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ヤツカダキ恋奇譚

作者:わに
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番外編 鎌鼬竜の意地(後編)


『……なんだ、聞かされておらなんだか。あの妃蜘蛛らは全滅してしまったぞ』

淡水と泥を混ぜた特製の湯船に半身を浸しながら、長身の怪異が物を言う。オレは、金にも橙にも見える不思議な光り方をする眼をただ呆然として見上げた。
オロミドロ。オレや子分どもが「じいさん」と呼んでいる、見た通り気難しい海竜型のじいさんだ。御主人様が教えてくれないあれこれは、じいさんに聞けばだいたいのことは解決する。
煮えきらない御主人様の返答に納得できなかったオレが縄張りを訪れたのが、ほんの少し前のこと。じいさんは泥だまりを撫でつけながら空を仰いで嘆息した。黒に近い焦げ茶色のたんまりと蓄えられたヒゲを見ていると、煙草か葉巻が似合いそうだと思えてくる。いや……今は、んなこたぁどうでもいい。

『おい、じいさん! どういうことだ、御主人様は何もっ、』
『やはりそうか。おれも雷狼竜伝に蟲どもに探らせただけだから、詳細までは知らん。だがお前に黙っていたということは……そういうことだろう』
『そういうって、どういうことだよ! 話が見えねぇぞ!!』
『吠えるな、若造が! お前の子分どもに聞かれでもしたらどうする心算だ!』

ばしゃん、と泥水が飛んでくる。じいさんが尻尾を使って投げ飛ばした泥の塊を、オレはもろに顔面に浴びてすっ転んだ。

『……お前があれらと親しくしていたのは知っている。だが、過ぎたことだ。淘汰された種を憂いても仕方があるまい』
『っ、ぺっぺっ! ふざけんなよ、ニソクホコウと恋仲だ? 騙された、の間違いなんじゃねぇのか』
『痴れ者め、「艶」に思い入れを寄せすぎたな。だから言っておるだろう、早く忘れた方がいいと。恐らく、長も同じ意見に違いなかろうよ』

起き上がった先で、オロミドロのじいさんは苛立ったように溜め息を吐く。
じいさんと御主人様は親しい。ヤシロアトのまとめ役だからというのもあるが、じいさんは他から話を聞き出すのが上手かった。憎たらしいが、オレにはそこまでのチエはねぇ。
じいさんの言うこともごもっともだ。「忘れた方がいい」、そうなんだろう。実際にオレは件の「艶」の姐さんから直に悩みを聞き出せたわけじゃねぇ。所詮、中型と大型の怪異の身分違いだ。そこまでのつきあいだったってこともよく分かってる。

(けどよ、じいさん。それでもオレは姐さん方には十分に世話になったんだぜ。恩も何も返せちゃいねぇのに……これじゃ、鎌風の名折れだ)

貰った蟲の数は、天上に散らばる青色と同じだけ。種や木の実なんかは、赤色のと同じだけ……「艶」の姐さんを忘れろなんて、そんな残酷な話があっていいものか。
黙り込んだオレから視線を外すと、じいさんはホレ、と竹林の向こう側を顎で指し示した。笹の葉の隙間から、イチノジとニノクがちらちらとオレたちの様子を窺っているのが見える……バカタレどもが、すぐだから待ってろって言ったのに。

『あいつら。オレは留守番してろって、』
『ふん、阿呆め。甘えた盛りで可愛らしいではないか』
『……おい、じいさん。頼まれたってあいつらはくれてやらねぇぞ』
『……阿呆。いいから、早く戻ってやれ』

サンタの姿が見えない。あいつは最近毛がまた伸びてきたから、そろそろ迅竜の兄貴に頼むなりしねぇと、と思ってたのに。
のろのろと戻ったオレを見るなり、イチノジとニノクはワッと飛びついてきた。ユウレイか何かを見たかのように、ぎゃあぴい喚いていてまるで話にならない。

『おっ、親分、親分!! どっ、どうしようっ!』
『ヤバいのが、危ないのがね! そ、それで、サンタが……!』
『バカタレども、落ち着け! どうしたってんだ、サンタは一緒じゃねぇのか』

頭を撫で、肩を叩き、背も撫でて。そうしてようやく、バカタレふたりはぐずぐずと泣きべそを掻きながら話し始めた。

『……見たこともねぇ、新顔だって?』

曰く、紫紺の焔がゆらりとざわめき。
曰く、恫喝の咆哮が閃き。
……曰く、縄張りを守ろうと抵抗したサンタがそいつの腕に生えた凶刃に斬り伏せられた、と。
たった一太刀で、今朝まであんなに元気だったサンタがぴくりとも動かなくなったのだ、と。目の前の子分たちは泣きながらそう告げた。イチノジとニノクは、そいつが倒れたサンタに近寄るのを見て恐怖のあまり逃げ出してしまった、と自白する。
オレは、全身の血の気がさっと引くのを感じた。オレのせいだ、すぐにそう思った。姐さん方のことを気に掛けすぎて、大事な仲間のことをシツネンしていたんだ、と。

『親分、親分……ごめん、ごめんなさい!』
『サンタ……サンタ、きっとあの怖いのに……食べられっ……』
『バカ言え!! オレが、オレがっ……なんとかしてやらぁ! オマエラは御主人様に報告に行ってこいッ!!』

返事も待たずに、オレは駈け出していた。
オレのせいだ……サンタに何かあったら、それはこの間抜けなオレのせいだ。

『クソッ、くそ……! ふざけやがって!!』

垣根を越え、竹やぶを潜り、岩山を蹴り飛ばして、すぐさま駆けつけたその先に。
見慣れた鳥居跡、朽ちた門構え、開けたオレたちのいつもの遊び場に。オレは、血塗れのサンタと、紫紺の焔を携えた紫色の巨躯を見つけて身を震わせた。






『おい、どこの誰だ。オマエさんは』

声が震えるのを止められない。情けねぇ、脚だってぶるぶる震えちまって、まっすぐ構えることも儘ならねぇ。
ソイツは、ちらとオレを見上げるだけだった――なんてことはねぇ、オレが門構えの上からソイツを見下ろしてるってだけの話だ。別にビビってるってわけじゃねぇ。様子を窺う、ってのは狩りの基本中の基本だろ?

『おい、無視してんじゃねぇぞ。「ヤシロアトの鎌風」って言ったら、オレのことよ』

ソイツは、オレのことなんざ眼中にもねぇって風だった。無言で視線を反らして、倒れたままのサンタを見つめ直す。
野郎、ナメやがって……オレは焦るあまり、せっかく陣取った門の上から飛び降りていた。ぱっと振り向いたソイツと、嫌でも視線が重なる。
厳つい顔をしていた。恐ろしい貌をしていた。影青の眼がぎらりとオレを射抜いて、オレはガリッと牙を鳴らしていた。
昔、御主人様が面白半分に教えてくれた鬼とか不動とか、そんなおとぎ話に出てくる神さんみてぇなツラだ……冗談じゃねぇ。神さんなんざ、御主人様ひとりだけで十分だ!

『サンタから……オレの子分から離れろ! 近寄んじゃねぇ!!』

ソイツは不思議と微動だにしなかった。オレが自慢の刃尾を振り下ろしたときも、ちらと一瞥を投げるだけで――

『……! んなっ、』

――ぱっと焔が散る。乾き始めた砂がさっと舞う。
とん、と地面を蹴って、ソイツは軽々と飛び退いた。でかい図体のどこにそんな素早さがあるっていうんだ、まるで天狗獣か掻鳥みてぇな身のこなしだ。
一定の距離を開けての着地。ちょうどオレが刃尾の必殺の一撃を見舞うのに僅かに足りない間合いだ。
じり、と前脚で歩幅を計るように横歩きして、それでもオレから視線を外さない。オレがめり込んだ刃尾を引っこ抜くのを黙って見て……そう、観察しているような体だった。

『くそっ、おりゃ、仕切り直しだ! 覚悟はできてんだろうな!?』
『……、』
『! なんっ、なんだよ!?』

ゆらりと焔は揺らめく。奴が口を開き、牙を晒し、空気中に呼気をゆっくりと溶かした刹那。

『貴様は、強いのか』

恐ろしく冷たい声色が、オレの鼓膜を打った。

『つよ……どういう意味だよ』
『貴様は強いのか。霞龍と、どちらが強い?』
『かすみ……っバカ言え! そんな、御主人様の方が強ぇに決まってんだろ!』
『そうか。ならば』

 ――貴様に、用はない。

『……ッ、う、』

ゆらりと紫紺は揺らめく。一層光を増し、ちりちりと激しく明滅し、閃光羽虫さながらに瞬間的に活性化する。
大して熱くもない、不思議な火だった。生き物の命や活力を形にしたらこうなる、みてぇな、強く目を惹く光り方をしていた。

『……や、ぶん……』
『っ、サンタぁ!!』

そのとき、オレは鬼火に見とれちまっていた。サンタの絞り出すような声を聞いて、やっと我に返ったくらいだった。
走り出す。尾を伸ばし、腕を伸ばし、次第に明るさを増すばかりの鬼火から子分を隠すように――サンタの血でべっとりと濡れた身体を掴むと、オレは無我夢中でそいつを放った。

『――ッッ!!』

耳鳴り、閃光、砂の雨。バパン、と何かの破裂音を立て続けに聞いて、直後オレは吹き飛ばされていた。
オロミドロのじいさんから泥団子を飛ばされたときよりも、うっかり子育て中の雌火竜の姐さんの巣に迷い込んでブッ叩かれたときよりも、ずっと……ずっと重く、苦い痛みが身体を打つ。
毛の一本一本が、爪先が、頭の裏が、目蓋の底が。熱く、溶かされていくみてぇだった。臓腑をかき回されたような感覚が走って、オレは盛大に血を噴いた。

『んぶッ、……ゲホッ、』
『――なんだ。まだ生きているか』

視界がおぼつかない。頭がぐらぐらする。耳はざあざあ言いやがるし、鼻も利かねえ。口の中は鉄錆の味と臭いで、最悪の気分だ。
眼前、くたりとしたサンタの肩が辛うじて上下に動いているのを見て、オレは心底ほっとした。もし間に合わなかったら……御主人様はおろか、イチノジたちにも顔向けできねぇ。
のろりと、切り裂けそうな痛みを堪えて頭を上げる。どろりと眉間伝いに生温かい液体がこぼれ落ちて、オレはあの紫色の憎たらしい新顔のツラをまともに見れない。

『貴様は、強いな』
『……ケッ。……ったら……んだよ』
『だが、生憎いまの(おれ)は腹がいっぱいだ。貴様からは、あの「気狂い」の気配も感じられん』

満腹? 気狂い? ……なんの話をしていやがる。
オレは、よっぽど困惑した顔をしていたんだろう。目の前まで迫りきたソイツは、オレの具合を覗きながら鬼の顔をぐにゃりと歪めて、派手に笑った。

『用は済んだ。もうしばらくは、「気狂い」の行進もないだろう』
『……から、なんの、はなし……』
『ヤシロアトの仲間とやらも面倒だ。「有相無相の獣等のパレード」……また、其の日に来るとしよう』

不思議と、恐ろしいとも、怖いとも思わなかった。オレが応えられずにいるのを見て取ると、ソイツは口を真一文字に結び直した。そのままくるりときびすを返して、竹林の向こうに消えていく。
オレは、ようやく痛みのことを思い出していた。遠くから、近くから、オレたちがよく知るヤシロアトの住民どもの声が聞こえた。






『……まあ、今回は特例って話だし。良かったねえ、ふたりとも無事で!』
『ヤック。おまえ、その余りのタマゴは返しなさいよ』
『レイア。運悪く死した仔だ……きっと、私たちを赦してくれるだろう』

喧しい……ぼんやりとした重苦しい頭を動かすと、視界に賑やかしい連中の顔が映る。
左から、雄火竜、雌火竜の夫妻。次いで、掻鳥、何かをこねくり回す毒妖鳥と、それを電気で煮立てる飛雷竜、小難しい顔をした毒狗竜の兄貴分。フロギィ兄貴の手には、黄金色のべたべたした液体が付着していた。匂いからして、ハチミツと竜の卵、クソ苦虫と不死の虫、青色キノコの混合物だ。
ふとオレは、自分の舌を動かして口内がそれと同じ味で満たされているのを感じて目を瞬かせた。どうやら、気を失っていたところを連中に助け出された体らしい。

『――お待たせっ。探してみたけど、あのオンコ……なんだっけ? あの怖いの、どこにもいなかったよっ』
『怨虎竜ですよ、ビシュテンゴ。わたくしからもご報告を。空からも確認しましたが、うまく行方をくらませたようです。我らが主もそのように仰っておいでです』

この声は、ぶっ飛び野郎の天狗獣とキザ野郎の傘鳥か。どいつもこいつも、ちったぁ静かに喋れねぇもんかね。

『あっ……? ああっ、イズチちゃん! 目が覚めたの!? おぉ〜い、皆! イズチちゃん、気がついたよぉ〜!!』
『ばっ……やめ、やめねぇか、ヨツミ!! オマエに抱きつかれたら、オレが死ぬわっ!』
『はわぁ、よかったねえ。ボクが大事な大事なトッテオキのハチミツをお裾分けした甲斐、あったんだねえ』
『って、オマエ、オレの命よりハチミツのが大事だってのか! えぇ、アシラァ!!』
『ンア? ンだよ、生きてンじゃねーか。無駄に心配させやがって』
『はは、ま、無事で良かった。アンジャナフ、君もそう素直に言ったらいいのに』

オレが両側から全力でホールドされているのを遠巻きに見守るのは、デカブツの蛮顎竜と、頼りになる迅竜の兄貴だ。
おいこら、ちょっと待て。オレは怪我人だぞ、ちったぁ労ろうとは思わねぇのか、オマエら。

『あー! 親分、親分ー!! よかった、気がついたんだね! おいら、おいら……っ』
『こらこら、お待ちなさい、サンタ。まだ血が全部落ちていませんよ……ああ、オサイズチ。お目覚めですか、今回の件はご苦労様でした』

ふわりと、特有の香りがとける。傷口は焼いて塞がれ、すっかり汚れを落とされたサンタがぎゃあぴい泣きながらオレに抱きついた。続け、とばかりにどこからともなくイチノジとニノクも飛び込んでくる。こういうときだけ、河童蛙も青熊獣もサッと素早く道を譲りやがるから憎たらしい。
オレたちがわあわあ騒いでいるのを、洗濯をしてくれていたタマミツネの兄さんがにこにこしながら見守っていた……丁寧すぎる労いを聞かされると、首がむず痒くなってくらぁ。

『皆、集まっておるな。聞いてくれ』
『ミドロじーちゃん! あのねぇ、イズチちゃんが気がついたよ!』
『嗚呼、ご苦労……さて、鎌風。貴様が出くわしたのは、鬼の顔をした紫色の怪異だったな』

ひらり、と目の前に青白く光る虫が過った。ぱちぱちと帯電しているそれは、この辺じゃあまりに見慣れた虫だ。

『その名は「怨虎竜マガイマガド」。長の話では、人知れず強者を求めて彷徨う孤高の怪異だそうだ。おれも気がつくのが遅かった、すまない』
『……じいさん』
『俺からも謝罪させてくれ。雷光虫たちに追わせたが、途中で気取られて振りきられたようだ。奴は勘もいい、よく無事でいてくれた』
『雷狼竜の旦那まで……いや。それが、オレも何がなんだか……』

本心だった。オレは鬼火の直撃を受けてなお生き延びた。憎たらしいが、奴に見逃されたとしか思えなかった。
妙な話ではあった。オレが話した「怨虎竜の言い分」を聞いて、オロミドロのじいさんとヤシロアトの狩りの重鎮である雷狼竜の旦那は、うん、と喉奥で唸るばかりだ。

『奴の気紛れか、貴様の運が良かったのか。いずれも定かではない、が』
『また来る、と言ったのなら確実にそうする心算でいるだろう。それまでに皆で備えなければならないな』

居合わせた面々の顔つきが険しくなる。誰もが手を止めて、双方の話にしっかりと耳を傾け始めていた。

『「気狂い」とは、先日の「百の竜が夜を行った」ことやもしれん。こちらは引き続き、おれと長で調査を進めるとしよう』
『オサイズチ。奴の狙いが明らかでない今、君の邂逅状況だけが頼りだ。このあたりの人間がヤシロアトを探っていることもある……手伝ってはくれないか』

雷狼竜の旦那の提案を、中型のオレが断ることができるハズもねぇ。否、それ以前にあのデカブツには言ってやりてぇことが山のようにある。
断る、なんて選択肢は端からなかった。
イチノジとニノクを小脇に引き寄せて、サンタはあぐらを掻いた股の間に入れてやりながら。オレはじいさんと旦那、居合わせた連中に向かってニヤリと笑い返した。

『合点承知。ヤシロアトは切込み隊長、鎌風だ。オレにできることなら、なんだってお任せあれってんだ』

死ぬのが怖くないのか、と誰かが言った。
そんなら死なずに済むように、戦いと逃げ足の訓練をつけたらいい。オレはそう言って笑った。
傷付けられて恐ろしくないのか、と誰かが窘めた。
万が一のときには、オマエらがまたこうして助けてくれるんだろう。オレはそう言って頷いた。
どいつもこいつも、最終的にはオレたちに「うん」と言うしかねぇのさ。今までもこれからも、オレたち先鋒がずっとそうして走り抜けてきたんだから。
……たとえ護りたい連中の中に、あの「艶」の姐さんをはじめとした、蜘蛛型の姐さん方の顔ぶれがなかったとしても。

『よーし、よし。まずは腹ごしらえだな。おい、バカタレども。隠し食料はちゃんと残してあるんだろうな?』
『へい、親分。ゼロだよ!』
『あい、親分。おいしかったぁ!』
『合点、親分……お、おいら、ちょぴっとしか食べてないよぅ……』
『オマエら……こんの、バカタレどもが!! オレの怪我が治ったら、覚悟しやがれ!!』

尻尾を巻きつけて子分どもをからかいながら、オレは怨虎竜に言われたことを思い出していた。
「しばらくは気狂いの行進もない」。それなら、あの暴動はいつ再発するっていうんだ。むしろ……次もある、と奴は宣告したも同じじゃねぇのか。
ふと、甘ったるい中に強烈な苦みを舌先に覚えた。ガリッと牙を鳴らして、オレは奴が姿を消した竹林の向こうを睨めつけてやる。






『――おや。君が噂の、「怨虎竜」だね――』

真っ赤な月が浮く夜だった。夜陰を過る紫紺の揺らめきに向かって、藤色の体表の怪異が霧にまぎれながら声を掛けた。

『――そう。やはり君は、「気狂いの群れ」の荒ぶる血肉と生命で自己強化をしていたのだね。でも何故だい? 君ほどの実力者なら――』
『……』
『――それなら、僕には君を止めることは出来そうにないねえ。しかしそれなら、君にひとつ、試練をもうけてみようじゃあないか』

不思議な話もあったものだ。気紛れか、暇潰しか、はたまた縁か。紫紺の焔は、不意にぴたりと歩みを止め、朧げな霞の話に耳を傾けた。
まるで、果てのない旅路の供を迎え入れるかのように。
ひとしきり話を聞き終えた後、焔は再び燃え上がった。とん、と地面を蹴って軽々ときびすを返すと、不言色の刃を翻して闇夜に消える。

『――憎悪と悲嘆で塗り固めた結晶、か。いくら武人気質とはいえ、君ひとりで背負うにはあまりに荷が重すぎるのではないのかなあ。黒狼鳥じゃあ、あるまいし』

とはいえ。とはいえ、霞の龍は自身が課した課題もまた、ただの怪異には荷の重い代物であることを理解していた。
「気狂いの行進の原因を見つけた暁には、話を聞き入れなかった鋼や炎王のように、其の灯をこの大社跡より離れられぬ管理者の代わりに摘み取って欲しい」、と。
怨虎竜はその提案を受け入れた。己の血塗られた闘いの路の為ならば、其れすらも魅力的な試練である、と。
……斯くして此の日、強者どもの秘密裏の契約は締結された。ぽたりと池の咬魚が跳ねた後、そこには誰の姿も残されていなかった。



――踏み台と、贄と称される魂なくして、諸君らの悲願が果たされることはないだろう。
抗いたまえ、狩り人よ。君達の旅路の果て、此より数十年の後、死をも恐れぬ三陣の鎌鼬が朽ちた社跡に吹くだろう。
鬼火を逃れた喧々と駆ける魂は、踏み入った諸君らの良い手馴らしとなるべく君達の訪れを待っている。
何時の時代も、諸君らはそう在っただろう?
 
 

 
後書き

……

設定資料販売前完結であったのでマガイマガドの設定が完全独自解釈に(またかよ)。マガイさん…格好いいじゃん…!?
ストファイも真っ青な「俺より強いやつに会いに行く」個体となりましたが、自分では気に入っています。

今作については「淵源にてドス古龍のうちオオナズチのみが乱入しない理由付け」としての作成理由もありました。
ゲームのデータ処理など都合もあるのでしょうが、「霧に隠れて侵入者を散々弄び帰らせる」、そんな霞龍の設定が活かせていたらいいなあと思っています。


・残り、後日譚+番外編2話分で完結でーす!
 
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