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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第二十六話 待ち受ける者

帝国暦487年  4月 25日  オーディン  軍務省尚書室   ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ



昨日、軍務省尚書室に四月二十五日朝十時に来るようにと通達が有った。一週間程前から新しい人事の噂は聞いている。私の名が新たな人事に上がっている事もだ。おそらくはそれについての説明だろうという事は簡単に想像できた。定刻の五分前に尚書室に行くと少し待って欲しいと別室に通されたがそこには既に先客がいた。

「メルカッツ大将、卿も呼ばれたのか」
「うむ、此処に十時に来るようにと言われた。どうやら卿も同様のようだな、グライフス大将」
「うむ、同じようだ」

やはり居たか……、彼の名も噂に出ている、此処に居る事は想像のつかない事ではなかった。彼の隣に座り話をした、知らない仲ではないが格別親しいわけでもない。多少お互いの近況を話した後は今回の人事についての話をするしかなかった。

「イゼルローン方面軍か」
私が話を振るとグライフスは考え込むような表情で頷いた。
「イゼルローン要塞防衛の指揮を一元化するか……、これまで何度か検討されたが実現する事は無かった、それが実現するとは……」

「俄かには信じられない、そんなところかな」
「そんなところだな」
そう言うとグライフスはクスッと笑った。こちらもそれに釣られた、同じように笑う。

「ブラウンシュバイク公が熱心に進めたと聞いているが、卿、以前公とは一緒になった事が有ったと思うが」
「四百八十三年の暮れから八十四年の頭だ、第三百五十九遊撃部隊だった」
「アルレスハイム星域の会戦だな」
「うむ」

あれから三年か……。有能だがちょっと変わった所のある若者だと思った。その若者が今ではブラウンシュバイク公、元帥、宇宙艦隊司令長官になっている。この三年は私にとっては代わり映えのしない三年だった。だが彼の事を考えるとあっという間の三年だったと思える……。

「考えてみればとんでもない部下を持っていたのだな、卿は」
「言われてみれば確かに」
笑いながらグライフスが話しかけてくる。確かにとんでもない部下だった。私も声を合わせて笑った。

意外に気持ちの良い男だ。イゼルローンでは上手くやっていけるかもしれない。笑い合っていると軍務尚書の副官が私達二人を呼びに来た。副官は笑っている私達を見て僅かに眉を上げた。呆れていたのかもしれない、確かに此処で笑っている人間は珍しいだろう。時間は十時五分、私達は十分ほどここで話をしていたようだ。

副官に付いていくと私達を待っていたのはエーレンベルク軍務尚書だけではなかった。シュタインホフ統帥本部総長、ブラウンシュバイク宇宙艦隊司令長官、つまり帝国軍三長官が私達を待っていた。嫌でも身が引き締まった。

「セバスチャン・フォン・グライフス大将です。出頭致しました」
「ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将であります。同じく出頭致しました」
私達の言葉に軍務尚書が頷いた。

「うむ、ご苦労である。此度来て貰ったのは他でもない。今回イゼルローン方面の防衛体制に変更が入った。新たにイゼルローン方面軍を編成しイゼルローン要塞、駐留艦隊を一元的に指揮する事となった」
「はっ」
噂通りだ。となると方面軍司令官にグライフス、副司令官に私か。

「イゼルローン方面軍司令官にグライフス大将、副司令官にメルカッツ大将。グライフス大将は要塞司令官を、メルカッツ大将は駐留艦隊司令官を兼任してもらう」
「はっ」

確かに上手い手だ。これまで一元化について受け入れられなかったのは司令官職が一つ減るからだった。しかし上に統括する職を設けるなら司令官職が減ることは無い……。その上で兼任させることで要塞司令官と艦隊司令官の序列を付けるわけか……。

「方面軍司令部には参謀長の他、作戦、情報、後方支援担当の参謀をそれぞれ二名送る」
意外な言葉だ、思わずグライフスと顔を見合わせた。彼も驚いたような表情をしている。方面軍参謀は要塞司令部、駐留艦隊司令部が務めるのではないのか……。

私達の驚きが分かったのだろう、シュタインホフ統帥本部総長が低く笑い声を上げた。
「驚いているようだな。だが方面軍司令部を要塞司令部、駐留艦隊司令部が兼任するのでは彼らの不和が方面軍司令部に持ち込まれるだけだ、それでは指揮の一元化の意味がない」

「要塞司令部と駐留艦隊司令部はこれまで通り、同格の司令部として存在する。イゼルローン方面における防衛方針は方面軍司令部が決定し、要塞司令部と駐留艦隊司令部はその実行組織という事だ。それなら要塞司令部と駐留艦隊司令部の不和がイゼルローン要塞防衛に影響を与える事はかなり軽減できるだろう」

「……それはそうですが」
グライフスが困惑した声を出した、視線は私に向けている。グライフスの気持は分かる、実際に指揮を執る我々の立場は極めて微妙だ。むしろイゼルローン方面軍司令部は司令官、副司令官も別に選ぶべきではないのか……。

「卿らの不安は分かる。卿らは司令官職を兼任する事になる。何かと遣り辛い所はあろう。しかし卿らの後ろには我らが居る事を忘れないで欲しい。我らは何時でも卿らの力になるつもりだ」
我々の不安を拭うかのように軍務尚書が言葉を出した。叱咤するでもなく励ますでもない、訴えるかのような口調だ。

ここまで言われては抵抗は出来ない、そう思っているとグライフスが私に視線を向けた。眼がどうするかと問いかけている、或いは大丈夫かだろうか、無言で頷いた。グライフスも頷く、そして口を開いた。

「我ら両名、必ずや御期待に応えて見せます。決して反乱軍に好きにはさせません」
グライフスの答えに軍務尚書と統帥本部総長が満足げに頷いた。上手く乗せられたかと思ったが止むを得ない事だと思い直した。

「正式な辞令は五月一日に発令される。今日、此処で伝えるのは内示と受け取って貰いたい」
「承知致しました」
軍務尚書がブラウンシュバイク公を見た。公が頷いて話し始めた。

「帝国は今、非常に危うい状況にある。私達はそう考えています」
沈痛と言って良い口調だ。表情も決して明るくは無い、以前はもっと穏やかな表情をしていた。だがそれ以上に話しの内容に驚いた。危うい状況? 一体どういう事なのか……。

「前回の戦いでフェザーンは反乱軍の情報を帝国に通知しませんでした。明らかに故意と思われます。フェザーンは帝国と反乱軍の勢力関係が帝国側に大きく傾きつつあると考えているようです。そしてそれを好ましくないと考えている」
グライフスを見た。難しい顔をしている、彼も同意見という事だろう。

「劣勢にある反乱軍と帝国、同盟の勢力均衡を望むフェザーンが協力して帝国に対抗する、ブラウンシュバイク公はそうお考えでしょうか」
「メルカッツ提督、私だけではありません。軍務尚書も統帥本部総長もそう考えています。それ故の組織改正なのです」
軍務尚書、統帥本部総長が厳しい表情で頷いている。

「オーディン、イゼルローン要塞間は約四十日程かかります。フェザーンが反乱軍の軍事行動を帝国に知らせなければイゼルローン要塞は単独で四十日を切り抜けなければなりません。これまでのように仲間割れをしているような余裕は無いんです」

「ブラウンシュバイク公の言うとおりだ。これまでとは状況が変わった。フェザーンが信用できない以上油断は出来ん。あの要塞が落ちればとんでもない事になる」
公、そしてシュタインホフ統帥本部総長が危険性を訴えた。確かに、思っていた以上に状況は厳しい。

「卿らの力になると言ったのは嘘ではない。要塞司令部、駐留艦隊司令部の中で協力する事に不服を示す人間が居ればこちらに言って欲しい。直ぐに更迭する。最前線で仲間割れを起こす様な馬鹿は帝国軍には不要だ」
エーレンベルク軍務尚書の不機嫌そうな言葉にグライフスと顔を見合わせた。どうやら我々はこれまでのどの司令官達よりも厳しい状況に置かれる事になるらしい……。



帝国暦487年  4月 25日  オーディン  宇宙艦隊司令部   ヘルマン・フォン・リューネブルク



昼食を取り自室に戻るとオフレッサーから連絡が入った。相変わらずの悪人顔で食べた物の消化が悪くなりそうだ。俺を睨みながら唸るような口調で今すぐ宇宙艦隊司令部に行けと言う。ブラウンシュバイク公が俺に話が有るとの事だった。

司令部に行くと直ぐに司令長官室に通された。ブラウンシュバイク公が笑みを浮かべて俺を迎える。このあたりはヴァレンシュタインといった頃から少しも変わらない、嬉しい男だ。どうやらあまり他人には聞かれたくない話らしい、応接室へと誘われた。

公が白のマントを気にしながら席に着く。サッシュは淡いブルーだ。以前着けていたピンクのサッシュは皇帝にカワイイと言われてから止めたらしい。まあブルーも色が淡いから全体的に柔らかい雰囲気になっている。元々外見では鋭さなど感じさせない男だ、似合っているだろう。

「さて、小官を此処へ呼んだわけは? しかも至急と窺いましたが」
俺の問いかけに公は一つ頷いた。
「イゼルローン要塞に行って欲しいのですよ。装甲擲弾兵第二十一師団と共に」
「イゼルローン要塞……」
また公が頷いた。

ドアをノックする音と“失礼します”という声が聞こえヴァレリーが部屋の中に入ってきた。飲み物を持ってきた様だ。公にココアを俺にはコーヒーを置くと部屋を出て行った。俺も公もその間は無言だ。……イゼルローン要塞か……、どういう事なのか……。

コーヒーを一口飲む。美味いな、良い豆を使っているらしい。残念なのは香りだ、公がココアを飲んでいる所為でコーヒーの香りが今ひとつよく分からない、惜しい事だ。公は美味しそうにココアを飲んでいる。帝国屈指の実力者には見えんな……。さて、コーヒーを楽しんでいても仕方ない、話を続けるか……。

「行くのは構いませんが何をお考えなのか、教えて欲しいですな」
イゼルローン要塞への配備。悪い話では無い。妙な戦場に送って磨り潰そうというわけではないのだ。能力、信用、そのどちらかが欠けてもイゼルローン要塞配備は有りえない。

しかし公は俺がローゼンリッターと不必要に関わり合うのを怖れても居た。最前線ともなれば出会う可能性は大きい。公は冷徹ではあっても冷酷では無い。行けと言うからには何らかの狙いが有るはずだ。単純に要塞を守れという事ではないだろう。一体俺に何を期待するのか……。

「今度、イゼルローン方面軍が新しく編成されます」
「そのようですな。噂ではありますが聞いております」
「方面軍司令官にグライフス大将、副司令官にはメルカッツ大将が就きます。そしてグライフス大将は要塞司令官を、メルカッツ大将は駐留艦隊司令官を兼任する……」

なるほど、グライフス大将はどちらかと言えば参謀としての職務が長いと聞いている。一方のメルカッツ大将は実戦指揮官としては名のある人物だ。そして二人とも我の強い人物とは聞いていない。この二人なら協力できるだろうと見ているわけか。

「しかし困った事は方面軍司令部の下にイゼルローン要塞司令部、駐留艦隊司令部が来るわけですが、この両者、仲が非常に悪い」
公が苦笑している、俺も釣られて苦笑した。最前線に同格の司令部が二つ存在する。どちらが主導権を握るか、功績を立てるか、争いにならない方がおかしい。二つの司令部の仲の悪さは今では伝統であり伝説の様なものだ。

「場合によっては方面軍司令部の命令を軽視、或いは無視しようとする危険性も有りますな」
「そうですね。グライフス、メルカッツ両大将を無視しかねない。それを防いで欲しいのです」
「……」
先程までの苦笑はもう無い、公は厳しい表情をしている。

「装甲擲弾兵第二十一師団は方面軍司令部の直属部隊となります。要塞司令部、駐留艦隊司令部の参謀達、或いはその将兵が馬鹿な真似をした時は……」
「我々がその心得違いを窘めるという事ですか」
「ええ、手厳しく、二度と心得違いをしないように」
「なるほど」

要するに番犬役、あるいは用心棒役か……、いや監視役でもあるな。独自の軍事力を持たない方面軍司令部にとって装甲擲弾兵第二十一師団は唯一の武器という事になる。常に両司令部に圧力をかけ“協力を忘れるな”、と警告を発し続けるという事か……。コーヒーを一口飲んだ。釣られた様に公もココアに口をつける。

「それだけ、ですかな」
「……分かりますか」
「甘く見てもらっては困りますな」
半ば自分の読みが当たった事を喜びつつ出来るだけ平静な口調で言った。苦笑を浮かべる公に何となく満足感を覚える。そうだろう、そうでなくてはおかしい。それだけなら俺でなくとも良い筈だ、敢えて俺を此処に呼びつけるまでも無い……。

「自由惑星同盟軍は追い詰められています」
「そうですな」
確かに同盟軍は追い詰められている。ここ近年敗戦続きだ。特に前回の戦い、倍以上の兵力を用意しながら公の前に敗れた。焦燥に囚われているだろう。

「一気に挽回しようとイゼルローン要塞攻略を考える可能性が有ります」
「……」
「厄介なのはフェザーンが同盟に協力的な事です。同盟の軍事行動を故意に帝国に知らせない可能性が有る」

「なるほど、組織改正はそのためということですな」
公が頷いた。そして口を開く。
「同盟軍が正攻法で攻めてくるなら防げるだけの手は打ちました。協力さえ出来れば多少の兵力差は問題になりません。問題は同盟軍が奇策を使ってきた時でしょう」

「奇策、ですか」
「そう。味方の振りをして要塞を外からではなく内から攻める……」
「……内から……」
「潜入には帝国語が堪能な、そして勇敢な人間が選ばれるでしょうね。そして出来る事なら失われても惜しくない人間が……」

公が俺をじっと見ている。なるほど、そういう事か……。
「装甲擲弾兵第二十一師団をイゼルローン要塞に配備することは辞令には出しません。相手に知られたくない」
「……待ち伏せという事ですな、了解しました。期間はどれほどですか」
「長くても二年……、そう考えています」

二年か……。長くても二年の間に同盟軍がイゼルローン要塞攻略に動く、或いはそう仕向ける、そう言う事だな。シェーンコップ、どうやら貴様と再び会いまみえることになりそうだ……。


 
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