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Fate/WizarDragonknight

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いらない

「ほいほいっと!」

 缶や菓子袋といったゴミ類を次々と入れていく友奈。軽やかな動きで、次々と回収していく。トングを駆使し、ビニール袋がどんどんゴミの見本市となっていった。
 周辺が粗方片付いたところで、友奈は「ふう」と汗を拭った。
 そして、気付いた。

「……あれ?」

 さっきまでの芝生だらけの場所だったのに、いつの間にか斜面に来ている。
 ゴミ掃除に夢中で気付かなかったようだ。
 夕陽が差し込めないほどの密林に場所を移しており、真司や真琴の姿は友奈の視界にはいない。

「うーん、夢中になって遭難するところだった……早く戻らないと」

 まだやって来た道は分かる。
 背を向けて元の場所に戻ろうとすると、すぐ近の物音に足を止めた。
 友奈以外の何者かが、草木を踏み潰す音。

「どこ……? どこにいるの……?」

 その正体は、友奈から数メートル離れたところにあった。
 友奈よりも少し年上らしき、眼鏡をかけた少女。春先だというのに、その服装は室内に引きこもっているような印象を与えた。彼女の表情に笑顔はなく、むしろやつれているようにも見える。目の光も、まるで何も見ていないようで、それでもその足取りは間違いなくどこか一点を目指していた。

「どこ……? ムーンキャンサー……? どこにいるの……?」

 何度も何度も右へ左へ。やがて木の根に足を躓かせ、少女はその場に倒れ込んだ。

「ああっ!」

 友奈は思わず駆け寄る。ゴミ袋を近くの木に置いて、少女の肩に手を置いた。

「だ、大丈夫ですか!?」
「うるさい……!」

 少女は友奈の顔を見ることなく突き飛ばす。だが、ほとんど日光など浴びていなさそうなその白い腕では、無数に活動を続けてきた友奈の体を動かすことは適わない。
 目の下に隈を作り、血走った目で友奈を睨みつけている少女。頬は痩せこけており、肌も白い。埃によって塗り潰された眼鏡も相まって、彼女はまさに不健康という単語が服を着て歩いているようだった。

「放っておいて」

 少女は冷たく言い放ち、そのまま歩き去ろうとしている。山道を外れ、雑木林の中に入ろうとする彼女を見て、友奈は慌てて追いかける。

「待って! 山道の外は危ないよ!」

 友奈はジャンプして草木を飛び越え、少女の前に回り込む。だが、その勢い余って、友奈は転倒してしまった。

「痛っ!」
「……うざ」

 友奈を見下ろす眼鏡の少女。彼女は目を細め、そのまま先に行こうとしている。

「あっ! だから待ってって!」

 友奈は慌てて追いかける。服に張り付いた草木を払いながら、眼鏡の少女を掴まえようと手を伸ばす。
 だが、それを払いのけた少女は、そのまま道なき道を進んでいく。

「それはダメだよ! 山道は危ないんだよ! ちゃんと道順を守って!」
「……」
「ちゃんと準備もして、アレコレ用意しないと!」
「うるさい」

 吐き捨てた少女は、そのまま山の奥へ進もうとする。だが、それで放っておくことはできない。
 その時。

「アンチ君……?」

 少女は足を止めた。
 彼女の目線の先から、木陰から紫のローブが姿を現した。
 少女よりも、友奈よりもさらに背が低いその身長。
 アンチ、と呼んでいいのだろうか。彼は、目深に被ったローブで少女を見つめていた。
 少女はため息をついて、少年に近づく。

「何? ムーンキャンサーは見つかったの?」

 少女の問いに、アンチは大股で少女へ近づいていく。

「助けに来た」
「……はあ?」

 少女は顔を歪める。
 アンチは続ける。

「ムーンキャンサーを見つけた」
「えっ!」

 その一言に、少女は表情を明るくする。
 だが、続くアンチの言葉に即座に暗くなった。

「だが、アイツをお前にはもう合わせない。アイツは危険だ」

 少年はそう言って、フードを脱いだ。
 白い髪に友奈の目が奪われるのはほんの一瞬。彼の顔を見て、友奈は口を覆った。

「あっ!」

 右目に強烈なまでに存在感を走らせる傷跡。大きく彼の世界の半分を潰したその傷に、友奈は思わず口を覆った。

「君……目が……っ!」
「どうしたのそれ」
「トレギアにやられた。それにムーンキャンサー……アイツは危ない。だから……!」

 アンチがそこまで言った瞬間、少女はアンチへスマホを投げつける。
 全く抵抗しない少年の顔面に、平面の機械が殴りつけられた。

「ちょっと待って!」

 少年を無視して進もうとする少女の前に、友奈は立ち塞がる。

「そういうの、良くないよ!」

 友奈はスマホを拾い上げて、少女に押し付ける。

「はい,! ちゃんとこの子に謝って!」
「……ほんっと何こいつ」

 少女は不機嫌な顔を隠そうともせず、友奈を睨む。友奈の手からスマホを引ったくり、友奈の肩を押し飛ばす。
 だが、友奈は引き下がることもなく食い下がった。

「物を投げるのも、人を傷つけるのもいけないことだよ! だから、謝って! ね、君も痛かったでしょ?」
「俺は……」
「どうでもいい! そいつ、もういらない!」
「いらないって……」

 その言葉に、友奈は唖然とした。

「弟でしょ? 何でそんなこと言えるの!?」
「弟じゃない! こんな失敗作の怪獣なんて!」

 少女は友奈を突き飛ばし、アンチの肩を押し飛ばす。
 転がっていったアンチは、そのまま少し斜面を落ちていく。木の幹に激突し、ようやく止まった。

「だ、大丈夫!?」

 友奈はアンチを助け起こす。だが、痛みに顔を歪めるアンチは右腕を抑えている。友奈はローブをめくり、腫れあがったアンチの腕を撫でた。

「ひどい……なんでこんなことをするの!」
「うるさい! そいつが欲しいなら上げるよ!」
「待て! 新条アカネ! うっ……」

 追いかけようとするアンチだが、腕の痛みに体勢を崩した。
 新条アカネ。
 思わずアンチの口から現れたその名前が、友奈の口に反芻された。

「もう……消えて!」

 アカネはまた、スマホを振り上げる。またしてもアンチに投げつけられるが、今度は友奈がそれをキャッチ。

「消えてって……何でそんなことを言うの!?」

 友奈は目を大きく見開いてアカネの両肩を掴む。

「アンチ君とどんな関係かは知らないけど、家族でも友達でも、消えてとか、いらないとか……」
「さっきから五月蠅い! 何なのアンタ!」

 アカネが両肩にかかった友奈の腕を振り落とし、そのまま突き飛ばす。
 何度も同じ手を食らわないよう、友奈はあらかじめ腰に力を入れておいた。
 武術によって鍛えられた体幹は、アカネの突き飛ばしを反作用によって跳ね返し、逆に彼女がしりもちをついた。

「あ、大丈夫?」

 思わず友奈は手を伸ばした。
 そのまま、アカネが手を掴んでくれれば引っ張り上げようとしていたが、アカネは逆に友奈の手を叩き払った。

「えっ……!?」
「……殺す……!」

 今の転倒で、アカネの眼鏡が外れている。
 裸眼で見る彼女の表情には、怒りが込められていた。
 そして、それ以上に、友奈はショックを受けていた。
 今叩かれた彼女の腕。色白の肌色のはずなのに、黒い紋様が刻まれているように見えたのだ。目の錯覚だと。そう、思いたかったのに。
 冷たい目をした少女は自力で立ち上がり、静かに右手を付きだした。ゆっくりと袖が落ち。
 彼女の右手に、改めて、黒い刺青がその姿を現した。
 どこか、ベネチアンマスクを連想させる模様。それを見た途端、友奈は反射的にその名前を口走った。

「れ……令呪っ!?」
「……トレギアッ!」

 アカネが叫ぶ。
 令呪。それは、聖杯戦争の参加者にのみ所有を許された、呪いの紋章。三画ある令呪、その一画が蒼い光とともに消失。その魔力が消費され、発動していく。
 すると、蒼い闇が彼女の背後から突きあがって来た。
 あたかも柱のように高く、竜巻のように渦を巻き。
 やがて、その中心に赤い眼が輝く。
 そして、闇を切り裂き現れたのは。

「あなたは……トレギアっ!」

 その姿に友奈は叫んだ。
 フェイカーのサーヴァント、ウルトラマントレギア。
 闇の仮面が特徴の彼は、友奈の姿を見下ろす。

「やあ、セイヴァー……何の用だい? マスター」

 マスター。
 その言葉から、友奈はさらにぞっとした。
 これまで幾度となく友奈たち___友奈自身が実際に対面したのは一度だけだが___を苦しめてきたサーヴァント。今、令呪を使って彼が呼び出されたということは。
 彼女こそが、トレギアのマスターだということになる。

「わざわざ貴重な令呪を使ったんだ。よっぽどの要件なんだろう?」
「殺して! アンチを殺して! アンチ君も……そこの生意気な奴も!」
「!」
「へえ……マスターの命令となれば仕方がない。悪く思わないでくれよ!」

 命令を受けて、即効性のもつトレギアの雷撃が、友奈を襲う。
 だが。
 それが友奈に辿り着くよりも早く、友奈の前に白い小動物が現れていた。
 牛鬼。
 アカネの追跡を請け負っていた牛鬼が、その体より桃色の花の形をした防壁を張っていた。トレギアの雷撃を霧散させ、そのまま友奈と並び立つ。

「行くよ、牛鬼!」

 友奈は即座に、スマホに表示されたボタンを押す。すると、友奈のスマホから無数の花びらが舞い上がり、山一面を彩った。
 もともと周囲にある桜の景色に、さらなる桃色の花びらが増えていく。この場を写真に収めれば、友奈本来の美しさも相まって、きっと絵画のような芸術になれただろう。
 そして。
 ウインクを合図に、友奈の姿が変わっていく。桃色の花びらが重なり、やがて白く染まっていく。友奈の髪形も大きく伸び、長く桃色のポニーテールとなっていく。最後に前髪に髪留めが付けられ、その変身は完了する。

「讃州中学二年勇者部、結城友奈! 行きます!」

 花びらが舞い散る中、友奈は跳び上がる。
 体を回転させながら、トレギアへ裏拳を叩き込む。
 トレギアは背中を曲げてそれを避ける。

「おいおい……前に戦った時に学んでいないのかい? キミの攻撃は私に届かない」
「そんなことない! なせば大抵なんとかなる!」
「ふうん……アレが聖杯戦争の参加者……」

 眼鏡を着けなおしたアカネから光のない目で見られながらも、友奈は武術を駆使し、トレギアの腕を弾き上げ、裏拳を見舞った。
 だが、友奈の攻撃一つ一つをトレギアは柔軟に回避する。さらに、トレラアルティガで友奈を引き離し、怯んだところに爪で空間を赤く切り裂く技、トレラテムノーを放つ。
 友奈の腕から桃色の防壁が発生したが、トレギアの斬撃は障壁を貫通し、友奈の体から火花を散らした。
 その勢いにより、友奈は森から突き飛ばされ、遊歩道に転がり出た。
 休日の散歩道。人が少ないはずもなく、周囲の人々の注目は一瞬で友奈に集まった。
 さらに、頭上に追撃してきたトレギア。彼は容赦なく蒼い雷撃を溜め込み、放った。

「いけない!」

 雷という、不規則な動きを持つそれ。周辺に桜の形をしたバリアを張り、周囲の人々の被弾を防いだ。
 代わりに、自らの防御が疎かになる。反射された雷、そして直接友奈を狙った雷。
 二つは友奈の体の各所を貫通し、焼き焦がす。

「ぐっ!」

 痛みに顔を歪め、バリアが消える。

「逃げて! ……皆!」

 友奈の声に、人々は蜘蛛を散らすように逃げていく。

「どいつもこいつも自分よりも人をと……」

 トレギアは顎を掻きむしりながら、友奈を見下ろす。

「イライラする……!」

 そして、トレギアは友奈へ急降下してきた。
 友奈は身構え、前に踏み出す。腰の入ったパンチでトレギアを迎え撃つ。
 だが、トレギアはストレートの友奈の拳を掻い潜り、その首を掴み、上空へ連れて行った。

「しまっ……!」
「前の時にも分かっていただろう? 君とランサーの二人がかりでも、私には勝てないと」

 友奈はバタバタと蹴って抵抗する。
 だが体格差から、友奈の蹴りはトレギアに届かない。
 さらに、トレギアは友奈を締め上げるのは右手だけで、左手から蒼い雷撃が放たれた。

「ぐあああああああっ!」

 至近距離からの雷撃が、友奈の全身から火花を散らす。
 ようやく、雷撃が収まった。
 友奈の全身を焼き焦がすトレギアの腕を再び掴み、引き離させようとする。だが、またすさかずトレギアはほぼゼロ距離の雷撃を友奈の全身に浴びせ、友奈の体は今度こそ力が抜けた。

「あっ……!」
「終わりだ。セイヴァー……」

 そして、トレギアはゆっくりと右手を離す。
 重力に捕らわれ、友奈の体が落下していく。さらに、追撃として放たれるトレラアルティガイザーが、友奈を地面に加速していく。

「ぐっ……あああああああああっ!」

 友奈は発破をかけ、落ちながらも両腕を突き出す。より大きく張られた桃色の防壁。だがそれでも、トレラアルティガイザーの威力は絶大。桃色の防壁を越えて、友奈に与えられるダメージは大きかった。
 そのまま、強い勢いで地面に激突した友奈。その体は隕石のように加速し、山の斜面にクレーターを刻み込んだ。

「あがっ……!」

 友奈の纏う勇者システムごと、その体内器官に衝撃を与えたそれは、友奈の変身を解除させ、動きさえ難しくなっていった。
 牛鬼も友奈の隣で横たわっており、全身をべったりと地面に投げ出していた。

「牛鬼……!」

 体を動かすだけでも痛い。
 そして頭上では、すでに二度目のトレラアルティガイザーの発射準備を整えたトレギア。生身の友奈がそれを受ければ、間違いなく命はない。
 そして。

「________」

 突如、上空より響いてくる龍の咆哮。
 同時に、赤い影が、友奈の盾となり、トレラアルティガイザーを受けきった。
 そのまま地面に落ちたものの、赤い影は再び天空へ舞い上がる。
 この世界には、明らかに不似合いなそれ。
 その名は。

「ドラグレッダー!」

 無双龍ドラグレッダー。
 なめらかな動きをしながらトレギアへ威嚇する赤い龍。
 そして。

「友奈ちゃん!」

 その姿を見て、友奈は顔を輝かせた。
 城戸真司が、友奈の前に駆け付けてきたのだ。 
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