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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
狙われた天才科学者
  百鬼夜行 その2

 
前書き
 マブラヴ世界特有の内ゲバ回。 

 
 5年に及ぶBETA戦争で、地球上にある全てのハイヴ攻略が成ると、列強諸国の対応に足並みの乱れが早くも出始めていた。
 
 ここは、西ドイツ臨時首都のボンの官衙に隠れる様にして立つ憲法擁護局。
(憲法擁護局。Bundesamt für Verfassungsschutz /略称:BfV)
その一室で男達は、今後のドイツ連邦の先行きに関して、密議を凝らしていた。
 先頃のハバロフスクの首都機能喪失とウラジオストックへの急な遷都に関しての討議が成されている最中。
 ふいに、丸刈りの男が立ち上がって、奥座に座る人物に尋ねる。
「起死回生の策としてゼオライマーを討つというのはどうでしょうか」

 会議の冒頭から奥に座り、一言も発しなかった老人が声を上げる。
「木原マサキを消せ……、後腐れなく始末するのだ」
黄色味を帯びた白髪から類推するに、年の頃は80過ぎにもなろうかと言う、深い皴を顔に刻まれた男は、窪んだ眼を左右に動かす。
「アヤツはたった一人で米ソを手玉に取る……手強い相手じゃ。何としても葬り去らねばならん」

 対ソで結束している西側陣営最前線の一つであった西ドイツも、当初の目的を忘れ、月面や火星に居るBETAよりも、木原マサキという人物、彼が駆るゼオライマーを恐れる。
 地の底より幾千万と湧いて来るBETAの血煙を浴びながら、難攻不落のハイヴを正面から攻め掛け、その奥深くに潜り、白塗りの装甲を赤黒く染めながら四たび戻って来た。
 マサキの駆るゼオライマーは万夫不当との言葉に相応しく、彼の首を取ろうとした、精鋭KGBや赤軍の特殊部隊(スペツナズ)を、まるで赤子のように扱い、50メートルにも及ぶ巨体を駆って数百の精兵を踏みつぶした。
ソ連政権は、議長以下首脳部の首を取られ、()()うの(てい)で日本海面前のウラジオストックまで落ち延びる無残な姿を天下に曝した。
男は、その事実に身震いしていた。

「プロシアが共産主義者(ボリシェビキ)を頼ったように、我等もテロリストどもを頼ろうではないか……。
そうよのう、BETA教団が、根城のサンフランシスコに飛んで、奴等へ工作を仕掛けよ」

 男が言ったBETA教団とは、キリスト教を信仰を元に、BETAを神からの使徒と崇める過激な一派である。
自らを、『恭順派』と称し、戦火の及ばぬ欧米で手広く活動していた。
やがてカルト団体としての兆しが見え始めると、事態を重く見たローマ法王庁や東方正教会、プロテスタントの各宗派から破門され、異端宣告が出された。
 聖書の教えを曲解した彼等は、破門によって過激な道に走った。
報復とばかりに各宗派の信徒を惨殺し、回教(イスラム)や仏教を始めとする異教の社殿や伽藍(がらん)に火を点け、秘仏や聖遺物を打ちこわした。
 また世界各地に工作の手を広め、聖者や賢人の墓を掘り暴き、遺体を辱めた後、珍宝珠玉や朱泥(しゅでい)金銀など得難い歴史の財宝を(かす)めた。
 そして彼等は、BETA戦争の混乱を利用し、先年フランスが頼みとする旧植民地のアルジェリアで兵乱を起こした。
フランス外人部隊と国家憲兵による大規模な取り締まりを受けるも、賊徒を裏から煽動・援助し、地下に潜り、延々と各国の軍事施設や政府機構に対して破壊活動を続けていた。

「あのアジア人の男もBETAが無い世界では不要……BETA教団共々死んでもらうのよ」
老人はそう告げると、くつくつと不気味な笑い声を上げた。
 
 老人は、60年前の1917年にロシア革命で、赤匪の頭目レーニンを帝政ドイツが支援した(ひそみ)(なら)って、BETA教団への大規模な援助の策を企む。
 


 憲法擁護局での密議は、その日の内に、ドイツ連邦情報局(BND)局長の耳に伝わる。
木原マサキ暗殺計画案の報を受けたBND局長は仰天して、首相に仔細を告げた。
色を失った首相は、机の上に有る気付け薬を口に含むと、マグカップを取って水と共に呷る。
「木原は、まだハンブルグに居るのだな」
首相の問いかけに、青白い顔色をして、局長は応じる。
「郊外にある米軍第二師団の基地にあって、機体の整備をしてると聞き及んでおります」
「物騒だ。もし、この事実が明るみになって木原の耳に入って見ろ。我等は血祭りにあげられるぞ」
「私も、同様に案じて居ります」
「由々しき事態だ。この際、彼等には消えて貰おう」
情報局長は、室内にある秘密回線で連邦国境警備隊(BGS)に連絡を入れた。

 即座に、国境警備隊指揮下の第9国境警備群に出動命令が下った。
第9国境警備群は、1972年のミュンヘン五輪の際に起きた、「黒い九月」によるイスラエル選手団惨殺のテロ事件を受け、結成された特殊部隊である。
 隊員は警察官の身分ではあるが、英国SASやイスラエルの総司令部偵察局の指導の元、訓練を受けた部隊で、最新鋭のMP5短機関銃を装備した精鋭。
 市内にある憲法擁護局の庁舎にヘリで乗り付け、表裏から急襲する。
黒装束に防弾チョッキを着て、ヘルメットを被る隊員は、建屋に入ると、内部を爆破しながら、逃げ出して来る職員や調査員を男女問わず射殺した。
 無論、件の老人も逃がさなかった。
待ち構えた隊員に、短機関銃で雨霰のごとき弾を浴びせられ、冥府へ旅立った。


 首相は、後先を考えずに憲法擁護局の破壊を命じたが、それには彼なりの考えがあった。
もしこの西ドイツが、木原マサキと言う無敵の男に目を付けられたら……
男は、木原マサキと言う人物を、天のゼオライマーの存在を考え直した。そして心に(おそ)れた。
 月面基地にあったサクロボスコクレーターの襲撃事件から考えて、10年以上も人類を苦しめぬいたBETA。
幾多の血を吸って増長した化け物を、両手から繰り出す必殺の一撃を持って、(ことごと)く粉砕。
また彼を恐れて、暗殺を企み、あまつさえ核攻撃も躊躇(ためら)わなかったソ連政権を相手に、縦横無尽に暴れ回った。
300万の精兵を抱えるソ連でさえ負けたのだ。35万の兵力しかない西ドイツが、まともに戦っても勝てる(すべ)はない。
 地を埋め尽くし、濛々と土煙を上げて、怒涛の如く突撃してくるBETAと相対し、八方から射浴びせられるレーザーの中を駆け巡り、群がる敵をバタバタと、苦も無く打ち倒した。
あの50メートルもある、白塗りの大型機。天のゼオライマーに狙われれば、最後。
ソ連赤軍の精鋭ヴォールク連隊の、百機以上の戦術機も灰燼に帰してしまうほどの砲撃を連射しながら、猪突してくるであろう事は明白。
それを避けるために、必死の思いでよこしまな企みをしていた調査員を、組織諸共抹殺した。
 BETAの襲撃でもそうだったが、誰在っても、すき好んで生命を捨てに出る者はない。
ましてや、天下無双と鳴り響いたゼオライマーを相手にまわしたとなれば、この35万の精兵とは言え、惨敗を喫するであろう。

 一人、執務室に居る首相は、椅子から立ち上がって窓辺に立つと、口を開く。
「我が国が生き延びるためには、多少の犠牲も必要なのだ。憲法擁護局長よ……赦してくれ」
ドイツ国家存続のために、(とが)無き人々を殺したことに慙愧(ざんき)の言葉を吐いた男。
彼の心中は、混乱をきわめ、ただ憂懼(ゆうく)が渦まくばかりであった。

 
 

 
後書き
 ドイツがキリスト教恭順派と関係している話が、『TE』で出ていたので今回の話を作りました。
一応設定だと、1996年に米国でテオドールがまとめたとなっています。
常識的に考えれば、わずか数年で大規模な工作網が出来る訳がないので、BETAが暴れ回った1970年代から接触があったのかなと考えて書きました。



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