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SHUFFLE! ~The bonds of eternity~

作者:Undefeat
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第四章 ~魔力(チカラ)の意味~
  その三

「……という訳なのでよろしくお願いします」

「ああ、わかった。これは私が責任を持って処理しておく」

 放送室にてデイジーが若干涙目になっているのとほぼ同時刻。2-Cの教室では柳哉と撫子の間でそんな会話が交わされていた。

「しかし、何も丸一日休まなくてもな……午後からなんだろう?」

 そう呟く撫子の手にある紙には“欠席届”と書かれている。日付は来週の水曜日。五日後だ。

「片付けておきたい用件がありまして、ちょうどいいので一緒に済ませてしまおうかと」

 五日後の九月二十九日、柳哉の妹である菫が通うストレリチア女学院で授業参観及び進路相談が行われる。その性質上、保護者が来校することが望ましいのだが、あいにく母親である玲亜は丁度仕事が忙しくなる時期なため、柳哉が代理で行くことになったというわけだ。時間は午後からなのだが、“ある用件”のために一日休む事にしたのである。もっとも、撫子にはその“ある用件”の内容は話していない。

「まあ、水守なら大丈夫だと思うが……知っての通りストレリチアはかなりの名門校だ。くれぐれも失礼のないようにな」

 聞きようによっては『バーベナ学園の評判を落とさないように』という忠告と取られるかもしれない台詞だ。しかし紅薔薇撫子という人物の性質上、そうではないことは一ヶ月足らずの付き合いしかない柳哉にもよくわかる。ただ純粋に彼とその家族を案じているのだろう。故に、

「はい、お気遣いありがとうございます。では失礼します」

 柳哉は小さく微笑み、その場を後にした。


          *     *     *     *     *     *


 その後、柳哉が合流したことでまとまりのなかった会議になんとか区切りをつけた頃には、すでに日が傾きかけていた。

「では私は、帰ってアンケートの準備をします。シア様と土見さんは木曜日の放課後に来ていただけますか? 金曜日の初回放送分を収録しますので」

「直に流したほうが手っ取り早いんじゃないのか?」

「お昼は皆さん忙しいですからね。それから水守さんは水曜日の放課後から来ていただけますか? 質問の仕分けや放送内容の打ち合わせなどがありますので」

「あっと、悪い。水曜日は休みだ、用事があってな。木曜日の昼じゃだめか?」

「それだと放課後にずれ込む可能性がありますが……いいでしょうか?」

 そう言ってシアを見るデイジー。

「うん、全然大丈夫だよ」

「俺も問題ないぞ」

「じゃ、それで。悪いな」

「気にするな。……もしかしてさっき紅女史の所に行ってたのは……」

「ああ、その話をしにな」

 そんなことを話しながら校門に向かう四人。そこへ声が掛かった。

「稟ちゃん、シアちゃん、それに柳ちゃんも。今帰り?」

「はい。亜沙先輩も今帰りですか?」

「うん。ちょっと料理部のほうに顔出してたら遅くなっちゃって」

 通常、受験生である三年生はこの時期には部活を引退しているものだが、彼女は例外のようだ。流石に部長からは退いているが。

「あれ? その子は……」

 とそこでデイジーに気付いたようだ。

「始めまして、時雨先輩。2ーDのデイジーといいます」

 先程までより声や表情が若干硬い。この少女は基本的には人付き合いがあまり上手くない。

「ボクは時雨亜沙。クラスは3ーBで、料理部所属。稟ちゃんとは先輩後輩以上恋人未満な関係。よろしくね」

「ちょっ、亜沙先輩!?」

「……土見さん」

 ジト目のデイジー。無理もない。シアだけでなく、ネリネや楓からも好意を寄せられているというのにさらにこれなのだから。そんな三人をシアは苦笑しつつ、柳哉はにやにや笑いながら眺めていた。

「それで? デイジーちゃんは稟ちゃんの新しい恋人候補、ってことでファイナルアンサー?」

「「いえ、違いますからね!?」」

 見事にハモる二人。

「そうなの!? 稟くん、デイジーちゃん?」

 食いつくシア。これもまあ、いつも通りといえばいつも通り。


          *     *     *     *     *     *


「ん? あれは麻弓じゃないか?」

 それを聞いて柳哉の示した方を見ると、校舎から出てくる人影があった。

「ああ、そうだな。でも何かフラフラしてるぞ?」

 稟の言葉通り、その足取りはどこか頼りない。

「ああ、そういえば」

「何か知ってるのか?」

 頷き、説明しようとした柳哉だが、

「はぇ~……やっと終わったのですよ……」

 麻弓のその台詞で思い当たったのだろう。稟やシアも納得したように頷いた。

「麻弓ちゃん、補習授業お疲れ様」

「やめて……思い出させないで……」

 本日の世界史の授業にて抜き打ちテストが実施され、麻弓一人だけが赤点をとってしまい、某熱血教師による補習が行われ、つい先ほど解放された、という訳だ。柳哉が職員室ではなく、2-Cの教室で撫子と話していたのはそういう理由である。

「ほぇ~……」

 まるで魂が抜けたかのような声を出す麻弓。普段ほとんど使わない頭を酷使したせいでオーバーヒートでも起こしているのだろうか? その様子を見て、やれやれと言わんばかりに柳哉が麻弓の前に立ち、その手を麻弓の額に当てる。

「ふえっ!? ふあ~……冷たくって気持ちいいのですよ……」

 柳哉の行動に驚く麻弓だったがすぐにその表情が緩む。

「何やってるんだ?」

「手のひらを魔力で冷却してそれを当ててるだけ。ま、アイス○ン程度の効果しかないけどな」

 稟の疑問に答える柳哉。それを聞いて亜沙の表情が強ばる。

「直接冷やしちゃダメなのか? そっちの方が効果も高いと思うんだが」

「直接は加減が難しいからな」

 冷やした手を当てるのとは違い、直接冷やすとは、つまるところ相手の(この場合は麻弓の)体内に干渉するということだ。魔力制御に失敗でもしようものなら、凍傷どころの騒ぎではなくなってしまう。人間の体というものは中々に繊細なものなのだ。魔力制御には自信のある柳哉だが、流石にそんなに危険な橋を渡る気はない。

「そういうものなのか?」

「ええ。回復魔法でも傷の治療程度までなら大丈夫ですけど、高度な医療用の魔法とかってものすごく難易度が高いんです。使い手も少ないですし」

「ま、そういうこと」

 柳哉の説明にデイジーが補足を入れる。
 と、そこへ亜沙の声が掛かる。

「……ねえ柳ちゃん」

「はい?」

 少し固めの口調に、亜沙の魔法嫌いを思い出す稟。

「言ってなかったけど、ボクのいる所では魔法は使わないでね」

「……理由を聞いても?」

「ボクは魔法が嫌いだから」

「……理由になってない気がしますが」

「とにかくダメなの!」

 この場で唯一、亜沙の魔法嫌いを知らないデイジーがなにやらオロオロしている。

「承諾はできません。必要とあらば躊躇いなく使います」

「ダメったらダメなの!」

 勢い込む亜沙だが、

「魔法を使えば助かる命が目の前にあっても、ですか?」

「! それは……」

 柳哉の、静かだが強い力を持った台詞によって言葉に詰まる。そうだ、などとは口が裂けても言えない。それを言ってしまえば人として大切ななにかを失ってしまう。

「で、でもそんなことそうそう起きないでしょ?」

「そうでもないですよ。起きそうな事も、起きそうにない事も、実際に起きる確率なんてそう変わりはしないですから。事実、」

――父さんが死んだ日の朝、今日そんなことが起きるなんて予想もしていませんでしたから――

 続く言葉に完全に沈黙する亜沙。柳哉の言うことは実にもっともだ。反論したくてもできない。しかしだ、事は自分だけではなく、大切な、大好きな母親にも関わる。
 その場を包む静寂。麻弓ですら不安そうな顔をしている。沈黙する亜沙の表情に何を見たのか、やがて柳哉が口を開く。

「追い詰めるつもりは無かったんですが、結果的にそうなっちゃいましたね。すみません」

 そう言って頭を下げる柳哉。亜沙はまだ無言だ。

「承諾はできませんが、善処はします。亜沙先輩のいる所では何らかの非常時以外、魔法は使いません。それでいいですか?」

「……うん。ゴメンね」

「いえ、それはむしろ俺の台詞です。少し頭に血が上っていたようで」

 そう言って苦笑いする柳哉に亜沙も少し固いが笑顔を見せる。互いに譲れない何かを抱えていることを察したのだろうか。二人が笑顔を見せるとほぼ同時に張り詰めていた場の空気が弛緩する。

「ふはー。一時はどうなることかと思ったのですよ」

「ある意味、元凶は麻弓だけどな」

「むっ、どういう意味?」

「確かに、麻弓ちゃんが撫子先生の補習を受けてオーバーヒートしてたのがきっかけではあるかも」

 すっかりいつもの調子に戻っている皆を見て、柳哉は再度決意を改める。この何でもない、しかし大切な“日常”を守り抜こう、と。

(あんなのはもう二度と御免だ)

「ん? 何か言ったか、柳?」

「いや、何でもない」

 そう言って、自らもその“日常”に加わって行った。 
 

 
後書き
これでにじファン掲載分は終了です。
次話以降はペースが落ちますが、あまり間を置かないようにしようと思います。 
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