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作者:50まい
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『彼』
  4

「ねぇねぇ(せい)。巫哉の本名、って何だと思う?」



 日紅(ひべに)が犀を覗き込む。犀はそれに軽く笑って、自分の机の上に弁当を広げ始めた。



「月夜、の?」



 犀は牛乳にストローを差し込みながら答えた。



 日紅と犀は小学校5年生の時に知り合った。それから日紅が犀に『彼』を紹介したので、『彼』と犀の付き合いは日紅よりも浅い。



「あたしは気がついたら巫哉って呼んでたの。きっとあたしが思いつきで勝手に呼び始めたんだろうけど、変な名前だよね、ミコヤって」



 日紅はくすくすと笑う。



「ミコヤ、みこやー…うーん何かの略かなぁ?なんでこんなわけわかんない名前にしたんだろう?」



「おまえのことだからその時やってたアニメの主人公とかじゃないの?」



「そんなアニメなかったよー」



「思い出したら教えろよ?俺も気になる」



「ん。犀はなんで月夜なの?」



「俺は、あいつと出会ったのが月夜(つきよ)だったから、月夜(つくよ)



「…なんでツキヨでツクヨになるのよ」



「…古事記に月夜見命(ツクヨミノミコト)って出てくるだろ?」



 犀は一瞬詰まった後に小さい声でぼそぼそ言った。



「うん?」



「あいつに会った時、何かそれが思い浮かんだんだよ。あーくそっ!」



 犀は照れ隠しなのかひとりで叫んで頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。



 日紅は思った。そうだ、犀は昔っから古文に興味津々だった。ツクヨミノミコトが日紅にはなんなのかよくわからない。でも確か古事記は日本の神様がいっぱい出てくる本だった気がする。八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を倒したのは須佐乃袁尊(スサノヲノミコト)だおまえそれくらいは覚えておけといつか犀に教わったことがあった。



 スサノヲノミコトは神様だっけ?じゃあミコトつながりでツクヨミノミコトも神様?



 ん?じゃあ犀は巫哉に初めて会った時神様みたいに綺麗だと思ったのかなぁ。



 月光の(もと)では『彼』の銀髪はさぞ神秘的で美しかろう。闇を弾く白銀の光に強い意志が(とも)った(くれない)の瞳を見てしまえば犀がそう思ってしまったとしても全く不思議ではない。



 不思議ではない、が。



「…犀」



「…何」



「あんたって意外とロマンティストだったのね」



「…言うな」



 日紅の(とど)めに犀はがくっと机に突っ伏した。



「なんでいきなりそんなこと言いだしたんだよ日紅」



 犀が腕の囲いの間からもごもごと声を出した。



「ん?」



「気になるの?月夜の本名」



「興味本位で。まさか本当に『太郎』とかだったりして!」



「それは、ありうるな」



 犀も顔をあげ、二人は笑いあった。



「来年はーーー…」



 ふと、日紅が呟いた。



「あたし達、もう16だね」



「そうだな?」



 犀が頬杖をつきながら返す。



「…嫌だなぁ、大きくなるの」



「何故?俺は早く大きくなりたいよ。背ももっと伸ばしたいし」



「170もあるくせに何言ってるの!背伸ばしたいのはこっちだよ~…。犀は伸びすぎ。ちょっと縮め。そしてその分あたしに頂戴。あ、その牛乳も頂戴」



 日紅はひょいと犀の牛乳を取ると、ごくごくとあっというまに全部飲み干した。



「…俺の金で買ったんだけど」



「気にしない気にしない。ハゲるよ?」



「……男にハゲは禁句だぞ」



 ちなみに犀の父、(サトル)36歳は既に生え際が危ない。



「そうなの?でも巫哉はハゲないね?もうとっくにおじいちゃんな歳なのにねーーー」



「おじいちゃんどころか生まれ変わって死んでもおつりがくるぐらいだけどな。」



 犀はふっと笑うと、日紅の頭をぐしゃぐしゃと撫ぜた。



「ちょ、な、何するの!?牛乳の恨み!?」



「そ。俺の背が伸びなくなったら日紅のせいな。目指せ200だから」



「200!?ありえない。てか、責任転換はよくないと思うよ」



「そういえばさ、日紅」



「ン?何」



「月夜ってさ、おまえが今みたいに学校に来てるとき、なにしてんの?」



「さぁ?あたしに巫哉のプライベートにまで干渉する権利ありませんからね。どっかのおネェちゃんとウハウハしてんじゃないの?」



「…おまえ、それが女子中学生の言うことか?」



「んじゃあ、犀は巫哉が何をしていると思うの?」



「俺か?俺は、そうだな…」



 犀は、ふと日紅の肩越しの窓の外を見た。



 目を細めて、強く、まるで射るように。





















 『彼』は思わずぎくりとした。



 気づかれた?いや、そんな、まさか。



 今、『彼』は誰にも、(あやかし)にすら視えないように姿を消しているのだ。ましてやヒトごときに気づかれるわけがない。



 だがそれでも、その視線は的確に自分を見ている気がしてならない。



 『彼』はどうしようもない居心地の悪さを感じてふわりと飛び上がった。 
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