| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

機龍の征服者

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

領主ダークブラウン

ちょうど、領主ダークブラウンが初夜権を行使せしめんと、近隣の村々から徴収した若い乙女を品定めしていた所にPCは飛び込んだ。
悲鳴を聞きつけて扉を蹴破ると、地元有力者のゴードンが生娘を献上しようとしていた。
「あいつはゴードンじゃねーか!」

アルバートはようやくD席の人物に気づいた。

「いや、他人の空似だろう」
バーグマンは即座に否定した。常識的に考えてゲームのシナリオと現実のシチュエーションが重なることなど山ほどある。
混乱した状況で脳がパニック状態から抜け出す糸口を探ろうとして、ヒントを記憶や過去の経験に求めているに過ぎない。
特にシミュラクラ現象と言って、人間は単純な要素を拡大解釈して全体を類推しがちだ。天井のシミが顔に見えるという奴である
D席の客の目鼻立ちが偶然、ゴードンに似ているだけの事だ。
「ゴードンだってばよ!」
アルバートと言い争っている間にふたたび揺れが襲った。
室内灯が激しく明滅し、雷鳴が窓を横切った。

その時、バーグマンは見てしまったのだ、青白い奔流にドラゴンの形相を。
ぐわっと大きな牙を彼に向けた。見開いた白目と目線があってしまった、

そして、咆哮が鼓膜を突き破った。ツーンと可聴域すれすれの高音がハッキリとしたメッセージを伴っていた。

<我、宣戦布告す>

そう言っていた。

初老のように憔悴しきった二人組が手荷物検査場を素通りしてロビーに向かう。
彼らがアルバートとバーグマンであることは長年にわたり付き合いのある親友でも一目で判断し難い。
それほどまでに異常な事件だった。玄関を出ると更なる試練が待ち構えていた。
身元保証人と名乗る男が身柄を預かるというのだ。これもカルバートの差し金らしく、有無を言わさず黒塗りのワンボックスカーに押し込まれた。
窓は金網と目張りがしてある。助手席の黒人が名乗った。当番弁護士だという。
機上の人となっている間に司法制度が随分と改悪されていて二人は公判開始までかなりの私権制限を受ける。
黒人の差し出した書類によると裁判所が指定した建物に軟禁され、出入りは監視カメラに記録される。
許可なくして外出や面会はできず、建物内の生活も選択肢が狭まる。まず、パソコンやスマホの使用は弁護士の立ち合いのもと、時間制で行われ、アクセスできるサイトも監視と検閲を受ける。
公判に影響を及ぼす情報を得たり、部外者と内密に連絡を取ることも禁じられる。
すべてカルバートの仕業だ。バーグマンは彼の出方次第でACL—アメリカ人権監視機構に訴える構えであったが、出鼻をくじかれた。
原告の財産と生命に多大な危険および損失が発生するおそれ、という理不尽な理由だ。
「まるで、独房だな」
バーグマンが愚痴った。
殺風景なロフトに窓はない。スチール机と座り心地最悪な椅子。そして硬いベッドだけがある。
トイレとシャワーは備え付けてあり、三度の食事はデリバリーされるという。
それ以外は外部との接触を遮断される。
「公判開始まで大人しくしておくんだな」
ローソン弁護士はぴしゃりとドアを閉めた。
「いきなり虜かよ」
アルバートは監獄を見まわすなり、バッドエンディングのセリフを暗誦した。
「ああ、パターン23。勇者、獄死す、だったな」
バーグマンはデバッグを突き合わされた夜を思い出した。あの晩も雷鳴が轟いていた。
「で、どうするよ」
アルバートはベッドにひっくり返る。机に冷めたドミノピザが平積みされているが、手を付ける気になれない。
「あの龍の事なんだが」
着陸までにループした議論を蒸し返すバーグマン。
「いい加減にしろ。ルルティエの雷竜が人間に仇をなす理由なんぞない」
「逆に考えるんだ。アルバート」
「はぁ?」
「彼奴は三賢者の忠実なる眷属。性善の権化だろ」
「ああ、それがどうした。守護神だ」
「そこが引っかかるんだ。味方ならなぜ人を襲う?」
「知るかよ。雷竜の反逆まで想定してなかったからな。そもそも勧善懲悪の物語に必要ない仕様だ」
通りいっぺんな反駁にバーグマンは安心した。アルバートは必然を好む。
「そこで問題だ。俺がクライアントだとしよう。倫理の主客転倒を実装してくれと発注する。金に糸目を付けぬ。さぁどうする」
「どうするってもなあ」
アルバートは天井をみあげた。
しばし考えたのち、逆質問をした。
「いったい何処のド変態がそんなプレイを望むんだ。つか、売れるのか? そんなゲーム」
「ああ、売れるともさ。病んだ世の中には真逆こそ正義と考える輩がわんさといる」
「そいつらの需要、どれくらいの市場規模を見込めるんだ?」
「パイは小さくないと思うね。勧善懲悪を裏返しで遊びたいニーズはひねくれ者の特許じゃない」
「ねーよ」
「いいや、お前だってクリアしたシナリオを敵方目線で遊んでみたい誘惑に駆られた経験はないか?」
「ん~」
「どうだ?」
「そうだなあ」
プログラマーは耳の後ろを掻きながら投げやり気味に言った。
「コーディングに煮詰まった時に納期ごと滅びちまえと思う事は無きにしも非ず」
「それだ!」
バーグマンは表情を明るくした。
「ワイバーンロード・ホライズンズの出来栄えを思い出してみろ。とてもリリースできたもんじゃねえ」
彼は言う。カルバートはコンペティションで発表するにあたって、相当な無理を開発陣に強いたはずだ。
当然ながら反発するプログラマーもいただろう。アルバートと同じく、技術者という種族は理不尽と圧力が大嫌いだ。
そして陰険だ。順応的ガバナンスを装って面従腹背する者もいる。
その一部にはコッソリと想定外の、そして場合によっては雇い主を害する処理を仕込むケースがある
「イースターエッグか!」
アルバートはようやく気付いたようだ。
「そうだ。ワイバーンロード・ホライズンズ開発者の誰かがトラップを仕組んだ」
「フムン」
バーグマンの推理にアルバートは再び考え込んだ。
「だからと言ってよ」
カルバートごと世間と心中するほど愚かな技術者はいないだろう。彼らだって人間だ。家族や友人もいる。
「身寄りのない世捨て人もいるだろう」、とバーグマンが突っ込む。
「それはごくごく少数だ。プログラマーは人嫌いじゃない。人付き合いが不器用なだけだ」
「でも、いなくはないだろ」
「しつこいぞバーグマン。そこまでヒネた奴は希少種だぞ。まるで、腐った女みたいに…あっ」
「女だったら」

その時、窓の外に雷鳴と女の悲鳴が響いた。

バーグマンは悲鳴を聞きつけて部屋の隅に寄った。天窓一つしかない部屋だ。それでも耳をすませば薄い壁ごしに喧騒が聞こえる。
時刻はちょうど20時をまわったばかり。お世辞にも治安がよろしくない立地で住民のほとんどは年金受給者だ。
絹を裂くような声には色つやがある。ガタガタと何か小物が石畳を転がっている。そして、荒い息遣い。
熱く、激しく、浅く、速い。様子は見えずとも彼女の緊迫感が伝わってくる。
「アルバート…」
言いかけて、シィっと制止された。
彼も気づいているのだ。若い女が何者かと対峙している。それも至近距離だ。ギシギシと舗装が軋んでいる。
「ドラゴンだ」
小声で相方が断言する。
「ああ、ルルティエ…」
「その名前を言うな」
迂闊にもバーグマンは禁忌を口にしてしまった。アルバートはそれがどんな恐ろしい結末を迎えるか熟知している。そして、心の底で悔いる。
何という怪物を設定してしまったのか。
あたり一面を粉々に打ち砕くような咆哮が女の断末魔をかき消した。直下型地震かと思うほど部屋全体が揺れる。
そして、バシッと稲光が天窓を貫いた。
「終わった…」
アルバートはへなへなとその場に座り込んだ。
「何が起こったんだ?」と、バーグマン。
「焼け跡を見る勇気があるんなら、表に出てみろ。焦げ跡と脊柱管の欠片ぐらいは残ってるかもな」
言われるまでもなくバーグマンは戸外へ出た。監視カメラやセキュリティーのたぐいはサージ電圧で死んだらしく、赤ランプが明滅している。
おそるおそる螺旋階段を下ると、惨状が否が応でも目に入った。
ちょうど、女の首から下が順に砕けている最中だった。
「うわああ」
声にならない声をあげて、部屋に逃げ帰った。
「言わんこっちゃない。ルルティエの捕食だ」
アルバートが鼻汁を啜りながら解説する。
「こんな馬鹿な話があるか! 非科学的だ。ルルティエが現実にあろうはずもないっ!」
バーグマンは柄にもなく大声で否定した。彼が落ち着きを失う時はたいてい理不尽そのものに憤っている。
「あんたのせいだよ。獲物の前でNGワードを口走った」
「自分を棚に上げてよく言う。そもそも原作者はお前だろう。お前の妄想が人を殺したんだ」
アルバートがおかしなアイデアをしたためなければ、彼女は食われずに済んだのだ。
学生時代の能天気な邪悪が雷龍という悪夢を呼び覚ました。
「いや、俺じゃない!」
血走った眼でアルバートが睨む。
「じゃあ、誰だ?」
「決まってる。カルバートの野郎だ」
「どういう意味だ?」
バーグマンが問いただす。天才プログラマーが言う。仕組まれているのだと。

アルバートの黒歴史ノートは若気の至りというよりは若きウェルテルの悩みだ。多感な思春期に誰もが思い悩んで行き詰る。そして、極端な厭世論にたどり着いて自己憐憫に酔うのだ。
そして、彼も破滅願望の成就と救世主再臨を望んだ。その方法が突飛を好む子供らしい。無力な木偶の坊な自分を救済する手段は一つしかない。
悪魔的な何かにすがり、凡百をしのぐ超人力を授かればよい。ダメな自分をどうやっても克服することなど不可能だと知り尽くしている。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧