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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第65話 提督、万歳! 

 
前書き
そろそろストックが尽きそうです。
小説は勢いなんだと思わざるを得ません。

決してJacsonとかAchillesとかRamに乗って、T-34-85Mとか、O-iとか、SPGとか撃ってません。
ジークJacson、くたばれŠkoda T-25
 

 
 宇宙歴七八九年 五月一五日 エル=ファシル星域エル=ファシル星系


 第一段階はものの見事に成功した。四隻の巡航艦の指揮を執ったイェレ=フィンク中佐が奇妙に残念がる程に、あっさりと帝国軍の首脳部は同盟軍の手に落ちた。それなりの食事に混ぜ込んだ睡眠薬が効いて、殆どぐっすりとお休み状態で拘束されている。各艦で数人ほど薬に抵抗した者がいたらしいが、ブラスターと装甲戦闘服では勝負にならなかった。おそらくは情報将校だったのだろう、自白剤を打つまでもなく全員亡くなった。

 起きていた時にフィンク中佐が確認したところによると、わざわざ増援が来たことを確認させるために、爺様とアップルトン准将が惑星エル=ファシルよりさほど遠くはなれていない障害物の少ない宙域で、大規模な擬似戦闘までやってのけたというのに、奴らはそれすら観測してなかったらしい。
 
 通信封鎖しているのでエル・セラトからの観測結果でしかないが、擬似戦闘の勝敗はどうやら爺様の圧倒的な勝利だったようだ。そりゃぁ三対一で爺様に勝てるような用兵家なんて、金髪の孺子かアスターテの英雄ぐらいなものだろう。

「さてさて次は地上に残る帝国軍だが……」

 今度はそう簡単には騙されてはくれないだろう。俺の顔を見て貴族で准将だと知ったとたんに態度が変わった第一陣の連中とは違い、爆撃や示威行動を見せても市街から一歩も出てこない根性の座った奴らだ。その上、巡航艦が脱出した翌日には各都市から部隊の大移動が始まり、中央都市周辺の耕作地にも不穏な動きがみられる。長期戦に備えた自給体制の構築だ。シナリオや教練は同盟軍でも一応実施されているが、最前線で畑を作る状況などまずもってあり得ないから、だいたいおざなりにされている。それを奴らは本気でやろうとしている。

 彼らに接触するのは、『逃げ出した連中から情報を獲得し、改めて救出作戦を立案実施する』タイミング。すなわち改めて帝国軍側に統一された指揮編制が成立したと確認できる状況になった時。俺は覚悟を決めて超光速通信を起動させると、そこには俺と同い年ほどの若い帝国軍大尉が現れた。画面の中の彼は、こちらが准将であると分かると驚き、なぜか狂喜して画面の外に出ていく。そして数分待たされた挙句、次に画面に現れたのは年配の准将だった。

「お初にお目にかかる。フォルカー=レッペンシュテット准将です。現在、遠征軍地上部隊の指揮をとっております。」
「私はジークフリート=フォン=ボーデヴィヒ准将だ」

 どう見ても百戦錬磨の陸戦指揮官。誰が見てもゴリゴリのレンジャー上がりのようなディディエ少将とは正反対の、糞真面目で筋肉系理論派の機甲指揮官と言った面持ち。ディディエ少将がゴリラなら、こちらはキツネだ。いかにも手ごわい相手に、俺は『嫌々仕事をする青年貴族の准将』を演じなくてはならない。胃がギュッと閉まるのを感じるが、表情に出すのは尊敬すべき敵に対する身分的な蔑視だ。

「どうやらまだ死んではいないようだな。息災で結構なことだ」
「はっ」
 レッペンシュテット准将の眉がピクピクと動いているのがはっきりわかる。拳が届かない画面越しでよかった。
「で、取り残された間抜けはどのくらいいる?」
「……救出していただけるのですか? 巡航艦四隻に詰め込める量ではございませんぞ」
「そんなことはわかっている。私は貴官に『数』を聞いているのだ」
 
 できる限りの軽蔑を込めて俺はレッペンシュテット准将に言ってやったが、それがよほどに意外だったのか、画面の中の彼は明らかに表情から怒りを消して、しばらく顎に手を当ててから応えた。

「現時点で把握しているのは四万一〇七五名です。軍属も含めて」
「ということは……地上戦闘は殆ど行われていないということか?」
 わざとらしく資料を読むふりで視線を下に落としつつ言うと、周辺視野に入った彼は大きく頷いた。
「四月二三日に叛乱軍がこの地に進攻してきて以来、戦闘らしい戦闘は地上では起こっておりません。ですが市街外周は徹底的に爆撃され、制宙・制空両方とも失われております」
「シェーニンゲン子爵を助けるために、アルレスハイムとヴァンフリートからわざわざ一〇〇〇隻も割いたのだ。被害も少なからず出ている。おかげさまでイゼルローン駐留艦隊司令官のメリングハウゼン上級大将閣下は痛くお怒りだ」
「……それではやはり」
「残留者全員で自殺でもしてくれるのか。そうしてくれれば面倒が社会秩序維持局に移るだけで、私としては大歓迎だ。これ以上損害も出さずに済む」
「失礼だが、ボーデヴィヒ准将。確認したいが貴官が救出作戦の指揮をとられたのか?」
「それ以外に聞こえたのなら、貴様はずいぶんと耳が遠いようだな」
「いえ。こういっては何ですが意外に思えまして……」

 そうだろう。見るからに門閥貴族出身の青年貴族士官の俺が、前線で孤立する部隊の救出に動くなどありえないはずだ。だからこそシナリオが生きる。思い切り不遜で不愉快な表情をわざと浮かべて、俺はそれに応えた。

「私はさる高貴な方からの命令を受けている」

 それが誰だかは言わない。だが、その一言でレッペンシュテット准将は悟ってくれたようだった。自分達を救出することで利益を享受する勢力。少なくとも統括官とかいう間抜けがいる門閥貴族ではない誰かの指示でボーデヴィヒ准将は動いている、と。ゴールデンバウム王朝銀河帝国にてそれに該当する人物は一人しかいない。

「道理であれほど見事な強襲降下ができるわけだ」
「……納得がいったのなら、話を進める。想定では二万人程度を考えていたが、その倍となれば話は変わる。用意できたのは戦艦八隻を含む三〇〇隻だ。だが全部を地上降下させることは出来ない」

 大気圏降下中の艦艇は攻撃も防御もできない。ある程度の犠牲を覚悟の上で、警戒中の叛乱(同盟)軍を蹴散らして時間と空間を稼ぐ必要がある。何しろ一度一〇〇〇隻もの『陽動』艦隊が動いているのだ。

「陽動艦隊が徒になりましたな」
「アレを用意したのはブラウン……いや何でもない」
「聞かなかったことにいたします。他ならぬ、高貴な方の為に」

 苦笑するレッペンシュテット准将に、僅かながらも胸が痛む。情報将校には精神的に向いていないとバグダッシュは言っていたが、アイツの人物鑑識眼もなかなかと言わざるを得ない。

「時刻は四日後。二〇日午後一〇時より降下を開始。場所は前回と同じ平原だ。降下する艦艇は戦艦四隻、巡航艦二六隻。降下配置は圧縮通信で送る。地上投錨待機が許されるのは二一日〇一〇〇時より二時間。武器弾薬装備一切は持ち込まずともよい。個人装備のブラスターもいらん」
「装備品の敵地放棄はあとで問題になりませんか?」
「二万人を死体にしてくれるなら、装備品も積み込んでもよいぞ」
「もう三〇隻着陸降下させることは出来ませんか」
「地上軍の装備如きの為に、宇宙艦隊がこれ以上犠牲になってもいいと貴様はいうのか?」
「……承知しました」
「よろしい。速やかに準備を進めよ」

 俺はそう言い切ると超光速通信の電源を落とした。真っ暗になる画面の先にいたレッペンシュテット准将はどう考えるだろうか。余計なことをしゃべったつもりはないが、心配ではある。帝国軍の軍服の上から胃を摩ると、不意に端末が振動した。ユタン少佐からの連絡だろう。

「『援軍到着。現在二三隻』、か」

 俺は大きく溜息をついて、帝国用の超光速通信室を出るのだった。





 五月一九日一〇〇〇時。鹵獲戦艦トレンデルベルクに移乗した俺は、エル=ファシルⅤの惑星内に隠れている全ての帝国艦艇に出動を命じた。艦艇三〇五隻の内、有人艦艇は三一隻。探知妨害装置を作動させつつわき目も振らず一気に惑星エル=ファシルに向かって最適航路を突き進む。

 二時間後、航路途中で無人艦三〇隻を分離。搭載している囮を発射し、三〇〇〇隻の艦隊を出現させる。これらは索敵に出てきた味方部隊に撃破されるまで、自動制御でゆっくりと前進を続ける。これで少なくとも独立部隊の一つを足止めできる。

 すでにアップルトン准将もビュコック爺さんへのリターンマッチに動いているだろうから、防衛艦隊の主力である第四四高速機動集団はこちらに回ってはこない。第四四高速機動集団の致命的な欠点は、編成されたばかりの艦隊で練度が不足していることではない。基礎的な砲撃能力だけとってみれば、エレシュキガルで猛訓練を行った甲斐もあって決して正規艦隊に劣るものではない。訓練されていない部分。すなわち艦隊機動能力において不足が生じている。

 アップルトン准将の第三四九独立機動部隊は、数において劣る。故に第四四高速機動集団は一気に第三八九独立機動集団をぶちのめしてからエル=ファシルに急行するか、ぶちのめすことなく一気にエル=ファシルに向かうかの選択をする必要がある。本来『高速機動集団』としての演習を十分に行い、その名の通りの高速機動能力を獲得していれば、俺達の二四〇隻が惑星エル=ファシルに突入する寸前に防御陣を形成することができ、その突入を阻止することができる計算だ。

 だが現実的に戦艦トレンデルベルクのレーダーが感知した位置から、惑星エル=ファシルまでは二四時間以上かかる想定。アップルトン准将も後尾について牽制追撃を行うからそれよりさらに遅れる。クレート=モリエート准将の第三五一独立機動部隊と、ルーシャン=ダウンズ准将の第四〇九広域巡察部隊は、それぞれ五五〇隻程度の戦力だ。そのうちの一つが突然現れた三〇〇〇隻の帝国艦隊の反応に対応せざるを得ない。するとどちらかが惑星エル=ファシルの防備を任される。

 つまり一対二で不利ではあるが、ガチガチに四〇〇〇隻近くで惑星エル=ファシルを固めている状況よりは、はるかに優位な態勢で『救出作戦』は実施される。降下作戦は同じく鹵獲戦艦グランボウに移乗したフィンク中佐が指揮を執る。その時間を稼ぐために、無人艦隊を率いて俺は戦うことになる。

「前方の艦隊は第三五一独立機動部隊と判明」

 現戦艦トレンデルベルクの艦長を務める、元巡航艦ボアール九三号のサンテソン少佐が、副長席から声を上げる。彼は本来、フィンク中佐の指揮下で降下作戦に従事するはずが『ホワイトスキンを被ってまで仕事するのは嫌だ』と駄々をこねた為、仕事を副長に委ねてトレンデルベルクに押しかけてきたのだった。フィンク中佐に命令を徹底させようと一度話したが、「恐らく彼は『閣下』のお役に立ちます。私からも推挙いたします」と無下に断られた。
この人もエル=ファシルからの逃亡者のはずなのだが、精神構造がタフなのか、四五歳独身・天涯孤独という無敵の強みか、頭の螺子が飛んでいるのか、イマイチよくわからない。

「『提督』、次のご指示を」
「モリエート准将から『挑戦信号』は届いてますか?」
「届いてますよ。『孺子、ぶちのめしてやる』って付箋付きです」

 口調も言動も独特だが、恐らくはそう言うことで自分の精神を維持しているのかもしれない。ともかくモリエート准将が、帝国艦隊と『まやかしの戦闘』をすることは確認できた。後は派手に、三〇隻が浮き上がってくるまで戦ってやるのみだ。降下して既に三時間。フィンク中佐からも帝国軍地上部隊の収容は順調との連絡が来ている。

「再度確認する。指揮下全艦、全攻撃モードをイエロー(対抗演習)」
「イエロー、確認良し」
「艦統制シミュレーター」
「正常に作動しております」
「敵味方識別信号」
「当艦グリーン(味方)、他艦イエロー(可動戦闘標的)」

 選抜されたオペレーター達は、帝国語で俺の指示に応える。実のところ爺様には無理を言ってこの艦に追加で三〇人もの航法オペレーターを乗せてもらった。これは俺がいちいち艦艇の戦闘操作をするのが無理な為、オペレーター一人で八隻を運用する戦隊指揮官になってもらい、より現実的な艦隊運用を期待しているためだ。
ちなみにオペレーターを引き抜かれた先である第五四四独立機動部隊のメンディエタ准将からは『無様な負け方だけはしてくれるな』と念押しされているらしく、オペレーター諸士の士気は妙に高い。

「『敵』は台形陣を形成。惑星エル=ファシル公転軸N方向、当艦隊より方位〇時三〇分」
「距離六・二光秒、速度0.003光速。第二戦闘速度で接近」
「有効射程迄あと二〇秒、やりますか『提督』」

 サンテソン少佐の呼びかけに、俺は黙って艦橋内部を見回した。前の所有者が貴族であったらしく、同盟標準の無粋な雛壇艦橋とは違って、小広く落ち着いた夜景サロンのような空間だ。座っている艦長席も本革製でしっとりとした座り心地。そしてここには殺人ワイヤーはないが……繊細な装飾が施された見事な柱が並んでいる。

 黙っている俺にサンテソン少佐の丸い瞳が向けられている。俺の目では確認できないが、他のオペレーター達のも同様だろう。この世界にきて、『戦隊』の指揮はマーロヴィアでとったが、『艦隊』の指揮を執るのは初めてだ。それが何の因果か、あんなに毛嫌いしていた帝国軍の軍服に身を包んで、無人とはいえ帝国艦隊の指揮を執ることになろうとは。

「よかろう」
 俺は艦長席から立ち上がると、創られた帝国騎士、ジークフリート=フォン=ボーデヴィヒ准将になり切って、彼らの視線に応えた。
「我に逆らう叛徒共に、正義の鉄槌を喰らわせろ。皇帝陛下万歳! 帝国万歳! 砲撃はじめ!」

「「帝国万歳!」」

 俺もサンテソン少佐も、そしてオペレーター達も、人生でもう二度と叫ぶことのない呼応に、僅かな戸惑いを覚えつつも笑い声をあげるのだった。

 
 

 
後書き
2022.05.27 更新 
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