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モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜

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霊峰編 決戦巨龍大渓谷リュドラキア 其の一

 
前書き
◇今話の登場ハンター

◇クサンテ・ユベルブ
 ユベルブ公国の姫君にして、愛する婚約者の仇を討つためにハンターになった気高き双剣使い。武器はオーダーレイピアを使用し、防具はアロイシリーズ一式を着用している。当時の年齢は17歳。

◇デンホルム・ファルガム
 ユベルブ公国に仕える巨漢の騎士であり、クサンテのお目付役として彼女に同行している大剣使い。武器はディフェンダーを使用し、防具はアロイシリーズ一式を着用している。当時の年齢は45歳。
 

 

 ――遠い昔。自然と共に生きる人々の歴史の中で。モンスター、と呼ばれる巨大な生物との命のやり取りを繰り返す、ハンターという者達がいた。

 ありとあらゆる武器を操り、人智を超越する存在と戦い続けてきた彼らは、己が狩ったモンスターの素材を元に、さらなる強さを手にしてきた。
 彼らはその強さを以て、より強いモンスターに挑んで行く。その繰り返しは、やがて大きな歴史の渦となって行くのだった。

 これ(・・)もまた、その歴史の片隅に埋もれたほんの小さな物語の一つなのである。

 ◇

 ユベルブ公国の国境線付近に存在する大渓谷「リュドラキア」。その最奥に設けられた「砦」は公国が誕生する以前の時代から、地を揺るがす天災(・・)に立ち向かうための牙城としての務めを果たしてきた。

 そんな歴史ある狩猟の聖地は今――この時代のハンター達の「昇格」を巡る、登竜門となっていた。遥かな高みを目指す新世代の若者達は各々の武器を携え、矢継ぎ早に拠点(ベースキャンプ)から飛び出している。

 数時間前、突如この渓谷に出現した「巨龍」に対抗するため、上位への昇格試験を受けている最中だった下位ハンター達が緊急招集されているのだ。
 過去の記録よりも遥かに速い進行速度で、渓谷の中を移動している「巨龍」。その異変の原因を突き止める前にこの侵攻を阻止せねば、国境線付近の人里に甚大な被害が発生してしまう。

 本来ならばこうした事態には、上位やG級(マスターランク)の熟練ハンター達が対処に向かうものなのだが。彼らが不在であることには、「やむを得ない事情」があった。

 彼らは今、世界の存亡を賭けた一大決戦に赴いているのだ。

 ――旧シュレイド王国を滅ぼしたとされる、「伝説の黒龍」ミラボレアス。その出現の予兆を観測したハンターズギルドは、国家や地域、大陸などの全ての垣根を越え、この災厄に立ち向かうための戦力を結集させていた。
 天賦の才と確かな経験値を併せ持つ、29人の狩人達――「伝説世代」もその主戦力の一角として、黒龍との決戦に臨もうとしているのだ。

 彼らをはじめとするG級や上位相当のハンター達が不在である今、巨龍の侵攻に対抗出来るのは「近場」に居た下位ハンター達しかいない。
 それに等級こそ下位扱いではあるものの、すでに上位ハンターにも引けを取らない練度に達している彼らならば、この状況にも対処出来るはず。

 それが、今回の緊急事態に対するハンターズギルドの決断であった。
 ギルドは昇格試験の中止と引き換えに、この依頼(クエスト)の完遂を新たな上位認定の条件としたのである。

 歴戦のハンターでさえ容易く命を落とすこともある、巨大龍との攻防。その激戦の行方を下位ハンター達に委ねるなど前代未聞であり、真っ当な神経の持ち主ならば、決して引き受けようとはしない条件だろう。
 だが。上位への昇格を目前に控えていた狩人達は、より高みへと近づくため――巨大な古龍が相手になるのだと知りながら、その条件を受け入れていたのだ。

 かつての「伝説世代」がそうであったように。この事件に挑むことになった彼らもまた、下位の枠には到底収まらないほどにまで頭角を表していた、「逸材」の集まりだったのである。

 ドンドルマから試験を受けに来ていた彼らの中で、誰よりも速く現場に到着し。誰よりも速く巨大龍と対峙していた、当時のクサンテ・ユベルブとデンホルム・ファルガムも、その1人であった。

「ハァ、ハァッ……そ、そんなッ……! わ、私達の攻撃がまるで通じていないなんてッ! これが『老山龍』の……『古龍』の力だというのッ!?」

 遥か(いにしえ)の時代から幾度となく観測されてきた、全長およそ70mという霊峰の如き巨躯を持つ古龍――「老山龍」ラオシャンロン。

 その天を衝くほどの絶大な巨体を仰ぐクサンテは艶やかな金髪を振り乱し、激しく息を荒げていた。老山龍の強靭な外殻に挑み続けたオーダーレイピアはすでに刃毀れを起こしており、アロイシリーズの防具は巨龍の足踏みによって噴き上がる土埃に塗れている。

 その鎧の下に隠された白く豊穣な肉体も、体力の消耗と精神の焦燥に伴い、しとどに汗ばんでいた。防具の隙間からは男の情欲を掻き立てる甘い汗の匂いが漂っているのだが、今はその芳香全てが戦場を吹き抜ける土埃に掻き消されている。

「危険です姫様、お下がりくださいッ! 奴はただ移動するだけでも強大な『余波』を……ぬぉおッ!」

 その土埃を撒き散らす足踏みから彼女を守ろうと、庇い立つように大剣(ディフェンダー)を構えて防御姿勢を取っているデンホルムも。老山龍がただ歩く(・・・・)だけで響き渡る激震に足を取られ、体勢を乱していた。
 彼の身を固めているアロイシリーズの防具も、老山龍の移動によって発生した落石により深く傷付いている。双剣での攻撃に徹しているクサンテを庇い続けてきた彼のダメージは、すでに深刻なものとなっているのだ。

 自分達の装備だけでは、老山龍の撃退は難しい。己の力量を正確に把握している他の下位ハンター達はその判断に基づき、砦に常設されている大砲の準備に取り掛かっているのだが――クサンテだけは昇格への焦りから、設備にも頼らずラオシャンロンに突撃してしまったのである。
 そんな彼女を放って置くわけにも行かず、デンホルムも大砲の準備を他のハンター達に託し、クサンテの援護に奔走しているのだが。たった2人の下位ハンターが援護射撃も無しに打ち勝てるほど、古龍という存在は甘いものではない。

 他のハンター達が危惧した通り。クサンテとデンホルムは、ただ移動しているだけのラオシャンロンを前に、窮地に陥ってしまっている。2人への敵意すら持たないまま悠然と歩みを進める老山龍の「足踏み」は、クサンテ達を襲う災害を生み出しているのだ。

「……だとしても、ここで奴を倒せなければ私達は上位には昇格出来ないッ! そして上位に昇格出来なければ……私達は、あのドスファンゴと戦う資格すら得られないッ!」

 ラオシャンロンの前進により発生する地震。その振動によって渓谷から崩れ落ちてくる落石をかわしながら、クサンテはオーダーレイピアを交差させ、「鬼人」の如き深紅の殺気を纏っていた。

「だから……退くわけには行かないのよッ! 私達は……アダルバート様の無念を晴らすためにここに来たのだからッ!」
「姫様ァッ!」

 愛する婚約者を奪った憎き仇敵、上位ドスファンゴ。その大猪に挑む資格を得るためにも、自分は一刻も早く上位に認められなければならない。
 そんな焦燥感に駆られている彼女は、デンホルムの制止にも耳を貸さずにラオシャンロンの頭部目掛けて跳び上がってしまう。アロイシリーズに隠された白い爆乳と巨尻が、その反動でぷるんっと弾んでいた。

 その勢いに身を委ね、振るわれた2本の剣。そのオーダーレイピアの刃は――老山龍の外殻の奥へと、深く沈み込んで行く。外殻の間にある僅かな隙間に刺し込まれた切っ先が、ついにラオシャンロンの肉に届いたのだ。

(やった……! ついに私の剣が古龍に届いたッ! よぉし、このまま斬り裂いてッ……!?)

 ――だが。クサンテがその確かな手応えに、頬を緩めた瞬間。
 オーダーレイピアの輝かしい刀身は、まるで小枝のように容易くへし折られてしまうのだった。

「そん、な、ぁッ……!?」

 ただ身動ぎするだけで強力な攻撃となる老山龍の肉に、双剣の細い刃を深く突き入れてしまえば。例えラオシャンロン自身に反撃の意図が無くとも、ほんの僅かに動くだけで、その刃は無惨な結末を迎えてしまうのである。
 使い手(クサンテ)が己の力量を正しく理解していれば、こうはならなかっただろう。だが、愛用の剣を折られ絶望の表情を浮かべてしまった今の彼女では、冷静に自分の失敗を顧みることも難しい。

「……きゃあぁあぁあッ!」

 そのまま何事もなかったかのように動き出していく老山龍に撥ねられた未熟な姫騎士は、後方に勢いよく吹き飛ばされてしまう。
 そんな彼女が向かう先には、渓谷の岩肌が待ち受けていた。いかに堅牢なアロイシリーズの防具といえども、この速度で岩肌に激突すればタダでは済まない。

「姫様ッ……ぐぉおぉおぉッ!」
「……!? デンホルムッ!」

 その窮地を前に咄嗟に飛び出したデンホルムは、クサンテの後方に立ち彼女を受け止めて見せた。だが、圧倒的な体躯を誇る巨漢の膂力を以てしても勢いは止まらず、彼はそのままクサンテもろとも岩肌に叩き付けられてしまう。
 あまりの衝撃に、岩肌には亀裂が走っていた。当然デンホルムが受けたダメージも尋常ではなく、砕け散ったアロイシリーズと運命を共にするかのように、彼はその場に倒れ込んでしまった。

「そんなッ……! デンホルムッ! デンホルム、しっかりしてッ!」
「……ひ、姫様、よくぞご無事で……」
「喋らないで! 今応急薬を……ッ!?」

 彼に救われたクサンテでさえも、この衝撃で数本の骨が折れているのだが。彼女は己の痛みよりもデンホルムの重傷に目を向け、応急薬を取り出そうとする。
 だが、巨漢の騎士は応急薬を握る姫騎士の手を取り、言外にそれを制止していた。これほどの深傷を負っているのに何故、とクサンテは目を剥く。

「それは……ご自身にお使いください、姫様。あなた様も決して軽い傷ではないのですから」
「で、でもあなたの方がかなりの重傷だわ! 骨だって一体何本折れてるか……!」

 自分の未熟な立ち回りのせいで、家臣の騎士をこれほど傷付けてしまった。そんな後悔に頬を濡らしている彼女の後ろでは、老山龍が平然と歩みを進めている。
 クサンテ達のことなど、まるで眼中にないかのように。

「……姫様、あの老山龍を討つべく立ち上がったハンターは私達だけではないのです。2人の攻撃が通じずとも、諦めることはありません……!」
「デンホルム……」
「坊っちゃまの無念を晴らしたい……その志は私も同じです。だからこそ、姫様には生き延びて頂かねばならぬのですッ! いつの日か必ず、あの大猪との決着を果たすためにもッ……姫様だけはッ!」

 それほどの圧倒的な「脅威」を仰ぎながらも、デンホルムは絶望することなく。力強い眼差しで、ラオシャンロンが進む先に待ち構えている無数の砲台を見遣っていた。
 遥か昔から、老山龍が徘徊するルートの一つとして認知されているこのリュドラキアには、大砲をはじめとする多くの狩猟設備が用意されている。すでにデンホルムの視線の先では、他のハンター達が砲撃の準備を整えていたのだ。

「きゃあぁっ……!?」

 やがてその砲口が激しい火を噴き、老山龍の全身に砲弾が着弾していく。クサンテの悲鳴を掻き消し、ラオシャンロンの巨躯すら揺るがすその爆炎と轟音こそが、「開戦」の狼煙であった。

「今の砲撃……まさか、他のハンター達が……!?」
「それぞれ戦う理由は違えど、上位昇格という目的は同じ……! ならば彼らも必ずや、姫様の力となって下さるはず! 私に構うことなくお進みください、姫様! 坊っちゃまの御霊のためにも、姫様ご自身のためにもッ!」
「……ッ!」

 決して譲らぬデンホルムの強い言葉に、クサンテは桜色の唇を噛み締める。折れたオーダーレイピアを手放した彼女は、全身を襲う痛みすら振り切るように、家臣のディフェンダーに手を伸ばしていた。

 ――6年前、カムラの里を百竜夜行の脅威から救ったという「伝説世代」のハンター達ならば、かの巨龍さえも容易く退けてしまうのだろう。だが、今ここにいるのは彼らではない。
 この渓谷に駆け付けて来たハンター達しか。その1人であるクサンテ・ユベルブしか。眼前に聳え立つ老山龍を迎え撃つことは出来ないのだ。

「……奴を倒したら、必ずあなたを迎えに行く! 少しだけ待っててね、デンホルムッ!」

 家臣の献身に報いるためにも、その責務は必ず完遂せねばならない。その決意に己を奮い立たせた気高き姫騎士は、身の丈を越える大剣を気力だけで担ぎ上げると、応急薬を飲み干しながら走り出して行く。

(デンホルムの言う通り……私は、ここで立ち止まっているわけにはいかない! 私達は前に進んで、強くならなくちゃいけないんだからッ! あのお方……気高く美しき、フィオレーネ様のようにッ!)

 そんな彼女の脳裏に過っていたのは――数ヶ月前、岩竜「バサルモス」との戦いで窮地に陥ったクサンテとデンホルムを颯爽と救った、怜悧な女騎士の姿だった。
 「フィオレーネ」と名乗るその片手剣使いは、同性のクサンテも思わず見惚れてしまうほどの剣技を振るい、バサルモスを鮮やかに討伐して見せたのである。そんな彼女の凛々しく気高い背中を思い出し、クサンテは己を奮い立たせようとしていた。

 目標とする女騎士が魅せた「強さ」を求め、雄大な老山龍の背に追い縋るその勇姿に、幼い頃から成長を見守ってきた壮年の騎士は力強い微笑を浮かべていた。

「姫様……どうか、ご武運をッ……!」

 ◇

 ――荒唐無稽なほどに凄まじい逸話を大陸各地に残してきた、「伝説世代」。その再来を予感させる次世代の天才狩人達は、世界的にも稀少な素材の名を取り「宝玉世代」と呼ばれていた。
 これは、その宝玉の如き原石達の在りし日を描いた、英雄譚の序章でもあるのだ――。
 
 

 
後書き
 今回からは最新作「サンブレイク」の要素も取り入れた新エピソード「霊峰編」が始まります! 最後までどうぞお楽しみに!٩( 'ω' )و 
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