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ピッチャーと扇風機

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第三章

「あの時はな」
「頭に血が上って」
「これから怒るぞって言ってもな」
「仙さんも本気で怒るしな」
「そりゃ怒るってなったらな」
 その時はというのだ。
「俺だってだよ」
「本気で怒るな」
「もう怒るならだろ」
「ああ、本気だよ」
「それで怒って頭に血が上って」
 そうしてというのだ。
「もう目の前が真っ赤になってな」
「あの時の俺と同じだな」
「何かぶん殴らないと収まらなくてだよ」
「丁度そこに扇風機があった」
「それで殴ったんだよ」
「そういうことだな」
「褒められたというか絶対にやったら駄目だ」
 星野は強い声で言った。
「こんなことはな」
「ああ、本当に腕が滅茶苦茶になるからな」
「それも利き腕で素手なんてな」
 星野もそれで殴った。
「絶対にだ」
「誰でもやっちゃいけない」
「特にピッチャーはな」
「それで選手生命が終わっても不思議じゃないんだよ」
「だからやるな、俺だってピッチャーだ」 
 星野もピッチャー出身だ、中日でエースだった。
「そんなことはな」
「本当にな」
「やっちゃ駄目だ、しかしな」
「ピッチャーは気が強くないと出来ないしな」
「いつもカッカしてるものだ」
「落ち着いている様に見えてだよ」
「勝負の場所にいるんだ」 
 マウンドがそこである。
「そうだからな」
「本当に気が強くてカッカしててだよ」
「怒られても怒っても泣くどころかな」
「怒りを爆発させてな」
「ああするんだよ」
「時としてな」
「そこまでじゃないとピッチャーは出来ないか」
 それはとだ、星野は言った。
「そこまではわからないがな」
「そこまでするのがピッチャーってことだな」
「そうだ、相手が扇風機でもな」
「頭に血が上っているとぶん殴る」
「そんな強い向かう気質でないとな」
「出来ないところがあるのも事実だな」
「そういうものだよな」
 星野は飲みながら話した。
「本当に」
「全くだ、二度としたら駄目にしてもな」  
 平松は星野の言葉に頷いた、そうしてだった。
 二人で飲んでいった、幸い二人の手は無事であった。だがそこにある心は誰もが驚くものであった。


ピッチャーと扇風機   完


                 2022・3・17 
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