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Fate/WizarDragonknight

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可能性

「……すごい……」

 ウィザードのような、何か際立った能力があったわけではない。
 全て、際限なく強化された肉体から繰り出された技である。
 そんな達人的な技量を持つアナザーアギトは、静かにアンチに歩み寄る。

「大丈夫か?」

 アナザーアギトは、その体を緑の光に包ませていく。
 生身に戻った医者___その名前は、狂三によれば木野薫___は、静かにアンチを見下ろした。
 改めてサングラスを着けなおし、傷だらけのアンチを助け起こした。

「大丈夫か?」
「あ、ああ……お前は、一体……?」

 アンチが、どこかしら怯えた表情を見せている。
 だが薫は笑みを見せたまま、その問に答えた。

「名乗るほどの者でも……しがないただの闇医者です」

 彼はサングラスでその目を隠したまま、アンチを見下ろしている。
 次に、薫は狂三へ手を伸ばす。白い紙袋が握られたそれを、薫はそのまま、狂三へ持ってきたものを渡す。

「蒼井さんへの薬です。材料が手に入りましたので。お渡しに参りました」
「あら。わざわざご丁寧にどうも」

 笑顔を顔に張りつけたように、狂三は応じた。
 薫は続ける。

「毎日、朝と夜に服用してください。傷の治療の際、体への負担を和らげる効能があります」
「あらあら。ご丁寧に」

 狂三はスカートのすそを摘まみ上げる。
 薫の手から薬を受け取った狂三は、そのまま彼に背を向ける。

「ま、待って!」

 彼女が去ろうとしている気配を感じたハルトは、慌てて彼女を呼び止める。

「君が、戦ってでも叶えたい願いって……何なの?」

 ハルトの問いに、狂三は静かに振り返る。顔を歪め、背中を大きく反らした彼女の前髪がふわりと揺れ、その金色の眼がハルトを睨んだ。

「きひっ、きひひひひひひっ!」

 独特な高笑いをする狂三。彼女はそのまま、右手を口元にあてた。

「昨日も言った通り、見滝原という牢獄では決して叶うことのない願いですわ」
「あの方って言ってたよね。それって……」

 本来の世界に、会いたい人がいるってこと?
 そう聞きださなければならないはずなのに、その言葉が出てこなかった。
 狂三は怪鳥の爆破片を拾い上げ、足踏みをする。

「それではウィザード。また、遠くないうちに会いましょう?」

 その時、狂三の周囲だけが夜となる。
 暗い影が彼女の足元と周囲を包み、彼女の体が沈んでいく。

「わたくしと貴方がたの道が混じらることは決してない……決して」

 それだけを言い残し、狂三の姿が影の中に落ちていった。やがて影が消え去った時には、最初から狂三はそこにいなかったかのように、影も形もなくなっていた。

「……」
「ハルトさん、大丈夫?」
「うん。平気。それよりアンチ君のムーンキャンサー探しを続けよう。相変わらず何を探しているのかさっぱり見当つかないけど」
「探すのは私が引き受けましょう」

 薫が手を上げて制した。

「え……いいんですか?」
「ええ。君たちはこの地(見滝原南)の者ではない。これ以上、この地で苦労を負うことはないでしょう」
「でも……」
「仮に今日見つからなかったとしても、五時ごろにはこの少年を家に帰しましょう。……参加者でもあり、見滝原の人間でもある君たちがここにいてはならない」
「ハルトさん」

 それでもと言い張ろうとするハルトの袖を、響が引っ張った。

「大丈夫だよ。お医者さんを信用しよう?」
「信用していないわけじゃないよ。ただ……アンチ君だけじゃなくて、蒼井晶のこともあるし……」
「わたしも蒼井晶……ちゃん? のことは心配だけど、少なくとも狂三ちゃんは、今は戦うつもりはないんだし……色々立て直した後、またあらためて来ようよ」
「……分かった」

 渋々ながら。
 マシンウィンガーに跨ったハルトは、響を乗せて、ハイウェイに乗り込み、見滝原本土に戻っていった。



 ムーンキャンサー。
 薫がゆっくりとその後に続いてくる気配を感じながら、アンチは見滝原南のあちこちを探し回っていた。
 ゴミ箱を漁り、廃墟の中を巡り。
 ハルトたちと約束した夕方近くになっても、ムーンキャンサーは見つからなかった。

「そろそろ時間だ」

 サングラスを外さないままの薫が告げた。

「この辺りで切り上げようか」
「だが……俺はムーンキャンサーを探すために生まれた。見つけないと……」
「むう……」

 アンチの言葉に、薫は喉を唸らせた。
 その時。

「やあ。アンチ君」

 その声に、アンチと薫は動きを止めた。
 振り向けば、そこには___道化がいた。
 左右を白と黒に分かれた服を着用し、髪には蒼いメッシュが走っている。にやりと笑みを顔に張りつけた彼は、右手に風船を持ちながらアンチへ手を振っていた。

「知り合いか?」
「……お前は……」
「おや? 忘れちゃったのかい? 私だよ、霧崎だ」

 霧崎と名乗った彼は、胸に手を当てながら屈みこんだ。
 アンチは彼を見て、反射的に薫の背後に隠れる。それを見た薫は、静かに尋ねる。

「保護者という訳ではなさそうだが……?」
「ひどいなあ……私はれっきとした、その子の保護者ですよ?」

 霧崎はにやにやと笑みを絶やさない。風船を持った手を放し、彼が持っていた赤い風船が飛んで行く。その中で、彼は懐から蒼い棒状のものを取り出した。
 彼はその端に仕組まれているスイッチを押した。
 すると、棒状のそれは左右に展開される。中心にほどこされていた金色の十字が解き放たれ、そのベネチアンマスクが姿を現わす。
 それを頭に付けた男。すると、ベネチアンマスクから蒼い闇が溢れ出し、道化としての霧崎の姿を作り変えていった。
 銀の異星人の顔に、闇の仮面を張りつけたそれは。

「トレギア……」

 アンチは後ずさる。
 トレギアという名前を数回口に含んだ薫は、アンチの前に立った。

「この気配……サーヴァント、参加者か」
「ええ」

 トレギアはクスクスとほほ笑む。

「その反応を察するに、貴方も聖杯戦争の関係者のようだ。まあ、今回はその子を渡してくれれば見逃してあげますよ?」

 トレギアは腰で手を組みながら言った。
 薫は静かにサングラスを外し、胸ポケットに収納した。

「他人の家庭事情に口を挟む気はないが……君は少し、信用できない」
「ひどいなあ……」

 トレギアはクスクスと笑いながら、体を歪める。即座に彼は右手を薫に向け、手から蒼い閃光がアンチへ迫っていく。
 だが。

「変身」

 薫は即座に緑の光を全身に宿らせる。
 人間としての身体を全く別の有機物に作り変えていくそれは、やがて光と闇の神の戦いにより、人間に与えられた超能力、アナザーアギトへ生まれ変わらせていく。
 変身終了、即座にアナザーアギトが繰り出した緑のアサルトパンチにより、蒼い雷が弾け飛ぶ。

「へえ……」

 アナザーアギトの姿を吟味しているトレギアは、やがて顎を撫でた。

「なるほど。処刑人かな」
「捨てた名だ」

 アナザーアギトは身構えながら応える。

「だが、君がもしこの少年に危害を加えるのならば、私も手加減するつもりはない」
「へえ……なら、処刑人。この私を処刑してみなよ。それが、君のルールだろう?」

 トレギアはそう言って、蒼い閃光を放った。
 アナザーアギトはアンチを抱え、回避する。被弾箇所が弾け跳び、石片がアンチの頬を切った。

「逃げなさい」

 アナザーアギトはアンチを下ろして言いつける。

「……お前は?」
「君が逃げる時間くらいは稼ごう」

 アナザーアギトはそして、右腕を突き立てる。
 トレギアはしばらく顎を掻きむしり、アナザーアギトを指差した。

「君も物好きだねえ。ただの怪物を守ろうとするなんて」
「私はもともと死んだ身だ。ならば、今を生きる者のための力になるべきだろう」
「へえ……」

 トレギアは肩を鳴らしながら、その右手に赤い雷を迸らせた。
 トレラアルティガイザー。これまで数々の命を奪い、これからもそれを続ける予定の技ア。その構えを解くことなく、トレギアは尋ねた。

「処刑人が、ただの怪獣を庇おうとするのかい? 随分と物好きじゃないか」
「……ふん」

 アナザーアギトが、その異形の顔の下でほほ笑んだ。
 そして、今まさにトレギアの手から闇の光線が放たれようと、腕を動かした時。

「……おいおい……出てきちゃうのかい……?」

 突如として、トレギアは腕の閃光を収めた。
 トレギアは続けて、その名前を口にした。

「まだ君の出番じゃないんだけどなあ……___ムーンキャンサー___」

 ムーンキャンサー。
 その名前に、アンチはじっとその視線をトレギアの目線の先に移す。
 瓦礫の影からのっそりと現れた、蝸牛を思わせる軟体。その背中には、これまた蝸牛に似た甲羅を背負っており、つぶらな瞳を持つ顔付きから可愛らしさを想起させた。

「あれが……ムーンキャンサー……」

 あんなものを探していたのか、とアンチは心の中で呟いた。
 ムーンキャンサーは顔を上げてトレギア、アナザーアギト、そしてアンチの順番で姿を確認していく。やがて何を思ったのか、ムーンキャンサーは、その触手を縦横無尽に振り回しはじめた。
 アンチとアナザーアギトどころか、トレギアまで巻き込むその攻撃に、全員は被弾、それぞれがダメージを負った。

「ぐっ……」
「へえ……」

 トレギアは、傷を負った右腕を撫でながらムーンキャンサーを見つめていた。

「やはり凄いね……これでまだ成長途中だというのだから、本当に末恐ろしいものだよ」
「むぅ……」

 ムーンキャンサーは、当面の敵としてアナザーアギトを選んだ。無数の触手を一束にして放つ。
 それに対してアナザーアギトは手刀を振り下ろし、それを地面に叩き落とした。大きく地面ではねた触手の束を、即座にアナザーアギトはまとめて掴む。

「むううううっ!」

 アナザーアギトはその剛腕をもってムーンキャンサーを触手から引き上げ、そのまま投げ飛ばす。身動きが取れない空中へ放られたムーンキャンサーを見上げたアンチは、アナザーアギトの顔に付いているクラッシャーが引き上げられたことに気付いた。
 構えると同時に、アナザーアギトの足に集約されていく緑色のエネルギー。全て吸収しきったところで、アナザーアギトは飛び上がり、蹴りを放つ。
 怪鳥を倒したほどの力を持つアサルトキック。
 だがそれは、ムーンキャンサーに届くことはなかった。
 触手を翼のように広げ、その間に淡い色の幕を張る。まるで水の中にいるかのように揺れ動くそれは、夕陽を反射して虹色の光を反射している。
 途端に上昇し、ムーンキャンサーはアサルトキックの軌道から逸れた。
 さらに、ムーンキャンサーはその口をアナザーアギトの背中に向ける。
 先ほど怪鳥が見せたものと同じ、超音波メスが吐き出された。それはアナザーアギトの背中を直撃し、赤い血しぶきを散らす。
 そのまま、ムーンキャンサーは空を泳ぐ。落下中のアナザーアギトのバランスを崩し、何度もその体でアナザーアギトの体を切り裂いていく。

「ぐおおおっ!」

 アナザーアギトの悲鳴、その直上より黄色の光線を放つ。
 そのまま切り裂かれ、地面に落下、大きな土煙を舞い上げたアナザーアギト。
 アンチは助けに行こうとするが、その前にトレギアが立ちはだかった。

「っ!」
「おいおい。そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。何も取って食おうというわけじゃないんだ。ムーンキャンサーを見つけたんだ。もうマスターのもとに戻ってもいいんじゃないか?」
「……っ!」

 息を呑むアンチ。
 トレギアの手が、徐々にアンチの顔に覆いかぶさろうとして迫る。逃げられないアンチは、ただトレギアの手に掴まれる時を待つしかない。
 だが。

「とうっ!」

 トレギアの背後から、緑のアサルトキックが襲い来る。
 トレギアは蒼の閃光を鞭のように振るい、アサルトキックを振り落とす。
 地面に落ちたアナザーアギトの胸を、トレギアは踏みつけた。

「はははっ! 終わりだ……」
「やめろおおおおおっ!」

 だが、叫んだアンチがトレギアの腰にしがみつく。
 紫の光とともに巨大な怪物となったアンチは、そのままアナザーアギトから退かせ、拳を振るった。

「おいおい……邪魔しないでくれよ、アンチ君」
「お前、なぜここに?」
「別に。私もムーンキャンサーを探すように命令されたんだよ。まあ、君が予想以上に役立たずだろうなとは思ったが」

 トレギアは、即座にアンチへ蒼い雷光、トレラアルティガを放つ。その巨体に命中され、アンチの体が爆発。生身で投げ出されたアンチへ、トレギアはトドメを刺そうと蒼い闇を溢れ出させる。
 だが、即座にアナザーアギトがその腕を掴み、上へ向けさせる。
 暴発したトレラアルティガイザーは、そのまま上空に漂うムーンキャンサーに命中。その軟体を爆発させ、そのまま瓦礫の中へ落ちていった。
 そのまま、アナザーアギトとトレギアは組み合う。
 だが、怪鳥、ムーンキャンサーに続いて、トレギアとの戦闘。しかも、近接特化のアナザーアギトにとって、トレギアは難しい相手である。
 体を反らしてアナザーアギトの回し蹴りを避けたところで、蒼い雷がアナザーアギトの体を貫く。
 地面を引きづられたアナザーアギトは、アンチの前で動きを止めた。

「……君が、なぜムーンキャンサーを探していたのか、その理由を問いただすつもりはない」

 アナザーアギトは、静かにアンチへ振り向いた。
 立派にたなびいていた彼のマフラーもズタズタに引き裂かれており、あちらこちらも傷だらけである。彼はもう、立っていることすら難しいはずである。
 だが、アナザーアギトはそれでも、アンチへ語ることを辞めなかった。

「君は、ムーンキャンサー……あの化け物を探すために生まれたと言っていたな」
「ああ。俺は怪獣だ……ムーンキャンサーを探すために生まれたんだ」
「ああ。だが、それを行うのは君自身でしかない」

 すでにアナザーアギトの目には、もう光はない。

「例え君がどんな境遇であろうとも……どんな出自であろうとも……それを決めるのは、君自身だ。可能性を狭めるのも、広めるのも……全て……自分自身だ」

 アナザーアギトがそこまで言ったところで、彼の口から血が吐き出された。
 緑のボディを赤く染め上げていくそれに、アンチは思わず顔を伏せる。
 アナザーアギトの胸を貫通する、トレギアの腕。だが、それでもアナザーアギトは言葉を紡ぐのを止めない。

「だから……君は……自分の意思で……生き___

 それ以上の声を、アンチは聞き取れなかった。
 アナザーアギトの体が、緑の粒子となって消えていく。

「あっ……」

 アンチは思わず、アナザーアギトへ手を伸ばした。だが、アナザーアギトに手が届くよりも先に、バッタを思わせる異形の形は消失していった。

「おいおい……何を言っていたんだか……」

 トレギアは、アナザーアギトを貫いた腕を振った。
 やがてトレギアは、改めてアンチを睨んだ。

「さあ……次は君だ。人と触れ合いすぎた怪獣には禄なことがないと相場が決まっているからね」

 トレギアの赤い眼が光り、光線が放たれる。
 アンチは両腕で顔を守りながら、その身を転がし、赤い光線から逃げる。急いで起き上がり、トレギアの次の動きに備えようとするが、アンチの目の前にあるのは虚空だけ。

「おや。誰を探しているのかな?」

 突如として、顎を撫でられる感触。

「しまっ……!」

 振り向いたがもう遅い。
 背後のトレギアの爪より発せられた赤い刃が、至近距離でアンチの体を切り裂いた。

「ぐああああああああああああああああああああああああああっ!」

 とくに、アンチの右目。瞼の上から強烈に与えられた痛みに、アンチは悲鳴を上げた。
 そのまま崩れたアンチへ、トレギアが手心を加えるはずもない。

「終わりだ。トレラアルティガイザー」

 トレギアの両手に、蒼い雷が閃く。
 この状態で、それを食らえば命はない。
 アンチは急いで立ち上がり、慌てて逃げ出す。

「くそおおおおおおっ!」

 アンチが自らに発破をかけた。
 怪獣としての身体能力は、たとえ重傷を負っていようと、人智を越えた運動性能を保証する。三画跳びの要領で壁を伝い、建物の上へ上昇。そのままアンチは、一目散に見滝原南の地を離れていった。



「ふうん……まあいいか」

 トレギアは自らの仮面に手を取る。
 外すと同時に、ピエロ___霧崎の姿に戻っていく。ムーンキャンサーへ振り返りながら、板チョコを取り出す。

「さて。ムーンキャンサーも見つけたことだし、どうしたものかな……」

 板チョコの包みを取り払い、霧崎はポリポリと板チョコを頬張りだした。
 やがて包み紙を投げ捨てた霧崎は、にやりと笑みを浮かべた。

「そうだ……」

 夕陽が西の空に沈み、赤い空が暗くなる。
 闇に染まっていく空間の中で、霧崎の笑みは、より影が濃くなり。
 その足元に広がるシルエットは、トレギアのまま変わりなかった。 
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