばれる場所を歩いていた。その時に宿を求めたが。
 それで入った堂の中に一匹の狐がいた、狐は上人を見ると彼に頼み込んできた。
「食べものをお持ちでしたら恵んで下さるでしょうか」
「食べものをですか」
「はい」
 狐は上人に弱りきった声で言ってきた。
「何でもいいですから」
「わかりました、ただです」
 上人は狐に頷きながらその穏やかな優しい顔で言った。
「お聞きしたいことがあります」
「何でしょうか」
「あなたは人の言葉を喋り」 
 このことを聞くのだった。
「しかもその言葉は大和訛り。長い間大和に住んで人の言葉を覚えたのですね」
「その通りです」
 狐は上人の言葉に答えた。
「私は大和の生まれでそこに夫と三人の息子と共に暮らしていました」
「やはりそうでしたか」
「はい、ですが長い間連れ添っていた夫が年老いて亡くなり」
「貴女だけになったのですね」
「その私を三匹の息子と家族が面倒を見てくれまして」
 そうしてというのだ。
「孫達も懐いてです」
「そうしてですか」
「幸せに暮らしていましたが今年は冷えますね」
「雪も多いですね」
 上人もその通りだと答えた。
「実に」
「大和もそうでして」
 それでというのだ。
「そんな中息子達も嫁達も孫達も私の面倒を見てくれているのですが」
「この寒さでは食べものも少ないですね」
「秋の間にたらふく食べて巣に蓄えもありますが」
「それでもですね」
「私の様な老婆は狩りも出来ない無駄飯食いで」
 そう考えてというのだ。
「私がいなくなればその分息子達が楽になり沢山食べられるのではと」
「考えてですか」
「私は巣を出まして」
「ここまで来ましたか」
「暖かい場所を探して」
 そしてというのだ。
「大和からここまで来ました」
「遠かったでしょう」
「そこは何とか。食べるものも幸い狐は肉や魚以外も食べられるので」
 それでというのだ。
「落ちているものを口にしてです」
「食べつないできましたか」
「そしてです」
「ここまでですね」
「来ましたしかし近頃は食べるものも見付からず」
「しかも寒いので」
「ここに隠れて休んでいました」
 上人にこう話した。
「後は亡くなるだけですが家族の迷惑になっていないなら」
「それならですか」
「よしとですか」
「思っています、例え家族がよくしてくれても」
 それでもというのだ。
「私は狩りも出来なくなった老婆です」
「無駄飯食いだというのですね」
「それがいなくなった分だけいいと思っています」
「そこまで家族を思いやることは素晴らしいことです」 
 上人はここまで聞いてまずはこう言った、穏やかなその顔に感心したものがありそのうえで頷いている。 
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