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誰にでも

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第一章

                誰にでも
 吉田松陰は誰に対しても腰が低く謙虚であった、それは自分の塾に来る塾生達即ち弟子達にも同じで。
 彼等にも常に敬語で穏やかな口調であった、呼び捨てにせず君付けであった。
 それで弟子達も松陰のその態度に戸惑った。
「先生だというのに」
「あの謙虚さは何だ」
「これではこちらが先生みたいだ」
「こちらの言葉は聞いてくれて教えて欲しいとまで言われる」
「こんな腰の低い先生なぞおられん」
「他に誰がおられる」
「全くだ」
 弟子の中でもよく知られている久坂玄瑞も思うことだった、きりっとした顔立ちであり英気がみなぎっている。
「あの方は違う」
「誰もが自分の師匠だと言っておられるしな」 
 桂小五郎も言ってきた、随分と洒落た感じの服と髷だ。
「それならな」
「うむ、だからな」
 久坂は桂の言葉に頷いて応えた。
「わし等も驚いたな」
「あの様な先生がおられるとはな」
「しかも真面目で人を疑われぬ」
「実に純粋な方だ」
「あれだけ素晴らしい方はそうはおられぬ」
「そうだな」
「しかしだ」
 細面で顔にあばたのある男が怪訝な顔で言ってきた、高杉晋作である。
「そのせいでだ」
「うむ、あの方を侮る者もいる」 
 久坂は高杉に顔を曇らせて答えた。
「これがな」
「そうだな、それがだ」
「わし等にとっては頭痛の種だ」
「誰にも腰が低く謙虚だとな」
「それを大したことがないとだ」
「侮る者がいる」
「藩の中にもおる」
 自分達がいる長州藩の中にもというのだ。
「そうした者が」
「先生はお気になさらぬが」
「先生を馬鹿にされて嬉しい筈がない」
「そんな弟子がおるか」
「ましてやあれだけ素晴らしい方だからな」
「わしもそう思う、清原という者がおるな」
 桂は藩内で兎角評判の悪い者の名を挙げた、乱暴者でかつ無教養であるが親の七光りで藩では随分と威張り散らしている。
「あの者が」
「あのならず者か」
 久坂はその名を聞いてすぐに眉を顰めさせた。
「酒と女ばかりでこの前も女郎屋で暴れたな」
「そうであったな」
「学問もせずまともに武芸も積まずにな」
「喧嘩と弱いものいじめばかりしておる」
「碌でもない奴だ」
 久坂は顔を顰めさせたまま述べた。
「全く以てな」
「その通りだ、だが何故あ奴はあの言葉だ」
 高杉は清原の言葉遣いについて話した。
「こちらの言葉ではないぞ」
「上方の言葉だな」
「それも大坂の方もな」
「あれはあいつが産まれてから元服するまであちらの屋敷にいたからだ」 
 桂はこう高杉に話した。
「藩のな」
「ああ、大坂のか」
「そこで町人のならず者達といつも一緒にいてな」
「あの言葉遣いか」
「そうだ、それでそこでだ」
 大坂でというのだ。
「ならず者達といつも一緒にいてだ」
「あの通りか」
「文字通りのならず者になった」
「そうなのだな」
「自分は強いと言うがだ」
 久坂は彼の言葉自体についても話した。
「ただ図体が大きく身体つきががっしりしているだけであろう」
「実はあ奴は武道の稽古なぞしておらぬ」
 桂は久坂にも話した。 
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