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銀河を漂うタンザナイト

作者:ASHTAROTH
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慰霊祭とシトレの思惑

 
前書き
今回は慰霊祭の話です。短いです。 

 
アスターテ会戦後、クロパチェクとヤンの二人はなんとか自由惑星同盟首都ハイネセンに帰り着き、現在惑星ハイネセンの北半球落葉樹林気候帯にある自由惑星同盟軍統合作戦本部のビル地下の4層をぶち抜いて作られた大ホールにいた。ここはいわゆる軍関係者以外立ち入り禁止で一般の人は入れない場所なのだが、今回はアスターテ会戦の戦没者慰霊祭開催に伴い、遺族と慰霊祭関係者に限り特別に入室を許可されている。
このホールにいるのは、今回の戦いで戦死した将兵150万の遺族と親族、それと同盟軍の幹部に最高評議会国防委員長ヨブ・トリューニヒト、そして同盟の事実上の国家元首であるロイヤル・サンフォード最高評議会議長と政府高官たち、それに報道関係各社の報道陣が集まっていた。
このホールでは、今回の戦いで死亡した軍人たちの名前がリストアップされ、大きなモニターに映し出されては消えていく。その中でロイヤル・サンフォード最高評議会議長が壇上に立ち官僚の作成した原稿を無感動に棒読みし、今回の戦争の犠牲者に対する哀悼の意を述べた。その後サンフォード議長が退出した後この慰霊祭において、主役である次期評議会議長の座を虎視眈々と狙う国防委員長ヨブ・トリューニヒトその人が壇上に上がる。心なしか先度演説を終えたサンフォード議長の時よりも場の空気が盛り上がる。そして、場の空気が静まったのを見計らってヨブ・トリュー二ヒトは語り始める。

「お集まりの市民諸君 、兵士諸君!今日、吾々がこの場に馳せ参じた目的はなにか。アスターテ会戦で散華した150万の英霊を慰めるためである。彼等は祖国の平和と自由を守らんとして、その全てを捧げてくれたのだ!!我々はこの大いなる自己犠牲に応えなければならない。あえて私は言おう、帝国の圧制から自由惑星同盟を、民主主義の自由と平等の精神を守らんとするこの聖戦に対し、異を唱える物は国を損なう者であり、誇り高き同盟国民として資格を欠いた者である!!!真の同盟国民たる我々は、全てを犠牲として国家に捧げてくれた英霊の意志を継ぎ、帝国の悪しき専制全体主義に抗し続けなければならない!これは国民の責務であり!また権利なのだ!!全ての国民にはこの聖戦に参加する権利があるのだ!!」
「貴い生命と、いま私は言った。まことに生命は貴ぶべきである。しかし、諸君、彼らが散華したのは、個人の生命よりさらに貴重なものが存在するということをを、あとに残された吾々に教えるためなのだ。それはなにか。すなわち祖国と自由である!彼らの死は美しい。小我を殺して大義に殉じたからこそだ。彼らは良き 夫であった 良き父親であり、良き息子であり、良き恋人であった。彼らには充実した幸福な長い生涯を送る権利があった。しかし彼らはその権利を棄てて戦場おもむき、そして死んだのだ!市民諸君、私はあえて問おう。150万の将兵はなぜ死んだのか!?」
「首脳部の作戦指揮がまずかったからさ…」

ヤンが呟いた。独白にしては声が大きかった。周囲の数人が愕然として、黒い髪の若い士官を見やった 。ヤンがその一人の目を直視すると、相手は狼狽えたように視線を壇上にもどした。
その視線のさきでは、国防委員長の演説が延々とつづいている。トリューニヒトの顔は紅潮し 、両眼に自己陶酔の輝きがあった 。

「相変わらずの弁舌だな…」

そして慰霊祭に参加した軍人の一人であるアラン・クロパチェク大佐、彼は式典の最中ややうんざりしながらそう呟く。ただそのつぶやきはトリューニヒトの演説に隠れて誰の耳にも入っていなかったが…。

「さぁ、今こそ立ち上がろう!!祖先が立ててくれたこの国を、この自由と平等を共に守るために戦おうではないか!!祖先が!散っていた英霊達が!守り愛した我等が祖国のために吾々は立ち上がろう!いざ戦わん!!祖国の、自由のため!自由惑星同盟万歳!!民主共和主義万歳!!帝国を!!専制主義を打倒せん!!」

トリューニヒトの最後の一言で民衆の理性は吹き飛んだ。会場は怒号に包まれる。

「「「自由惑星同盟万歳!!民主共和主義万歳!!帝国を倒せ!!」」」

トリューニヒトは聴衆の熱狂に満足していた。そして聴衆の熱狂が収まってから再度演説を始めようとするが、全員が起立していたにもかかわらず座っていたヤン、更には聴衆の席の間にある通路を通り演壇に進む一人の女性によって演説を中断させられる。そう、戦死した第6艦隊幕僚ジャン・ロベ-ル・ラップ大佐の婚約者、ジェシカ・エドワーズの糾弾によってであった。
彼女は

『あなたは国家に対する犠牲を賛美しているが、それを国民に強いる自身はそれを実行しているのか?自分の家族はどこにいるのか?』

とトリューニヒトに対し痛烈な批判を行ったのだ。
その鬼気迫る弾劾にさすがのトリューニヒトといえどもたじろがざるを得なかった。
彼はすぐさま警備兵を呼び、彼女を半ば強制的に退場させた後、軍楽隊による国家の吹奏によって、その場を凌ぐのがやっとであった。この慰霊祭での騒動は、カメラ等できっちりライブ配信されており、マスコミに大きく取り上げられ、人々はこの騒ぎの主役であるラップ夫人に好奇の目を向けたのだった。


こうして自由惑星同盟軍統合作戦本部ビルにおいて行われた慰霊祭が少なからぬ波乱のうちに幕を閉じてから数時間後、ヤンとクロパチェクの2名はかつての恩師であり、現在は自由惑星同盟軍統合本部長であるシドニー・シトレ元帥から呼び出されていた。

「ヤン"少将"、クロパチェク"少将"。よく来てくれた、まぁかけたまえ」

ヤンとクロパチェクは勧められるままソファーに腰掛ける。

「2階級特進とは驚かされますね。敗戦の責を取って自裁せよという命令ですか?」

寝不足も相まってか、着席して開口一番にクロパチェクが毒を吐く。

「まさか。私がそんな人間に見えるかね?それに君達はまだ生きているじゃないか。これからも生きて貰わなくては困るよ」
「では、どんな用件なのですか?閣下がこんな風に呼ぶ時はたいてい碌なことにならないのですがね…」
「やれやれ、そう二人そろってこの老骨に向かって毒を吐かんでくれ。まったく二人して温和な表情で辛辣な台詞を吐くのは士官学校時代から変わらんな」
「それで今回の呼び出しは何なんです?どうせろくでもない話でしょうが」

そう言ってから、クロパチェクは胸のポケットからシガレットケースをとりだし、中から一本のシガレットを取り口にくわえる。

「まぁ、いい。今回は君達に知らせておくことがあって来てもらった。正式な辞令交付は明日になるが君たち二人は少将に昇進する。これは内定ではなく決定だ。理由はわかるかね?」
「「負けたからでしょう?」」

2人の答えが綺麗にハモる。その様子に予想通りの返答をかつての教え子二人から得たシトレは、苦笑を浮かべながら少しだけ嬉しそうな顔を見せ話を続ける。

「そう二人して同じ答えを出さんでくれんかね。私のでる幕が無くなってしまうじゃないかね」
「ですがそれが事実なのではありませんか、校長…。いえ本部長殿」

そう言ったのはヤンの方だ。

「なぜそう思うのかね?」
「古代の兵法書曰く、やたらと恩賞を与えるのは窮迫している証拠だとあります。敗戦から目をそらす必要がありますからね」
「なるほど、君の言う通りだ。近来にない大敗北を被って軍民ともに動揺している。それを押さえ込むには英雄の存在が必要なのだ。つまり君たち二人のことだよ、ヤン少将、クロパチェク少将」

ヤンは微笑したが愉快そうには見えなかった。一方クロパチェクの方は相変わらず表情を変えずに、くわえたシガレットの煙を吐き出しながら口を開く。

「我々の戦功などたかが知れています。それなのに将官クラスへの昇進を喜ぶ者がいるでしょうか?しかも敗軍の将たる我々二人が」
「それは誤解と言うものだ。君たちの功績は十分に評価されうるものだ。それに私は君たちを敗軍の将と思っていない。君たちは最善を尽くしたと思っている。たとえその結果として敗れたとしてもだ」
「まずはヤン少将、貴官はパエッタ中将負傷後に艦隊を率いて奇跡を起こして数で優る帝国軍と互角に戦った。そしてクロパチェク少将、貴官は第4艦隊司令部壊滅後に分艦隊司令官パノフ准将を的確に補佐し、准将負傷後は大佐の身でありながら艦隊を統率して第2艦隊と合流し、帝国艦隊を迎撃した。これのどこにケチのつけようがあるのかね?」
「しかしそうだとしても大佐から少将への昇格はやり過ぎでは?」
「まぁ聞きたまえ、クロパチェク少将。元々貴官は第4次ティアマト会戦時の活躍が認められて准将に昇進することが内定していたのだ。そしてアスターテ会戦直前に准将に昇格することが決定した。ただ決定したころには第4艦隊はすでにハイネセンを発って、無線封鎖状態にあったので、帰還後に辞令交付するつもりだったのだが今回の戦果もあり、そのまま少将に昇任させることとした。これで納得してくれるかね?」
「…分かりました、本部長。それなら納得です」
「うむ、分かってくれたか。まぁそう言う訳だ。ヤン少将は作られた英雄になるのは不本意かもしれないが、これも軍人としての任務としてあきらめたまえ。それに君たち二人は実際に昇進にふさわしい戦果を立てたのだ。にもかかわらず昇進させないとあっては統合作戦本部も国防委員会も信賞必罰の実を問われることになる」
「その国防委員会ですが、トリューニヒト委員長のご意向はどうでしょうね?」
「一個人の以降はこの際問題ではないのだよ。たとえ委員長であっても公人の立場がある」
「そうですか…」
「それともう一つ、これは決定ではなく内定だが、軍の編成に一部だが
変更が加えられる。まずはヤン少将、第6艦隊の残存兵力と第2艦隊の一部兵力、それと国内の新規兵力を加えて第十三艦隊が創設される。そして君が初代艦隊司令官に任命される。次にクロパチェク少将だが、貴官も再編予定の第四艦隊の艦隊司令官に任命される。戦力は先のアスターテ会戦での第四艦隊残存戦力に、国内の軍中央の艦隊に所属していない独立分艦隊が数個編成に加えられる」
「普通艦隊司令官は中将を持ってその任に充てるはずでは?」

クロパチェクとヤンが二人そろって首をかしげる。

「両艦隊の規模は通常編成の約半分だ。艦艇数は約6000~7000隻で、兵員約70万人といった所だ。そして君たち二人の艦隊司令官としての初任務はイゼルローン要塞の攻略になる」
「イゼルローンを⁉」

普段感情を表に出すことの少ないクロパチェクが思わず声をあげて立ち上がる。その拍子に咥えていたシガレットが床に落ちる。

「お言葉ですが本部長閣下。"2個半個艦隊"であのイゼルローンを攻略せよとおっしゃられるのですか?」
「そのとおりだ」

シトレはそう言ってから床に落ちたシガレットを拾い上げ、テーブルの側に置いてあったゴミ箱の中に火を消してから放り込んだ。

「可能だとお考えですか?」
「君に出来なければ、他の誰にもできないと私は考えているよ」

ヤンの問いかけに対して答える本部長。

「やはり自信がないかね?」
「いえ、そうではありませんが……」

二人は沈黙していた。一方は成算があり、もう一方は命令であれば従うまでという姿勢だった。そして二人は共通して考えていたことだがこの提案に乗ることが、良い結果に繋がるか判断できなかったのだ。

「二人とも自信が無いかね?」

そう問われても二人は答えなかった。ヤンはシトレ元帥の手に乗るがいやで、クロパチェクは本当にどうなるのかが分からないので答えを出せなかった。

「もし君たちが艦隊を率いてイゼルローン要塞を落とせれば…」

シトレはそう言うと意味深な視線を二人に投げかける。

「もし、君達がこの攻略作戦を成功させれば、ヤン、君に対する好悪はどうあれ国防委員長は君の偉業を認めざるを得ないだろう。そしてクロパチェク、君にも相応の評価が下されることになるはずだ。そして経験と実績をより積み重ねて、軍内でも十分な影響力を確保できる。そうすれば より有利に事態を進める力を得ることもできる」

そして国防委員長に対するシトレ本部長の地位も強化されることになる。もはやことは軍事上の話だけではなく政略などの範疇に入るようだ。

「わかりました、やれというのならやりましょう」
「…微力を尽くします」

クロパチェクが承諾し、それからやや時間をおいてヤンも返答した。

「そうか、やってくれるか」

シトレ本部長は満足そうにうなずく。

「必要な物があればキャゼルヌに言ってくれれば、可能な限り手配しよう」
「了解です」
「了解しました」

そう言って敬礼して退室しようとした二人だが

「あぁ、そうだ。最後に聞きたいのだが君ら二人が出していた作戦案がもしも実行されていたら、わが軍は勝てていたかね?」
「ええ、おそらくは」
「少なくとも、これ程酷い負け方はしなかったでしょうな」

シトレの突然の問いかけに、ヤンは控えめに、クロパチェクはやや毒舌気味に答える。

「ふむ、では今回の作戦案をいかしてローエングラム伯に復讐することは可能ではないかね?」
「それは不可能です」
「私も同意見ですね」

二人の将官はきっぱりと否定した。

「ローエングラム伯が戦勝に驕って道を誤らない限り、基本である多数を持って少数を討つ戦法を取るはずです。少数を持って多数の敵と戦うなど戦略としては下策中の下策です」

これはヤンの言葉だ。

「成程。つまり、今回我々は戦略の面においては誤ってはいなかったわけだ。敵の二倍の兵力を揃えて投入している。では、なぜわが軍は惨敗したのか?」
「やはり有利さに驕って、数の上で有利ながら兵力分散の愚を犯して、各個撃破の的になったからでしょう。それと……」
「それと?」
「情報戦に失敗し、敵艦隊の位置の把握はおろか、味方艦隊の位置把握すらできなかったことでしょう。もし仮に、敵艦隊がわが軍に対して各個撃破戦法を取ろうとしていたのを把握していれば、こちらも艦隊を集中させて対応できたはずです。そうなれば数の上では有利な立場で戦いえたはずです」

ヤンとクロパチェクがお互いに原因を挙げる。

「なるほど、君たち二人の識見はよくわかった。ありがとう、もう退出してくれて構わんよ」

シトレは何度も満足そうに頷いた後、二人に退出していいことを伝えたのだった。
ヤンとクロパチェクは並んで廊下を歩いていく。

「本部長閣下は我々を高く評価しているようだな」

ヤンに話しかけるクロパチェク。

「評価、ねぇ…。私としては本部長の権力闘争の出しに使われてる気がしないでもないけどなぁ」
「だが、本音はどうであれ命令は命令だ。少なくとも俺たちが公僕である以上は命令には従わなければいかん」
「それは分かっているさ」
「それにしても、イゼルローン要塞攻略とはな……」
「まったくだね」
「で、どうする? お前のことだ。何かしらの攻略法はあるんだろう?」
「まあね」
「で、どんな手を使うつもりなんだ?」
「……」
「おい、どうするつもりだ?」
「それについてはまだ秘密さ。ま、こういったことはもったいぶった方がありがたみが出るからね」

そう言うとヤンは笑ってごまかしたのだった。

「そうか、ならイゼルローン要塞の方はお前に任せる。駐留艦隊はウチの艦隊が引き受けることにするさ」
「了解だ」

かくして役者たちは舞台に上がり、幕は上がる…。 
 

 
後書き
次は第7次イゼルローン要塞攻略戦か第4艦隊の新旗艦について書きます。 
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