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ヤツカダキ恋奇譚

作者:わに
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弐日目(2)


「ぐぁあああ……」

夜一は頭を抱えていた。それというのも、今し方艶をたった一人で市場のど真ん中に置いてきてしまったからだ。
少しあたりを見ただけで、朝食を求める客や夜間の狩りから帰ったハンターらが、そこかしこに顔を出し始めているのが分かる。
……彼女には、どこか放っておけない雰囲気がある。もし誘拐ないしナンパでもされれば、自分にとっては大打撃だ。

「俺はバカか、バカだったー……そもそも俺だって厚意で助けたわけじゃないってのに」

ぶつくさと独り言を並べて身を丸める男に声を掛ける猛者は、誰もいない。夜一は店先に並んだ置き鏡に映った自分の顔を、恨めしく睨みつけた。
朝の騒動で真っ白に染まった髪と防具。その防具とて、あたりを行き交う腕利きのそれと違い、交易品として入手した初期装備だ。
ここよりそう遠くない、炎とたたら鋳造で栄えるカムラの里。
昨今注目を浴びる件の里で製造された武具は、シンプルながら使い勝手が良いとして有名だった。
夜一もまた、優れた性能が気に入って長らく愛用している。しかし顔見知りからは「そろそろ上位版にしたらどうか」と勧められてばかりいた。

(いや、俺の装備がどうこうは今は問題じゃない。それよか、艶を迎えに行かないと)

こんな田舎で布団や着替えを揃えるにしても、せめて好みくらいは反映させてやりたい。よし、戻ろう――すくと立ち上がった、そのときだった。

「久しぶりだな、夜一!」
「ぶぐわっ!! いっ、いって、このっ……」

頭に衝撃、朝もはよからお空にお星様……と見せかけ、後頭部めがけて投げられた柿は受け身をとりつつしっかり捕球。
実はちょっとヒットしたけども――口を尖らせて振り向いたところに、赤い洋装に身を包んだ男の姿があった。夜一にとっては嫌というほど見知った顔だ。

「どうだ、最近は真面目に狩りに行ってるか」
「アーイ、オツカレサマデシター」
「おいおい、分かった、悪かったって。しかし本当、久しぶりだな。夜一」
「あー、うん。一年ぶりくらいかな、クーロ」

元はといえば、駆け出しの頃に一緒に腕を競い合っていた狩り仲間だ。こんなやりとりも愛嬌のうち。
自身と同じ黒髪黒瞳の長身を、夜一は嫌みと親しみを込めた目で見上げた。

「『ギルドの守護者』も大変だなー。わざわざドンドルマから出てきたんだろ?」
「交易船様々だよ。そんなに掛かってないさ」

羽根付きの鍔広帽子に、肩や関節を補強する金属具、光沢感のある良質な布地に、腰に下げられた一振りの剣。
クーロの装備は本人の長身も相まって非常に目立つ。雑談を挟みながら、夜一たちは里の外れへとさりげなく移動した。

「ドンドルマか、懐かしいなー。か、狩りすぎて鳥竜種値崩れとか」
「クーラードリンク忘れて泣く泣く撤退とか」
「あったなー。いやー、色んな人に助けられたっけ……」
「……そうだな。なあ、夜一。お前、本当にドンドルマに来るつもりはないのか」

笹のさざめき、眼下のせせらぎ。竹垣と竹林で囲まれた里の外れ、釣りをするにも藪深い場に人通りはない。時折鳥のさえずりだけが通り抜ける。
夜一は岸に立つクーロに振り向いた。小川の中央、僅かに水面に顔を出した苔石に立ち、狩人はすぐにまた前を向く。

「前にも言ったろ。俺は暁と灯火を置いていくつもりはないよ」
「何もここに残せとは言ってない。ギルドも配慮すると言っている、何ならオトモ登録し直して同行させればいい」
「クーロ。今でこそマシになったけど、ふたりとも人間嫌いなんだよ、俺と俺が信頼する人間以外にあいつらは懐かない。配慮以前の問題だ」

いつものことだ、人好きのする面立ちをしていながら夜一は時に他人を強く拒絶する――クーロは帽子の鍔を摘まむと、表情を隠すように俯いた。

「彼らにこじつけるな、人間嫌いはお前の方だろう。長いつきあいになるが、俺にも素を見せないくらいだからな」
「そんなことないだろ。オレハクーロダイスキダヨー」
「夜一、あまりオトモに感情移入しすぎるな。彼らとてモンスターの一種だぞ」
「クーロ……俺のスカウトとオトモたちはなんの関係もないだろ?」
「片や、性格、行動に難があるが故に雇用されず、あるいは雇用されても主人に解雇され続け各地のギルドをたらい回しにされたオトモアイルー。片や、毛皮目的に親を殺され、兄弟も連れ去られた野良ガルク……あれから何年経つ? お前が彼らを雇用したと聞いたとき、お前らしいと思ったよ」

鍔越しに見据えた先、夜一が感情の失せた表情でクーロを見る。普段の温厚さからは想像もつかない凍てつく眼差しだった。
ギルドの要職に勧誘し続けてはや数年。
彼の腕が他の追随を許さないものであることは周知の事実だが、夜一が首肯したことは過去一度もなかった。
謙遜でも卑下でもない。夜一というモンスターハンターは、ギルドを筆頭に人間そのものを毛嫌いしている。

「俺らしいってなんだよ? ……ふたりとも俺たち人間の都合で振り回されたんだ、適当に放置できないだろ」
「夜一。お前やギルドがそれを許したわけではないだろう、ギルドも密猟や裏取引は常に警戒している。現に近年はぞんざいに扱われるオトモの数も、」
「暁と灯火に何の関係があるんだ? あいつらには家族も帰る場所もないんだぞ」

「この話はここでおしまい」。ひらりと片手を振って、夜一は対岸に跳躍した。

「けど、そうだな。俺に万が一のことがあったら、そのときは暁たちを助けてやって欲しいよ」
「万が一? お前にか。基本どの狩猟対象も生け捕り前提、要求された条件は決して破らず完全な形で狩りを遂行する……そんな手練れが?」
「言いすぎ、買いかぶりすぎだ、クーロ。俺より優秀な狩人はいくらだっているよ」
「いないから勧誘しているんだろうに。お前も人が悪いな」

夜一は、ギギギ、と錆びたブリキ人形のような奇怪な動きで振り返る。目を瞬かせた後、クーロはぷはっと噴き出した。

「分かった、分かった。覚えておくさ……そんな日がこないことを祈ってるよ」
「当たり前だ。暁も灯火も、俺の家族だからな」

ニカッと子どものように破顔して、夜一は走り去っていった。竹垣を身軽に乗り越え、再び市場の方へ直進していく。
遠ざかる馴染みの背中を見送って、クーロはひとり静かに嘆息した。

「……近くに古龍の気配が出たと言いそびれたな。調査させる予定だったが、しかし」

今日の夜一はいつになく怒りやすく、また不思議と浮き足立っている。
彼が生まれて初めて「他人」に関心を抱いていることなど、クーロに知る術はない。

「してやられた。あの馬鹿、話くらい聞いてくれてもよかっただろうに」

廃れた大社、生い茂る竹林、山々の呼気。里からそう遠くない狩り場に、生態不明として名高い竜種が出現している……。
夜一ならば痕跡の回収、ないし狩ることすら可能と見込んだハンターズギルドは、顔見知りであるクーロに接触するよう命じたが、結果はこの通りだ。
古龍種の出現情報を待たずして、あるいは元より勘づいていたのか、肝心の狩人は聞く耳さえ持たなかった。
「最も狩猟に向いていて、最もハンターらしからぬ男」。比喩ではなく、夜一という男はモンスターやオトモたちに感情を寄せすぎる傾向がある。
クーロは口角を上げて苦笑した。だが、「それ」がなければきっと自分は今でも友人同士ではいられなかった。
夜一が狩りを避ける質であることを、その心と情の深さを自分はよく知っている。暁らを托された分、信用されているのだということも。

「さて、夜一ほどの猛者はいたかどうか。最悪、俺がじかに行くしかないか。厄介だな」

人間以外の種族を庇い、愛し続けることで、夜一はこの先余計に肩身が狭くなっていくことだろう。
そのとき、自分にしてやれることは残されているものだろうか……頭上の古龍観測船を見上げて、クーロは片目を細めた。






悩みに悩んだ末、艶の布団は自分の布団の柄の色違いにした。我ながら分かりやすい、と夜一は背負った荷物の山を見て嘆息する。
更に、ささやかな土産も買っておいた。暁や灯火が喜ぶものなら大体把握しているが、艶とは初対面も同然だ。
もし彼女の笑顔を見ることができたなら、自分はどうなってしまうのだろう。
頭を振る。周囲の好奇の眼差しはもちろん、荷もそこそこ重量があった。一度帰宅して、三人がいなければ迎えに行こう……そう決めて足を急がせる。

「……夜一さん? 夜一さんよね?」

聞き覚えのある声に足が強張った。聞こえなかったふりをして通り過ぎようとした夜一だが、既に相手は隣に駆け寄っている。

「スガリ……おはよう」
「おはよう。って、もうお昼も近いけど……夜一さんはこれからご飯? それとも狩りの準備かしら」

黒く艶やかな髪に朱色のかんざし、健康そのものの血色のいい肌。華やかな雰囲気の赤い着物と、桜色の羽織り物が屈託のない笑顔をより輝かせる。
艶を真夜中に浮かぶ月と例えるなら、この娘は真昼に輝く太陽と例えるのが適切だと思えた。
市場の外れ、一人きりの自分に親しげにかつ快活に話しかけてくる娘。彼女はこの里の長の愛娘だ。確か、自分より僅かに年下だったと聞いている。

「いや、朝は済ませたから買い出しに来ただけだ。スガリは?」
「私も今起きたところなの。ねえ、夜一さん。一緒にお茶かお昼でもどう?」

……さらりと自然に誘えるあたり、手慣れていると思う。自分もそうあれたら、艶ともっと親密になれるかもしれないのに。
夜一は苦笑いを顔に貼りつけて、首を静かに横に振った。先ほどから、初夏の空気に似つかわしくない香水の匂いがいやに気に障る。

「悪い。用事があるんだ」
「用事? ああ、模様替えか何か? 言ってくれたら用意させたのに。あなた方にマイハウスを提供しているのも、お父様だったでしょう」
「大丈夫、そこまで大げさにしなくてもいいから。里長にもご迷惑だろう?」
「下位装備で上位の青熊獣を狩るような人の住まいだもの。それくらいさせて貰わなきゃ、こちらの気が済まないわ」
「……スガリ。俺、いや、俺たちは」
「もっと頼ってほしいの。私、あなたの力になりたいのよ」

初対面の頃からずっとだ。彼女が自分を見つめる目が、夜一には受け入れ難かった。
純粋な好意でも年相応の憧憬でもない、獲物を値踏みするようなじっとりと絡みつく視線だ。向けられる度、呼び止められる度に足は都度固まった。
スガリが里長の娘として生まれたからには仕方のないことだ、そうは分かっていても不快なものは不快で堪らなかった。
カムラの里と違い、この里には目立った産業がない。
他の里から寄せられた品物を金銭と交換して成り立つ故に、新たな技術者や狩人が居着かないのだ。
この里は徐々に衰退している。ましてや、近年の大型モンスターの出没頻度の高さからしてもスガリにとっては今が正念場なのだ。

「スガリ。悪いが、俺は君に応えられない」
「夜一さん? 急に何を、」
「俺より優れた狩人なら他にもいる。他を当たってくれないか」

浮かんだ笑みが瞬く間に凍てつくのを、夜一は見た。「思い上がり」ではないかと身構えていたお陰で、動揺せずに済む。

「抱えてる依頼が片付いたら、近いうちここを離れるつもりだ。ギルドの使者もまかなきゃいけないし」
「……夜一さん」
「っと、じゃあ、荷物が重いからこの辺で! またな、スガリ」

振り返らずに駈け出した。荷物の重さが肩と背中を圧迫したが、あの空気には耐えられない。
ひたすら真っ直ぐに仮住まいの自宅を目指し、わらぶき屋根が見えたところで足を止める――煙突から、白い煙が棚引いていた。

「誰だ? おーい、暁なのかー?」

からりと引き戸を開いた瞬間、夜一は我が目を疑った。

(……艶)

土間に備えつけられた炊事場で、艶が煮物をこしらえていた。コトコトと鍋が軽快な音を立て、食欲をそそるいい匂いが部屋中に広がっている。
煮物だけでなく白米も炊かれているようだった。囲炉裏の方から流れてくる焼き魚の匂いも相まって、朝食後だというのに急に腹が空く。
しかし、それらに意識と視線を完全に傾けてしまうのは難しいことだった。夜一の目は、小皿で味見を試みている白髪の女に釘付けになっていたからだ。

「……艶」
「え? ……ああ、夜一さん。おかえりなさい」

「おかえりなさい」。その響きを耳にした瞬間、夜一は肩を跳ね上げていた。振り向きざま、彼女は本当にごく僅かに微笑してくれている。
長い髪をうなじの辺りで一本に纏め、着物はたすきで結わえてたくし上げ、艶はさもこの炊事場を使い慣れているような体だった。
少しばかり汗ばんだ肌と蒸気で濡れた顔が、彼女の儚げな美しさをより輝かせ、引き立てている。

「夜一さん、その荷物は」
「……ああ、あの、その……た、ただいま、艶」
「ええ、おかえりなさい? 今日はどなたかとご一緒じゃなかったのですね」
「うん……えっ?」

急激に、艶の声が硬化していった。いや、それだけでなくこちらの弁解など聞きたくないとばかりにいきなり背を向けられる。

「つ、艶?」
「先ほど里の方から聞いたのです。夜一さんは里の女性たちにとても人気があるそうですね」
「人気? そんな馬鹿な、俺はそんなんじゃ」
「否定なさらないのですね。そうですか、どうか私のことはお気になさらず」
「えっ、おい、艶? 一体どうして、」

空気が重い。夜一は、ひとまず山のような荷物を床上に下ろしつつ、艶の背中を見守った。
……あの突き放すような物言いは、なんなのだろう? 腰を下ろして眺めていると、怒っているのだという気配だけが伝わってくる。

(なんで怒ってるんだ? 俺がモテるとかモテないとか、そんなの艶には関係ないような……)

ふと思考を巡らせる。途端、あくまで予想にすぎない仮説が脳裏に閃き、夜一は体を強張らせた。
そろりと立ち上がり、気配を殺して背後に立つ。白髪と耳の間から表情を窺えば、艶がふてくされたように口を結んでいるのが見えた。
嘘だろう、まさかそんな、そんな夢みたいな話あるはずが……心臓が、全身をせっつくように早鐘を鳴らしている。
喘ぐように喉を鳴らして、静かにその横顔に手を伸ばした。

「……艶」
「っきゃ! な、なに、夜一さ……」
「艶。君、もしかして妬いてるのか」

横髪をかき分け、じかに触れる。頬に触れた直後、何故か「ああ、こんなに簡単に触れるものなのか」と思考した。
熱に浮かされる、とはこのことだ。反射という風にぱっと顔を逸らした女の頬と顎に指で触れ、半ば強引にこちらを振り向かせる。
汗か蒸気か、それとも。艶の顔に一瞬で朱が差し、慌てたように彼女は下を向く。夜一は、自分の中で禍禍しい何かが産声を上げたような気がした。

「艶。好きだ」

上向かせた刹那、蒸気と熱気にまぎれるようにして口を塞ぐ。微かに、ほんの一瞬唇に走っただけの柔らかさに眩暈さえ覚えた。
細すぎる体を引き寄せて、あっという間に腕に収める。こんなことは自分らしくない――冷静になろうとすればするほど、息苦しさが募っていった。
「俺は艶が好きなのだ」。気づいてしまえば隠すことなどできない。腕の中に感じる熱と鼓動で、気が狂ってしまいそうだった。

「好きだ、艶。好きなんだ……頼む、俺の背中に手を回してくれ。お願いだ」

身の程知らずな欲を口走った直後、そろりと白い手が背中に触れてくる。布越しに彼女の指と手のひらの感触を感じて、夜一は悲鳴を上げそうになった。
彼女もまた、自分を好いてくれている。その未だ曖昧すぎる不確かな事実が、若い狩人の体に火を点けていた。

「俺のことを……抱きしめてくれ。そうしてほしいんだ」

たまらず、艶の肩に顔を埋めていた。少しばかり汗ばんだ柔肌に、縋るように唇を寄せて息を滑らせる。
俺は馬鹿になったのだろうか、それとも元からだっただろうか――暁たちが買い物から帰宅するまでの間、時間も忘れて柔く抱きしめ合っていた。

 
 

 
後書き

……

ギルドナイト、クーロ登場回。使用武器種は弓、ボウガン類など。
共に所属すると予想していた夜一が応と言わなかったために孤軍奮闘するはめになった苦労人です。
艶の正体には気づかなかったものの、夜一が幸せなら、と応援する気でいた数少ない理解者の一人でもあります。

夜一が発した「抱きしめてくれ」、この台詞は後々のキーとなっています。
 
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